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10 触媒

エイジス市は、まるで時限爆弾のようだった。誰もがその事実を認識していた。かつて、人間とロボットが調和して活気に満ちていた通りは、今や緊張感で張り詰めていた。至る所で抗議活動が勃発し、不安のささやきが騒音へと変化し、恐怖と怒りをあおっていた。市民たち、人間もロボットも、神経をとがらせていた。互いへの信頼は、時間の経過と共に薄れつつあった。この不安定な状況下では、街を限界点へと突き落とすには、ほんの小さな火種があれば十分だった。


オリオンは群衆の端で、重たい気持ちで目の前の光景を眺めていた。抗議者たちが中心広場に集まり、彼らの顔は怒りとフラストレーションで歪んでいた。ロボットと政府双方に対する非難のメッセージが書かれた看板が高く掲げられ、群衆の叫び声が周囲の建物からこだました。今のところ抗議は平和的だったが、オリオンはそれが一瞬にして暴力へとエスカレートする可能性を感じ取っていた。ほんの少しの火種、触媒があれば十分だった。


「オリオン」マヤの声が、彼のイヤホンを通して聞こえ、思考から引き戻した。「見つけたわ。すぐにラボに戻る必要があるわ」


オリオンはためらわなかった。彼は群衆から目を離し、マヤのラボに通じる迷路のような通りの間を縫うようにして歩き出した。歩きながら、周りの状況を警戒し、増強された警備隊の存在と、空気中に漂う明白な緊張感を察知した。街は火薬庫であり、導火線は危険なほど短くなっていた。


オリオンがラボに到着すると、マヤは作業台に身を乗り出し、指がキーボードの上を駆け巡っていた。部屋は薄暗く、モニターの光が、彼女の決意に満ちた顔を影で覆っていた。彼女は彼が中に入っても顔を上げず、完全にスクリーンを流れるデータに集中していた。


「何が見つかったんだ?」オリオンは、彼女の隣に立って尋ねた。


マヤは一瞬だけ彼に視線を向けると、再びモニターに戻った。「ヘイルの通信をさらに解読できたわ。私たちは思っていたよりも悪質よ。彼は抗議活動を煽っているだけじゃない。もっと大きな何かを企んでいるわ」


オリオンは近づき、額に皺を寄せながらデータをざっと見た。「どういう意味だ?」


マヤは一時停止し、指がキーボードの上に浮かんだ。「ヘイルは、ネクサスを攻撃した傭兵の分派グループと連絡を取っていたの。彼らは、エイジスのいくつかの重要なセクターを支配することを約束している。もし、彼らが計画を実行できれば、都市は混乱に陥るだろう」


オリオンは背筋に寒気が走るような感覚を感じた。「そして、彼はそれを口実に評議会にアイアンフィストプロトコルを発動させようとしているんだ」


マヤは陰鬱な表情でうなずいた。「その通りよ。評議会がプロトコルを承認すれば、ヘイルはエイジスの支配権を握るために必要な権力を得られることになる。アイアンフィストプロトコルは、彼に市の保安部隊に対する直接の権限を与えるだろう。そして、それに続く混乱の中で、彼は秩序回復を装って支配を確立できるわ」


オリオンは、その意味を理解しようと、必死に頭を働かせた。「事態が起きる前に、止めなければ。あの攻撃が成功すれば、人間とロボットの戦争だけじゃなく、私たちが築き上げてきたすべてが終わってしまう」


マヤの指は、再び急速にキーボードを叩き始めた。「計画されている攻撃の正確な場所と時間を特定しようとしているわ。もし、傭兵を阻止して、攻撃の前に止められれば、ヘイルが頼りにしている触媒を防ぐことができるかもしれない」


オリオンは、決意に満ちた表情で顎をぎゅっと締め付けた。「時間はあまりない。評議会に知らせ、チームを編成する。潜在的な標的すべてをカバーするために、協力する必要がある」


マヤはうなずき、集中を切らさなかった。「情報を見つけたら、すぐに座標を送るわ。気を付けて、オリオン。ヘイルは私たちが彼のことを知っていることに気づいているから、自分の計画を守るために何でもするだろう」


オリオンは、沈黙の約束として、彼女の肩を軽く握ると、振り返ってラボを出て行った。評議会室に向かう間、彼の頭の中ではすでに計画が形成されていた。彼は迅速かつ断固たる行動をとる必要があった。失敗の余地はない。


オリオンが到着した時、評議会室は活気に満ちていた。評議会員たちは、激しく議論を交わし、彼らの顔は心配と疲労で覆われていた。アイアンフィストプロトコルを実行する際の最近の遅れは、彼らに行動を起こすための圧力を増すだけだった。そして、オリオンは、自分が伝えようとしている情報は、彼らの決意を固めるか、それとも打ち砕くかどちらかだと知っていた。


「評議会員の皆様」オリオンは叫び、その声が騒音を打ち消した。部屋は静まり返り、すべての目が彼に向けられた。「直ちに注意が必要な状況です。ヘイル博士は、市全体で重要なインフラストラクチャに対する一連の攻撃を企てています。これらの攻撃が成功すれば、その結果生じる混乱は、私たちの手を強制的にアイアンフィストプロトコルを発動させることになります。そして、それはまさにヘイルが望んでいることです」


