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第2話 水琴雫という女の子

 水琴さんと別れた俺は、走りながら蒼汰に電話をかけた。まるで待ち構えていたかのように、コールが始まるか始まらないかのうちに繋がり、気怠げな蒼汰の声が聞こえてくる。


『おーい、陽介ようすけぇ……おっせぇぞ。どーこほっつき歩いてんだよ』


「ごめんって。ちょっと迷子の道案内しててさ。もうすぐ着くから待ってて」


 なんとなく罪悪感が抜けきらず、その迷子が水琴さんであることを伏せてしまった。


『……ったく、相変わらずお前ってやつはよぉ。お人好しっつーかなんつーか。陽介がなかなか来ねぇから、ゲーセンで散財しちまったじゃねーか』


「いや、それは俺のせいじゃないから」


 俺は走るのをやめた。急ぐのがアホらしくなったというのもあるが、それ以上に暑すぎる。このまま走り続けたら干からびてしまいそうだった。


『まぁなんでもいいから、はよ来いよ』


「わかってるって。もうすぐ着くから」


 それだけ言って電話を切り、スマホをポケットにねじ込んだ。


 *


「はぁ……しっかし、味気ねぇよなぁ」


 ドリンクをストローを鳴らして飲み干した蒼汰が呟いた。


「なんだよ、藪から棒に」


 蒼汰と落ち合った後、俺達は当初の予定通りにファストフード店へと向かった。まずは腹ごしらえ、それから遊びに繰り出す、というのが今日の計画だった。


「いやさぁ……せっかくの高校最初の夏休みだってのに、なにが悲しくて野郎二人だけで遊ばにゃならんのか」


「おーいっ……誘ったのは蒼汰だろ」


「そりゃそうなんだけどな。でも、もうちっと華があってもいいと思うんだよ、俺はさ」


「悪かったね、華がなくて」


「そう拗ねるなって。別に陽介に不満があるわけじゃねぇよ」


 蒼汰の視線は、店内を見渡し、あるところで止まる。そこには俺達と同年代と思しき女の子二人組がいた。


 まぁ、蒼汰の言わんとすることはわからなくもない。彼女、とまではいかなくとも、女子を交えて遊びたい、ということだろう。


 俺としても、蒼汰ほどではないにしろ、そういう願望はある。クラスには仲の良い、というよりは、それなりに話をする女子はいるにはいるが、休日に一緒に遊びに行くほどではなかったりする。


「……ナンパでもしてみっか?」


「ヤダよ、ナンパなんて。みっともないし、そもそも俺はそこまで飢えてないつもりだよ」


「だよなぁ。言ってはみたけど、俺も同じだわ。なんつーか、普通に恋愛、してぇよなぁ……」


「蒼汰は……誰か気になる人でもいるの?」


「いや、今はいねぇな」


「今は、ねぇ……」


 つまり、前はいた、ということだろうか。


「ぶっちゃけ、見てくれだけなら水琴さんが最高なんだけどな」


 不意に、先ほど出会った水琴さんの名前が出て、思わず心臓が跳ねた。もちろん、やましいことなんて一つもないのだけど。


 乱れそうになった呼吸を必死で落ち着かせて、言葉を絞り出す。


 俺は、さっきの水琴さんとのやり取りを思い出していた。か細い声と、表情がないなりに、どこか必死そうな様子。水琴さんを語るには、今の俺にはあまりにも情報が少なすぎた。


「……それは、水琴さんに失礼、なんじゃないかな?」


「そうかぁ? あの水琴さんだぜ? ほれ、お前だって知ってんだろ。皆になんて言われてるかをさ」


 もちろん知っている。あのクラスにいれば、イヤでも耳にするから。


『水琴さんとは、三言以上続かない』


 うまいこと言ったつもりなんだろうが、俺としては、この言葉を聞くたびに少しだけ不快になる。


 とはいえ、これが全くの的外れというわけでもないから困ってしまう。


 入学当初、水琴さんはその美貌のせいで、それはもう人気者になっていた。誰もが、彼女のクールビューティーな魅力に夢中だった。他のクラス、はては上級学年からも人が押しかけてくる程度には。


 容姿が優れている、というのは、それだけで立派なステータスなのだと思い知らされた。


 だが、それから時間が経つにつれ、彼女の周りから人は遠ざかっていった。その理由は、俺も体験したばかり。


 いや……待てよ。そういえば、俺、水琴さんと三言以上会話、してたような?


 まぁいいか、ひとまずそれは置いておこう。


 とにかく、水琴さんに話しかけると、


『…………なんですか?』


 と、一瞥と共に、抑揚のない声で短い言葉が返ってくる。あの瞳で見つめられると、話しかけた側が言葉に詰まるのだ。そしてステータスであるはずの美貌も、その迫力を際立たせるのに拍車をかけてしまっている。まるで冷めた目で睨まれているように感じるらしい。


 そうして、一人、また一人と、彼女の周りからは人がいなくなり、入学から二週間もしない内に、彼女は完全な一人ぼっちになっていた。


 さらに付け加えておくと、その水琴さんに群がっていた中に蒼汰もいた、ということを俺は記憶している。


「うーん……でも、水琴さんにもなにかあるのかもしれないし、あんまり大っぴらに言わないほうがいいと思うよ?」


「わーってるよ、んなこたぁさ。だから、本人がいねぇとこで言ってんだろ」


「……そういうことじゃないんだけどなぁ」


 いまいち、俺の言うことが伝わっていない気がする。うまくは言えないが、噛み合ってないというか。


「んだよ。やけに肩持つじゃん。もしかしてお前……」


「それはっ……ないと思うけど……」


「ふぅん……まぁいいけどな。もしそうなら、陰ながら応援してやるぞ」


「あぁ、うん……もうそれでいいや。とにかく、この話はもう終わりにしよ。この後はカラオケ、行くんでしょ?」


 このままだと話が変な方に向いてしまいそうだ。それはそれで水琴さんにも失礼な気がする。そうなる前に、俺は強引に切り上げることにした。


「おっと、そうだったな。んじゃ、腹も膨れたし、腹ごなししにいくかぁ!」


「……ん、そうだね」


 心に妙な引っ掛かりを覚えたまま、俺達は次の目的であるカラオケ店へと向かうことになった。


 蒼汰と遊ぶのは、楽しい。なんだかんだでノリの良いやつなのだ。流行りの歌から懐かしのアニソンまで、男二人で四時間ぶっ通しで歌い続けた。終いには声も掠れるほどになっていたのだが──


 なぜかいつまでも、頭の片隅に水琴さんのことがこびりついて離れなかった。

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