一緒に行けるよ
俺は不正をしたかもしれない。
何故ならば、体の中に残っている魔力がほぼないからだ。
先の一撃を放つのに全ての魔力が抜かれたらしい。
しかしながら、自分では魔力を使ったような気はしなかったんだよな。
魔力が別の力に変換されて、それが先程の一撃を放つのに使うエネルギーになったと言った方が正しい…だろうか。
いや、禁じられていたのは魔法であって、魔力を使うのは禁止されてないから…大丈夫だ。多分。
先の一撃、運命の巨神の、運命の部分がまるで何を指しているのか分からなかったが、こういうことだったようだ。
運命に干渉する能力。
例えば、斬撃が『届かない』という運命を斬撃が『届いた』という結果に書き換える、概念操作系の…有り体に言ってしまえばチートと言われても差し支えない程の力だ。
「そ、そこまで!」
父も驚いている。
そりゃそうだ。明らかに俺のレイピアは届いていないのに相手の武器がバチボコに壊れているのだから。
それに魔法を発動した形跡もないだろうし。
「ま、参った…」
始めて彼女が無表情ではなく、心ここに非ずと言ったような表情を見せる。
「い、今のはどうやったんだ? なあ、俺にだけこっそり教えてくれよ」
いつの間にか横まで来ていた父にそう聞かれるが、バカ正直に答える必要もないので、適当にはぐらかした。
「アルさま!!!」
屋敷の中に戻れば、俺を見つけたエルが走って来たかと思えば、俺に飛びついてきた。
腰まで伸ばした髪が宙を舞い、ほんのりと女性的な匂いを感じる。
数年前までは臭いはそれはもう、獣臭かったのだが、それだと俺が嫌だったので風呂に入らせたら見違えるほどに…嗅ぎ違えるほどに? よくなった。
「これでずっと一緒ですよね!」
嬉しくてたまらないのか、自分の臭いで俺をマーキングするかのように体を擦りつけてくる。
このような獣人らしい行動は結構好きだ。
しかしながら、自分が愛されて当たり前で、裏切られることを全くもって視野に入れていないような口ぶりだな。
そんなに簡単に人を信じると悪い人に騙されちゃうぞ? …俺とか。
「ああ、安心してくれ」
そう声を掛ければ、また彼女はへにゃりと顔を綻ばせて笑った。
時は変わり。
父の執務室で二人。
「アルティ、お前も魔術学園の入学まで残り一年を切った訳だが。お前、学園の案内書は読んだのか?」
逆に読んでないとでも?
「だいたいの事ならば空で答えられる…と思う」
学園で学ぶ学問は幾つかあるが、名前の示す通り魔術…魔法に関することが多い。
魔術と魔法の明確な違いだが、魔術とは魔力を扱う行為全てを指す、広い定義の言葉だ。
逆に、魔法は魔術という集合体を形成するコンテンツの一つということ。
例えば、実際に体から魔法を放つことや、武器に魔法陣を刻み込んで、魔道具を作ること、全てひっくるめて魔術と言う。
話が逸れたが、他にも寮があるだとか、学食はおいしいとか、貴族ばっかりではなく、魔術に長けた者なら平民からでも入学者が居るという事だとか。
「ああ、いや。普通に疑問に思っただけだ。俺なんて前日までまともに案内書に手を付けてなかったからな」
ハハハ、アルティは真面目だなあ、とそう軽薄に笑う。
なんなんだこの親。
「そんな不満に思わないでくれ、親子の軽い雑談だろう」
と、続けて、
「それで、アルティは知ってるか? 勇者の話」
「勇者?」
「ああ」
なんでも、帝国に存在する、魔を滅する聖なる剣を扱える者を勇者と言うのだが、その勇者が学園に入学する、しかも俺と同じ学年なんだとか。
「聖剣を引き抜けるってことは、強いってことだ!」
「…うん」
「どれだけ強いか見て来てくれないか?」
「…まあ、善処するよ…と言うか、同じクラスになれるか分からないけど?」
学園には、生徒の実力に合わせてクラスが分けられることになっている。
S、A、B、C、D。この五つ。
学力もそうだが、主に戦闘能力を評価してランクが付けられる。
「何を。お前も勇者も同じSだろう。何せ、俺もSクラスだったからな!」
どうだ、凄いだろうといった様子でふんぞり返る父。
「…まあ頑張るよ」
「そうだ…そういえば。母さんの腹の中に赤ちゃんが居ることに気づいてたか?」
「え?」
は? 超初耳なんですけど。
「一カ月くらい前からかな? お前も魔術学園に行っちゃうし、もう一人くらい欲しいな~って」
「え~」
弟か妹か。両親以外で初めての親族が生まれると聞いて、せっかくなら一緒に過ごしたかったのにな~と感じた。
今思えば、俺が魔術学園に行く必要なくないか? 何を学べばいいんだ。
俺は将来ヴァーミリア領の貴族なんだから、領地で仕事してればいいだけじゃないの?
ああ、その仕事の内容とかノウハウを学ぶのか…。
「ははは、まあ、お前が長期休みの時に戻ってくればいいだけだ。帝都まで五日くらいだからちょっと長いけどな…」
なんて、父とのどうでもいい会話は終わった。