9話
黒を基調に緑の差し色の鎧を纏い、太い枝を選び足場にしながら飛び回る男。軽量化の魔法がかけられた鎧は、パーツ毎の隙間に特殊なクッションを付けてあるためにガチャガチャと音がしない。たまに探査の魔法をかけながら周囲を把握し、背中越しにハンドサインを送る。
後ろに続く隊員が一人離れた気配がする。一番隊を主軸とした突撃隊に連絡しに行ったのだ。
「よし、もうすぐ集落だ。取り決め通りに小隊毎に散開、後は作戦通りだ。行くぞ。」
深紅の斧槍を背負うガイアが、連絡を受け後ろの隊員に告げる。
小隊毎に三番隊隊員が付き、連絡を熟す。出来るだけ取りこぼさぬよう、包囲を徐々に狭める作戦だ。
隊員達の様子は落ち着いていた。寧ろ、張り切っているようにも見える。
団長いるからな、と苦笑しながら合図を出す。散っていった隊員達を見送ると、その場に残る自身の小隊へ声をかける。
「いいか、安全第一だ。それが守れりゃ後は暴れろ。終わったら奴らの肉で豚肉パーティーだ。今回の戦功一位は誰だ?お前か?それともお前か?絶対に姫のとこに盗られるな。一番隊たる所以を見せてやれ。よし、行くぞ!」
それぞれの顔を見て言い、突撃を開始する。少し森を進むとすぐ開け、オークの集落が見えた。
まずは魔法で一撃、炎の球が集落の粗末な家を吹き飛ばす。包囲に回った他の小隊からも、各所に魔法が飛ぶのが見えた。森に近い所も火の手が上がっているが、風の魔法で集落側へと火が廻る。
建物からは慌てた様子のオークが飛び出し、そこを隊員が仕留めていく。
まだ上位種は姿を現さない。ガイアの小隊は集落の奥、洞窟になっている場へと足を向けた。
「作戦開始しました。こちら、映像になります。」
集落近くの仮設テントで、ヴェルムと伯爵に声をかける三番隊隊員。肩に乗せた鷹の眼が光り、テント内に置かれた白い板に映像を映す。それは上空から見た、あちこちで火の上がる集落だった。
この隊員は、本職はテイマーである。様々な動物を飼育し、魔法で指示を出し、その動物が見た物を映し出す事ができる。普段は諜報で使用するが、こういった戦場でも無類の強さを誇る能力だった。
情報は命。初代の頃から三番隊に代々継がれてきた格言だ。
この隊員は個人の戦闘能力は低いが、補って余りある力を持っていた。
「ありがとう。このままケリが着くといいけど。」
ヴェルムが礼を言ってから呟く。
伯爵はそれを見て、怪訝な顔をした。
「なんじゃ、奇襲も成功しとるし、建物も全て燃えとる。それに森に全く延焼しとらん。これで終わらんのか?」
「んー、多分ね。ガイアもその辺は分かってるんじゃないかな。リクも。だからこの場にリクがいない。ガイアはきっと悔しがるだろうね。」
ヴェルムは核心を話さなかった。伯爵は首を捻るばかり。
「今回は団長がいるから俺も突撃しますね、なんて言ってるからこうなるのさ。私がいなかったらガイアがここに居ただろうから、そうなればリクが前線にいたはず。そしたら、ガイアはきっと大喜びの結果になっていただろうね。残念残念。」
「なんじゃ、一人だけ解っとらんでワシにも教えろ。狡いぞ相棒。」
ついには拗ねた伯爵。初老の男性が拗ねても可愛くはない。寧ろ笑いを誘っているのかと勘違いするところだ。
伯爵の側付きは慣れているのか、真顔で立っている。映像を映している鷹を肩に乗せた隊員も、真顔だった。いや、頬が微妙にヒクついている。堪えているのだろう。
「もう少ししたら分かるから。我慢我慢。ほら、アズがくれたクッキーあげるから。糖分を摂って考えると良いよ。思考は認知症の最大の抵抗になる。」
笑いながらクッキーを取り出し、伯爵へと差し出すヴェルム。しかし言っている事は特大の煽りだった。
「まだボケとらんわ!ワシはボケる前に死ぬからの。ワシのボケる姿が見られんで残念じゃろ。」
額に血管を浮かせ騒ぐ伯爵。更にはヴェルムに煽り返して見せた。側付きは真顔。鷹を乗せた隊員は堪えきれず少し噴き出したが、すぐ真顔に戻った。
「そうか。まだボケてないか。じゃあ、君は全盛期でもこの状況は予測出来ないって事か。流石脳筋。」
「なんじゃと!?誰が脳筋じゃ!このくらい直ぐに分かってみせるわ!まったく、相変わらず性根が腐っとるの。40年経ってもそれは変わらんか。」
更なるヴェルムの煽りにブチギレた伯爵。しかし、諦めた。
どうやら伯爵とヴェルムの仲は、40年続いているらしい。
