伯爵家のお嬢様
ヴァーミリア領。
俺達ヴァーミリア家は帝国の南側、海に面した土地を任されている。
帝都からの距離は近すぎず遠すぎず。
俺達の屋敷は別の場所にあるが、ヴァーミリア領には港町があり、そこは帝国内でもかなりの賑わいを見せている。
帝国は海の向こうまで支配を盤石にしているが、海の向こうから帝国本土に来るにはヴァーミリア領の港を使うのが一番手っ取り速い移動方法であるからだ。
つまり人の行き来が激しいのだ。
それ以上に東の陸路は栄えているらしいが。
そんな港町オケアノス、そこに俺達ヴァーミリア家は来ていた。
お客様と共に。
「すごーい!」
俺の横で広がる街並みを一望しているのはディンストン公爵家のお嬢様、マリアだ。
紅色のロングヘアーを一纏めにし、その金色の双眸で目前の景色を目に焼き付けている。
かく言う俺も、この町を見るのは初めてであり、前世の記憶で海がどんなものかある程度理解していなかったら未知の体験に興奮していたであろう。
「マリアちゃんが喜んでくれたようで何よりです」
「ありがとねベル、いきなりの申し出だったのに…」
そんな姿を後ろから見ているのは、我が母ベルと、マリアの母、モニカだ。
マリアは母似であると言うことが良く分かる程に彼女らは瓜二つである。
どうしてディンストン公爵家とヴァーミリア家が仲が良いのかだが…、なんか聞いたところによると、俺の両親、マリアの両親全員帝都の魔術学園で仲良くなったらしい。同級生だったのだろうか。
しかしながら俺は既に公爵家があまり好きではない。なぜなら侯爵家の俺より偉い奴らだからだ。
それに…。
「見てアルティ! 大きな塊が水の上に浮いてるよ!」
「…あれは船と言うものですよ」
「ちょっとアルティ! もっとちゃんと仲良くお話ししてよ」
仲良くお話と言うのは敬語を使うなと言う事だろうが…。
「…わかったよ」
ニコニコと屈託なく笑うマリアは、何も悩みがないと言ったような様子に見える。
確かに彼女は子供ながらにかなりの美貌を備えているが。
この子、人生全てが上手く行ってますよ。みたいな感じであまり俺の癖に刺さらない。
何をバカげたことを。と思うかもしれないが、俺にとってソレは生きる上での最も重要なことであって、そうそう曲げることはできないものなのだ。
「それでよろしい」
えへん、と擬音が聞こえてきそうな感じでふんぞり返るマリア。
コイツ…俺が公爵より位の低い侯爵だからって…。
何故俺達がこんなところに居るのか…それは単純に観光である。
母とモニカさんが二家で旅行したいねと話し合い決まったんだとか。
父もディンストン公爵も反対することなく、トントン拍子で話は決まった。
そして父と公爵はどこかに行ってしまった。
「男二人で熱く語り合いたいこともあるんだぜ」
とかなんとか言いながら出て行ってしまった。
話程度に聞いていたが、ディンストン公爵もかなり剣技の腕が立つらしい。
そしてうちの父はああ見えて戦闘狂いなので…おそらくそう言うことなんじゃないかと考えている。
「君が、アルティ君だね?」
ヴァーミリア家オケアノスで保有する屋敷。ぱっと見、俺たちがいつも住んでる屋敷より大きい気がした。
そこで、俺はこげ茶の髪の男と対話していた。
横には我が父ハヴェルト。
きっとこの男こそがディンストン公爵なのだろう。
父と同じくらいの年代っぽいし、そうに決まってる。
「私はカルト・ディンストンだ。君の父から話は聞いている。こうして君に会えてうれしく思うよ」
なんて言ってくる。
「はい、此方こそ、お会いできて光栄です」
「いやいい。ここでは堅苦しい表現は無しにしてくれ。しかしながらまだ若いのによくできた子だ」
今度は品定めするかのようにこちらをじろじろと眺めてくる。
…なんか嫌だ。
「…君に娘を預けられる程の力があるか、試させてもらってもいいかい?」
あ、ディンストン公爵もソッチ側ですか…。
しかも娘をって…預かりたくないんですけど。
「単純な力じゃ君の父親には叶わないかもしれないが、技だけなら私は帝国内でもかなりの腕前を誇る…と自負しているのだよ」
またもや屋敷の庭。
剣を振るうディンストン公爵の剣技は確かに父に似た人外さを感じさせるモノであった。
魔法の腕もなかなかに立つ。
父は一秒で千回切り付けてくるが、ディンストン公爵は一回剣を振ると斬撃が三つ出てくるのだ。意味分からない。
しかしながら、俺の運命の巨神はどれだけ高度な技術であろうと破れるものではない。
「むう、これも防ぐか」
明らかに剣の届かない場所から突きの動きをディンストン公爵がした…と同時に凄まじい衝撃が巨神を襲う。
一瞬だけ魔力の反応があった。今のは剣技と魔法を合わせた技だろうか。
「お父様がんばってー!」
「いいぞアルティ! やれ! 右だ右! 千回斬れ!」
何故か今日はヴァーミリア家もディンストン家も総出で俺達の戦いを見守っている。
父上、千回斬れは無茶を言っていると分からないのだろうか。
「これならどうだ!」
刹那、ディンストン公爵が剣を二振り。
魔力で相手の体の動きを感知して辛うじて見える程の爆速の剣撃から生み出されるのは不可視の刃。
しかも凄いデカイ。
しかしながら、俺も伊達に数年特訓をしている訳ではない。
「砂化」
土魔法の応用で体を一瞬だけ砂に変え、別の所で再び体を取り戻す。
そして俺を見失っている隙に、元居た場所にまだ残存している巨神が手に持ったランスを公爵に叩きつける。
それは辛うじて受け止められていた。受け止められていたが…。
その隙を縫って距離を詰め、彼の首元に剣を突き立てた。
「参ったよ、流石だ」
確かに腕は立つみたいだけれども、やばい父親に鍛えられていた俺の相手ではなかったらしい。




