最終章 太陽と月のシンフォニー
皇帝として即位したバイエルと皇后となったシルキーが、公務の合間を縫ってシンフォニーの様子を見にアルザス家を訪れた日。
「シンフォニーはシルキーに似ている」
庭を散策中のシンフォニーを見つけて、バイエルは呟いた。
今日、両親が来ることを知らない少年は、屋敷の庭でのんびり虫や花を眺めている。
バイエルの即位と同時に皇太子となった息子のシンフォニーは五歳になっていた。
シンフォニーの柔らかい茶色の髪と紺色の瞳は恐らくアルザス公爵夫人譲りだが、目鼻立ちはシルキーによく似ていた。
一目見た者を虜にしてしまう愛嬌のある顔立ち。形の良い瞳。
(愛らしい)
バイエルは、自分が知らない幼い頃のシルキーの姿を想像させてくれるシンフォニーを見るのがいつも楽しみだ。
「また大きくなったな」
遠くから声をかけられて、シンフォニーはキョロキョロと周りを見渡した。
「おいで、シンフォニー」
バイエルは愛息のシンフォニーに向かって手を広げた。
父を見つけたシンフォニーは目を丸くしたが、すぐに笑顔を弾けさせた。「はあい!」と元気に応えるとバイエルの腕に飛び込む。
バイエルに目線の高さまで抱え上げられるシンフォニー。
すると、シルキーがシンフォニーごとバイエルを抱きしめる。
「とうさま! かあさま!」
間に挟まれたシンフォニーが、二人に潰されながら嬉しそうに笑う。
「久しぶり! 元気だった?」
シルキーが問いかける。
「うん!」
「壁に登ってはいないか?」
「かべ?」
バイエルの問いに、シンフォニーは首を傾げる。
「まだ大丈夫そうだな」
その横でシルキーがむくれている。
優しい陽の光が差しこむアルザス家の庭園を、蝶が飛び交っている。
「とうさま、いつ、いらしたのですか? もんまで、おむかえに、いきたかった」
シンフォニーはたどたどしく言葉を紡いだ。
バイエルはシンフォニーと額を触れ合わせて言った。
「可愛い息子を驚かせたかった」
「おどろきました。ふふっ」
はにかんだ笑顔を見せるシンフォニーを、バイエルはたまらずぎゅっと抱きしめる。
兄ソリストが失った幸せを思う。
(守れるだろうか)
———『闘いましょう、バイエル』
シルキーの声が耳に蘇る。
死地で背中を預けられる戦友のような、ずっと撫でていたい小さな獣のような、自分の妻。
「この子のために闘おう、シルキー」
傍らのシルキーはバイエルの突然の言葉に驚いたようだったが、やがて穏やかな笑みを返した。
静かだが強さを感じさせる笑顔だった。
「ええ」
忙しい仕事の合間に許された束の間の家族の時間を、三人は陽だまりの中で過ごした。
✳︎✳︎✳︎
その後、麗しくしたたかな青年に成長したシンフォニーは、バイエルの母である皇太后を含む皇宮の女性達をことごとく虜にしてしまう。
シンフォニーは皇宮においては父バイエルの右腕に、母シルキーの盾になった。
母譲りの美貌で微笑んだシンフォニーが「お祖母様」と呼ぶだけで、皇太后はシルキーへの嫌味を言えなくなってしまうのだが、それはまだ先の話。
最後まで読んでいただきありがとうございました!
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※「ノスタルジア」本編では、バイエルとシルキーの子供達が冒険や恋をし、成長します。よろしければ是非そちらもお楽しみください。




