プロローグ 初めての色
突然だが、俺には人の感情を色として視る能力がある。ただし、無条件にというわけではない。俺の推測だが、どうやら心から特別だと思う相手にのみ、この力は発現するらしい。
ただまぁ、最初の頃はそれがなんなのかさっぱりわからなかったし、その意味に気が付いたのは、かなり後になってからのことなのだが。
そして、俺のこの能力が働いたのは、後にも先にもこの世でたった一人だけ。おかげで、俺はかけがえのない人と出会い、関係を深めることができた。
さて──
俺がこの能力に目覚めたのは、おそらく、あの時。
彼女はひどく緊張した様子で、それでも真っ直ぐに俺の目を見つめて言ったのだ。
「──あの……夏休みのあの日……ありがとう、ございました……」
その直後、彼女の目がふっと細められ、頬はふわりと緩み、口角がわずかに持ち上がった。
そう、彼女は笑ったのだ。それまでの無表情が嘘のように。
ぎこちなかった。
ほんの一瞬だった。
でも、確かにそれは、紛れもない笑顔だった。
その瞬間だ。彼女の周りが、花が咲くように鮮やかに色付いた。俺には、彼女の輪郭を縁取るオレンジ色と空色の入り混じる微かな光が見えた。
瞬きの後には光は消えてしまっていたけれど、その光景は、強く俺の網膜に焼き付くと同時に、心にも深く刻み込まれた。
これが、俺と彼女の物語の始まり。
いや、違う。
彼女が言った『夏休みのあの日』──予期せぬ形で交差した、あの瞬間から全てが始まったのだ。
彼女にだけ視える色。
俺にしか視えない色。
きっと、あの出会いは偶然なんかじゃなかった。