92話
「この通りだ!頼む!これは遊びではなく作戦行動なのだ。貴卿らの協力が必要なのだ!」
ヴェルムが国王の執務室に突撃した次の日の午後。国王は宣言通りドラグ騎士団本部を訪れていた。
東門から訪ねて来た国王を、団員たちは呆れた顔をして出迎えた。国王が不審に思い周囲の会話に耳を傾けていると、どうやら国王の訪問理由について何やら誤解があるようだった。
そう、ヴェルムは宣言通り、本日午後国王が自身のピクニックの護衛を頼みに来る、と団員に告げていたのだ。
その場で否定しても仕方ないため、国王は案内の最中ずっと羞恥に耐えた。
だが、余りにも団員が国王に聞こえる所でピクニックピクニックと連呼するため、途中何度も噴火しそうになっては堪えた。
そしてやっとの事で着いたのは、本館横の野外。つまり訓練場だった。
何故訓練場などに案内されたのか分からない国王だったが、すぐに理由が明かされる。
五隊の隊長が全員揃ってその場に現れたからだ。
そして直ぐに五隊の隊員も集結し、ヴェルムも現れたため国王は事態の説明と、今回の避暑の重要性を語った。
頭を下げた国王に、誰も言葉を発さない。国のトップが頭を下げるという異常事態にも、ドラグ騎士団には関係のない事だった。
「そのくらいにしてあげては如何ですかな?」
大人数が集まっているにも関わらず静かな訓練場に、セトの声が響く。
ヴェルムは苦笑いした後、頭を下げている国王の肩に手を置いた。
「と、言う訳で今回の作戦は五隊と零番隊にも協力してもらう事になるよ。近衛は一人もいらない。ゴウルの事は私とドラグ騎士団が全力で護ると誓おう。」
ヴェルムの言葉が終わると同時に、ドラグ騎士団は一斉に最敬礼をとる。
頭を上げた国王は、その一糸乱れぬ最敬礼にいっそ感激すらしていた。
「じゃあ五隊と零番隊で計画を作ってくれるかい?セト、頼んだよ。こちらの事はアイルに任せて良いから。」
国王はもう一度頭を下げた。だがそれも一瞬の事。
国王は、会議を抜け出してでもここに来て良かった、などと考えていた。先ほどまでピクニックピクニックと笑われていたのは忘れているらしい。
当然、会議に集まった貴族からは反対された。
国王自ら護衛を頼みに行くなど、と。だが、護国騎士団に命令は出来ぬのだから、こちらから頼みに行くのは誠意だ、と説き伏せた。
まさか五隊に加え零番隊まで用意してくれるとは思っていなかったが、これで事態は確実に片が付くと自信を持てた。
「ヴェルム。有難う。これで事態は解決するだろう。あちらがこの機会を逃すとは思えん。」
国王はヴェルムに感謝を告げた。ドラグ騎士団の協力が得られるなら、確かに確実だろう。
だが、既に解決したような面持ちでいる国王が気に入らなかったのか、ヴェルムはニヤリと笑った。
急に嫌な予感がした国王だが、既に遅い。ヴェルムはもう口を開けて息を吸っていた。
「さぁ皆んな!楽しい楽しいピクニックの計画を立てよう。今回のピクニックの準備金は全て国王の私財から出してくれるそうだよ。それに、成功報酬も沢山準備してくれるだろう!なんたって、彼は大陸一の大国、グラナルドの国王なのだから。」
ヴェルムの言葉に、団員は皆歓声をあげた。
流石は国王陛下!
太っ腹!
おやつを持って行っても良いですか!
弁当の注文しなきゃ!
バナナはおやつに入りますか!
