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闇竜と騎士団  作者: 山﨑
96/293

96話

今回はヴェルムの独り歩きのお話です。


ヴェルムが一人で行動するお話をまだ書いておりませんでした。セトやアイルと一緒なのは書きましたが…。

登場したキャラクターはまた登場しますので、それまでお待ちくださいね。


ヴェルムは一人ファンガル伯爵領領都を歩いていた。

昨年も今年も一度ずつ訪れてはいるが、領都をゆっくり歩いていなかった。


たまにはこういうのも悪くない。

そんな事を考えながら、目的もなくブラブラと歩く。

時刻は昼過ぎともあって、飲食店は空いている。雑貨屋などに女性客がチラホラと見受けられるが、今は仕事が忙しい時間なのだろう。商業区は人が少なく歩きやすかった。


午前中であれば、きっと市場が活気に湧いており、昼ならば飲食店は大混雑するのだろう。


ファンガル伯爵領は二国に接しているものの、片方はいつ攻め込まれてもおかしくないほど仲が悪く、もう片方は山を国境線にしているため貿易の遣り取りは無い。

西の国との貿易窓口は、ファンガル伯爵領より北の伯爵家が行っている。


そのため、ファンガル伯爵領に輸入品などが多いわけでもなく、強いて言えば、南の国からの輸入品がそこそこ出回っている。

これは、ファンガル伯爵領の東の領が南の国との交易路で、真っ直ぐ首都を目指さない商人がこちらに届けてくれるためだ。


そのおかげで、量は首都ほど多くないが北方の領に比べれば遥かに安い価格で南の国産の物が扱われている。


そんな恩恵を受けた喫茶店に、ヴェルムは一人で入る。流石に道を歩く時のように認識阻害の魔法を使うわけにはいかないため、魔法をかなり弱めて入店した。


いらっしゃいませ〜。

若い女性店員の声が聞こえてから直ぐ、ヴェルムを案内するために声の主が現れる。

南の国の植物が至る所に飾られた喫茶店は、グラナルドにいながら南の国に来たかのような心持ちにさせる人気店だった。


席に案内され、席に固定されたメニュー表を手で示し去る店員。

その動きは挙動不審だったが、あちこちに身体をブツけながらも店の奥に引っ込んだ。


ヴェルムは少しだけ眉尻を下げ、メニュー表を眺める。しかし、そこに載っている名を見て少し驚いた。


「おや、こんなところでこの豆に出会えるなんて。」


嬉しそうに微笑んだヴェルムは、そのまま軽食のメニューも見る。メニューはテーブルに固定されており、対面に座る者の前にも同じようにテーブルに貼り付けてある。横長の紙を保護剤で覆いテーブルに貼り付けているようだ。


食事においてテーブルというのはキャンバスに値する。

そんな言葉をどこで聞いたか、とヴェルムは少しだけ記憶を掘り起こす。

浮かんで来たのは数代前のグラナルド国王の顔だった。

彼は美食家で、更に芸術方面への関心が強かった。


南の国と食料品の取引を増やしたのも彼で、首都まで運ぶ間に悪くなるような食材を食べたいが為に輸送に関する事は徹底的に強化した。

これにより街道は石畳の整然とした道になり、それが南の国まで伸びるようになった。


また、魔道具の研究にも力を入れ、冷凍技術を編み出したのも彼の時代である。


そんな食と芸術を愛した男が言ったのだ。


"良いか、ヴェルム。食事とはただ口に入るだけでは無い。テーブル、カトラリー、食器、そして料理。全てが合わさって視覚的にも嗅覚にも、そして味覚にも訴えかける芸術なのだ。格式高い伝統料理を食すのなら、シミ一つない白のクロスが必須だろう。だが、民が愛する世俗料理を白のクロスに置くのは侮辱だ。綺麗な平ではないゴツゴツとした木のテーブルに、ドンと出てくるのが良いのだ。そこでは王宮の作法などない。腹を満たす為の純粋な食事だ。それを楽しんでこその料理だ。そしてその時は、仲間と共に笑いながら飲み、食べる。この騒ぎにも似た喧騒が、料理の最高の隠し味になるのだ。つまり、何を食べたかでは無い。誰と食べたかが重要になる。食事とはどのような場面に於いても芸術足り得るのだよ。"


