表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

顔に傷があるせいで婚約者が来ない辺境伯は、夜会で目が合っただけの九歳の子爵令嬢に求婚されました

掲載日:2026/02/22

勢いのままに描き上げました。多少の設定ミスはお目こぼしください。

※本作には一部、苛烈な処断シーンが含まれます。

基本は年の差ラブコメですが、苦手な方はご注意ください。

「わたくし、この王子様と結婚いたしますわ!」


 本城の玄関ホールで、小さな体を精一杯のばして宣誓した彼女を前に、恥ずかしくも卒倒してしまった。


***


 昔々、ある国に勇敢な王子がいました。

 国に恐ろしい魔獣が現れたとき、王子は真っ白な馬にまたがり、命を懸けて戦い、見事に魔獣を退治しました。


 しかし、その激しい戦いで王子の体には大きな傷跡が深く残ってしまいました。

 すると、あんなに感謝していた国の人々は、王子の傷を「気味が悪い」「化け物のようだ」と怖がり、寄ってたかっていじめるようになったのです。


 王子は悲しみ、お城の奥で独り静かに暮らすようになりました。


 そんなある日、隣の国から美しいお姫様がやってきました。

 人々は「あの王子には近づかない方がいい」と止めましたが、お姫様だけは違いました。彼女は王子の傷を見て、それが国を守った勇気の証であることをすぐに見抜いたのです。


「あなたの心は、誰よりも美しく輝いていますわ」


 お姫様の真っ直ぐな言葉に、王子の傷ついた心は救われました。二人はやがて結婚し、白馬に乗ってお城を出ると、いつまでも幸せに暮らしました。


***


「今日は特別よ」


 お母さまからそう言われて、わたくしは初めて夜会に参加することになりました。


 隣の領の辺境伯様から、恒例の夜会の招待状が届きましたけれど、末の娘のわたくしだけがいつもお留守番なのを不憫に思われたのか、今回のみ特別、ということでお招きくださったのです。


(——三人のお兄様は渋っておられましたけれど、お招きいただいたのに応じないなんて、失礼ですわよ)


 夜会用のかわいらしいドレスも特別に仕立てていただきました。

 ふわふわのチュールを、薄桃色のサテンの上に重ね、チュールから下地のサテンがちらりと見え大人っぽく。スカート部分は、グラデーションのチュールをたっぷり重ね、ボリュームを。ウエスト部分から下に小ぶりのパールを散らし、腰には大きなリボンがついていて、華やかに。


 夜会当日に着てみると、淡いブロンドのふわふわした髪と、澄んだ大きな青い瞳、透き通る肌によく似合って、ドキドキと胸が高鳴った。


「リリー、まるで天使のように愛らしい」

「天使だ、我が家に天使がいるぞ」

「かわいらしいわねぇリリー。こだわって選んだ甲斐があったわね」


 お父様もお母さまもお兄様たちも手放しで褒めてくれて、とっても嬉しい。


(——辺境伯様もほめてくださるかしら)


 隣の領とはいえ、遊びに行ったのは何年も前で、辺境伯様の顔もまったく覚えていないけれど、よく遊びに伺っていたらしいの。


(——今日伺ったら思い出すかもしれないわ)


 初めての夜会、という魔法のような魅力のある言葉に、未知への期待と小さな不安で胸がときめいた。



「ヴァレンティア辺境伯様、お招きいただきありがとうございます」

「フェル子爵、それに子爵夫人にご令息、ご令嬢も、よくおいでくださいました」


 お父様たちと共に、レディらしく私も辺境伯様にご挨拶しましたわ。


 ヴァレンティア辺境伯の本城は、周囲が木々が生い茂る森に囲まれ、森を抜けると広大な庭とそばを流れる川と共に姿を表しました。王都でも見ない規模のお城で、わたくしはびっくりしてしまいました。


(——だって、子爵邸はもっとこじんまりとしたカントリーハウスなんですもの)


 玄関ホールだけで広すぎる空間で、ちょっぴり居心地が悪かった。

 お兄様に話しかけようと顔をあげると、お父様とお話し中の辺境伯様とバチっと視線があってしまった。


(——暗い紺色の髪に黒い瞳、それに大きな傷が……。あの王子様と同じですわ。きっととっても痛かったでしょう)


 驚いた様子の辺境様がニコッと微笑んでくださいました。


(——笑ってくださった! あの本の王子様と同じですわ。わたくしの事がお好きなのだわ!)


