成長
今日も今日とて父親にしごかれる日々だ。
あれから半年、俺の魔法の腕も、エルを堕とす計画も順風満帆と言わざるを得ないだろう。
「アルティ! もうここまで強くなるなんて父さんは驚いているぞ!」
風を放てば、荒れ狂う強風は嵐の如く。
隆起する大地はより硬度を増し、更に土や岩、砂で生成された幾つもの武器を模した魔法がハヴェルトを襲う。
雷は体を覆い、速さ、力を飛躍的に上昇させる。
それでも尚、届かない。
厳密には、攻撃は届いているのだが…それらがことごとく剣で弾かれているというのが現状だ。
どれも弾き飛ばされるか、受け止められる。
今日も駄目だったか…と半ば諦めのムードであったが、いつもならここで終わる筈の試合は更に続いた。
突然として、体の魔力が少し奪われる。
周りを魔力で探してみるが、俺が誰かに攻撃されたかのような形跡は見られない。
となると、俺は何かの魔法を使ったことになるが…。
「アルティ…それはなんだ?」
と、父が驚き俺の背後を見る。
俺もそちらを見ると…
体中が土魔法で構成された鉱石で出来た体。
紫色の雷が全身を走り、甲冑を纏い、片腕で巨大なランスを構え、頭部の鎧の目があるべきところからは赤い光が爛々と怪しく光る。
土魔法と雷魔法で形成された、巨人がそこにはいた。
前々から自分は更に才能が眠っていることは自覚していた。
しかしそれはなかなか実態が掴めず、「実は俺って自分にまだ才能があると思い込んでるイタいヤツなんじゃ…」と思っていたが。
巨人を見て確信した。いや、ただ巨人と表すのも憚られる。
この人の形を模した化け物…いや、俺の力が俺に語り掛けてくる。
自分の名前を。
運命の巨神。
俺の魔力を借りて現世に顕現した、俺だけの力だ。
「巨神…」
口の中でその名を反芻する。
と、巨神は構えていたランスを父に向かって一薙ぎ。
「う、おおおおおおっ!?」
今まで攻撃を難なく弾いていたり、受け止めていた筈の父が、あっと言う間に吹き飛ばされてしまった。
どこかしら誇らしげな様子でこちらを見てくる巨神。
目は真っ赤だし、大きさで言うと建物くらいの大きさはあるから怖い。
それに…いくら広い中庭とは言え、かなりの力で吹っ飛ばしてしまったらしく屋敷の一部に穴が開いていた。
多分父もろとも母に一時間は説教されるんだろうな…。
なんて考えてると、巨神は落ち込んだのかしゅん…とした…かのように思えた。
刹那。
「流石だアルティッ!!!」
剣を横に構え、爆速で突進してくる父。
すっかり油断していた俺はそれに対応できなかった…が、代わりに巨神がその剛腕で剣の一太刀を受け止める。
それですっかり腕は粉々に砕け散ったが、すぐさま俺の魔力を使って腕を再生した。
「もうお前はどこに出しても恥ずかしくない立派な戦士だ! 俺に一撃を与えられる人間がこの世でどれだけ少ないと思ってるんだ!?」
興奮気味の父に謎の逆ギレをされる。
「これで俺も久しぶりに本気を出せそうだな!」
もしかして子供相手に本気出そうとしてる???
と言うか今までは本気じゃなかったという事実に自分は驚いている。
なんて考えていたのも束の間。
一秒で数千の剣撃が俺を襲う。
致命傷になりそうなものは片手に持っていたレイピアで辛うじて防ぎ、なんとか後退。
「もう俺の剣を止められるようになるとはな! 今の一撃は一気に戦況をひっくり返せる程の技なんだぞ?」
「そんな技を実の子に撃つなよ!」
しかも一撃じゃないし。
すかさず追ってこようとする父を巨神の拳が止める。
それに向かって雷、風を大量に撃つ。
運命の巨神の覚醒により、魔力の扱い方の程度も飛躍的に上がっているのが良く分かる。
それを弾かれるが、雷魔法で身体能力を上げ、一気に懐に潜り込む。
そしてレイピアでの斬撃。
レイピアは、サーベルや剣があまり自分に合ってないと分かってから乗り換えた武器だ。
それらより比較的軽くて扱い易いのでレイピアだ。突くだけでなく斬ることも出来るというのにはレイピアを選んでから覚えた。
そもそも俺の適正は絶対に魔法主体なのに剣の練習をさせようとしてくる父がおかしいので…。
「悪くない剣筋! だが…」
顔の前で寸止めしようとしたらなんといきなり首を伸ばしてきやがった。
そして俺のレイピアを噛んで…壊した!?