熱く語っていたその時の表情を思い出し、また頬が緩む。

彼の持論から言えば、この店は食事を冒涜しているのだろう。

だが、こと商売という観点から見れば悪くない。

何故なら、食事を見ようとする度にメニューが目につき、自然とその文字を読む。

気になったメニューがあれば食後の腹の具合によっては再度注文してしまうだろう。


注文後にメニュー表を回収する形だと、追加で何か頼む気にはなり難い。

コース料理を出す店ではないからこその策略なのだろう。


人間とは面白い事を考えるものだ。

ヴェルムは脳内でその一言に集約し、手元のベルで店員を呼ぶ。

現れたのは若い男性だった。


おそらくこの店のコックなのだろう。

先ほど席に案内した女性店員のような制服ではなく、どう見ても料理人だと分かるコックスーツだった。


「ご注文は?」


ヴェルムがそれより気になったのは、何故か出てきたコックが凄い勢いでヴェルムを睨んでいる事である。


もしや、先ほどの店員に自分が嫌な態度でもとっただろうか、などと一瞬考えたが、人間は個体によって嫌だと感じる事が違う。考えるだけ無駄だと思考を遮断した。


「これとこれを。この店は豆を挽く所から淹れるのかい?」


ヴェルムがコーヒーとケーキを注文した後、気になっていた事を聞く。

しかしコックの男は鼻で笑った後、直ぐに表情を接客用に切り替えてから口を開いた。


「勿論で御座います。この辺りで珈琲を出す店は皆その様にしております。挽いた豆を輸入しても、その道中で香りが失われてしまうのですよ。田舎では数店で纏めて挽いてもらい、それを各店でお出しするようですがね。」


どうやら彼はヴェルムを田舎から出てきた者だと思っているらしい。

田舎かどうかと言われれば、ここは領都とはいえ国の端っこ。ヴェルムが普段過ごすのはその国の首都だ。


先ほどの質問でそう勘違いさせたのだろう。

だがヴェルムはそんな事に興味を持たない。その質問をしたのは、淹れ方を指定するためだった。


「なら良かった。もう焙煎はしているだろうから、粗挽きにしてパーコレーターで淹れてくれるかい?」


パーコレーターを置いている店は多くない。どの店も、サイフォン式かフィルターで淹れるかだ。だが、珈琲を愛してやまない者の中にはパーコレーターで淹れる方式を好む者もいる。