「おとうさま、おとうさま」

「ん、リリー、辺境伯様とお話しているのだから、邪魔してはいけないよ。辺境伯様、失礼いたしました。少々失礼しまして……でもなんだい、どうしたんだい」


「わたくし、この王子様と結婚いたしますわ!」


 リリーナ・フェル子爵令嬢こと、わたくし、九歳にして十七歳年上の辺境伯様と幸せになりますわ。


 本城のホールでファンファーレのように高らかに宣言した後、ヴァレンティア辺境伯様と、お父様も同時に倒れてしまわれました。


(——わたくし、なにか悪いことしましたの?)



 戦場でも倒れたことのないこの俺が、幼子の一言で恥ずかしくも気を失ってしまった。それくらいの破壊力だった。


 夜会は大騒ぎでもちろん即中止。フェル子爵家のみ残ってもらい、なぜこのようなことになったのか、話をすることとなっている。

 応接間に一家と私、それに執事長とメイド長を呼び、ソファに腰かけた。


「それで、私の娘とはどのようなご関係なのでしょうか、辺境伯様、いえ、アレクシオ様、とお呼びさせていただきます。よろしいですな?」


(——すでに犯罪者のような扱いを受けているが、私には身に覚えがなさすぎる)


「名前を呼ぶことを許可する。しかし、どのような、と申されましても。夜会で数年ぶりにお会いし、目が合ったので、笑いかけただけで……」

「そうやって誘惑した、と。白状なさったわけですな。いっそ潔いことです」


「なぜそうなるのです。そもそも、私のこの顔を見ればお判りになるはず。子どもに好かれるような容姿はしておりません。もうご存じでしょうからこの際申し上げますが、この顔故、見合いは全敗、夜会でも相手など見つからず、私の代では遠縁から養子を迎えようか話をしております。しかし、妻となる女性が見つからないからといって、お嬢様のような幼子にまで手を伸ばすほど、私は落ちぶれておりません」


 毅然とした態度で言い返したが、子爵はまだ納得がいかない、という顔をしていた。


「お父さま、少々申し上げてもよろしいでしょうか」


 我々の険悪な空気のなか、涼やかで甘く幼い声が発せられた。


「リリー、お前は黙っていなさい、私たちが話をつけているところで……」

「お黙りになるのは、お父様のほうですわ。わたくしは当事者なのですから、発言する権利がございます。続けてよろしいでしょうか」


 コクコクと頷く子爵。

(——普段からこんな力関係なのか?)


「このような大騒ぎになったのは、すべてわたくしの責任ですわ。大変申し訳ございませんでした、アレク様。でもご安心くださいませ、宣言通りアレク様と結婚いたします。どうぞ、末長くよろしくお願いいたします」


「なんでそうなるんだ!!」


「いえ、わたくしのことをお好きなのはよくわかっておりますから、安心して嫁いでいけますわ」

「いやだから、なんでそうなるんだ!」


 話が通じず、ガシガシと頭をかきむしってしまいたくなる。


「リリー、やっぱりコイツ、いや、アレクシオ様に何かされたんだな、お父様に話してごらん」

「違いますわ。昨晩、わたくしに微笑みかけてくださったのです。きっと一目ぼれされたのですわ」

「いやそれはただ、目が合ったから社交辞令であって……」


「人の話をさえぎるのは失礼ですわ、アレク様。それに、アレク様は顔の傷のせいで怖がられているとおっしゃってましたが、わたくしはそんなことはないと思いますの。お顔の傷は、逃げずに立ち向かわれた証だと思います。心がお強いのですわ。きっとわたくし達はうまくやっていけると思いますわ」