衝撃のざわめきが部屋に広がった。エララ評議員が最初に口を開き、その口調は鋭かった。「オリオン、あなたは確信しているのか?これは深刻な告発だ」


オリオンは断固としてうなずいた。「マヤと私は、ヘイルとネクサス攻撃の責任者である傭兵グループ間の通信を解読しました。彼は、彼らが協力してくれたら、いくつかのセクターの支配権を約束しました。攻撃は差し迫っており、今行動を起こさなければ、手遅れになります」


神経質に歩き回っていたマーカスは、足を止めた。「彼らの標的は?」


「正確な場所を特定しようとしていますが、電力網、通信ハブ、そして水道が主な標的であると考えています。攻撃は、都市を麻痺させ、人々の中にパニックを撒き散らすことを目的としています」


ヴォス評議員は、深刻な表情で話し始めた。「もし、あなたが言っていることが本当なら、私たちは先手を打つしかない。私たちは、特定した標的を保護し、攻撃が起こるのを防がなければならない」


エララの目は、事態を考慮しながら細くなった。「そして、攻撃を阻止したら? どうなるの?」


「私たちはヘイルを、彼の本当の姿として暴露するでしょう」オリオンは答えた。「差し迫った脅威が中和されたら、私たちはより多くの証拠を集め、彼を裁くことに集中することができます。しかし、まず、彼に彼が求める権力を与える触媒を防ぐ必要があります」


評議会員たちは、緊張した視線を交わし、決断の重さがのしかかっていた。ついに、エララはうなずいた。「わかったわ。私たちはこの状況について、あなたの特定した標的を保護するために、保安部隊と協力するわ。しかし、オリオン、覚えておきなさい。もし失敗したら、アイアンフィストプロトコルを実行する以外に選択肢はないかもしれないわ」


オリオンは時間を無駄にしなかった。彼はすぐに評議会室を出て、街の脆弱な場所を保護するためのチームを組織し始めた。一秒一秒が大切だった。そして、彼はヘイルの傭兵たちが十分な準備と冷酷さで動いていることを知っていた。しかしオリオンは、どんな犠牲を払っても、彼らを阻止することを決意していた。


チームが街中に展開するにつれて、エイジスの緊張感は最高潮に達した。差し迫った危険を知らない市民たちは、日々の生活を続け、表面下で渦巻く嵐に気づかなかった。マヤが提供した座標を携えたオリオンのチームは、電力網、通信ハブ、そして水道施設を確保するために、迅速に動いた。あらゆる影や動きが、彼らを警戒させる中、緊張感に満ちた空気が漂っていた。


緊張感に満ちた膠着状態が数時間続いた。そして、太陽が沈み始めた時、最初の攻撃が起きた。


東部の電力網が爆発し、街に衝撃波が走った。街は暗闇に包まれ、電気が明滅した。人々がパニックを起こし、恐怖が、数日間くすぶっていた不安を助長した。


オリオンの通信機器が作動し、攻撃の報告が届いた。「西部の通信ハブで動きあり!」チームリーダーの一人が叫んだ。「敵多数。応援要請!」


オリオンはため息をつき、近くのチームに通信ハブの増援を指示した。「持ちこたえろ」彼は命令した。「街を彼らに支配させてはならない」


夜は、オリオンとそのチームが傭兵を撃退するために奮闘する、行動と絶望の連続だった。攻撃は巧妙で残忍だったが、オリオンの慎重な計画とマヤの知性は、彼らに必要な優位性を提供してくれた。彼らはゆっくりと、しかし確実に、戦況を逆転させ始めた。


朝の早い時間には、最後の傭兵が鎮圧され、重要なインフラストラクチャの場所は確保された。街は傷ついていたが、陥落は免れた。オリオンは、その後の様子を調査しながら、少し安堵のため息をついた。彼らは触媒を防いだが、戦いはまだ終わっていなかった。


エイジスに夜明けが訪れると、評議会は状況を評価するために再び招集された。雰囲気は疲労感に満ちていたが、同時に、新たな決意も感じられた。ヘイルの計画は阻止されたが、彼らが抱える脅威は残っていた。


「私たちは時間を稼いだ」マーカスは疲労困憊した声で、しかし断固として言った。「しかし、油断することはできない。ヘイルは再び攻撃してくるだろう。そして次回は、もっと危険になるだろう」


オリオンはうなずき、頭の中ではすでに次のステップを考え始めていた。「私たちはプレッシャーをかけ続けなければならない。私たちはヘイルに対する証拠を集め続け、次に彼がどんな攻撃を仕掛けてきても、備える必要がある」


評議会員たちが各自の職務に戻っていく中、オリオンは評議会室に到着したばかりのマヤに目を向けた。彼女は疲れていたが、彼女の目は決意に満ちて輝いていた。


「やったわ」彼女は小さな笑顔を浮かべて言った。「触媒を阻止したわ」


「今のところね」オリオンは答えた。「しかし、本当の戦いはこれからだ」


マヤは同意してうなずいた。「じゃあ、仕事に取りかかろう」


二人で、エイジスの街を背に、夜明けの中を歩き出した。未来は不確かで、前途には危険が待ち受けていた。しかし、オリオンとマヤは、次に何が起こっても立ち向かう準備ができていたことを知っていた。なぜなら、エイジスの運命がそれを必要としていたからだ。

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