何してるの父上!?
「勝負ありだな」
なんて言いながら剣を俺の目前に突きつける…と同時に、巨神もまた、いつの間にかランスを父の目前に突きつけていた。
「…引き分け、か」
なんて、呟いた次の瞬間。
父は愉快極まりないと言った様子で笑い始めた。
「ここまで成長してくれて父さんは嬉しいぞ!」
「…でも庭も屋敷もボロボロだよ」
「…あ」
父は愉悦の頂点から絶望のドン底に叩き落されたと言ったように顔面を蒼白にさせた。
「苦しかった…」
母に一時間くらいこっぴどく叱られた。
しかしながら、俺がまた一段と強くなったと聞くや、母は俺に対する態度が少し柔らかくなった。
その結果、俺は退室を許された。代わりに、父が全ての罪を背負い説教されている。
そう考えると心は痛む。
なんて思いながら、風呂から上がって自室までの道のりを往く。
そして部屋の扉を開けると、
「アル様、お疲れ様でした!」
にこやかな表情を浮かべながらエルがお出迎えをしてくれた。
別に大したことはしていない。
今屋敷に彼女に与する者は俺くらいしかいないのだから。
それが気に入らなかったのか、他の従者からの陰湿な嫌がらせは更にエスカレートして。
ちょっと優しくして、部屋を解放してやれば、すぐ入り浸るようになった。
彼女に割り当てられていた仕事は到底一人じゃ無理レベルの屋敷の掃除だったので、それらを全部俺仕えの仕事に変えてやった。
今の彼女は俺の事を疑う事すらできないだろう。
この世界の奴隷は何か魔法的な仕組みで主人に逆らえなくなってるらしい。
それを管理していたのが父だった為、直談判しに行ったことがある。
所有権を俺に譲ってはくれないか、と。
すると、
「アルティ! お前もむっつりだな~」
とか言われて別にそんなのではないんだけど…ってなって、イライラして魔法ぶっ放したことがある。
その後所有権は貰った。
首輪に血を垂らす必要があって、指先から垂らした血を見た時に、エルの慌てようはかなりの見ものであった。
「ア、アル様!? 指をケガしていますよ!」
なんて顔面真っ青にしているのを見て、少しながら自分の抑えられない欲求が満たされたのを感じた。
かわいそうな女の子の他にも、慌てている女の子を見ることでも自分のサガは反応すると言うことが分かっただけでもエルには感謝の念で一杯だ。
そんなことがあったのが数カ月前。
今となっては、
「今日はなんの勉強をするんですか?」
「…今日も歴史だよ」
「そうですか」
なんて言いながら、机に座り参考書を開く俺の横で俺の一挙一動をまじまじと見てくる。
依存…と言うか恋慕とか情欲、独占欲と言ったものを感じるが、全部無視。
俺が見たいのはかわいそうな女の子だけなのだ。
しかしながら殴ったりするのは人徳に反するのでナンセンス。
なるべく女の子が傷つかない範疇で傷ついてほしい。
俺自身も矛盾してると分かってるし、具体的な方法すら考え付かないが、それが自分のサガなので仕方がない。
いつか来るその時に向けて布石を用意しまくるのが俺の仕事だ。
俺は身長を順調に伸ばし、七歳で百二十後半となかなかの伸び具合であるが、エルはそうとも行かなかった。
彼女は俺よりも一歳年上らしいが、未だに身長は百二十を超えない。
大丈夫だろうか。