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闇竜と騎士団  作者: 山﨑
94/293

94話

ファンガル伯爵領への道程は、快適そのものと言っても過言ではなかった。


国王が連れて来たのは、側仕えの侍従と侍女のみ。彼らは国王の世話をするのが仕事で、着替えや給仕、湯浴みや所用を申しつけられる事が主な内容になる。


そんな側仕えは国王とは別の馬車に乗り込んでおり、休憩で停まる度に国王と同乗する一名が入れ替わる。

一人は馬車内で国王の世話をするためだ。


国王が乗る馬車は、魔法大国として名を馳せるグラナルドの技術を余す事なく活かされた作りをしており、揺れが少なく耐久性もあり、中に篭れば護衛は気兼ねなく戦う事が出来る。更に、御者の事も護れるよう、御者席には結界魔法の魔道具も備え付けてある。

突発的な襲撃にも耐えられるような設計だった。


お得な副次効果として、雨や雪からも護られる結界魔法の魔道具だが、王家の馬車が雨の日に出歩く事が今まで無かったため、この副次効果を実感した御者はいない。


王家の馬車を操る御者は、厳しい試験を経て選ばれる。

数多の戦に王自ら出た時代は、御者も王が乗る戦車の操縦をするため、共に戦場に出ていた。


だが、ここ数代の王は自ら戦場に立ったことなど無く、更に今代の王はほとんど首都から出ないため、王を乗せて馬車を操るのはこの御者にとって初めてである。


先代の御者が引退してから、その弟子であった御者は王を乗せる日を夢見て技術の向上に努めてきた。

数日前にファンガル伯爵領へ王を乗せていくと聞かされた時は、飛び上がらんばかりに喜んだものだ。


今も彼はその道程を、幸せを噛み締めながら進んでいた。




「隊長。この人数に興味を持ったのか、近づいて来た魔物がおりましたので殲滅しました。被害は無し。周囲に魔物はおりません。」


「あぁ。ご苦労。このまま三番隊と連携を続けて警戒してくれ。」


「はっ!」


国王の護衛としてこの道程を行くドラグ騎士団。

その行進は一切誰にも邪魔をさせず、順調に予定の街道を進んでいた。


三番隊と五番隊は連携で周囲の警戒に出ており、国王の馬車を中心に据え、その周囲を四番隊が。前後に一番隊と二番隊。先頭と殿に三番隊と五番隊が配置されている。


馬車での移動とはいえ、護衛はほとんどの者が徒歩である。

中隊長クラス以上の者が馬やテイマーの従魔に乗っている。


誰もが自身の騎乗用の生き物を持っている訳ではないが、任務で遠出の際は必ず乗る事になるため、準騎士の時に騎乗訓練を施されている。


テイマーが所属する小隊などでは、そのテイマーの従魔が騎乗に耐えうる魔物である場合は小隊全員でその従魔たちに乗る事もある。

例えば、三番隊のポニー小隊の隊員は馬型魔物を従魔にしており、ポニー小隊は遠出の際に皆が馬型魔物の従魔に乗って行く。


余談だが、このポニー小隊にテイマーの隊員が入る前から小隊の呼称はポニー小隊で、この隊員が入ったのは本人の希望だ。

馬の名がついた小隊こそ私の居場所です。

そう言って希望したとか。




「うーん。つまんない。すーちゃん、なんか面白い話ない?」


リクは早々に飽きていた。

魔物はこの行進に近付いて来ず、三番隊の多くは周囲の警戒に出ている。リクの周りにはほとんど人がいなかった。

首都を出てすぐ、リクは周囲の警戒に自身も出ると言い張った。

だがクルザスとステイルの副官二名から止められ、大人しく馬の背中に乗っていた。


だがそれもすぐ飽きた。

馬上では寝る訳にもいかず、かと言って操作が必要なほど複雑な道でもない。加えて、歩いているだけ。

つまり、やる事がない。


そんなリクを見て、気を利かせたテイマーの隊員が、自身の従魔である小動物をたくさんリクの下へ送り出した。


「わぁ!なんかいっぱいきた!」