側付きの頬がヒクつき、隊員は逆に無心だった。聞かぬ振りとも言う。
それからしばらく、テント内は騒がしかった。
「ふんふ〜ん。ガイちゃんてば団長に良いとこ見せたいからって張り切ってさ。大物はこっちに逃げてきてるのにね〜!」
三番隊のみで編成された小隊を後ろに控えさせ、木の上でリクが言う。
リクの探査魔法の有効範囲は広い。オークの集落だけでなく、奥に位置する、本拠点と思われる洞窟内までしっかり把握していた。通常、風の探査魔法は風が入らぬ洞窟や建物内は調べられない。しかしリクは、空気が振動するなら何処でもいける、と言う。現在は水中の探査を練習中らしい。
「そろそろ出てくるよ〜。先頭はジェネラルかな?その後マージ、キングの順だよ。キングが完全に外に出てからヤるよ!出口を塞ぐ人、それぞれ倒す人、テキトーに分けてね!」
隊員はリクの言う"テキトー"に慣れているのか、はっ!と声を合わせる。その後目線だけで遣り取りし、決まったようだ。
それは、リクが指示を出してから十秒ほど経った時だった。
フゴフゴ鳴く声が聞こえたかと思えば、洞窟の集落とは反対の出口から、巨体が現れる。オークジェネラルだった。その後ろに小柄なオークが出てくる。手には杖を持っていた。オークマージだ。
最後に、一際大きなオークが出てきた。手には大剣を持っている。これがキングだろう。
通常、オークの見た目は完全に"二足歩行の豚"だ。
ジェネラルやマージになるとかなり大きさや格好が変わるため、一目で分かる。ハイオーク程度だと、少し大きなオーク、くらいの印象しかない。
キングは別格だった。通常のオークの二倍の体躯があり、鎧など必要ないと言わんばかりの筋肉。
小柄なリクが何人並べば同じサイズになるのか。
しかし、リクは笑顔で手を肩まで挙げる。まるで、親しい友人に会った時に手を挙げ挨拶するかのようだった。
その瞬間、後ろにいた隊員たちから魔法が飛ぶ。洞窟の出口を崩し、ジェネラルとマージの首が飛ぶ。キングは身体中に傷をつけながら身動きを封じられていた。
「ボスは逃げちゃダメだよ。部下を囮にして逃げるなら、最初から群れなんて作っちゃダメなの。私は逃げないよ。もう二度とね。さよなら、豚の王さま。」
そう言って、挙げていた手を降ろす。手が降りた時にはリクの魔法によって、キングの首が落ちていた。
崩れ落ちる身体。広がる血溜まり。転がる首が三つ。
隊員たちの方へ振り返るリクは、最初と変わらず笑顔だった。
「クソ!結局陽動だったって事かよ!嫌な勘が当たりやがった。仕方ねぇ。だかまぁ…チッ。今回は姫に譲った形になったが、結果オーライだったかも知れねぇ。」
悪態を吐いているのはガイア。
結局、ガイアたち一番隊は、多くのオーク(ここ笑うところ)と、数体の上位種を狩るだけになった。燃えた集落を鎮火させ、生き残りを探しているのは三番隊だ。
「ガイちゃんダッサ〜い!戦功一位は俺たちだー!とか言って出てったくせに〜!」
アハハハッと笑いながらリクに揶揄われているガイア。他の一番隊も悔しそうだ。しかも、燃やすだけ燃やして鎮火は三番隊任せになるのも申し訳ない。もちろん、狩った数は一番隊がぶっち切りだ。というか、三番隊はほとんど狩っていない。
だが、キングをリクが倒してしまった。その上、一番隊が倒していたらキングは丸焦げになっていたであろう。首を綺麗に落とした死体は、素材にも向いていた。
「二人ともお疲れ様。みんなのおかげで早く終わったよ。て事で、一日ここで様子を見るよ。いなくなっていた動物や魔物がどの程度戻るか把握しておかないとね。おそらく、縄張り争いなんかがあるから、しばらくは領都の人も近寄らないだろうし。」
ヴェルムが二人に声をかけ、その場にいる者へ聞こえるよう今後の方針を伝える。
予想できていた事であるためか、隊員たちも平然としている。
近くでは、早くもオークの解体が進み、石で窯がたくさん組まれていた。
「あ、そうだ。みんなが出払ってからここを襲ってきたから倒しといたよ。そこに纏めてあるから。それも頼んでいいかい?」
ヴェルムが、オークを解体していた一番隊隊員に声をかける。
首を傾げて、そこ?と目を向けると、テントより高くなっている丘があった。いや、丘ではなかった。魔物の山だ。ハイオークやマージ、ジェネラルまでいる。
慌てて他の隊員が魔物の山に駆け寄り、血抜き作業に入る。
