くまきち
初日は自己紹介と簡単な学園に関する説明だけで、かなり早く終わった。
昼食は家に帰って…よく考えたらエルの分のご飯はあるが俺の分はないな…仕方なし。
学食でも食べてやろうかと思ったが、寮生がこぞって食堂に走っていくのを見て、これは駄目だと言うことで街に出ることにした。
「あたしも着いてく!」
そんな感じでくっついてきたマリアを連れて帝都に出ることに。
流石は超巨大な帝国の首都といった感じで、バカみたいに広い。
なんとかいい感じの店を見つけることが出来た。
客層はほとんどが俺達のような学生。こいつらも学食は混むだろうなあ…と思ってこっちに来たらしい。
適当に注文を済ませ、窓の外を眺める。
様々な売店が立ち並び、初めて見るような道具や本が沢山売られている。小遣いなんて家のローンで消えかけているのにどうしても目が釘付けになる。
「ねーちょっと、外ばっかり見てないであたしの話も聞いてよ~」
なんて面倒くさい彼女みたいなムーブをかましてくるマリアの相手をしながら、後でいろいろ見てみるか…と心の内で考えた。
「じゃあ俺は明日の準備しないといけないから帰る」
「えー、あたしも付き合うよー」
「いや、一人で大丈夫だ」
「そこまで言うなら…」
店の前でマリアと別れる。
そして独り身になった俺は意気揚々と街に繰り出していった。
感覚的なものだが、今日は良い物に出会える予感がするのだ。
ありとあらゆる店を見ていく。
ポーションを売っている店、武器を売っている店、日用品、食料…その他その他。
いろいろ見ていくと、何か他とは違う雰囲気を出すものが。
これは…。
「漫画?」
前世の記憶によると、漫画と言うらしい。
タイトルは、くまきち。
かわいらしいイラストで描かれる、モンスターのワイルドベアをモチーフにしたキャラクター、くまきちが日常を過ごす…と言った内容なのだが。
だいたい話の最後にくまきちがかわいそうな目に会う。
それを見ていると、えも言われぬ高揚とした感覚に襲われて…。
―――漫画に没頭していて、背後からの接近に気づかなかった。
「アルティ様」
「のわあ!?」
振り向けば、ヴァリアント商会の会長、おっちゃんが後ろに立っていた。
「気になりますか? くまきち」
「あ、ああ…」
「流石、見る目がありますねアルティ様!」
目を輝かせるおっちゃん。多分またセールストークだ。
「この、イラストをコマ割りにする、漫画と言う媒体で娯楽物を売り出すのは帝国では我がヴァリアント商会が初めてなのですよ。…もっとも、これは東から流れて来たアイデアですから、世界で初めてと言う訳ではありませんが」
最後の方は声をすぼめてそう言うおっちゃん。
「このくまきちも絶妙な愛らしさと不遇さから庇護欲が掻き立てられることによる中毒感が人気の秘訣らしいですよ。私にはよく分かりませんが…売れているのであればなんでもいいです」
「買う。全巻。幾らだ?」
ここに居るとまたおっちゃんに邪魔されそうなので、とっとと全部買って自宅に帰りたい。
「それなら全部差し上げますよ」
「…どうしてお前はいつも俺にタダで渡そうとしてくるんだ。別に教団の事なら言い触らさないって何度も…」
タダより高い物はないと言う言葉もあるので…。
「…まあ、個人的な理由も商業的な理由もありますね。言ってしまうならば、私はアルティ様が将来大物になる予感がするのですよ。ですから、こうして早い段階から繋がりを持っておけばゆくゆく有利になると…ね」
「もう充分商会は大きくなってないか?」
ちょっと嬉しいコトを言ってくれるじゃあないの。
しかしながらまだ納得はしていない。
「まあ、アルティ様の影響力が私たちの商会を凌ぐほどになると思っていますからね」
「それは買い被りすぎだろう…」
「それはともかく、このくまきちはグッズにもなっているのですよ。ほら、くまきち柄のペンにくまきち柄の筆箱、くまきち人形にぬいぐるみまで…」
「全部買おう」
「タダで差し上げますよ」
だからさあ…。
結局押し負けて全部タダで譲られてしまった。商売成り立たねえぞ、そんなことしてたら。
「アルティ様お帰りなさいってなんですかその荷物!?」
玄関先で出迎えてくれたエルが驚く。
そりゃ帰ってきたら右と左にバカみたいに袋を下げていたらビビるだろう。
右にはくまきち一式、左にはいくつかの食料品が。
食料品すらいくつかタダで譲られてしまった。
なんでもヴァリアント商会、もう既に帝都の市場すら掌握しているらしい。
なんでも、『前帝都で主導権を握っていた商会ですか? 勝手に潰れてしまいしたよ』とのこと。
あいつやばいよ。怖い。
「いくつか食料品。それと、俺は自室に居るから用があったら呼んでくれ」
「は、はい…」
食料品を保管して、自室でくまきちタイムと洒落込もうじゃないか。




