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第8話 色めくギャップ

 数日後。


 水琴さんへの声がけは、しっかり継続中である。もはや、習慣になってきたと言っても過言ではない。


「おはよう、水琴さん」


「…………おはよう、ございます」


 俺の挨拶に、しっかり返事をしてくれるようになった水琴さん。水琴さんの周囲には、やはりオレンジ色の光がゆらゆらと楽しげに揺れていた。しかも、ちゃんと俺の顔を見て言ってくれるようになったのだ。


 これまではすぐにそっぽ向かれちゃってたからなぁ。まぁ……今も相変わらずの無表情なんだけどね。


 でも、皆が言う『睨まれているみたい』とは全く感じない。俺の中で、水琴さんの印象が少しずつ、でも確実に変化していた。


 水琴さんと言えば、『完璧で孤高のクールビューティー』というイメージが付き纏う。あぁ、あと『水琴さんとは、三言以上続かない』だったっけ。


 しかしながら、それは周囲が勝手に抱いているイメージであって、必ずしも本人がそのイメージ通りであるとは限らないのだ。もちろん、このイメージの定着において、彼女自身にも責任の一端はあるわけだが。


 俺は今、水琴さんに対するイメージに対して、疑問を持ち始めていた。俺とて初めて水琴さんと言葉を交わすまではこのイメージに引っ張られ、近付くことを避けていたので大きなことは言えない。


 ただ、これまでの俺は、あまりにも水琴さんのことを知らなさすぎた。


 一学期の俺の席は、教卓のド真ん前。板書を見るのには最適だが、教室内の様子を観察するには不向きな席だった。


 それが今は、水琴さんとは隣同士の席となり、少ないながら言葉を交わすまでになった。そうしてようやく見えてくるものがあったんだ。


 具体的に言うと……そうだなぁ。


 水琴さんは全然完璧なんかじゃなかった、ってところかな。水琴さんも、よくよく注意して見れば、これはこれで結構可愛らしいところがあるんだとわかった。


 これは四時限目の授業中のことだった。


 どうでもいいことだが、右隣の住人である高橋は、授業開始から十五分と経たないうちに、机に突っ伏し、夢の世界へと旅立っている。


「…………あっ」


 せっせと板書をノートへと書き写していた俺の耳に、左側から微かな声が届いた。


 声に続いて、俺の左足になにかが軽く、こつんと触れたのを感じた。視線を下に向けてみると、床に消しゴムが転がっている。


 さっきの声は、これを落とした時に漏れたものだったのだろう。俺は身をかがめてその消しゴムを拾い上げ、そっと水琴さんの机の上に置いた。


「また落としたよ。気を付けてね」


 思わず、笑ってしまう。水琴さんが消しゴムを落とすのは、本日これで二度目だった。


 水琴さんは授業中、よく机から物を落とす。それは今みたいに消しゴムだったり、ペンだったり、プリントだったり色々である。うっかりしているのか、おっちょこちょいなのかはわからないが、その完璧というイメージは少しずつ崩れていった。