栗鼠やフェレット、モモンガにカナリア。齧歯類哺乳類鳥類と種類関係なくテイム出来る隊員の、可愛い従魔の寄せ集めセットだった。


しばらくは小動物と戯れる事で時間を稼げる。

その間に休憩の場所へ辿り着ければこちらの勝ちだ。


そんな考えを無言でやり取りした副官二人は、気を利かせたテイマーの隊員に揃って親指を突き出した。

隊員は苦笑しながらも、グッと親指を突き出す。


三番隊の優先事項はいつも同じ。リクの幸せだ。











日没が近付いて来た頃、とある街に辿り着いた一行。既に早馬により街の長には連絡が入っており、街の門を王家の馬車が潜る頃には、街中の民が集まって歓迎していた。


国王は長の屋敷に宿泊するが、流石にドラグ騎士団全員は街では休めない。

街の外に野営陣を作り、そこで夜を明かす事になる。


今回、長の屋敷にはサイが国王と共に泊まる。護衛のためだ。更に言えば、毒などが食事に混入した際もサイならば直ぐに治す事が出来る。

側仕えが毒味はするだろうが、何事にも絶対は無い。

仮に側仕えが倒れても、サイならば治療が可能だ。そして、サイの実力があれば暗殺者が来ても問題は無い。

加えて、彼女は貴族出身だ。礼儀作法も完璧で、国王と長と共に晩餐の場にいても何も違和感がない。


サイの部下である四番隊も屋敷に部屋を借り宿泊する。夜は交代で屋敷の警備だ。

この任務があるため、四番隊の行進時の配置が中央になっている。


ある意味、この移動で一番気を抜けないのが四番隊だった。




街の長との晩餐も終わり、入浴を経て就寝の運びとなる頃。

自身に宛てがわれた客間にサイが戻ると、部屋には先客がいた。


「あら、団長。まさか夜這いですか?」


サイは濡れた髪をタオルで拭きながら先客に話しかける。浴室はこの部屋の隣のため、この部屋に戻る前から先客には気付いていた。

気づいていた上で、敢えて身なりを整えず入って来たようだ。


「サイの魅力を知れば、どんな男だってこの機会を逃そうとはしないだろう。ほら、現に今もここへ向かって来た男がいる。」


一人がけソファに腰を下ろして長い脚を組み、掌を組んで膝に乗せているヴェルムがそう言う。


「あら。それは嬉しい褒め言葉ですわ。でも、本当に魅了したい方は魅了されてくれませんの。団長からも言ってくださらないかしら。」


互いにクスクスと笑った後、サイは部屋に備え付けられている魔道具を手にとる。

それは湯沸かしの魔道具で、水を入れれば湯が沸くという魔道具である。

グラナルド王国中に広まっており、豊かな村程度の規模であれば見かける事が出来るほどに普及している。

町ともなれば魔道具屋があり、そこには確実に湯沸かしの魔道具が売られている事だろう。


サイが紅茶を淹れてヴェルムの前に置くと、ヴェルムは礼を言ってサイの頭に手をかざす。

すると魔法によってサイの濡れた髪が乾き、いつもの輝くような金髪になった。


バスローブのみを身に纏った状態のサイが礼を言う。ヴェルムは、紅茶の礼だよ、とだけ返した。


ヴェルムの対面のソファに座ったサイは、自身が淹れた紅茶を飲んで一息吐く。

入浴によって火照った身体だが、それでも何故か温かい紅茶が心地良かった。


「とりあえず、ゴウルの護衛は今日は大丈夫そうだね。何せ、一番その可能性があったこの街の長がアレだからね。国王より興味を持つなんて、凄い魅力だと思わないかい?」


「あら。目の前に布一枚の女がいるのに反応しない方に言われたくありませんわ。わたくし、女としての自信を無くしそうですもの。」


「君は素敵で魅力的だよ。自信を持っていい。ところで、娘に手を出す父親についてどう思う?」


「そうですわね、娘が求めているのならば、それは誰からも非難出来ないのでは?」


「おや、世間体は気にしないのかい?」


