思いっ切りスマイル
秀美は北の空を指差した。
「『震災』でそこには何もなくなってしまったからこそ、はっきりと、そして強く自分を取り戻しているんですよ。この子は。これ以上失うものがないからこそのことですよ。わかりますか? 佐竹さん」
――震災?!
約三ヶ月前に東日本に未曾有の災害をもたらし、今もなお列島に大きな傷跡を残している東日本大地震……。
予想だにしなかった話の展開に佐竹は一瞬たじろいた。
――まさか、華月の両親は、故郷の景色と共に消え去られてしまったというのか……。
口には出せない、その確認の意が通じたかのように、秀美は佐竹の目を見てしっかりと頷いた。
佐竹は再び気を取り直して言葉を返した。
「はは。秀美。お前はそういうの羨ましいんだろう。お前は一度酷い目にでも遭わない限り、決して自分を入れ替えて振り出しに戻すってことができないタイプだ。頑固に過去の自分にすがり付いてやがる。懲りないヤツってもんだな」
秀美はにっこりと微笑んだ。
「そう。私ゃあ、これまで人生何回もやり直してきたつもりでいて、結局同じことの繰り返しさ。たしかに金だけは溜まったよ。そう……。だけどやっぱり人生は損してる。佐竹さんの言うとおりだねえ。私はある意味、強く生きることに臆病な人間かもね」
「何十年も生きてきたような言い方をするない!」
「ははは……」
二人の会話の脇で華月は良く意味もわからずきょとんとしている。華月はしかし、何となく自分に希望の持てない話ではないような気がしてきて、心に灯がともった。
秀美は華月に向き直って言った。
「今夜は雨の予報だし、そろそろあがろうか」
「うん」と嬉しそうに大きく頷く華月。
佐竹は華月を哀れんで彼女の顔を見た。そして少し驚いた。
そこに見た笑顔の表情は、ただ優しく美しいだけではない。決して無理しているわけでもない。気持ちの良いくらいすっきりとして力強い笑顔……。
思いっきりの『スマイル』だった。
佐竹は、華月が自分のもとへ転がり込んできて初めて年を越した頃のことを思い出していた。激しいホームシックが心を襲い、毎日毎日意味もなく泣き続けていた華月。その子が今ではその時の両親を失い、故郷の景色を失っても、自分の中に故郷を取り込んでたくましく人生を歩もうとしている。決して自分を失うことなく……。
佐竹は珍しく目に浮かんだ涙がこぼれないように暗い夜空を仰いだ。
そしてその時、東京の夜空には、その日の雨の予報に逆らうかのように、華月の故郷とまったく同じ満天の星空が広がっていた。
『了』