 ニコニコとしながら一気に話した小さな令嬢が、ちょっとばかり恐ろしい。


「あぁそういうこと。あの絵本に影響されたのね、リリー」


 ずっと黙っていた子爵婦人が口を開いた。


「まぁ、お母さま。アレク様は実在する方ですので、絵本の方とは違いますわ。でも、お母さまが常々、お前の目を見て微笑んでくれる方は、好意のある方よっておっしゃっていたじゃありませんか。アレク様はとってもニコニコと嬉しそうに微笑んでいらっしゃいました。ですので、好意があるのは間違いないことですわ」


 うふふ、と嬉しそうに笑っているこの子には申し訳ないが、しっかり訂正しないと今後の俺の人生にかかわってしまう。


「なるほど。リリー嬢、勘違いさせてしまったことはお詫びしたい。昨夜のあれは社交辞令のため、特別な意味はないんだ。それに私はその、幼子を愛するような趣味はない」

「リリー嬢だなんて。リリーとお呼びくださいませ。それで、アレク様、わたくしの事がお好きではないと……? こんなにかわいいのにですか?」


 立ち上がってくるりとターンした姿はなるほど、年相応に愛らしい。けれど。


「そうだな、愛らしいとは思うが、だからと言ってけっこ……」

「愛らしいとおっしゃったわ! ほら、やっぱり好きになってくださったのですわ!」


(——だ・か・ら! なんでそうなるんだー!)


 男相手だったら張り手をしたかもしれないが、相手は9歳の幼子。ぐぬぬぬと我慢するうちに、きゃぁきゃぁと盛り上がっている。


「ヴァレンティア辺境伯様、大変申し訳ございません。こうなってしまった娘は何を言っても耳に入らないのです。親として、言い訳のしようもないことですが、どうか、娘が飽きるまでは、ままごとに付き合ってやいただけないでしょうか。1か月もすれば、正気に戻ると思うのです。もしお付き合いくださるなら、私共はヴァレンティア辺境伯様のお気が済むまで、なんでもいたします。もちろん良縁が結べるよう、淑女をご紹介することも。どうか、伏してお願い申し上げます」


 話しながら涙した子爵婦人が、深く深く腰を落とし、頭を垂れた。それを見た子爵、令息も共に。

(——それだけ己の娘の強情さがよくわかっているのだろう)


「わかった、はぁぁぁ……もう仕方ない。しかし、私に幼女趣味があるような噂がでないように取り計らうことだけは、絶対に務めてくれ。いいな」


 子爵家がさらに頭を下げるのをみて、手を振って頭を上げさせた。


(——とんでもないことになった。とりあえず一か月、なんとか正気に戻して、早急にお引き取りいただかなければ)


 今日はいったん子爵一家を退室させ、帰宅させた。

 どっと疲れたが、終始後ろに控えていた執事長のエリックとメイド長のリズに、使用人に周知するよう指示をだした。


「旦那様、面白いことに、いえ、大変なことになりましたね。このエリック、先代からお仕えさせていただいておりますが、このような事は初めてです」

「ええ本当に。それにあのご令嬢、同年代の少女たちとは、かなり変わっておられるようです。それに、人を見る目をお持ちです。私は、意外によいのでは、と思いますわ。年の差はあれど、身分的には問題なく釣り合いますよ。かわいらしい天使のようでしたね」

「お前たちが乗り気でどうするんだ」


 へなへなとだらしなくソファに沈み込む私をよそに、老齢の二人の使用人は乗り気のようだった。


「旦那様にどなたも振り向いてくださらなくて、本当に、本当に、本当に困っていることは事実ですから。この爺が死ぬ前に、ぜひ旦那様のお子様をみせてくださいませ」

「まぁまぁ! エリック、縁起でもない。旦那様のお子様のお子様をみてからでないと死ねませんよ。さぁ、明日からが楽しみですわね。ね、旦那さま」


(——もう勘弁してくれ)


