目を覚ませ!
華月の権三郎への恋心はますますつのっていった。
初めてのデートの後、権三郎とは三回デートを重ねていたが、彼が華月の体を求めることはなかった。
そのかわり、といっては何だが、彼は華月に百万円の金を貸してくれと言ってきた。華月が佐竹に『ボーナス』を貰ったほぼ直後の時期である。
権三郎は金を貸してくれと言ったあと、華月に結婚を匂わせるような言動をした。
「華ちゃん。ボクは君のことを本気で考えてる。将来のことも含めて」
そしてその後、権三郎は華月と熱い口づけを交わした。
華月の心は溶けた。夢心地のそのまた上の雲の上を飛んでいた。
そして彼女は生まれて初めて自分自身を慰めることを知った。彼のことを思い浮かべ膝のあたりに指を這わせていると、太股の内側が妙に熱くなりだしてまるで失禁したかのような激しい様相になった。
もはや彼女は迷うことはなかった。
次の日とその次の日、華月は一度は預金していた残金百十三万円のうち百万円を二日間にわけておろし、事務所に佐竹の居ないときを狙ってこれを封筒に入れて権三郎に渡した。
しかし、その次の日から勝野権三郎が会社に出てくることはなかった。華月は、三日間権三郎が事務所に現れるのを待ったが、彼は現れなかった。
四日目の夕方、華月は権三郎の出勤を待って事務所の出口付近をうろうろとしていたが、そのうちまた口がへの字になってきた。会社での権三郎の仕事は至って順調であったし、不審に思った佐竹は華月に何か知っていることはないかと尋ねた。
華月が百万円を権三郎に貸したことを告げると、佐竹はうつむいて頭を二回横に振った。
「あいつの得意技は何だと思う?」
「知りません」
「あいつは一流の結婚詐欺師だ。カモとなる客のリストを求めて俺らのような業者を渡り歩いている。一連の顧客情報を得たら、俺らのようなところにはもう用はない。ただ無駄に上前をはねられるだけだからな」
「ちょっちょっと待ってください。結婚詐欺じゃないです。権三郎さんは。何回も私をデートに誘ってくれましたし。もし本当にそうだったら私が好きだってことわかってますから、そんなことしなくったっていいでしょう? ねっ?」
華月は事実を否定することに必死だった。
しかし佐竹は冷静に言った。
「あいつには俺もある意味担がれた。お前がホテルで相手していた男の中にあいつの仲間が『サクラ』として一人送りこまれていたんだ。俺が皆を脅迫して、最後にはお前に金が回ることをうすうす読んでいたのかもしれない。頭の切れるあいつなら考えそうなことだ」
華月はあっけにとられたというより、寂しさに心が振動した。
「嘘です! 絶対!」
「おい。あいつはな。とうに結婚してるんだ。ここに住民票がある。本名だ。目を覚ましてよく見てみろ。」
そこには、住所、千葉県M市●●・・勝野権三郎とその妻 秀美の名前があった。
夫婦とも今年で二九歳の同い年だ。
「詐欺師のくせに定住所構えてるって不思議だと思わねえかい? あいつはな、サツ(警察)の上いってるんだよ。刑事沙汰になっても詐欺で立件できねえんだよ。
やつは。詐欺をただの浮気に仕立てあげている。痴話げんかに付き合ってるほどサツ(検察)は暇じゃあねえんだな。これが……」
そしてさらに華月に意味不明な忠告を付け加えた。
「もう一つ。やつは俺の目も欺くほどの決定的な隠れ蓑を持っていた。あいつにしかできねえ裏技だ。なあ、華月。悪いことは言わねえ。おめえの力じゃ崩れやしねえよ。だまされたと思ってあきらめな」