アルティ・ヴァーミリア
人間には誰しもが譲れないこだわりや、抗えない欲求がある。
例えば、玄関から出る時に必ず靴を履くのは右からだとか、ついつい唇の皮を毟ってしまうだとか、人との会話を切るときは必ず自分からであるだとか…。
他者から見れば些細な事であるだろうが、当人からしたらそれは死活問題…どころの騒ぎではない。
それは呼吸をすることのように当たり前の事であり、どうせ食べるなら美味しいものを食べたいと感じるような、当たり前の欲求とさして変わらないのである。
持って生まれた「癖」を抑え、変えることは不可能。
と、言葉を連ねた俺も、抗えない欲求、譲れないこだわりがある。
そんな俺だが、突如として死んで、転生した。
アルティ・ヴァーミリア。
前世の記憶を持つ俺は、侯爵家の第一子である。
齢四歳にして前世の記憶を思い出し、自分に只ならない非凡の才があることに気づいた。
赤髪の父に青髪の母から生まれた俺が黒い髪をしていた当時は家族一同が驚いていたらしいが、それらも俺が神童であることの裏付けということになっている。
前世の記憶がある理由はよく分かっていない。
前世の俺…明石彰の記憶を遡っても、死んだ瞬間こそ明確に思い出せるがその後はたいして情報がない。
前世では異世界転生と言うものが流行っていたらしく、それと今回のケースはなかなかに似ている。
覚えてはいないが、死んだ直後に何か上位存在が死んだ赤石彰の魂に何か特別な処置を施したのだろうと暫定的に推察する。
前世の赤石彰もこの手の小説は何度か読んだことがあるらしい…。
それにしても。自分の生きる世界が他の世界では娯楽小説や他の媒体で晒し物にされているのはなんだか不思議な気分だ。
まあそんなことはどうでもいい。
少しばかり実年齢とは逸脱した知性に才能を持ったアルティ・ヴァーミリアはここから成り上がりの道を見せることも比較的やりやすい…と思ったけど別に侯爵家の跡取りなんだからここから特に成り上がる必要もないんだよな。
ヴァーミリア家はヴェルティア帝国の南の方の地を任されている。
財政は安定してるし、東の地に比べれば劣るが商工業も盛んなのだ。
侯爵なので、立場的に公爵と皇帝と皇族以外には頭を下げなくていいし、だいたいの我儘は通る。
つまり生まれながらにして最強…とまでは行かないが明らかに勝ち組。
食っちゃ寝して鼻ほじってても贅沢な暮らしが約束されているのだ。
大した努力も必要ないと分かっていながらも。
自分の中に眠る才能の限界を見たいという好奇心…あと魔法を使ってみたいという興味で、それに関する努力はしていた。
正確には記憶を取り戻した次の日から。
体に眠る力を自在に操る特訓はしていた。
「素晴らしいですハヴェルト様! アルティ様の魔法の才能は正に数百年に一度の鬼才です!」
「それは本当か!」
この国では貴族の子供は五歳になると、子供の魔法の適正を検査するという風習がある。
帝都から送られてきた魔術師が、大声でそう叫ぶのを我が父のハヴェルト・ヴァーミリアがそう興奮しながら聞き返していた。
「この水晶が示す通り、彼は土属性と雷属性に風魔法。三つも適正があります。それに加えて、魔力量も素晴らしい! 子供だとは思えませんよ!」
「よくやった! 流石俺の子供だな!」
属性の適正は、一つあるだけでもなかなか、二つになるとエリートにならない方が難しい、三つ以上だとそれはもう素晴らしいことだそう。
なんて言いながら、ハヴェルトは横に座っていた俺を抱き締める。
好青年といった見た目の父だが、偶にこうなる。普通に暑苦しいのでやめてほしい。
「あらあら…アルティにそんな才能があったなんて…」
「ペル! だから俺は何度もアルティには才能があると言っていたじゃないか! やはり俺の目に狂いはなかった!」
「ふふ、そうですね」
ペルと呼ばれた俺の母もそうにこやかに笑っている。
夫婦揃って美形で若く、見ている此方が砂糖を吐きそうなくらい仲がいい。
「アルティ! お前はヴァーミリア家の誇りだ! これから俺と毎日訓練しよう! あと、欲しいものがあったら何でも言え! お前の成長の為なら父さん達は協力を惜しまないぞ!」
なんて目をキラキラさせながら俺を抱き上げ叫ぶ父。
こうも喜ばれると、こちらも嬉しい。童らしくこちらもきゃっきゃと笑った。
「すごいな、アルティの力は。六歳にしてこの腕前」
それから一年。自力で練習していた魔法の練度は、師を得たことにより飛躍的な速度で上昇した。
「それに、適正以外の魔法も使えるなんてな」
どうやらこの世界の人間は適性のある魔法しか使えないというのが一般的らしい。
なんでも、適性のない魔法を使うのには倍以上の魔力と技術が必要だからだとか。
俺は一人で練習していた頃は、前世では魔法と言えば炎だったので炎魔法を練習していたのだが、それはあんまり効率良くなかったらしい。
が、それが幸いして、適正以外の魔法でもある程度は使いこなせるようになっている。
今行っているのは実践形式の打ち合い。
剣をお互いに持ち、屋敷の庭で魔法を撃ちあいながら攻撃を重ねる。
風を圧縮した刃を飛ばし、地面を隆起させ、剣に雷を纏わせる。
「でも…」
その全てを単純な武だけで突破し、父が俺の目前に剣を向ける。
「剣術の腕はまだまだ負けてられないな」
まただ。
父、ハヴェルトは恐ろしい程の剣術の使い手だ。
元は伯爵家だったヴァーミリア家だが、俺が生まれる十年程前に行われた大戦で、ハヴェルトが武勇を打ち立て、伯爵から侯爵に位上げが決まった程である。
魔法の腕もそこそこながら、魔法を全て剣で切るという人外技を連発し、理不尽な暴を押し付けてくる。
剣術の腕はまだまだとか言ってるが、剣術という単語で父と俺の差を現さないで欲しい。
なにかもっと違う、なにかだ。
そんな父との模擬戦は、確かに学びを多く得ることができるが、父自体の攻略法は全くもって分からなかった。
訓練も終わり、風呂で汗を流した後自室へと戻る。
基本的に屋敷での俺の振る舞いは自由だ。
この前、俺が十三歳歳になると帝都に行き、魔術学園に入学するという旨を伝えられた際に、勉学の為に家庭教師を家に呼ぼうという話になった。
その際に、前世で得た知見と学術を見せたことにより、俺の学習は俺自身に一任することになった。
この魔術学園では数学、魔術理論、歴史、薬学、経済学など様々なコトを学ぶが、歴史以外なら中学レベルの学問がほとんどだったので、前世は仮にも大学に合格していた高校生だった明石彰の記憶でどうにかなるレベルだ。
歴史も自分一人でなんとかなるレベルだから、家庭教師に時間を割いている暇はないと判断したのだ。
そんな事より魔法の練習、鍛錬!
といった生活だったが、自室に戻る際、ある光景を見てしまった。
人間には誰しもが譲れないこだわりや、抗えない欲求がある。
奇しくも、明石彰とアルティのソレは同一したものだった。いや、もしかすると赤石彰の影響が色濃くアルティに出ているのかもしれない。
そんなことはどうでもいい。
抑えられない自分の欲求が、確実に鎌首をもたげるのがはっきりと分かった。
目の前で、頭に獣の耳を生やした少女が、数人のメイドに殴られていた。