 大騒ぎとなった夜会の夜は、こうして更けていった。



 翌朝、いつも通り朝食を取るために食堂へと赴くと、ニコニコ顔のリリーがすでに座って待っていた。


(——夢であれ)


「おはよう、リリー嬢。いつから来ていたんだ? 朝の鍛錬をしていたせいかな、気づかなかった」

「おはようございます、アレク様。本日も男前でいらっしゃいますね。将来の妻になるのですもの。鍛錬もこっそりのぞかせていただいておりました。それに妻たるもの、朝食は一緒にとるのが当然ですわ」

「そ、そうか。早かったのだな」


(——おいおい、それじゃ明け方頃から城に来ていたのか。しかも覗き……妻だと。いやそれよりも)


 ぞわぞわする身を務めて抑えたが、少し態度に出てしまったかもしれない。


「そ、そのような時間から、門番がよく通してくれたな。有事の際以外なら絶対に通さないのだが」

「はい。昨晩、お暇する際に、城内の使用人の方々や、御庭番の方、馬番のかた、騎士の方たち、それから門番に立たれていた方などに、明日から妻として参りますので、よろしく、とお伝えしておいたからではないかと思うのです。ぬかりはございませんわ」


 口に入っているものを吹き出すかと思うほどの衝撃だった。


(——すでに外堀を埋められているだと? ということは……)


「エリック、エリック! 今日の朝刊をすぐに持ってこい!! 大至急だ」

「旦那さま、どうされたのですか? こちらが朝刊ですが。それとゴシップ紙もたまにはいかがでしょう」


 そこには、どうだろう、一面の大見出しが踊っていた。

≪ついにあの傷者辺境伯、9歳の幼子に手をだす。犯罪すれすれか≫

 ゴシップ紙にはもっとひどい見出しがバーンと載り、昨夜の夜会の詳細が書かれていた。


(——俺の人生は終わった……もう辺境伯領はおしまいだ。まともな妻を娶ることもできそうにない)


 朝食をこれ以上食べる気にはなれず、メイドに下げさせ、書斎に引きこもった。


 ベルを慣らして、エリックだけを書斎に呼んだ。


「お前、知っていただろう。俺は、もう、どうしたらよいかわからん」

「もちろんです。そうでなければ執事長など務められません。ですが、旦那様、やはりあのご令嬢はあの年齢にしておくには惜しいくらいのやり手ですぞ。恐ろしいくらいの行動力です」


「それはもう、十分すぎるくらいによーーーーくわかった。あと1か月も来られたら、真実にされてしまう。早く追い出せ。それに……」

「なんと、あの幼子を追い出すなぞ、この老いぼれにはできませぬ。旦那様がお受けになったのですから、ご自分でお話されなくてはなりませんよ。まさか、辺境伯ともあろう方が、9歳の婦女子からお逃げになるのですか?」


「エリックお前、とんでもなく意地悪だな。分かっている、分かっているが、あの子と話すとテンポが乱されて、うまく会話にならん」

「年齢の差、というやつでしょうかな」


 ふぉっふぉっと笑っているこの老獪なジジイには、なかなか俺も逆らえない。

 外では何をしているのか、楽し気な声が聞こえた。


 侍女と共に、庭園で何かをしているようだ。腕いっぱいに束をかかえていた。庭に咲いていたものを切ってもらったらしい。花には興味がないから、一体なんという花なのかはわからない。


(——あのような姿は年相応に見えるのに、おかしな娘だ)


 庭師にもあれこれと話かけているようだ。本来なら、あのように遊んだり、感情のままに笑ったりすることが許される年齢だ。


(——このようなむさくるしい男と結婚など)


