ヘンな会社ぁ
何の成績かよくわからないが、事務所の壁には『営業成績』と書かれた赤の棒が伸び縮みするグラフがあった。営業マン、すなわち棒グラフの棒の数は、勝野権三郎が増えて今は七本である。目盛の単位は全くわからないが、勝野権三郎が他を圧倒する成績を修めていることはグラフから容易に読み取れた。
気になったのはグラフの下に表が付いていて、猪・鹿・蝶と書かれた欄に数字が記されていることだ。華月が気になって経理の男性に表の意味を尋ねてみると、彼は無言のジェスチャーで示してくれた。
『猪』は股の間を指差したので、どうやら売春斡旋収入らしい。
『鹿』はペーパーナイフを取り出したので、これは恐喝か脅迫に何か関係があるように思われた。
最後の『蝶』がよくわからない。
彼はヒントに困って自分の頭を指差したので、頭脳的なもの? 詐欺? あたりか……。
「ヒントに困るくらいだったら、はっきり教えてくれたらいいじゃない!」と華月。
経理の男性は言った。
「あのね、これ、社長と営業マンと俺しか知らないのよね。教えたら即、首が飛ぶの。本物の首だよ」
華月は、権三郎の『蝶』の数値が圧倒的に高いことが気になっていたが、それ以上答えを求めるのはあきらめた。
夕方から事務所を出て行った営業マンが、朝方外回りから帰ってきたとき、それぞれの注文に応じて準備していたものを出すことも華月の仕事の一つだ。
Aさんは、コーヒー、夏はアイスコーヒー。
Bさんは、冷たいビールと枝豆。
Cさんは、ウイスキーのロックと虎屋の羊羹。
Dさんは、ポルノ雑誌とティッシュペーパー。
Eさんは、バナナ一房とドクターペッパー。
Fさんは、んまい棒三つとガリガリ君。
そして、権三郎さんは、大き目の手鏡とマイナスイオンのヘアブロウとジンジャーエール。
田舎者でテンネンの華月は、皆にだんだんと『華ちゃん、華ちゃん』とかわいがられるようになり、Dさんなどはほとんど二日に一回は華月に(迷惑だが)色の派手な安物のショーツを買ってきてくれる。
華月はあこがれの権三郎ともようやく気後れすることなく話ができるようになってきた。
そしてとうとう、華月は意を決して権三郎に二人だけのデートを申し込んだ。権三郎はあっさりと『OK』を返してくれ、ついに華月にとって生まれて初めての、しかも憧れの男性とのデートは実現した。
華月は久し振りに日記をつけた。
『もうすぐ、あこがれの権三郎さんとの夢心地のデート。
事務所二階のバルコニーのへりに腰掛けて読書に耽る私。
頬をなぜる風がとってもさわやか。
さわさわさわ。
ふと、顔を上げると、目の前の木々が風に揺れて、目に映る新緑もまぶしいくらいに艶やか。
すべての世界が、私をつつみこむようにきらきらと光輝いています』
それは一度に華月の人生が変わるほどの大きな出来事だったのかもしれない。