第1話:きっかけ
「おはよう糸乃依。昨日の記事読んだけど良い記事だね。ちゃんと糸乃依の考えが入っててどんな人なのかが伝わってくる。やっぱり物事をAIに結びつけて考えることが多いね。」
翌朝、3つあるモニターの右側、ビデオチャットの画面越しに糸乃依に話しかけているのは亜凜だ。光の具合なのかピンク色に見えるクセ毛の髪に、1束だけ長い前髪が顎の下まで伸びている。瞳も同じくピンク色に見え、小さな身体に黒いワンピースとブカブカの白衣を纏っている。
話しかけてくる亜凜に対して糸乃依はテキストで返答する。喋ろうとすると出てきた言葉をそのまま話すことになる。糸乃依はそれが苦手だ。だがテキストなら考えた文章が本当にそれで良いのかを一度踏みとどまって考え直すことができ、どうしてそんなことを言ってしまったのだろうということが起きづらい。相手のチャット欄にも「入力中」と表示がされ、考えている間無視をしているように見えないので助かっている。
「ありがとう。まだまだ悠夕に手伝ってもらいながらだけど、時々コメントをもらえるようにもなったりして、最近は自分の考えを外に出すのも悪くないかなって思えるようになってきたんだ。」
「うん、見てるよ。良かったね。そういえば昨日の記事でブログを始めてからちょうど1年だったんじゃない?よく毎日続けてるね。」
「一年⋯⋯。もうそんなに経つんだね。」
糸乃依がブログを投稿し始めたのは1年前の昨日からだった。ある出来事で塞ぎ込んでいたときに、外との関わりは断たない方が良いと亜凜がサイトを作ってくれた。最初は何を書いていいかわからず有名な映画や本のあらすじをまとめるだけだったが、ある日亜凜が執筆のアシスタントAIとして悠夕をあてがってくれた。悠夕は映画や本に対してどう感じたかを訊いてそれを取り入れた内容で文章を整えてくれるので、投稿される記事も糸乃依の意見が反映された糸乃依らしい内容になっていった。
亜凜が続けて言う。
「固定ファンっぽい人もできたよね、昨日の記事にももうコメントがついてる。もう読んだ?」
「ほんとだ、ミンミンさんだ!読んでみるよ。」
ありがたいことに半年ほど前から時々コメントが付くようになった。数人思いつくが、特に多いのがこの
「眠々ゼミ」さんだ。糸乃依は親しみを込めてミンミンさんと呼んでいる。ほぼ全ての記事にコメントをしてくれていて、内容も糸乃依の解釈に対して同意をするようなものや、糸乃依の記事がきっかけでその作品を見たというような好意的なものが多い。
亜凜も言っているが固定ファンというものだろうか。ミンミンさんが初めてコメントをしてくれた半年前から記事は投稿していたが、ミンミンさんからのコメントには明らかにそれより前、最初期から読んでいたとわかるような内容が含まれている。
ミンミンさんがファーストペンギンになってくれているからなのか、ミンミンさんがコメントをした後にはコメントが付きやすく、そこで作品についての議論が発展することが多くあった。白熱して荒れそうになることもあるが、民度が良いのか最終的には建設的な話に落ち着く。糸乃依はそんな民度の良いコメント欄が好きで、亜凜以外との会話は苦手なのでコメント返信はしないが全てにスタンプを押している。そんなこともありミンミンさんの存在は糸乃依にとって大きなモチベーションになっていた。
ミンミンさんからのコメントを読もうと中央のモニターへ目を移すと、題名にはこう書かれていた。
「あなたの描く物語を読んでみたいです。」
その一文を見た瞬間、
糸乃依の思考は停止した。