騒いでいる団員たちとは反対に、国王は引き攣った笑みを見せていた。
国内、いや世界でも最強の騎士団を護衛に使うための経費を想像したのだろう。
「もっとゴウルに感謝しなさい。あぁ、でもゴウルは腹は出ていないよ。勿論、おやつは各自準備しておきなさい。弁当に関しては各隊で纏めて料理長に発注しておいて。バナナは…今回はおやつに含めない事にするよ。」
ヴェルムの全力の悪ノリに、セトは呆れた様子で笑っている。
こんな好機を逃してたまるかと言わんばかりに、ガイアやリクも持っていく物を話している。
流石に隊長が全員行く訳にはいかないだろうが、そんな事考えてもいないに違いない。
スタークとアズ、そしてサイは騒ぐ団員たちを諦観の表情で見ていた。
「なぁ、あの二人は絶対いくよな?では私たちは留守番という事になるだろうか。」
「えぇ。おそらくね。でも、二人も行きたければ行って良いのよ?私だけでも留守番は出来るもの。」
「ううん。サイだけ残るなんてダメだよ。僕も残るからさ。本部内に侵入出来るとは思えないし、首都近郊で問題があるとは思わないけど、もし他の場所で問題があれば僕らが動かないといけないから。」
「なんだ、アズまで貧乏くじを引かなくて良いんだぞ?こういうのは年長に任せておけ。若者はピクニックに行って楽しんでくればいい。」
「あら。年長って、私も含めて言ってるのかしら?スターク。」
「い、いや、そういう訳では…。サイはいつでも美人で若々しいぞ。それに美しい。な?アズ。」
「そ、そうだよ!可憐で麗しいサイと一緒に留守番なんて、どんなご褒美かと思ってしまうよ。」
スタークの失言にすかさず反応するサイ。
二人は必死にサイを宥めるが、サイは頬を膨らませてそっぽを向いてしまった。
一度拗ねたサイの機嫌を治すのはこの二人には難しい。
互いに無言で肘を突き合い、責任を押し付け合っていた。
だがそんな二人に救世主が現れる。
「おや、サイ。どうしてそんなに不機嫌そうなんだい?君は笑っていないと。ほら、君の素敵な笑顔を私に見せておくれ。」
サイにこんな事を言えるのは一人しかいない。そして、彼女の不機嫌を吹き飛ばせるのも彼だけだ。
「団長。私は不機嫌になどなっていませんわ。アズとスタークが失礼な事を言うから。」
そう、ヴェルムである。
矛先を向けられた二人は、ピシリと音が聞こえそうな勢いで固まった。
「大丈夫。二人は君に気を許しているから失言をしただけだよ。もうしないさ。そうだろう?スターク。」
「も、もちろんです。大変失礼しました。」
「あぁ、それと。スターク、君の言い分では私も留守番になってしまうよ。でも今回は私も行くつもりだよ。だから、私よりも年少の君たちは全員参加。今回留守番は零番隊に任せるよ。」
三人にとって驚愕の事実だった。今まで五隊全ての隊長が本部を空けた事など無い。
五隊合同で防衛戦に出た事はあるが、その時は隊長二人だけが外に出た。
確かに、本部自体の守りは完璧である。魔法による結界と、魔道具による侵入者避け。騎士が常に巡回し、周囲には深く広い堀。
本部自体が一つの都市といっても過言では無い広さだが、そもそもその中に入るのは無謀を通り越して不可能だろう。
「しかし団長、何かあった時にすぐ隊長が動けた方が良いのでは?」
アズの疑問も尤もだ。だが、それに対する回答はキチンと準備されていた。
「大丈夫。何かあれば通信の魔道具でこちらに連絡が取れる。それに、アイルと私がいるだろう?国内どころか大陸中、どこで問題があっても君たち全員を送り届けられるよ。」
確かにそれはそうなのだが、アズは前代未聞の流れに戸惑っているようだ。
スタークとサイは直ぐに飲み込み、既に頭の中ではピクニックに何を持っていくか考えている。
「アズ。お願いがあるんだけど良いかな?」
