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第二章 背を撫でる手のひら

 シルキーは寝室で過ごす時間が多くなった。

(……気持ちが悪い)

 胃や喉の不快感は日に日に強まるようだった。

 そういえば長時間馬車に揺られた時に、同じように気分が悪くなったことがある。


(あの時は、胃の中のものを吐いたら少し楽になったのだけど)

 今自分を襲っている気分の悪さは、馬車酔いとは比較にならないほどしつこい。


 寝ても良くならないし、空腹になると胃が酸で溶けるようにキリキリ痛むのに、食事を摂ると、それはそれで吐き気が強まるようだ。

 何をどうしても、つらい。


 ストレス解消に塔に登っても、庭で走り込みをしても治らない。

「毎日、塔に登っていたようだな」

 夜更けに視察から帰ってきたバイエルに呆れまじりに呟かれて、シルキーは猛烈にイラっとした。


 二人の寝室で誰の目も無かったのも災いした。

「久しぶりに帰ってきたと思ったらお説教ですの!?」

 メラメラと燃えるように胸が熱くなる。


 塔に登ることを注意されるのは、それこそ毎度の事だ。そのことにどうしてこれ程イライラしてしまうのか、シルキー自身がよく分からない。

 久しぶりに夫の顔を見れて嬉しいはずなのに。


 バイエルは声を荒げたシルキーを見て驚いた表情を浮かべた。

「……何かあったのか?」

 シルキーは唇を噛んだ。


 まるでコントロールが利かない怒り。分かっている。自分のこの感情は理不尽だ。妃の分を弁えていない。それなのに。


「ソリスト様のこと」

 シルキーは胸を掻きむしりたくなった。

 実家を離れた婚家で隠し事をされる孤立感。無力感。

 言わなければ気が済まなかった。


「なぜ私に教えてくださらないのです!」

 バイエルが不意を突かれたような顔をする。

 シルキーは立っているのがつらくなってソファに倒れ込んだ。


(あああもう!)

 身体が頑丈なのは自分の取り柄の一つなのに、最近は食事を満足に食べられないせいか疲れやすい。

(悔しい)


「シルキー」

 バイエルが近づいてきて手を伸ばしてきたが、その手を振り払った。

 ずっと気になっていた、ソリスト皇子の真相。


 暴発するように感情が噴き出した結果とは言え。

(問い詰める絶好の機会なのに)

「ううぅぅぅ……」

 ソファのクッションに顔を埋めて唸ってみても、吐き気が取れない。


 目の端に涙が滲む。思い通りにならない自分の身体が許せない。

(私の気持ちなんか全然分かってない)

 ムカムカしながら泣き始めると、バイエルの手が遠慮がちに背を撫でる。


 悲しいのか、許せないのか、孤独なのか、一人にしてほしいのか。

 一体誰に向けた気持ちなのか、それすらも。

(分かってないのは、私の方だ)


 混乱して、ささくれだった気持ちがバイエルに背を撫でられることで少しずつ穏やかになる。

 深く息を吐く。

 吐き気も幾分かおさまるような気がした。


(八つ当たりしちゃったなぁ)

 今の自分は完全に夫に体調不良の八つ当たりをしている。

 身体が楽になる程、頭は冷静になっていった。


「……イライラして、ごめんなさい」

 クッション越しにくぐもった声で謝ると、夫は一度背中を撫でる手を止めたが、「気にするな」と言って再び撫で始める。

 手のひらの温かさが心地良い。


 しばらくして、シルキーは思い立ってバイエルに唇を寄せた。

「……!」

 バイエルは戸惑うように受け入れる。

 口づけなんていつもしている。

 でも久しぶりだと妙に気恥ずかしくて、その羞恥心を悟られないように、シルキーは努めて平静を装った。


 お互いの指を絡ませたのが合図か、やがてバイエルの方からシルキーを求め始める。

 食むような口づけを何度か繰り返した後、バイエルはシルキーの首筋から鎖骨に唇を這わせた。

 いつもなら身を任せてしまう流れなのだが。


「うぅ……バイエル、今日は……」

 馬車酔いにも似た気分の悪さがやはり取れず、シルキーはバイエルの胸を弱々しく押し返した。

 身を引いたバイエルが、シルキーの顔を注意深く見つめている。


 そして、彼はいつものように髪を優しく撫でて額に一つキスをした。

 シルキーは想像していなかった。

 自分の状態が、この先更に悪化することを。

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