 きらきらとした存在から目を背け、ひとまず書類仕事に没頭することにした。


「アレク様、お昼はとうに過ぎておられますよ」


 カラカラとティーセットをワゴンに乗せた侍女とともに、書斎にリリー嬢がやってきた。

 時計を見ると、すでに14時を回っていた。凝り固まった背中と肩の筋肉が、時間の経過を明確に教えてくれた。


「すまない、集中しすぎてしまったようだ。リリー嬢は食事はとったのか?」

「はい、いただきました。アレク様、少し休憩をなさってください。軽食とお茶をお持ちしました。頭がすっきりするように、ハーブティーです。お好きではないかもしれませんが、癖になるお味ですよ」


 普段はコーヒーしか飲まないが、好意は素直に受け取ることにした。


(——不思議な香りだ。スッとする香りと、後に残らない飲み心地。軽食のサンドイッチともマッチする)


「うまいな。初めて飲んだが、どこかで購入してきたものなのか?」

「先ほどお庭で摘んだものをお茶にいたしました。フレッシュな方が、苦みもなくおいしく召し上がっていただけますから。このレシピは当家で飲んでいるものなので、ご安心ください。庭師とコック長には許可を得ていますわ。もちろんリズにも」


 俺のために摘んでくれたのだ、と思うと嬉しさがこみあげる。


「そうだったのか。わざわざありがとう。よければレシピを教えてもらえないか。そうすればリリー嬢の手を煩わせることもない」

「いえ、そうしましたら、また入れて差し上げます。わたくしが、そうしたいのです」


 ニコニコと微笑まれると、なかなか強くはいえない。


(——お茶くらいなら任せてもいいか。侍女もリズもいる)


「そうか、ではまた頼む」

「そういえば、アレク様、庭園をお借りしてもいいでしょうか。もちろん、リズと庭師に相談しますので、勝手な真似はいたしませんわ。少々、模様替えもいたしたく、金貨10枚ほどの支出が出てしまいますが」


(——ハーブでも追加で植えたいということか。予算まで計算してくるとは、本当に9歳なのか?)


「構わない。エリックに伝えておく」

「ありがとうございます、アレク様」


 嬉し気に頬を紅潮させたリリー嬢は、本当に愛らしいお嬢さんだ。



 翌朝も、翌々朝も、またその翌朝もその翌朝も。

 毎日リリー嬢は同じように朝食前からやってきた。鍛錬をどこから覗いているのかは、まったく見つけられない。昼食にはハーブティーを入れてくれ、晩餐を取ったら子爵邸へと戻っていく。


 仕事の合間に、一緒にお茶に興じたり、領内にでかけることもあった。すでに2週間はリリーのいる生活を送っている。


 いつの間にか、豪奢だけれどどこか垢抜けない城内にそこかしこと生花が飾られ、痛んだカーテンが新しくなり、統一感のない家財道具が入れ替えられた。古ぼけたラグや、クッションカバーも新しくなった。

 ただそれだけなのに、城内が生き返ったようだ。


 リリーは、何をやるにしても俺やエリック、リズに相談してから行動する。そんな姿は好ましかった。


「まるで奥様がいらしたときのよう」

 とリズは泣いて喜んだ。


(——確かに、城内が明るくなった)


 フェル子爵家では、幼女趣味の噂を打ち消そうと新聞社に抗議したり、周囲の貴族たちに説明してくれたらしいが、言えば言うほど、抗議すればするほど、ゴシップ紙が面白おかしく書きたて、噂が大きく膨らんだ。すでに訂正する気力はなく、書きたい奴には書かせておけばいい、言いたい奴には言わせておけと放置気味である。


 今朝は、庭園に工事作業者が来ているようだ。例の模様替えのために呼んだのだろう。リリーは侍女やメイド、リズたちと共に図面を見ながら、なにやらやっている。この図面だけは、内緒なのだと見せてもらえていない。


