冒険者ギルドへ
「あ、アルティ」
授業も終わり、放課後。
だいたい三時くらいだろうか。
マリアが話しかけてきた。
「マリア、もう元気になったから大丈夫。パンありがとう」
「そう? えへへ…」
でれーっと笑うマリア。
非常に可愛らしいことこの上ない。のは分かるが個人的にあまり惹かれない。自分の癖には自分ですらつくづく呆れるものだ。
「じゃあ、俺この後用事があるから」
「あ…うん」
今日は冒険者ギルドに行くって言ってたからな。
事前情報がほとんどないので、どれだけ稼げるかは知らないけれど、海龍を倒したときはとんでもない額が動いたって聞いたことあるから多分なんとかなるだろう。
学園の門を出て、右に曲がり、左に曲がり、まっすぐ行ってから冒険者ギルドがどこにあるのか実は知らないことを思い出した。
あまりにも事前用意が足りてなさすぎるだろ俺。
「おい貴様! 亜人風情が俺様に楯突くなと何回言えば分かるんだ!」
そんなこんなで街中を歩き回っていると、路地裏の方から物騒な脅し声が聞こえてくる。
ちらりと見てみれば、額に角を生やした女の子がお高い身分の人間に絡まれてるっぽかった。
ってあの服はうちの制服じゃないか。白昼堂々凄いことするな。
「で、ですから…」
「つべこべ言わずに来いよッ!」
怒気を孕んだ声でそう叫んだ後、女の子の腕を掴もうと手を伸ばす…が、スカっとその手は空を切る。
見切られて避けられてるじゃん。恥ずかしいぞこれ…。
「貴様ッ!」
と、今度は腰に下げていた剣を抜き始めた。
流石にまずいぞと言うことで、冒険者になるとき用に持ってたフードと仮面を付けて颯爽とそこへと躍り出る。
「な、なんだお前は!?」
「!?」
いきなり飛び出て来た俺に驚く二人。
そんな虚をつかれた二人が我に帰る前に、女の子の方の手を掴みその場を後にした。
「大丈夫?」
「は、はい…貴方は?」
よくよく見ると女の子は俺より何歳か年下みたいだ。
灰色の長い髪の毛は無造作に纏められていて、鬼のような赤い角がより目立つ。
「俺は…俺だ」
「そうですか…」
やばい、バカ正直に名前を出したら『貴族が冒険者やってるなんて馬鹿すぎでしょ』って言われるかなって思ったから偽名を使おうと思ったんだけど、それを考えて来てなかった。
「じょ、冗談冗談…えーっと…ごめん諸事情で言えない」
普通に正直に言っちゃお。
「…まあ、貴方にも深い事情があるのでしょう。私なんかを助けるんですから」
そういう彼女の表情はどこか憂いを帯びていた。
「さっきの、見ましたよね? 私、ここ最近あの人に付け回されてるんです。それに…」
「それに?」
「…と、とにかくもうこれ以上は私に関わらない方がいいと思います。一応、助けてくれてありがとうございます、とは伝えておきます」
それだけ言うと、彼女は踵を返して何処かへ行こうとする。
「あ、ちょっと、冒険者ギルドの場所って知ってる?」
「……」
「着くまでですからね。着いたらそこでお別れですから」
「分かったって」
どうやらこの子の目的地も冒険者ギルドだったらしい。
俺からしたら先輩的な立ち位置なのだろうか。
「ほら、ここです」
…思ったより近かった。
杖や大剣を担いだ物騒な集団が集まるこここそ冒険者ギルドだろう。
「では、私はこれで…」
「いや、この後どうすればいいのか分からないんだけど」
「…全く。あそこに受付の人が居ますよね。あの人に聞けば大丈夫です」
「あ、うん。ありがとう」
女の子が示した方へと歩いていけば、受付嬢が。
「初めてのご利用でしょうか?」
「あ、はい」
「でしたら、この水晶に手を翳してください」
この水晶、五歳の時に使ったヤツじゃん。
こんなところに…。
感慨深くなりながらも、言われたとおりに手を向けると…。
「はいはい、適正魔法は土に……雷? え、風まで? 知らない属性まであるし…って魔力量スゴ…」
五歳の時もこれくらい驚かれてたなそういえば。
「しょ、少々お待ちください…」
そう言うなり、受付嬢は奥へと引っ込んで行ってしまった。
次の瞬間、
「よう少年、見てたぜ?」
何十人もの冒険者たちに囲まれる。
「何でも凄い魔力量らしいな? ウチのパーティに入ってみないか? 色々なノウハウも教えてあげられるぜ?」
「いやいや、俺達のパーティに」
「俺達の所はどうだ? 嫌になったらいつでもやめていいぜ?」
どうやらさっきのを見ていたらしい人達に囲まれてしまった。
この感じ…俺の力は結構通用するっぽいな。これならローン分のお金を貯めるどころか余裕でオーバーしちゃうぜ!? Foo!!!!!
