25.瑛祐と瑛里とホビーラボとプリズム
翌日。予定通り、雑誌社の撮影室へ向かう。
雑誌社の自社ビルには、様々な雑誌の事務所が入っているようだ。
ホビーラボの事務所は3階か……。
1階のエントランスで、店長たちを待つ。
他の階には、雑貨雑誌の『monoX』。
『キャンプラボ』と『フィッシングラボ』は、ホビーラボの兄弟誌かな。
『プリズム』と言えば、曜一朗……じゃなくてサクラねーさんの雑誌だったよな。
女子高生に人気のファッション雑誌らしい。まあ、俺には縁がない世界だけれど……。
「あら、瑛祐じゃないの? どうしたの?」
噂をすれば、サクラねーさんがちょうど出社してきた。
「あ、今日、プラモの撮影で……」
「そうなんだ。さすが瑛おじさんの後継者だわ」
「まぁ、たまたまなんだけどね」
「ホビーラボよね?自信持ちなさいって。じゃあアタシ仕事だから」
颯爽と去っていった。デキる大人って感じで格好良い。
「あ、瑛祐君。いたいた。こっちこっち」
店長が来たみたいだ。雑誌社の人もいる。
見たことがある顔ばかりだ。
あのアトリエでじーちゃんが作業していた時、みんな来てくれていたんだよな。
俺のことも、めっちゃ可愛がってくれていた。
賑やかで、笑い声が絶えなかった、明るいアトリエ。懐かしいなあ。
「お、瑛祐君。久しぶりだね」
「はい。ご無沙汰してました」
「いやー。瑛祐君がプラモを再開したって聞いて、嬉しくてね」
「ここはみんな瑛さんの信者だから、心配いらないよ」
「はい。心強いです。よろしくお願いします」
連れて行かれたスタジオはこじんまりとしていたが、撮影機材が揃っていて、まさに「ラボ」という感じだ。
「良いねぇ。本当に一週間で仕上げたのかい?」
俺が持ってきた『バーズアクス』の撮影が一段落した。
「はい。今回はキットの紹介用なので、改造なしの素組みですが……頑張りました」
パーツが意外と細くて、良いキットで直しは殆ど要らなかったけど、付いてたシールが上手く貼れなくて結局部分塗装したりして、多少は手こずったな。
「いやあ、天才少年モデラーの復活は、うちとしてもありがたいよ」
「じいちゃんのおかげですよ。俺なんてまだまだ……」
「謙遜しなさんな。でも藤井君、中学の頃にはもう独力でもっと凄いものを作っていただろ」
カメラマンさんが懐かしそうに言った。
「最近は人間も撮っているんだけど、瑛さんの作品は、なんだか人間味があってよかったよね」
「俺も、じーちゃんの作品はめっちゃ好きです」
その時、カメラマンが撮影室に入ってきた人に気付いて言った。
「あ、この前撮ったモデルさん?あ、機材を持ってきてくれたんだ」
「はい。ここに置いておきますね」
あれ? いつも聞いている声……かな?
ま、まさかね。瑛里はカワイイけれど、モデルさんなんて縁のない世界……。
「ありがとう。いや〜、今日は男ばかりの現場だから、モデルさんが来ると緊張しちゃうな」
カメラマンさん、メロメロじゃねえか。どんな人だろ……。
「そ、そうですね。モデルさん……って、えっ……!?」
どれくらい固まっていただろう。
メイクをしているせいか、別人にも見える。
めちゃくちゃ綺麗な女の子。
まさか……。
でも心が、この子は瑛里だと言っている。
「こんにちは。……A君」
笑顔になって表情が崩れると、やっぱり瑛里だ。
って、A君だと……。
「ちょっ、その呼び方はやめろって……! っていうか瑛里、なんでここに!?」
「あれ、瑛祐君。瑛里ちゃんと知り合いだったの?」
「「クラスメイトです」」
声が重なる。
「彼女」だと声を大にして言いたいけれど⋯。
やっぱり瑛里にとって俺は「クラスメイト」なんだな。
「あー……サクラが言ってたのは、このことかぁ」
スタッフさんがニヤリと笑う。
え、サクラ? って曜一朗にいちゃん?