珈琲好きが転じて店を開いた者は、客に出すためではなく自身のためにパーコレーターを持っている者が多かった。


店主もそうなのでは、と予想したヴェルムが聞いたが、コックの彼には判断が付かないようだった。

それもそのはず、彼からは甘い匂いがしていたのだ。

きっとケーキなどの調理担当で、珈琲は店主が淹れるのだろう。


ヴェルムは既に店の奥の気配を察知しており、奥に細身の男性がいるのを把握していた。


「…かしこまりました。少々お待ちください。」


彼の予想と反してヴェルムが珈琲に詳しそうなのが気に障ったのか、去る前にもう一度鼻で笑って去るコック。


しかしヴェルムは既に窓の外を見ており、興味は依然として向いていなかった。







「お待たせしました。こちら獣人領産の豆を深煎り、粗挽きしパーコレーターで淹れさせて頂きました。ケーキは南の国産ドライフルーツのパウンドケーキで御座います。」


商品を持ってきたのは、女性店員でもなくコックでもなかった。

先ほどヴェルムが察知した細身の男性だった。

その耳はとんがっており、金髪を短く切りそろえていて清潔感がある。片目にはモノクルがかけてあり、知的な印象を受ける。

種族で言えば、エルフ族である。


ヴェルムはその男性に見覚えがあった。

やはり予想は当たっていたか。

嬉しさと懐かしさが混ざり合い、笑顔でその男性を見る。

細身の男性も、ヴェルムの顔を見た事で思い出したようだった。


「やぁ、久しぶりだね。やはり君だったか。元気にしていたかい?」


ヴェルムが笑顔でそう尋ねる。

男性は一瞬驚いた顔をしたが、直ぐにニコリと笑って頷いた。


「大変ご無沙汰しております。見ての通り、わたくしは壮健で御座います。ヴェルム様もお変わりないようで安心致しました。」


「うん。良かったよ。私はあの時と全く変わらない生活をしているよ。君は遂に夢を叶えたんだね?」


「はい。お陰様で、この通り店をやらせてもらっております。昨年ヴェルム様が領都にいらしていたのは風の噂で聞きました。まさかお会い出来るとは思っておりませんでしたが…。こんな注文をなさる方は、今はヴェルム様しかおられませんので。」


「彼が好きだった組み合わせだからね。メニュー表を見て直ぐにこれしかないと思ったんだ。それに、あの頃私が君に教えたレシピが幾つかあった。それは先ほどのコックの彼が作っているのだろう?」


「はい、その通りです。あの頃の約束が果たせておりませんが、しっかりとレシピをお伝えする事だけは出来ました。全てヴェルム様のおかげです。」


「よしてくれよ。君と私の仲じゃないか。ほら、他のお客さんが何事かと目を見張っているよ。私は懐かしい味を楽しむから。」


「失礼しました。お騒がせして申し訳御座いません。ごゆっくりどうぞ。」


店内は混雑しており、この時間にも関わらず人が多いのはこの店の人気が高い事を教えてくれる。


エルフの男性が去った後、ヴェルムは珈琲を、何かを確かめるかのように味わって飲んだ。

そしてケーキをフォークで一口サイズに切り、零さぬよう慎重に口へ運ぶ。


何もかも懐かしい、ヴェルムの友が愛した組み合わせだった。


ケーキを食べ終わり、少し冷めた珈琲を魔法で温め直す。

友はかつて、この珈琲はマグマの様にグツグツと熱いうちに飲むのが美味いのだ、と食後で冷えた珈琲を何度もヴェルムに温め直させた。

彼は火属性魔法が苦手で、温度管理は下手だったのだ。


熱い珈琲を飲む為に猫舌を克服するような彼だったが、今も何処かで珈琲を飲んでいるのだろうか。

窓際の席で彼の好きだった珈琲とケーキを楽しんだヴェルムは、空を眺め何を想うのか。


その頬が少し上がっている事を見るに、ヴェルムが楽しそうなのは分かる。

思い出に浸る時間があっても良いだろう。











「相席してもよろしくて?」


店内は混んでいるが、席が空いていないという訳ではない。それでも声をかけて来た貴婦人に、ヴェルムはどうぞと手を向け対面を指した。


貴婦人は礼を言って席に座り、メニュー表を見る事なくベルを鳴らす。

ヴェルムを案内した女性店員が来て、ヴェルムと相席した貴婦人を見た後、ヴェルムを睨んだ。


「いつものをくださいな。」


「かしこまりました。少々お待ちください。」


常連なのか、貴婦人はいつもの、と言った。店員も慣れたもので、直ぐに了承し去っていく。その前にもう一度ヴェルムを睨む事を忘れない。


「貴方はこの店は初めてだと思うのだけど。彼女に何かしたのかしら?」


貴婦人は口元に手を当て、クスクスと笑いながらヴェルムに問う。

ヴェルムは困った様に眉尻を下げながら首を横に振った。


貴婦人は喪に服しているのか、黒のヴェールがついた帽子を被っている。服も黒一色のドレスで、指先から肘までも黒い手袋で隠している。唯一分かるのは、その耳が店主と同じくとんがっている事だろうか。つまりはエルフ族である。


