観光
「見てアルティー! でっかいお魚!」
その次の日。
俺は町中を走り回るマリアをひいこら言いながら追いかけていた。
「よし、お前に新しい訓練を課そう。マリアちゃんの護衛をするんだ」
今朝。
突然、父にそう言われて頭の中が疑問符で埋め尽くされたのは記憶に新しい。
「レディを守るのも立派な貴族になる為の第一歩だぞ?」
なんて言い包められて、気が付いた頃にはマリアの子守りをさせられていた。
公爵の『娘を預けられる程の力があるか、試させてもらう』ってこういうことだったのか。
そういえば、どうして父や母、それに公爵がついてこようとせず俺一人にやらせようとしてくるんだろう…。
などと考えていたが、それはすぐさま分からされた。
「アルティ、私と同じ年なのによく追いつけるねー」
マリアは幼いながらになかなか才能を持っているらしく、子供とは思えない体力を持っている。
ディンストン公爵の子供なだけはあると言ったところか。
流石に護衛が俺だけって言う訳もなく、何人かの騎士も着いてきている…着いてこれてるかコレ?
だいぶ後ろの方で息を上げながら走ってきているのが見えた。
俺もかなり鍛えてる筈なのにまあ疲れることこの上ない。
これは大人には厳しいか…。
彼女はまあ、随分お転婆だ。
今頃、皆で貧乏くじを引かされた俺を嘲笑いながら屋敷でぐーたらしてるんだろうな…。解せぬ解せぬ。
「それなりに鍛えてるから」
「あ、そうそう、昨日お父様を倒しててすごかったよ!」
「ありがとう」
まあ褒められるのはあまり悪い気はしない。
「あのでっかいのが、バーン! って」
ああ…俺じゃなくて巨神の方を見てたのね…そりゃ派手で目立つからなあ巨神くんは。
「ほら、丁度あそこのでっかいお魚みたいな…」
「でっかいお魚?」
そういえばさっきも言っていたが、いったい何なんだろう…・
と彼女の指さす方を見れば。
「ええ?」
本当に大きな魚が空を飛んでいたのだ。
しかも、それに向かって色とりどりの魔法が撃ち込まれ、瞬く間に魚が意識を失い海へとリバースされていた。
「なにあれ…風見鶏」
ボソっと呟き、魔法を発動。
風を練り、不可視の小鳥を飛ばし、風で様々な人間の会話を盗み聞く。
『おいおい、今日で二匹目だぜ? 魔大魚狩り』
『いつもなら数日に一回なんだけどな~…先週くらいからずっとこのペースだよ』
などと言った町民の会話を聞くことが出来た。
魔大魚狩りとは、さっきの魚…魔大魚が定期的に海から空に出てきて、放っておくとそのうちだんだん高度が落ちて落下地点が凄いことになるから、せや! 先に海に追い返したろ! って感じで行われるらしい。
魚が空を飛ぶとは面白い出来事だ。
しかしながら、数日に一回なのが一日に二回と言うのがどうにも引っかかる。
雑に考えても、三日に一回だと仮定したら六倍の頻度で魔大魚が飛ぶのだ。
まあたまたまだろうな…とそれを思考の隅に追いやり、またもや猛ダッシュを始めるマリアの後を追いかけた。
「…本当に二人を屋敷の外に出してよかったのか、カルト?」
屋敷の中、やけに慌ただしく使用人たちが走り回る中で、ハヴェルトとカルトの二人は机を囲み対談していた。
「良いも何も、この計画を打ち立てたのは君だが」
「それはそうなんだけど…」
机に置かれた、オケアノスを描いた地図には、幾つか赤いピンが刺さっていた。
それを見ながら、ハヴェルトが続ける。
「さて、作戦の確認をしよう。今回ここの赤いピンの所に、ダエル教団の根城がある。そこを俺達で叩く。…町でも騒ぎになっている魔大魚大量発生の原因だが、こいつらがそれらしい」
「そうなのか。して、ダエル教団の目的は?」
ダエル教団とは、悪しき邪神を崇拝するカルト教団だ。
「ダエル教団がこの活動を始めた…つまり魔大魚大量発生は数週間前から。これは俺達が数日この町に滞在するという情報が公になってからだ」
「…狙いは俺達だと?」
「ああ。何をするつもりなのかはよく知らんが。正確には俺達に敵う訳がないと流石に奴らも分かり切っているとは思うから、俺たちの子供が目的だろう」
「それで、木を隠すなら森の中…という訳ではないが、屋敷よりかは町に繰り出させた方が…?」
「まあ、ウチのアルティは最強だから、ほぼ保険みたいなものだ。なあに、二人に気づかれる暇もなく制圧してみせるさ、俺達ならできるだろう?」
ニヒルな笑みを浮かべるハヴェルト。
「見て! かっこいい鎧の人が沢山いる!」
「あれは冒険者と言うらしい」
「あそこには美味しそうなごはん屋さん!」
「屋敷に戻った時にご飯が食べられなくなるよ…」
お転婆少女を追いかけること数時間。
「なんか騒がしいな…」
港町オケアノスは緩い坂のような地形をしているのだが、突然その中腹辺りの騒音がなんか凄いことになり始めた。
そして気が付いたら港付近まで来てしまっていた。騎士は全員あろうことか撒いてしまった。
大丈夫かなあの騎士達、職務怠慢で首にされたら寝覚め悪すぎるけど。
しかしながらうちのお嬢様はそんなものには目もくれず。
「あそこの…アルティもあれに乗りたいと思わない?」
「船のこと?」
「うん! アルティも乗りたいよね?」
「う、うん…でも急に乗せてくれるとは思わないかな…」
「話は聞かせてもらった!」
いきなり後ろから超デカイ声で呼ばれてびっくりした。
「お前さん、俺の船に乗ってみるか? なぁに、心配するな。うちの船には手練れの冒険者が何人もついてきてくれるからな、安全は保障するぜ」
声を掛けてきたのは恰幅のいいおっちゃん。
まさにザ・漁師って感じだ。
しかしながら、美味しい話には罠があると勘ぐってしまう。
見た様子、俺達が貴族だとはまだ分かっていないみたいだし、本当に善意で言ってくれているのだろうけれども。
「どうして俺達にそんなに優しくするんだ?」
「そこの鋭い少年には隠せないか。護衛でBランクの冒険者を雇ったはいいものの、肝心の漁師が全然居なくて…少年、なかなか鍛えてるだろ? 俺には分かるぜ。ちょっとでいいから手を貸してくれよ」
なんと、この大人、子供に労働をさせるつもりである。
「冒険者たちにやってもらおうと思ったんだが、魔法使いタイプの冒険者ばっかり雇ってしまったからあんまり力仕事に向いてないみたいでな…」
「いいの!?」
ああ、うちのお嬢様が乗り気になってしまった。
「分かった。よろしく頼む」
「あいよ! こっちも助かるぜ!」
こんな感じで、船に乗り込むことが決まった。