 だから俺も、自分の近くに落ちてきた時には、こうして拾ってあげることにしている。


 水琴さんは、手元に戻ってきた消しゴムを、また落とさないように机の中央付近に寄せ、お礼を言うようにペコペコと頭を下げてくる。


 授業中だからか、言葉はない。でも、その代わりに水琴さんの周りには、空色の光が揺れていた。まるでネモフィラの花を思わせるような、爽やかな色。


 なんとなく、『ありがとう』と言われている気がした。


 これは、俺の憶測にすぎない。というよりは、感覚的なものかな。その時々の状況と照らし合わせて考察してみると、一つの仮説にたどり着いた。


 水琴さんの周りに揺れる光は、彼女の気持ちとリンクしているんじゃないかって。


 あまりにも荒唐無稽で、現実離れしている気もするが、他に考えられる説はない。いや、もしかすると、俺が無意識のうちにそう思おうとしているだけなのかもしれないが。


 初めてその光を目にしたのは、水琴さんが俺に礼を告げた直後。その時は、オレンジ色と、空色の光だった。


 二回目は、しっかりと言葉で挨拶を返してくれた時。照れたような、恥ずかしがるような薄紅色だった。


 あくまで俺の直感ではあるけれど、わかる範囲でまとめてみるとこうなる。


 薄紅色──照れ、恥ずかしさ。

 空色──ありがとう、感謝。

 オレンジ色──楽しい、嬉しい。


 板書を移す合間に、ノートの端に書き込んでみた。


 おそらくはこんなもんだろう。今のところ、目にした色はこの三種類。今後、まだまだ増える可能性は大いにある。


 でも……他の人には見えないんだよなぁ。

 なんで水琴さんだけなんだろ……?


 その疑問だけは、どうしても解けなかった。そんなことを考えているうちに、四時限目は瞬く間に過ぎていった。


 チャイムが鳴ると、水琴さんは机の上を片付け、鞄に手を突っ込む。そして、コンビニのものと思われるレジ袋を取り出し、一人で昼食タイムを始めた。両手でサンドイッチを掴み、もふもふと頬張る姿も、どこか小動物のようで可愛らしい。


 これも隣の席になって知ったことだが、俺はそれまでもっと上品に食べるのだと思い込んでいた。水琴さんのことを知れば知るほど、彼女もまた普通の女の子なのだと思い知らされる。


 それがまた、俺の興味を掻き立てる。もっと、本来の水琴さんという人物を知りたい、その欲が俺の中で大きくなっていく。


 ……とまぁ、あまり水琴さんのことばかり考えているわけにはいかないんだけど。


「おーい陽介、購買行こうぜー」


 蒼汰が俺を呼びに来る。俺の昼食は基本的に購買のパン。あまりもたもたしていると、売り切れて食いそびれてしまうのだ。


「ん、行こうか」


 俺と蒼汰は連れ立って教室を出た。後ろから、


「あー、つっかれたぁ! お腹すいたぁっ!」


 という高橋の声が聞こえてくる。居眠りしていたくせに疲れたとはこれ如何に。まぁ、いつものことだからあまり気にしても仕方がないけれど。


 騒がしい昼休みの廊下。購買へと向かう途中、俺は隣を歩く蒼汰に尋ねてみた。


「なぁ蒼汰。今の気分は?」


「ん? なんだよ急に」


「いいから。ちょっと気になってさ」


「ふぅん……そうだなぁ。疲れた、あと、腹減った」


「……なるほど」


 なるほど、と答えてみたものの、さっぱりわからない。いや、蒼汰は割と顔に出る方だから、言っていることが事実なのはわかるのだけど、俺の疑問は解けなかった。


 どれだけ蒼汰を凝視してみても、見慣れた顔があるだけ。水琴さんのように、色の光は見られなかった。


「おい……なんだよ、そんなじっと見やがって。もしかして……惚れたか?」


「……はぁ?」


 なにを言ってるんだ、このバカは。呆れすぎて、自分でも驚くほど低い声が出た。なのに蒼汰は、キザったらしく前髪を搔き上げ、キメ顔を向けてくる。


「いーや、皆まで言わんでいい。わかってるさ、罪な男だぜ、俺は。でもわりぃな。俺にそっちの趣味はねぇんだ」


「俺だってないよ、そんなもん」


 あぁもう、なんかすごい鳥肌が……。


「んだよ、冗談に決まってんだろ。そんな本気で嫌そうな顔すんじゃねぇよ。傷付くだろうが」


「……冗談でも十分気持ち悪いって」


「んじゃ、この話はここまでにして、ちっと急ぐぞ。早く行かねぇと、目ぼしいもんなくなっちまうからな」


「……だね」


 それから俺達は黙り込み、早足で購買へと向かうことに。おかげでお目当てのパンを手に入れることができた。


 そして教室に戻ると、水琴さんはすでに昼食を終え、また窓の外を眺めていたのだった。

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