「私はただ店に入り、彼女に案内されてここに座ったんだ。注文はコックの男性だったし、持って来たのは店主だよ。」


事実だけを告げるヴェルムの口に、貴婦人はまたクスクスと笑う。

ヴェルムはこの貴婦人の正体に気付いていた。

だが、敢えて言う事は無い。寧ろ、揶揄われていると分かるこの状態が懐かしくもあり不快でもあった。


「きっと理由は分からないのでしょう?彼女は貴方を案内した時、挙動不審だったのではないかしら。そしてコックの彼は貴方を睨みつけた。違うかしら?」


貴婦人が店に入って来たのは、ヴェルムがケーキを食べ終わってからだ。なのに見ていたように状況を言い当てる貴婦人に、ヴェルムは降参の旗を振った。


「勘弁しておくれ。君は相変わらず私を追い詰めるのが好きなようだ。私もやられっぱなしでは名が廃るからね。一つだけ反撃しておこう。いつまでも隠れていては、欲しいものは手に入らないよ。気持ちに正直になって貰いたければ、自分が正直になる事だ。」


ヴェルムの予想外の反撃に、貴婦人の動きが止まる。ヴェールで隠れてよく見えないが、顔が赤くなっているのが分かる。とがった耳まで真っ赤だからだ。


貴婦人は一度たっぷり息を吸い、そしてゆっくり吐いた。


「やはり貴方には勝てませんわ。追い詰めたと思っても、思いもよらぬ切り返しをしてくるのですもの。あぁ、これだから貴方との会話はつまらないのですわ。勝ったと思ったらいつの間にか逆境に立たされる。途中まで楽しいのに、最後の最後で台無しですわ。」


貴婦人がそう言って笑う。口では文句ばかり言っているが、久しぶりのこの遣り取りを楽しんでいるようだった。


「では負けたわたくしから一つ教えて差し上げますわ。先ほどの彼女。貴方に一目惚れしたのですわ。そして、コックの彼はそんな彼女の事が好き。先ほどはわたくしが貴方と相席したのを見て、勝手に裏切られたと思ったから睨んだのですわ。次にコックの彼と会う時は、睨まれますわよ。彼女の心を乱す魔物め、と。」


答え合わせと共に、不吉な予言までしてみせる貴婦人。

クスクスと笑うその姿は、顔が見えないからこそ蠱惑的な魅力に満ちていた。











「会計はこちらです。」


ヴェルムは提示された金額を支払う。財布を持ち歩かない性格のため、ポケットに手を入れ空間魔法を開き、そこから財布を取り出す。

何も入っていない財布だが、口を開け中に指を入れ、空間魔法から銀貨を取り出す。


恐ろしく高等技術だが、誰にも気付かれなければそれで良い。


会計をしたのはコックの男性だった。

店を出ようと扉に手をかけると、後ろからボソリと呟く声が聞こえた。

これがヴェルムでなくて一般人だった場合は聞こえなかっただろう。

だが、ヴェルムの耳にはハッキリ聞こえた。


「彼女の心を乱す魔物め。」


と。


貴婦人の予言が一字一句間違っていない事に苦笑しながら店を出るヴェルム。


店を出て歩きながら、ポケットに手を入れ空間魔法を探る。

目当ての物をポケットから出さず、そのまま手を動かした。


それから数分。作業を終えたのかポケットから取り出したのは二つの封筒だった。

手紙が入ったその封筒は、丁寧に糊付けまでしてある。蝋で封をしないのは、あくまで個人的な手紙だからだろうか。


その手紙を、転移魔法で送る。目的の人物の場所を探り出し、その者の目の前に強制転移させる。この世でこれが出来る人間はおらず、したがって誰も見た事がない技術。


送った手紙は二通。

きっと彼らは驚き怒り泣くのだろう。

そんな事を考えながら、夕日に輝くファンガル伯爵の居城へと向けて歩き出した。

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