帝都へ
「いいか! 夏までに勇者の技全部盗んでくるんだぞ!」
「夏までは絶対無理だって」
屋敷の門。
馬車の前で俺と父が会話をしていた。
これが息子を学園を送り出す直前の会話だとは思いたくない。
母は臨月らしく、見送りには参加できなかった。
せめて生まれてくる兄弟の顔を見てから出発したかったんだけどね。
「…じゃあもう行くから」
「おう、何かあったらすぐ戻って来いよ」
最後の最後に甘い言葉を聞かせてくるあたり人たらしの才能が…別にないか。
横で突っ立っていたエルの手を引いて、馬車へと乗り込んだ。
帝都まではだいたい五日。
途中の町で休憩を取りつつだから、本当は三日くらいの距離なんだけど、それはどうでもいいか。
馬車が発進し、ガタガタと心地の良い揺れに襲われる。
「遂にですね!」
横に居るエルもどこかしら興奮を隠せないといった感じだ。
かく言う俺も。
帝都は間違いなく超大都市。そりゃ前世の発展した世界に比べれば…とはなるが。それはそれとして、心躍らされない方が無理と言ったものだ。
「ああ。っと」
発進した馬車が少しして止まる。
何かあったのだろうかと、窓の外を覗いてみれば、そこにはたくさんの人、人、人…。
領民じゃん。なんだなんだ? クーデターか?
「見て! アルティ様!」
「すご、本物だ…」
「こっち見てー!」
あーあ。
例の海龍殺しの噂が広まってから、こういう感じで絡まれるのが嫌で町に降りずずっと屋敷で立てこもってたんだけど…ついに見つかってしまったか。
しょうがない。
「巨神!」
ファンサービス? も兼ねて巨神を召喚。
恐ろしく巨大な人型が俺の魔法で生み出される。
そしてその両腕で馬車を掬ってもらって、人込みの上を軽く飛び越える。
馬が滅茶苦茶ビビってる。ごめん。
「今のうちに行くぞ!」
そう御者に叫べば、馬車は先ほどまでとは変わって荒々しい揺れと共に急発進した。
「アル様人気でしたね」
一部始終を体験していたエルはきゃっきゃとはしゃいでいた。
「あー…うん…」
こうなることを予想できなかったのは俺の落ち度か。
なんて二人で談笑していたら、どうやら町に着いたらしい。
外は日が傾き始めた頃。そろそろ休憩しておいた方がいいのか。
まだヴァーミリア領っぽいから、外に出たらさっきみたいに囲まれそうで怖いんだよな…。
「アルティ様、そう言うだろうと思って、こちらを」
いつの間にか買い物に行っていた御者が、何かを渡してくる。
これは…仮面!
「でかしたぞ!」
これならバレない!
待てよ!
俺の髪の毛ってかなり目立つ色してるから仮面は駄目じゃないか!
「やっぱりでかしてない!」
大人しく適当なフードで頭と顔を隠すことにした。
「私、初めて町に出た気がします」
なんて傍を歩くエルが言う。
エルが町をやけにキラキラとした目で見ていたから、御者は先に宿に行かせて、二人で町を練り歩くことにした。
「まあ、これから少しずつそんな機会も増えていくと思う」
もう既に夕方だと言うのに、町は活気に溢れている。
屋敷から一番近い町は、窓から見えるくらいの距離だったが、多分これくらいの賑わい方ではなかった気がする。
「最近ヴァリアント商会の人達がこの町を拠点に活動していてねえ…」
「ああ、あの商会? なんか凄い有名になってるよね」
「数年前に発足してから今では帝国でもかなりの大きさの商団になってるらしいわ」
「そいつらのお蔭でうちの産業はだいぶいい感じに回ってるからありがたいことだよ」
周囲の人の会話をこっそり盗み聞きすれば、この町がこんなに賑わっているのは、なんかすごい商会の人達が今ここを拠点に活動してるかららしい。
「あ、見てください。本が売ってます」
「ああ、あれは魔導書。魔法を使う時の補助に使うらしいね」
「でもアル様は使ってませんよね?」
本来魔法の練習をしたりするときや、魔法に不慣れな時はあのような魔導書を使ってするのが一般的らしいのだが。
「…教育上の都合? かな?」
右も左も分からないまま自主練してしまって魔導書を使わなくてもいい位に魔法を極めてしまったから…。
「そ、そうなんですか…あ、あれはなんでしょう?」
次にエルが指を指したのは、青い水晶。
「あれは…えっと…」
だいぶ前に見た気がするんだけど…。
「丁度そこに店番をしている人も居るみたいだし、聞いてみるか」
「はい!」
その店に近づいて、店主らしき人に声を掛ける。
「すまない、この水晶につい…あれ」
「はいなんでしょう…げ」
海龍事件の時に俺達を攫おうとしていたおっちゃんの姿が、そこにはあった。
「断じて悪い方法でのし上がった訳じゃありませんからね!?」
話を聞いてみると、おっちゃん、ヴァリアント商会を立ち上げて帝国でもかなり大きな商会にしてしまって商人として成り上がったらしい。
海龍事件の後、いつの間にかどっか逃げちゃってたからどうしたんだろうかと思ってたんだが、こんなところに居るとは。
まだ未熟だったとは言え父譲りの剣術を一回止めた実力に、商いの才覚と…意外とこのおっちゃん凄い人なのかもしれない。
「最初は東の方で商業を起こしてみたんですけど、まあ人の出入りが凄いですからいい感じに発展しまして、その後はヴァーミリア領の漁業を中心に工業にも手を出して…」
「し、信じるから…」
あまりにも必死に身の潔白を証明しようとしてくるからちょっと怖かった。
「てか、おっちゃん商会のトップなんだろ? なんで店番?」
「こういう商業に関しては上から指示を出すだけじゃなくて、肌でその時その時の雰囲気やニーズを感じ取らないとうまくいかないんですよ」
「そ、そうなんだ」
彼は彼なりの持論があるみたい。
「そ、それでアルティ様は何かお探しで?」
「いや別に…その水晶だけど、前お前が持ってた奴だよな?」
「そうですそうです。よく覚えてらっしゃいますね。こちら、通信水晶と言いまして。二つで一つがペアになっていて、魔力を流せばどこでも会話ができるんですよ。…ここだけの話、私がダエル教団が開発していた水晶を更に改造して作った商品なんです」
いきなりセールストークっぽくなったな。
「そうそう…じゃあとりあえずそれ買おうかな…」
父からお小遣いと称してかなりの額の金を貰っているので、この水晶程度なら購入が可能だ…待ってこの水晶意外と高い。
小遣いの十分の一が飛ぶ。
半年に一回お小遣いは送ってくれるらしいが、こんな感じで荒使いすると金欠になりそうだな。
「いえいえいえ、アルティ様ならこちら、タダでお譲りしますよ。その代わりと言っては何ですが…」
「別に、おっちゃんがダエル教団だったとか言いふらさないよ…」
「ありがとうございます」
そう笑いながら、水晶を二つこちらに渡してくる。
「またのお越しを~」
そう営業スマイルで店から送り出された。
「とりあえず貰ったはいいものの…エル、あげる」
「いいんですか?」
二人で使うの前提の性能してるから、一人で持っていてもしょうがないので片方はエルにあげた。