「はははっ。あ、私、この後撮影あるから、またね」
「えっと。待っててもいいか。一緒に帰る?」
「あ、うん。わかった」
俺の撮影はあの後すぐに終わったので、瑛里が終わるのを待つことにした。
撮影所に入り、見学させてもらった。
俺の知らない瑛里がそこにいた。めちゃくちゃ綺麗だ。
「あ、待たせた?」
撮影を終えて、瑛里が着替えて出てきた。
「いや。人を撮るスタジオって初めてで、面白かったよ」
「私は、瑛祐くんがいたスタジオの方が面白そうだったな」
「あ、瑛里ちゃん、お疲れさま! 気をつけて帰ってね。……あ、瑛祐。瑛里ちゃんをちゃんと送っていってあげなさいよ!」
サクラねーさんが、俺たち二人に声をかけた。
瑛里のバイト先が『プリズム』で。
『プリズム』の編集者がサクラねーさんで。
瑛里が前のデートで服装相談したのが、バイト先のオネエさん……。
よく考えればわかるはずだったけれど……。
「「……?」」
二人の頭の上に、大量のクエスチョンマークが浮かぶ。
「バイト先のお洒落なオネエさん……?」
「親戚のお洒落なおにいさん……?」
瑛里も同じことを考えていたようで、俺たちは顔を見合わせた。
「アハハハ! バレちゃったわね。アタシが二人のデート服を裏で調整してたのよ!」
「「……!」」
「ま、今回はアタシ、何もしてないけど。大丈夫よ! 二人とも何か悩んでるかもしれないけど、心配はいらないわ。観覧車なんかで二人きりになるといいわよ。……大丈夫だからね」
そう言って、サクラさんは私たちにウインクを飛ばした。
……何が、どう「大丈夫」なのか。ちゃんと教えてくれよ!
そんな経緯で、帰りは一緒になった。
けれど、電車は二駅。すぐに着いてしまう距離だ。
もう夕方だし、今日はアトリエには寄ってくれないだろうな。
メイクを落として、シンプルな普段着に身を包む瑛里を見て、身近な存在に戻ってきてくれたと思った。
「あ、いつもの瑛里だ。……なんだか、ホッとするよ」
俺は瑛里の顔を見て、ホッと表情を緩めた。
「まあ、すっぴんでブサイクかもしれないけどね」
自嘲気味に笑う瑛里を見て、ちゃんと言わないとと思ったんだ。
「いや、確かに撮影の時はめっちゃ綺麗だったけれど……俺は、こっちの方が好きかな。さっきは別人みたいだったし……」
綺麗とか、好きとか言っちゃっている自分に、この時は気づいていなかった。けど本心だったから⋯。
なんか、モデルの瑛里が本当に別人な気がして……。
「そういえば、完成させたバーズアクス、撮ってたよね」
「うん。キットの紹介用で、ショップの宣伝を兼ねて雑誌に載るんだ!」
「えっ、凄いじゃん!」
「……瑛里の方が凄いよ。人気だって聞いたし」
「私のは……まあ、メイクとかで別人になれるからで、私自身が凄いわけじゃないし。それより瑛祐くんだよ。カメラマンさんも褒めてたし」
「まあ、ホビーラボの皆はじいちゃんの信者で、俺も可愛がってもらってるだけだよ」
途中の駅から人が大勢乗ってきて、車内は一気に満員電車と化した。
密着するほど距離が近くなり、無言になってしまう。
電車が大きく揺れて、瑛里がよろめきそうになったので、必死に支える。触れ合う肌の感覚が……。
「ご、ごめんね」
「あ、いいよ。大丈夫」
俺が支える。
可愛くて、雑誌モデルとしてはみんなの人気者かもしれないけれど。
少なくともここでこのコを支えるのは、俺しかいない。
今、何かが起きるたび、必ず浮かぶのは瑛里の顔で……。
朝起きて、駅へ向かう時も。
一緒に学校へ行く時も。
授業中も、隣の席で一緒にご飯を食べる時も。
一人で帰る時も。
アトリエで作業をしている時も。
お風呂に入っている時も、眠りにつく直前までも。
……いつも、瑛里のことばかり想っている。
今、こんなにドキドキして、四六時中、頭から離れない人がいる。
この恋。初めての恋だけれど、大切にしたい。
そして、次のステップへ進めるように、俺は頑張るんだ。




