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授業

 翌朝、うまく回らない頭を抱えて登校する。

 昨日、体感丑三つ時までくまきちを読んでいたせいだ。

 前世ではこれくらいの夜更かしなんてザラだったのだが、帝都に来るまで温室中の温室で育った坊ちゃんである俺には、数時間睡眠なんて初めての経験だったので、体が悲鳴を上げている。

 やらかしたな…。


「おっはよーアルティー!」


 校門を通り抜ければ、どこからか俺の居場所を嗅ぎ付けて飛んでくるマリア。

 いつもの元気なマリアの声ですら、どこか甲高く不快な音に聞こえてしまう。


「あー…」

「だいじょぶ? 死にかけみたいになってるよ?」

「うん…」


 頭がぽわぽわする。





 半分眠りこけながら教室に着けば、丁度その瞬間にチャイムが鳴る。

 昨日の反省を活かしてか、俺とマリア以外の生徒は既に席に着いていた。


「ギリギリだったな、アルティ! 席に着くといい」


 促されるままに座席に座らされ、偶に意識が飛びそうになるのを堪えながらコガリの話を聞いていた。


「いいか、お前達。お前達は栄光あるSクラスの人間だ。一年の間は実技だけ、他のクラスよりビシバシ行くぞ。座学のレベルが高くなるのはは二年になってクラス変更が行われた後だな」


「今日はほとんどオリエンテーションみたいな日だから、あまり気負わなくてもいいぞ」


「俺のどうでもいいアドバイスだが、学食を食いに行くなら何人かで固まって、座席確保班と食事調達班に別れるとスムーズに行くから試してみてくれ」


 思ったより話が長い…。






 座学のオリエンテーションは大して面白いコトがなかったので(それぞれの教科で違う講師に教えてもらうのかなと思ったら全部コガリだった)あっと言う間に昼休みになった。

 午後はまるまる実技の訓練になるらしい。

 しかしながら、睡眠不足でなんとなくの気怠さを覚える俺は、昼食ではなく睡眠を取ることを選択した。

 一応、今日冒険者ギルドに行くとエルに伝えてしまったので、その時の為の体力を残しておきたい。


「ねーねー、アルティ、ご飯食べに行こうよ~」

「…悪い、俺はやめておく…」

「んー、分かった…」


 とぼとぼと教室を後にするマリアに少し罪悪感を覚えながらも、岩で回りを囲って完全に音も光も遮断した状態の空間を造り出して、仮眠に充てる。







「…起きて」


 ボカボカボカと凄い音がするので岩を全て消してみれば、勇者ロアナが拳を握りながら俺の事を見ていた。

 碧色の瞳で見つめられれば、変態である自分の柄にも似合わず、何故か心を揺さぶられる。

 どうやら俺の岩ガードを殴って俺を起こそうとしていてくれたらしい。


「…貴方、一時間も寝てた。授業はもう始まってる」

「そ、そんなにか…」


 軽く数十分のつもりだったんだけど…。


「実技のペアは全員先生が決めてて、私が貴方のペアになった。多分大会の順位でペアを決めてる。それと…」


 と、ロアナは俺に向かって何かを差し出す。


「パン…?」

「貴方といつも一緒に居るあの女の子が、貴方に渡して欲しいって」


 ああ、買ってきてくれたのだろうか。後で感謝しないとな。


「悪い、感謝する」

「…貴方、不思議な人」


 黄金の髪を靡かせて、俺を隅から隅まで観察するかのような視線。


「あんなに強いのに、なんかふわふわしてる」

「ふわふわって…」


 なんか失礼だな。

 そりゃ、まあ。確かに。かわいいものがかわいそうな目に合っているのを見たいという欲求が絡まなければ基本的に、俺が何かに意欲的になることは少ないからな。

 命としのぎを削って強さを追い求めている人間とは違うというのも頷ける。

 勇者と言うだけあって、そう言う所には厳しいのだろう。

 所詮、俺は貴族で彼女はどちらかと言えば軍人なのだ。


「…とりあえず、授業に戻ろう」

「わ、分かった」


 それだけ言うと、踵を返して教室を後にしてしまった。

 やはり、俺の事を不思議がっていたが、彼女こそ俺からしたら不思議の塊だ。






「おおアルティ! 教室で引きこもりになっていたから大丈夫かと思っていたが!」


 訓練所に出れば、そう快くコガリは迎えてくれた。


「申し訳ない…」

「まあ、朝からお前が眠そうなのは分かっていたからな! 今日は大目に見てやろう」


 Sクラスの、学年一位となると、そう言う所、多少は緩くなるのだろうか。


「まあ、すぐ鍛錬に励めよ! 俺では教えられることもない気がするからな!」


 そうガハハと笑うコガリに礼をしてから、ロアナの待つところへ向かった。








「…今日は貴方の体調が優れないみたいだから、軽い打ち合いだけにする」


 そう訓練用の剣を脱力しながら構えるロアナ。

 この前は運命の能力をフル活用してどうにか辛勝と言った感じだったから、実はそれ以外の基本性能では信じられないくらい負けてるんだよな。

 学ぶことも多いだろう。あの戦闘狂父に技を盗んで来いとも言われているし、こうして打ち合えるのは願ったり叶ったりだ。


 数十分程、軽く剣とレイピアでの斬撃が交差する。

 すると、おもむろにロアナが口を出す。


「…貴方の剣術は力に頼りすぎ。確かに強いけれど、キレイじゃない」

「父仕込みなんだ。勘弁してくれ」


 正直、父の剣術は化け物スペックを前提としたものなので、普通の人間にはできない剣技だろう。

 一秒で数千の斬撃を出せってなんだよマジで。


「こうやって、足を動かして剣を振れば…」


 ロアナの剣筋が滑らかで気持ち悪い動きを描きながら、俺の目前に迫る。


「剣がどこから襲ってくるのか分からないから、少ない労力で簡単に相手を崩せる」


 …マリアもそうだが、この年でどうして彼女らはここまで戦闘技術が卓越しているのだろうか。何か特殊な事情がある訳でも…ロアナは勇者だったし、マリアは凄い師匠が居たわ。


 ロアナから教えてもらった足さばきを実践しながら剣を振っていると、突然ロアナが話しかけてきた。


「…どうして今日はまともに寝ていなかったの?」


 首を傾げるロアナ。今日はなんか凄い話しかけて来てくれるな。昨日は顔を背けられたから嫌われているのかと思ったが。そうでもなさそうだ。


「ああ…少し娯楽物を。かわいいくまのキャラクターが仲間と毎日生きていくっていう感じの作品があるんだが…」


 かわいい、と言う単語に反応したのが分かった。

 やはり、この年頃だと気になるか。


「…今度見せてあげようか?」

「…私、今までそういう物には触れたこともなかったから、良く分からない」


 ああ、勇者ってくらいだから毎日ヤバい訓練させられてそうだよな。


「ならこれから触れて行けばいいんじゃないか。学生の間は何事にも触れて楽しむのが一番の仕事、らしいぞ」


 ほぼ前世の俺からの受け売りだが…。


「…そう」


 何かを思案するかのように、ロアナの視線は宙を見つめていた。

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