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かわいそうは…

 キュートアグレッション。かわいそうなのは抜ける。そして曇らせ。


 キュートアグレッションとは、かわいいものを見た際に湧き上がる攻撃的な激情の事。

 かわいそうなのは抜けるとは、かわいいものがかわいそうな目にあっているのを見て興奮すること。

 曇らせとは、何かしら悲しい出来事に見舞われ表情、気持ちが落ち込むこと。


 どれも、一般的にはあまり広く認知されていない、または快く思われない癖の一種であるだろう。

 それらが自分の癖であると理解したのはいつだろう。

 アルティとしての自分がそれを認知したのは、たった今、この瞬間であり。

 赤石彰は、いつだろうか。気が付いたら、本能的に刷り込まれていたというのが正しいだろう。


 どちらにせよ、譲れないこだわりや、抗えない欲求。これらがこの癖であるということは、一般的に見れば絶望すべきことであろうし、賞賛されたことでもない。

 しかしながら、アルティこと当事者の俺。

 俺からしたらそれは――――何事にも代え難い欲求であり、なんら卑下するものではない。



 だとすれば――――あとはその欲求に従い行動するのみである。







「お前達、何をしているんだ?」


 彼女達の後ろに近づき、そう声を掛ける。

 声をかけられたメイドたちは、こちらを見て、


「アルティ様でしたか。今はこの低俗で獣臭い女がまた仕事でミスをしたので、仕置きをしていたところです」


 獣耳の少女はメイドたちと同じ服を着ていたが、彼女らとは違って首輪をしていた。

 おそらく奴隷なのだろうか。

 と言いながら、少女の腕を引っ張り、


「ほら、アンタもアルティ様に挨拶しなさい!」


 と恫喝。


「…こんに――――」

「本当にどんくさいわね!」


 瞬間、いきなり少女の顔面を殴る。


「本当に申し訳ありませんアルティ様」


 と、俺に向かってメイドがまたペコペコする。


「…もういい」

「あ、アルティ様?」


 メイドたちに殴られ体もボロボロな少女の腕を優しく掴み、そのまま抱き上げる。


「アルティ様!? 何をなされているのですか? そんな獣臭い女なんて抱えて…」

「煩い。しばらくこの娘は俺が預かる」

「正気ですか!? い、いえ、なんでもありません、無礼をお許しください」


 そう一礼すると共に、メイドたちはそそくさと姿を消した。



 抱えている少女は、それでも声を上げることもなく黙っていた。

 自室まで抱えて持っていき、ベッドの上に寝かせる。

 と、瞬間、少女の口が一瞬苦悶の表情に歪んだ…かと思いきや、すぐさまそれは幻だったかのように見えなくなった。

 そんな彼女に手を伸ばし…今度は少女が目を強く瞑る。

 そんな彼女に向かって回復魔法を掛ける。


 光属性に属する回復魔法。

 俺には適正こそないものの、あの炎魔法の特訓のお蔭でそこそこには使いこなせるようになっていた。

 今の俺は、炎、水、雷、土、風、氷、光、闇と全ての魔法が使える。どの属性にも属さないタイプの魔法は使ったことすらないが、死角はほぼない。


「あ、れ?」


 少女が声を上げる。

 そらそうだ。片腕は軽く骨折しており、全身に火傷や打撲の傷があったのだ。それらが一気に消えれば誰でもびっくりするだろう。

 薄汚れていた髪は銀色で、その髪の下から黄色の目が覗く。


「…今までよく頑張ったな」

「わ、私…私!」


 そのまま少女は声を上げて泣き始めた。




 きっと、俺とほとんど年の違わない彼女は今まで人の優しさを知らなかったのだろう。

 この国では奴隷の扱いはお世辞にもいいとは言えないからな。

 首輪があるだけで差別対象だ。

 推測だが、父がこの前「この前友達に使用人少ないってバカにされたから」って大量に奴隷を買い入れていたからその時に一緒に買われたのだろうか。

 父は使用人を雇うくらいなら俺の育成と領地の発展に金を使った方がいいと考える良主だ。領主だけに。


 閑話休題。


 初めて人の優しさに触れたであろう少女は俺に対してどのような感情を抱くだろうか。

 少なくとも、感謝の念はあるはずだ。

 それからもっと愛情を注いでいけばどうなるだろうか?

 感謝はいつしか敬愛、そして依存に変わるだろう。

 自分を認めてくれる、保護者のような存在。


 そんな存在から裏切られたら?

 例えば、もう君は必要ないから、だとか、もう近づかないでくれだとか。

 絶対に曇る。

 それを見られたのならば、どうだろうか。

 俺は、何にも代え難い、激しい喜びに打ちひしがれるであろう。


 俺にとっての、譲れないこだわりや、抗えない欲求。それは、最高に幸せにしてから落とすこと。

 女の子を自分の手で曇らせて、その絶望した表情が見たいという、人徳に反することなのだ。


 言ってしまえば、彼女は俺の欲求を満たすために都合の良い女であるのだ。

 一人の女の子にこんな見方をする自分に辟易すると同時に、それが自分であるのだとどこかしら納得している自分もいる。


 だから、彼女を依存させるために、はたまたそんな扱いを今からしようとしている彼女に対する罪悪感からか、俺は少女に優しくする。




「お風呂でも入る? お腹は空いてない?」


 彼女が泣き止んだ頃を見計らって、そう声を掛ける。

 彼女はまだ完全に心を開いてはくれていないらしく、まだ言い淀む。

 でもその助けを求めるような眼は誤魔化せない。


「…ここで待っててね」


 と、彼女にそう伝えてから部屋を出る。

 向かうのは厨房。


 中世レベルの文明では、まあ料理も絶望的とは言わずとも、自分で作った方が美味しい場合もあるわけで。

 少しばかり料理の心得がある俺は、時折厨房を借りていたのだ。

 領主である父親の許しもあり、屋敷、なんなら領地内で俺に逆らえる人間はあまりいない。

 適当に食材を引っ張って来て、肉を焼く。

 そしてパンに挟めば完成だ。

 名も知らぬ彼女だが、体つきから大して食事すらも取らせてもらえてなかったのだろう。

 こんなクッソ雑な料理でもありがたがって食べる筈だ。






 予想通り…と言うか予想以上と言うか…。

 少女はもっ、もっ、と音が聞こえてきそうなくらい必死にパンを頬張る。


「ゆっくり食べていいんだよ」


 と言うが、それも聞いていないみたいだ。



「君、名前は?」


 全部のパンを頬張り終わったところで、そう声を掛ける。


「…エル、です」


 エルと言うのか。


「良い名前だね」

「それで、その、アルティ様は、どうして私を…」


 そうか、そうだよな。

 いきなりこう優しくされたら疑うよな。

 流石にバカ正直に君を依存させてその後精神的に追い詰めたいとか言えないし…。


「君を助けたいと思ったから…信じてもらえないかな?」


 こてり、と困ったような表情をしながら首を傾げてみる。


「そんな理由で、私なんかを…」


 これは…大丈夫そうかな?


「うん、俺がしたいと思ったからしたんだ。君が気に病む必要はない。それに、今度から困ったことがあったら、また頼ってほしい」

「あ、ありがとうございます…」


 エルは今日初めて笑顔を見せた。

 俺の裏に潜むおぞましい欲望にはまだ気づいていないだろう…。

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