「わたくしの知っている方の中には、兄妹で結婚し子どもがいらっしゃいますわ。その子どもも、兄妹の父親に忠誠を誓っているとか。ならば父娘でもおかしくはないのでは?」


「おやおや。痛いところを突かれたなぁ。今回は私の負けにしておこう。私を負かした褒美に、今日は好きにして良いよ。ゴウルには私から言っておこう。」


「良いのですか?では好きにさせていただきますわ。今夜は寝かせませんので。」


「サイは寝なきゃだめだよ。夜更かしは肌の天敵だからね。君の肌は寝不足くらいで陰る事はないけれど、それでも私が心配なんだ。はやく寝ておくれ。」


「団長がそう言うなら。」


ヴェルムは飲み終えた紅茶のカップを魔法で綺麗にしてからテーブルに置く。

対面のサイに微笑みかけた後、転移魔法で消えた。


サイはその姿を見送った後、小さな声でつぶやいた。


「おやすみなさい。ヴェルム様。」







翌朝、国王の下へ知らせが届いた。

この屋敷の主である街の長が昨晩、国王の護衛の責任者として屋敷に宿泊した四番隊隊長サイサリスの部屋に夜這いに訪れ捕縛されたという知らせだった。


彼は否認しているが、そもそもこの報告をしたのがヴェルムであり、国王にヴェルムを疑うという思考は存在しない。そのため、長は早朝に処断された。

国王の護衛に就く者を手篭めにしようというのは、立派な叛逆に値するためだ。


この街は王家直轄領にある街のため、長は領主のような扱いを受ける。彼は貴族出身ではあるものの、三男のため後を継げず城に勤務していた所を、長として任命されこの街に来た。


法に触れない程度の悪どい所業が多く、罰するに罰せないため放置されていた小物ではあったが、遂に逃れられない罪を犯したため処罰を受けた。


対外的に、国王の護衛は国王の物。つまり、国王の持ち物を簒奪しようとした罪である。


彼は昨晩、サイの部屋に男が先にいたと主張した。彼はサイが男を連れ込んでいると、弱味を握ったと考えた。

それを口実にサイを自由にしようと考えたが、彼はサイの部屋に侵入し声を出そうとした瞬間に意識を失った。


目を覚ますと朝になっており、身体は縛られて椅子に固定されていた。

それからすぐ国王からの処罰を聞かされ、慌てて否認したが遅かった。







「て事があったのよ。散々だったわ。唯一のいい事は、お風呂に入れた事と、団長と夜の語らいが出来た事かしら。あら、これじゃ唯一じゃないわね。」


「うるせぇよ。愚痴に見せかけて惚気んな。昨晩団長がいねぇなと思ったら、やっぱりサイのとこだったか。」


何事もなかったかのように街を出立した国王とドラグ騎士団。

昨日はリクがつまらないと騒いだため、隊長は居場所を部下に明かしておけば好きに移動していいと団長の指示が出た。

そのため、リクと同じく飽きてきていたガイアが早速サイのもとへ来ていた。


「あら、ごめんなさい。でも、惚気てなんか無いわ。だって、団長ったら私がバスローブ一枚なのに全然反応してくれないのよ?せめて顔を赤らめるとか、一度見てから視線を逸らすとかしてくれたら嬉しいのに。」


「あー、はいはい。団長にそういうの期待すんな。ありゃあ、竜にしか欲情せんだろ。サイが竜になれば欲情でもなんでもしてくれるんじゃねぇか?」


サイの話が鬱陶しくなってきたのか、ガイアの返事は雑だった。

だが、サイはその言葉を真剣に考えているようだ。それに気づいたガイアが慌てて嘘だなんだと取り消すが、サイはもう結論を出しているようだ。


「ガイア、ありがとう。おかげでいい案が浮かんだわ。はやく試す機会が来ないかしら。」


「や、やめといてやれよ…。団長が不憫でならねぇ。」


飽きたからサイのもとに来たのに、何故か疲れる羽目になったガイア。サイを通り越してアズのもとへ行けばよかったと後悔するのだった。

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