 いつも通り午前中は書斎に引きこもって仕事をしていると、何か怒鳴り声のようなものが聞こえた。エリックに騎士を呼ぶよう合図し、すぐに階下へ降りて行った。



「そうはおっしゃられましてもねぇ。ここはヴァレンティア辺境伯様のお城ですし、いくらお貴族様とはいえ、慰み相手に過ぎないようなお嬢ちゃまのご指示は聞けませんなぁ」

「ヴァレンティア辺境伯領がお預かりしているご令嬢に対し、なんという口の聞き方! 恥を知りなさい!」


 リズが烈火のごとく怒っている。


「はん、ヴァレンティア辺境伯ねぇ。幼女趣味の変態なんだろう。かわいそうになぁ、変態に弄ばれて。そんなにかわいい天使ちゃんみたいなのに、もうお先真っ暗さ。変態に取材できるまで、ここから絶対に動きませんぜ」


 どこからか庭園の改修工事の噂を聞きつけたゴシップ紙の記者が、門番をだまして侵入したようだ。


「誰の居城で騒いでいる」


 上背が190㎝を超える俺の登場に、記者たちはたじろいだようだ。リズに目配せし、リリーを下がらせた。


「誰のお先が真っ暗だと? 慰みものだと? 俺のリリーにそんな口を聞くのは誰だ? いや、返事は不要だ。お前だな」


 記者の襟首を掴んで宙づりにし、刀でつついてやる。記者がひやっと身もだえして暴れたが、かまわず続けた。


「ゴシップ紙など放置しろと言っていた俺の責任だ。よくもあの娘にあのような事を。ところで、この辺境伯領が、建国から今日に至るまで、唯一、一度も隣国の侵入を許したことがないのは、なぜかわかるか」


 宙づりの記者がぶるぶると首を横にふった。体が振り子のように揺れるのが滑稽だ。


「侵入しようとしたものを絶対に生きて返さないからだ。死に物狂いで、年寄りから子どもまで、絶対に国境を守り抜く。お前達は今日、我が城に侵入した。これは由々しきことだ。同じように、生きて返さぬ。家族は隣国に追放する。即時だ。今後、何も見ることも聞くことも書くことも出来ぬよう、目と耳、手は潰す」


「そ、そんな、あんな程度で。それに裁判を受ける権利があるはずだ!!」


(——虫けらの分際で何をいうか)


「平民が貴族に対して、暴言を吐いた時点で不敬罪が適用される。どのみち即時死刑だな。再確認させてくれてありがとう、虫けら諸君」


 ぱっと手を離すと、ドサッと尻もちをついた記者は、恐怖のあまり失禁したようだ。


「騎士団長、遅かったな。この者らの首を撥ねろ。それから、城壁に吊るせ。墓に入る資格を持たないやつらだ。家族は隣国に追放せよ。目、耳、両手は潰せ。即時だ。手鏡1つ持たせるな。それから、こんな奴らを通した門番を牢に繋げ。私が尋問する」


 怒りで頭に血が上る。


「エリック、すべての新聞社に通達しろ。ただ、≪城壁に吊るした≫、とだけ通達すれば、すぐにわかる」


 サッと敬礼した騎士団長と一礼をしたエリックを見、無礼者たちが芋虫のように担がれて消えたのち、城内に戻った。


 リズに付き添われたリリーは、大きな目に沢山の涙を浮かべていた。


(——ああ、怖がらせてしまったようだ。暴言も言われ、処刑を命ずる俺の姿は恐ろしかったろう。でも、これで、正気に戻るかもしれない。……リリーがいなくなるのは、正直寂しいが)


 腰をかがめて、ソファに座るリリーの視線の高さに合わせた。


「リリー、怖がらせて申し訳ない。油断していた俺が悪かった。もっと早く対処するべきだった。聞かなくてよい言葉も聞かせてしまった」


 ポロっと流れる涙をハンカチで丁寧に拭った。


「アレク様、わたくしは大丈夫ですわ。少し怖かったですけれど、もう大丈夫ですの。わたくしを守ってくださいました。思った通り、やっぱりわたくしの王子様ですのね。お顔の傷なんてちっとも怖くありませんわ」


「リリー、無理しなくていいんだ。もう子爵家に帰って……永久に当家には来ないほうがよかろう。子爵にも子爵婦人にも、私が説明しよう。将来、好きな人と結ばれるよう、私が後押しをすることもできる」


