産声
「それでは…胸を借りさせてもらうぞ」
最早俺のホームグラウンドと言っても差し支えない程に見慣れた庭。
――――本当に俺の家の庭だから名実共にホームグラウンドか?
…そんなどうでもいいことは頭の片隅に追いやって。
そこで俺とフィリアは対峙していた。
フィリアは双剣で戦うタイプらしく、左右で長さの違う剣を構えている。
表情からは何も伺えない。
「じゃあ、改めてルールの説明をするぞ。と言ってもルールは一つだけ。戦闘不能になるか、戦闘続行が難しいと俺が判断された方の負けだ。それに加えてアルティは魔法を使ってはいけないというルールもあるぞ」
そう父が俺達二人に告げる。
「お互い準備は良いようだな。それでは…始め!」
父の掛け声と共に、緑のハーフツインが揺れた…瞬間、彼女の姿が掻き消えた。
本能的な恐怖から、後ろにステップを踏んだ瞬間、寸先の空間に剣の切っ先が現れる。
右の長い剣を振りきったフィリアが、それも想定済みと言った様子で左に構えた短い剣の方を前に出しながら突進。
横に跳んで躱す…暇もなく彼女が俺の元まで辿り着く。
この感じ…単純なフィジカルだけでなく、魔法も使ってそうだ。
雷で無理やり体を動かしているとか…?
「く、――!」
それを寸での所でレイピアのガードの部分で止める。
瞬間、上から魔力反応。
レイピアをそのまま上に振り上げ、辛うじて真空の刃を無効化することに成功した。
なるほど、適正は風だろうか。
この素早い体術も風で何とかしている感じだろう。
「今のを止めるとは、流石はあの海龍殺しのアルティ様か」
殺すつもりで攻撃したのだが、と残念そうにするフィリア。
こいつ、俺のファンとかぬかしてた割には殺意高いな。
海龍殺しって二つ名、恥ずかしいからやめて欲しい。
「ならばこれで」
姿勢を低くした…刹那。
目前まで迫る。
「ふんっ!」
それを薙ぎ払いで牽制…読まれていたのか、俺を煽るかのように剣先の直前で飛びあがり、空中であり得ない軌道を描き突進してくる。
多分、さっき風魔法を見せられていなかったら反応できなかっただろう。
ステップで避けはせず、腰を下げしゃがみつつもレイピアの刃は俺が元居た所に残す。
「なっ!」
少し焦った様子は見られつつも、レイピアの刀身を蹴り、それを躱された。
「…本当に魔法を使わずにこうなのか…?」
ドン引きされているが、こっちからの有効打がどうにもないため、勝てるビジョンがない。
少しこちらから仕掛けてみるか。
力を溜め、刀身を振る。
父のように、千の斬撃は出ずとも、その十分の一程度なら出せるようにはなっている。
しかしそれは、風に阻まれ届かない。
「…今のはヒヤリとした」
最初から変わらない無表情で、そう淡々と述べられる。
これで駄目なのならば、本当に打つ手がない。
「次はこちらから、行かせていただく」
再び姿勢を低くした…瞬間。
――右、左、左、上!
レイピアでその全てをカット、剣どうしを交差させ均衡状態に。
――今のを止められたのは奇跡に近いどころか完全に奇跡、それ以外で形容できない。
今の動きは見えていなかった。
もう片方の剣が目前に迫るのを蹴り上げ軌道をずらし、彼女の頭上に跳びあがる。
そのままレイピアを三回振るう。
届く距離だったそれらは、二つは風に、一つは体を少し逸らすことで避けられる。
そしてそのまま、飛び上がった俺の腹に思いっきり蹴りが飛んできて、十メートルもの距離を飛ばされた。
「ゲッ…」
肺から空気が無理やり押し出され、鈍痛が走る。
なんとかレイピアを支えに素早く立ち上がり。
向かってくる彼女の姿を捉える。しかしこの距離、どのようなフェイントをかけてこられるのか予想もつかず、こちらから手を出す事すらも叶わない。
これが最後の剣の交わし合いになるかもしれない…と半ば諦めかけていた、が。
「アルさま!」
そんな声が聞こえた気がした。
なんてことはない。彼女の向こう、屋敷の窓からこちらを見つめているエルの姿が見えただけだ。
それだけで、自分の中の力が湧き上がってくるのが分かる。
…動機はなんであれ、一人の女の子の為に戦うことは。それは素敵なことではないだろうか?
ニヤリと自分の口元が歪むのが分かる。
今確かに、自分の中で新たな力が産声を上げるのが理解できた。
たとえそのきっかけがとんでもない、ただの欲だったとしても。否、自分の為だけの欲望だったからこそ、この力を生むことが出来たのだろうか。
俺は今から、自分に都合のいい『運命』しか歩まない。
纏う雰囲気が変わったような気がした。
気がしただけだ。
そんな不確かな物の為にこの歩みを止めることはできない。
彼に勝ち、認めてもらう。
憧れだった、御伽話のような存在の彼に。
いつか叶えばいい、そんな漠然とした夢だった。
そんな夢が今、叶おうとしている。
ハンデを与えられて勝っても、認めてはくれないだろうが、少なくともその後一緒に居ることが出来る。
その時に自分を認めてもらえたら…なんて、甘い考えだろうか?
意識を戦闘に戻す。
彼との距離は、十メートルほど。
彼からは手出しができず、此方からは仕掛け放題の距離だ。
ここから、風の刃と風操作で翻弄して、勝負をつける。
これが最後の剣の交わし合いになるかもしれない…と自分の勝利を信じて疑わない。
だからこそ、彼の奇怪な行動を見逃してしまった。
否、それは見逃す、見逃さない以前の問題ではなかった。
それを彼が使った時点で、此方の負け。
初めから、勝負の主導権はあちらが握っていたのだと。分かる。
彼がレイピアを横に構え、一閃。
――その技はさっきも見た。
一秒間に百の斬撃を飛ばす、人外の技。
しかしながら、そのリーチは十メートルには及ばない。
そう思っていた。
「――――え?」
彼は刃を振りぬく。
剣は空を切った…彼が切ったのは、本当に、ただの空間だったのだろうか?
疑問は驚くべき形で答えを提示される。
両手に握っていた、二つの武器が、手元から破壊されていた。