一人混乱しているアズに、ヴェルムは優しい笑顔を向けて話しかけた。
勿論、ヴェルムの頼みを断るなどあり得ないアズは、条件反射のよう高速で頷いた。
「はい、何でしょう。」
「実は、私も国政会議に出なくては行けなくてね。ピクニック当日まで暇があるか分からないんだ。だから、当日の私の分のおやつを、アズ、君に作って貰いたいんだ。勿論、材料代と手数料は後で払うから。どうかな。」
「も、勿論です!何か食べたい物はありますか?」
「ううん。アズの選んだ物で良いよ。あぁ、もし決まらなかったら、とびきり甘い物にしておいてよ。甘味は疲れが取れるって言うからね。きっと歩き疲れた身体に丁度いいと思うんだ。」
アズは少し考えた後、何か思いついたのか直ぐに了承した。
実際、何を食べたいか聞いたのに、何でも良いと言われるのが一番困るのである。
ヴェルムはその辺りがよく分かっているようだった。
しかも、今回はアズにとって上司にあたるヴェルムに作るのだ。抽象的なリクエストをしておけば、アズが食べる分も作るのが楽になるのは間違いなかった。
そんな会話の後、国王と共に王城へ向かったヴェルム。
残った五隊はまだ騒いでいた。
「丁度五隊が集まったんだ。合同訓練して連携の確認をするぞ。」
ガイアの一声に、五隊は即座に動いた。
今は初夏。夏本番は暑くて毎年巡回任務も一苦労だ。
任務で遠征がある五隊は尚更で、この暑い時期に首都よりも暑い地域に行く事もある。
だが今年はピクニックがあるのだ。国王の護衛というオマケもあるが。
更に、国はこの避暑の期間で何か問題が起こると予想している。
だがドラグ騎士団にそんな事は関係ない。
彼らにとって最も大事なのは、ヴェルムと共に過ごせる時間だ。
今回、ヴェルムも着いてくる事が決まった以上、彼らに怖い物などない。
訓練?ドンとこい!
そう言わんばかりのやる気に満ちた団員の表情を見て、ガイアはニヤリと笑う。
その日、本部横の訓練場からこの世の終わりかと錯覚しそうな叫びが夕食前まで聞こえた。
ユリアは激怒した。
自身に隠れて父である国王が避暑を計画しているのは知っていた。この事を突き止める事も、女王となるための試練なのだと考えた。
正確で迅速な情報網を持つのは為政者として必須。
だから我慢したのだ。だが、ドラグ騎士団が着いていくなど聞いていない。
「ズルいですわ。わたくしも行きたかった…。勿論、分かってはいるのです。わたくしは囮。でも…、ヴェルム様とお父様が避暑を共にするなど、ズルいではありませんか!」
珍しく国王にティータイムを誘ったかと思えば、使用人を下げてまで言いたかった事がこれだ。
国王は呆気に取られた後、苦笑しため息を吐いた。
「仕方ないだろう。近衛は全てユリアの下に就けておるのだから。私も今回の事で恥をかいたのだぞ?」
「恥…ですか?」
「そうだ、恥だ。昨日私の執務室に来たヴェルムから、部下には国王がピクニックに行く時の護衛を頼みに来ると伝えておく、などと言っておったのだが…。確かに今日行ってみれば、団員からピクニックピクニックと陰で何度も笑われてな。全く、いい晒し者であった。しかも聞けば団員は皆事情を知っておったと言うではないか。私はただ揶揄われただけだったのだ。私の耳に届く声でピクニックと言えと指示されていたようでな。私を何だと思っているのだ…。」
そう、実は国王が本部を訪れた際、既に事情は団員に通達されていた。
その上で、団員たちに指示しギリギリ聞こえる所でピクニックと連呼させたのだ。
ヴェルムは悪戯を全力で行う。今回の標的は国王だっただけだ。
ユリアはドラグ騎士団にいた際、その光景を何度も目にした。
何なら、ユリアも標的にされた事がある。
怒りの表情から一転、哀れみに満ちた表情に変わるユリア。
同じ経験を持つ者同士。ヴェルム被害者の会、王城支部が出来た瞬間だった。