「待たせたね…」
と、その隙間を掻い潜り、初老のおじいさんが出てきた。って魔力多っ。
おじいさんも俺を一瞥するなり、纏う雰囲気が変わる。
多分相手も俺と同じく魔力多っ。ってなってる。
「…うーん、君、いきなりドラゴンを倒してこいと言ったら困るかい?」
「…問題ない」
ドラゴンは古代種っていうなんか意味わからんくらい強い種族でもない限りよくてSランク止まりのモンスター、らしい。俺なら大丈夫だろう。
「ふーむ…困ったねえ。この子の能力自体はSランクでも問題ないのだけど…実績もない少年をいきなりSランクにするのも少し。君、Aランクから始めてみないかい? これでもかなり特例の事態だよ」
「良く分からないけどそれで」
聞くところによると、本来なら冒険者は最初はDランクから始めるらしい。
まあとにかく早くお金が欲しいから、細かいことはなんでもいいんだけどね。
「じゃあ、登録するから名前を教えてくれるかい?」
「え、えーっと…ア、エ、エルティで」
全然考えてなくて本名と一文字しか変わらない名前になっちゃった。
しかもエルとほぼ名前一緒じゃん。
その後も、冒険者についていくつか説明を受けた。
まあ俺に関係するところだと、依頼を受けて仕事をこなすのが基本らしい。
そいで、依頼ごとに難易度があるらしく、その難易度と同じかそれ以上のランクの冒険者しかその依頼は受けられないらしい。
Aランクならほとんどの依頼を受けられるそう。
なんでも、冒険者はDからSSランクまであるらしいが、Sの依頼はほとんど来ず、SSなんて来ようモノなら国を挙げて軍が出向くレベルの大騒ぎになるかららしい。
説明が終わると、今が勝機と言ったようにいろんな人が俺に勧誘をしてくるが…。
ギルドの端っこでこちらをちらちらと見ている先程の鬼の女の子が目に入った。
何か用なのかなと俺もそちらに視線を向ければ…。
「エルティ、悪いことは言わないから、組むならアイツ以外の方がいいぜ?」
「…その訳は?」
「確かにあの子は実力も高い。あの年でソロでBランクだ。しかし、あの子の周りでは絶えず不幸に襲われちまうんだよ」
やれ、彼女と一緒にいるとお金を落したり、討伐対象のモンスターよりも強いモンスターに出会ったり等。キリがない。
しかしながら、一つだけ確実に分かったことがある。
噂の真偽は不明である、あるが。
今彼女がかわいそうな女の子に変わりない、と言う事。
「なあ、俺と組んでくれないか?」
「…どうして? 私の話は聞いたんじゃないですか?」
「その割にはちらちらとこっちを見て来たけどね」
「そ、それは貴方が心配で…」
「…まあ、なんでもいいけど。理由は…、君を助けたいと思ったから、それだけ」
「それは?」
「俺の実力はSランクくらいあるみたいだし、たいていの不幸は俺が笑って追い返せる。追い返して見せる。だから、一度だけ俺を信用してみないか?」
そう言えば、
「…どうなっても知りませんから」
そう言いながらも、僅かなる希望に縋るような眼を俺に向けてくる。
嗚呼、ゾクゾクする。
彼女の置かれている状況から察するに、頼れる味方もおらず、良く分からん貴族には付けられるしで軽く絶望していただろう。
彼女は亜人…獣人とかと同じ括りにされる、一般的にあまり快く思われない立場の人間だ。
今までの人生、生活にすら、不自由しただろう。
それでも、尚、まだ俺の事を信用しようとしてくれている。
なんて健気で、かわいそうで、かわいいのだろう。
そんな君が、どうしようもなく欲しくなってしまった。
もっと俺にその顔を見せて欲しい。かわいらしいその顔を。
そんな、俺を誘惑するような眼をしないでくれ。
…どうなっても知らないからな?