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一目惚れ

 その日、華月は太った男が寝泊りしている事務所の二階の部屋で、パジャマを与えられそれに着替えて寝させてもらった。翌朝華月が目を覚ますと、下の事務所のほうから何人もの男性や女性の入り混じった声が聞こえてきた。

 二階の部屋のちゃぶ台の上には、朝食のご飯と味噌汁、それに目玉焼きが用意されている。脇には、『食べたらタンスの中のどの服でもいいから気に入ったものを着て事務所に下りてきなさい』と書いたメモがあった。華月は書かれている通りに食事を済ませ、食器を洗ってから、自分に合うサイズのジーンズ上下を見つけて着替え事務所へ下りていった。

 事務所はデスクが六個一つの『シマ』になっていて、男性が三人席について何やら仕事をしている。そのうち一人は電話応対、離れたところに向かい合わせのデスクが一対あり女性と若い男性が向き合って仕事をしている。

 可動式パーティーションの奥を覗くと、昨日の太った男がデスクに座っていて、その脇には小さな応接セットがある。

「おはよう。じゃないな。もう十時だ」と太った男は言った。

「おはようございます。ちょっと寝すぎちゃったデス。ヘヘ」

 華月は太った男に怒られそうな気がしてあえて子供っぽくした。

「長旅で疲れていたんだろう。君には今日から仕事をしてもらうからね」

 いくら田舎者の華月でも、この事務所が銀行の店舗でないことくらいはわかる。自称元銀行の本店の人間という太った男は、仕事の内容について説明を始めた。

 説明によると、この事務所は銀行の孫会社と関係がある会社を運営しており、佐竹コーポレーションという。関係がある、というのがどんな関係かはよくわからない。

 社長は説明している太った男本人で、名を佐竹という。

 この会社は何を仕事にしているかというと、社長の佐竹は『男と女の何でも屋である』と言った。

 華月は、これを聞いて何だかよくわからなかったが、思いついた言葉を言ってみた。

「フーゾクですか?」

「…………」

 佐竹は、遠回しな言い方をしたことに後悔したが、すぐさま説明を続けた。

「厳密に言うと、フーゾク的人材派遣会社だ」と佐竹。

「売春の斡旋ですか?」と華月。

「…………」

 さほど広い部屋ではなく、パーティーションも上のほうががら空きなので、声は筒抜けだ。

 そのとき事務所の方で男の声がした。

「ごめんください」

 女性がパーティーションの脇から顔を入れて「社長。勝野さんがみえました」と言った。

「おうっ。こっちに通してくれ」

 失礼します、と言いながら応接セットのほうに入ってきた男性を振り返り、華月は全身に電流が走るような感覚を味わった。

 その男性は、年のころ二十代後半くらい。身長は特別高くはないが、見たところでは百七十センチ台の前半くらい。

 しかし、華月が感じるところ、これ以上、上がないと思われるような限界に近い『超超、美形』。甘いマスクの中にきりりとした男らしさを蓄えている。

 華月は、一瞬で顔が真っ赤になり、緊張して下を向いた。

 これを見て佐竹は、

「華月ちゃんっていったかな。君は純情だねえ。感情が百%顔と全身に出てる」とからかった。

「いっ、嫌です。そんなこと言ったら……やめて下さい!」と華月が顔を激しく横に振る。

 もう顔が充血しきってこちらの顔も限界に近い。

 その男性はソファーに座って小さくなっている華月に対し落ち着きはらって言った。

「勝野権三郎といいます。どうぞよろしく」

 華月はその響きに耳を疑った。


――ええ? ごっ、『ごんざぶろう』って? あなた、名付け親恨んでない?


 『名前負けする』という言葉をよく耳にするが、彼の場合はどっちが負けているのかよくわからない。三人の話題はやはり彼の名前の話に及んだが、彼の父は子供の人権擁護を推進する民間ボランティア団体の事務長で、子供の名は人権の『権』の字を取って長男が権一けんいち、次男が権次けんじだそうである。三男が権三けんぞうではあまりにも安っぽいということで、三男だけ権三郎ごんざぶろうになったらしい。

 その、ちょっとした遊び心に名前を付けられた『ごんざぶろう』が、売春斡旋の会社にスカウトされ、何か妙な仕事をさせられようとしている。

 華月は何故か複雑な気分になった。


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