決行!
翌日、華月は権三郎の住所を訪ね、勝野権三郎・秀美と記された表札を見つけた。結構な豪邸である。
今の時間は夕方五時。通常であればそろそろ活動開始の時間である。
いきなり呼び鈴を押してインターホンで入室を断られたら元も子もない。華月は権三郎の出てくるところをつかまえて家の中へ入り、奥さんの秀美さんの前で強引に彼をくどいて夫婦関係に傷を入れようと考えていた。ところが六時を回っても権三郎は姿を見せない。
華月はゆっくりと玄関のドアに近づいた。呼び鈴を押す前にドアノブに手を掛けた。
ドアが開いた!
鍵がかかっていなかったのだ。
華月は緊張しながら玄関の中へと入った。
「ごめんください。権三郎さーん」
返事がない。
――鍵がかかっていないのだから、中には居るはずだ。
耳を澄ますと、水を流すような音が聞こえる。住居不法侵入はしたくなかったが、華月は恐る恐る靴を脱いであがり、廊下を音のするほうへ歩いた。右手に浴場がある。かなり広そうだ。
脱衣所を覗いてみると籠のなかには、女性用の衣服が脱ぎ置かれていた。中からは水を流す音が聞こえている。
――秀美のやつだ! 風呂に入っている。
華月の中にはめらめらと闘争本能がかしらをもたげてきた。華月は今浴場に飛び込んで格闘をすれば、相手は裸だから勝てそうだ、と思ったが、格闘して勝っても全く意味がないことに気づき踏みとどまった。
しかし、何か意地悪をしてやりたくなり、籠にあった衣服全部とバスタオルを脱衣所から持ち出し、台所にあった生ごみ入れに丸めて捨てた。
居間のほうに向かって歩いていったが、どうも人の気配がない。
二階かな、とも思ったが、さすがに他人の家の二階にまで侵入する勇気はない。どうしようか、と閉口していると、玄関から人が入ってくる音がした。
――権三郎さんだ!
「ただいま!」
確かに男の声であるが、どうも権三郎の声とは違う。
華月は廊下で男と鉢合せになった。
「お前は誰だ!」と男。
身長は百八十センチくらいの長身だ。
「あっ、あの。三原華月といいます。勝野権三郎さんの知り合いのものです」と華月。
「何い? 俺と知り合い? 嘘つくな! 権三郎は俺だぞ」
「嘘! あなたは誰?」
「ばっかやろう! それはこっちの言うことだ! 警察を呼ぶぞ!」
華月は何が何だかわからなくなってきた。しかし少し冷静になって考えた。
――この人が嘘を言っているようには思えない。
――権三郎さんは、この人の住所と名前を語っていただけなのか……。
――ここは素直に事情を話して許してもらおう。でないと会社に迷惑がかかる。
華月はかなり冷静になっていた。そのとき、浴場の脱衣所のほうから声がした。
「ちょっと待ちなさい!」
懐かしい声。
――権三郎さんの声だ!
衣服もバスタオルも華月に捨てられて、裸の男、いや、女がそこに立っていた。
「私が秀美。この人が本物の権三郎よ」
――私の、私の権三郎さんが『女』?! だった? そっそんなあ。
その声と美しく整った顔は紛れもなく、あの華月が恋焦がれた権三郎である。しかし、裸で見る彼、いや、彼女の体は疑いなく女性であった。