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三原華月

 東北地方の片田舎の漁村で中学卒業までを過ごした三原華月みはらかづきは、今春仙台市にある県立商業高校に進学した。

 今年閉校となる中学校の分校を最後に卒業したほとんどの同級生は、その中学から歩いて小一時間のところの距離にある県立の普通科高校に進むが、華月は一昨年生まれた、年のかなり離れた妹の子守に明け暮れる生活に辟易へきえきしていたので、ゆるやかな親の反対を押し切り仙台で思い切って一人暮らしをすることに決めた。

 華月にとっての仙台の記憶はこれまでただ一度だけ、嫌な思い出しかない。

 華月は、小学校低学年のとき、父親の運転する軽自動車に乗せられて仙台に連れて行ってもらったことはあったが、そのときに親戚を駅に迎えに行く父の手を離れ迷子になって保護され、夕方まで泣いていたことがある。

 およそ七年ぶりに見る光景は高校生になる華月にとってすこぶる魅力的であり、怖いところでもあった。しかし、見るものすべてが普段見ているテレビに映っているような光景であり、それが現実に目の前にあるということは華月を適度に緊張させていて、どちらかと言うと恐怖感よりも好奇心のほうが気持ちの先に立っていた。

 華月の父は、仙台市内での借間の段取りと入学手続きまでは一緒にしてくれたが、最初の仕送りの二十万円を渡されたっきり、それから先のことはほとんど保護者がいないに等しいような状況で、すべて華月自身が自分で手続きせざるを得なかった。

 入学前の説明会は皆父兄と一緒であったが、華月だけは一人だった。

 それから、制服や体操着の手配、鞄や靴や文房具、その他諸々の購入。

 コンビニでの払い込みくらいは教えられながらできたが、高校生になったばかりの子にすべてを準備させることは到底無理なこともあり、華月は説明会のときに話を交わした一緒に入学する女子生徒の母親に全面的に頼り、何とか学校生活に入っていくことができた。

 構内には賄い付きの女子寮・男子寮がそれぞれ有り男女合計十名の入寮者がいたが、最初の段階でこの手続きを見落としていたので、華月は普段の食事も昼の弁当も、洗濯などもすべて自分で準備しなくてはならず、このことも学生である彼女には無理があると思われた。

 洗濯物がたまる一方で、お弁当がいつもコンビニ弁当だった華月は、高校一年の夏休み明けくらいの時期から、次第に同級生から無視されるようになり、男子学生からはいじめを受けるようになった。

 いわゆる暴力的ないじめではなかったが、それは華月にとってもっと厳しいものだったかもしれない。男子生徒から嘘のラブレターをもらい校舎の隅で日が暮れるまで待たされたり、教科書を隠されたり、机に誰が使ったかわからないような生々しい生理用品を並べられたり、体操着や上履きへの落書きや椅子の画鋲などは日常のことであった。

 華月の我慢強さは母親譲りであったので、決して怒ったり泣いたりはせず、意識して笑顔だけは絶やさずにいたため、逆にそのことがますます皆には気持ち悪がられ、だんだんといじめはエスカレートしていった。

 華月は高校一年の二学期修業式の日に、みずからの意志で『退学届』を担任の先生に提出し、そのとき初めて声を出さずに涙を流した。 同級生の女子生徒は一様に驚いていたが、式の最中に退学の事務手続きを終え、再び式場に戻った彼女が最後に校門を去るまで声を掛ける生徒は一人もいなかった。

 担任の先生は校門まで送ってくれたが、「がんばれよ」と一言だけ言ってすぐに戻っていった。

 華月は口をへの字に結んだまま自分の借間へ戻り、小さめの布製のスーツケースに最低限の衣類や洗面具などを入れふたをして、残りの荷物をまとめて段ボール箱へ詰め込み、そこに両親への手紙を入れ実家へ送った。

 華月は父から最初に貰った入学時の金の残りと今月分の生活費として通帳から引き出した金、合わせて十八万円を封筒に入れ制服のスカートのポケットに入れた。

 そのあと、このとき初めて買ったほうきで部屋を掃除した。掃除が終わり、畳に座って窓の外から見える雲の流れを見ながら、退室の手続きに来る不動産屋を待った。

 すべての手続きを終え、部屋を去るときに華月はこの日二度目の涙を無言で流した。


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