「どうしてそんなことをおっしゃるのです、わたくしはどこへも行きませんわ!」


 ひし、と抱き着いてきた彼女を、無下に引き離すことは出来なかった。


(——この気持ちが友愛なのか、親愛なのか、恋愛なのか、まだ名前をつけることはよそう)


「わかったよ、気が済むまで好きなだけ、ここに通えばいい」

「わかってくださってありがとうございます、アレク様、大好きです、お慕い申し上げますわ」


 この直球の好意が、いつまでも続くことをどこかで俺は願っていた。



「アレク様、わたくしはもう16歳になりました」

「知ってるよ、俺はもうおじさんだ」

「おじさんじゃありませんわ、王子様、ですわ。間違えたら怒りますわよ」

「はいはい」


 腕を組んで、パーティー会場へと向かっている。


 今日、リリーの成人の日を迎えている。

 俺が送ったデビュタントのための真っ白なドレスを身にまとっている。純白のロング・ボールガウンにオペラグローブをしているリリーは初々しく、美しかった。


 あの時の彼女より大人びて、かわいらしい、愛らしい姿がぐっと成長し、人々から心から愛される女神のように神々しい。

 ふわふわの髪はいつまでも撫でていたいし、大きな青い目に見つめられるとうっとりしてしまう。


 エスコート役の俺もふさわしく、ブラックの燕尾服、白のウィングカラーシャツ、白のベスト、白の蝶ネクタイ、白のオペラグローブをはめている。


 あれからもリリーは、毎日毎日通ってきた。

 もう女主人のように君臨し、庭園の改装工事も無事に終わっている。俺と散歩をするため、小径を作り、季節の花をふんだんに取り入れた、モダンな作りになった。


(——少女があんな設計をするとは、今でも到底思えないが)


 言い寄る男も数多現れたが、その都度、リリー自身が蹴散らしてしまったらしい。


(——情けないことに、そのおかげで焼きもちを焼く、醜い中年の姿を見られずに済んだ)


 処刑騒ぎの後は、幼女趣味の噂はあっという間に消えた。各新聞社がお詫びや訂正記事をのせ、一時は社交界も騒然としたものだった。


 子爵家に説明しに訪れたものの、

「あの子がいいなら、私共はなにも」

 と言って、追及されることも咎められることもなかった。


 不意に昔を思い出していると、リリーが立ち止まった。


「アレク様、あの夜会の日、わたくしがここでプロポーズしましたね。あの時はお倒れになってしまわれて」


 クスクス笑うリリーにむっとしてしまう。あの夜会の日は遠い昔のことのように思われた。


「リリーが突然結婚する!!!なんて叫ぶから……」

「そうなのですか?」

「そうだよ」


「アレク様、わたくし、まだあの時のお返事をいただいておりませんの」


 くるりと振り返ったリリーがまっすぐに俺の目を見つめてきた。


「十七歳年上だ」

「知ってますわ」

「たぶん早く死ぬ」

「死なないかもしれませんわ」

「もしかしたら、禿げて腹が出て、白髪だらけになるかも」

「歴代ふさふさですし、太ったらお痩せになればいいし、髪はみんな白くなるものですわ。わたくしもいずれは白くなるのですよ」

「それに、介護が必要になるかもしれないし、次に戦場にいったら戻ってこれないかもしれない」

「そうしたら介護しますわ。専門家と一緒にですけど。アレク様は戻ってきますわ。わたくしのために」

「顔の傷が醜いだろう」

「勲章ですわね」

「中年では気持ち悪くないのか。もっと若くてピチピチした騎士も沢山いるだろう」

「アレク様がいいのですわ。それから、ぴちぴちは死語ですの」


「はぁ、……もう断る言葉がなくなった」

「それはよかったですわ」


 ニコニコとリリーが微笑んでいた。


「リリー、私と、生涯を共にしてくれるか。もう、手放すことは出来そうもない」

「もちろんですわ。それに、それはこちらも同じですわ。もう7年も前から」

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。後日、番外編を書くかも・・・・しれません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