「あー、そう言う事か。偶然だろうが、別働隊が集落から出てたのか。寧ろ、これが主戦力じゃねぇか。だからキングが逃げたのか。道理で雑魚しかいねぇと思った。」
ガイアが苦笑して言う。戦功二位は団長ってかー?と続けた。
「リクからはちゃんと報告受けてたんだけどね。まぁそんなに強いわけじゃないし、伯爵も良い運動になったって言ってたからさ。散歩で終わるのはプライドが許さなかっただろうし。」
ヴェルムも擁護する。そう、伯爵もヴェルムと共にオークを狩った。今はテントで茶を飲んでいるが。伯爵としては、ヴェルムと共に剣を振れただけで満足なのだ。側付きも隊員も手を出すなと命令する程だった。
拠点を守る隊員たちは伯爵の命令を聞く謂れは無いが、ヴェルムが笑顔で頷いたために傍観に徹した。寧ろ、団長の戦いが観れるなら観たい。そんな気持ちだった。
「マジかー。てことは団長の戦いも観れなかったのか!クソっ、ツイてねぇ。」
ガイアは散々だった。
一番隊で集まり悔しがっている。
「団長?なんかね、キングからこんなの出てきたって。」
首を傾げながらヴェルムに告げるリク。手には闇色の石があった。
「あぁ、やっぱり。うん、これで大体の予測の裏付けが出来たね。お手柄だよリク。」
そう言ってリクの頭を撫でた。リクは小さいため、ヴェルムは撫でやすい。リクが嬉しそうな顔をするのを見て、三番隊隊員たちも嬉しそうだ。
三番隊は基本、リクが楽しければそれで良い。騎士団内(主に隊長格)では、三番隊は"リクを見守り隊"とも呼ばれることがある。
普段、情報を遣り取りして諜報をし、隠し通路等で警備をする三番隊は、こういうところで陽気になる。基本的にはノリの良い者が多い。気まぐれで適当な者も多いが。
任務中はしっかりと切り換えられるよう訓練しているが、新人はたまに任務でもちゃらんぽらんとしていて、失敗をする。
だが、どんな新人もいつかはリクを見守り隊の一員になる。リクが愛されているのは確かだ。隊長たる実力もある。彼女に出来ないことは部下がやればいい。そういう精神で今日も隊員たちは頑張っている。
「アイル、これ魔力遡れる?」
そう言ってヴェルムが後ろに石を投げる。そこには誰もいないはずだったが、いつの間にか十二歳ほどの見た目の藍色の髪に水色の瞳の少年が立っていた。
アイルと呼ばれた少年が石をキャッチすると、そのままマジマジと見つめた。一つ頷いて目を閉じると、集中し始めた。
「あっくんだー!そーいえば来るって言ってた!ん?もしかして、団長ここまで分かっててあっくん連れてきたの?」
リクがあっくんと呼ぶ少年は、ヴェルム率いる零番隊の隊員だ。零番隊のほとんどが外部に出ているにも関わらず、騎士団本部に常駐する数少ない隊員である。普段はセトから執事業を教わっている。
そんな少年アイルは、魔力による個人の特定と、その場や物に残る魔力を視る事で、いつ魔法が使われたかなどが分かる。そういう特殊な眼を、魔眼と言う。アイルは"識別の魔眼"と呼ばれる魔眼を持っていた。
「そう。援護のいらない地への領軍派遣要請、その後起こるスタンピード。何かあるって誰でも考えるだろう?だがそこで、どうやって、という疑問が出来る。だからアイルを連れてきた。」
ヴェルムが笑顔で答える。リクも納得したようだった。
「ヴェルム様。こちら、ヴェルム様の予想通りです。凡そ一月前ですね。この闇属性の魔石をどこで手に入れたのかは分かりませんが、元はデュラハンのものですね。」
アイルが目を開けてヴェルムへ報告する。
デュラハンというのは、アンデットの上位に位置する魔物である。単体脅威度はオークキングと同じAだが、実体が無いため討伐方法が限られる。聖属性魔法を使うのが一般的であろう。
魔石は、魔物の体内で生成される石で、人と違い魔臓が無いため魔石に魔力を蓄えていると言われている。
この魔石を使って人は様々な魔道具を作り、生活に役立てている。ちなみに火車も、魔道具の一種に当たる。
「ありがとう。じゃあこのままこの件頼んでもいいかな。スタークと連携取ってくれたらいいから。あぁ、それ持って行っていいよ。」
ヴェルムがアイルに頼む。アイルは魔石を持ったまま一礼して消える。
アイルが突然現れまた消えるのをリクも他の隊員も驚かない。彼は、転移魔法を得意としているからだ。この世界に数人しか使えない転移の魔法だが、アイルは騎士団に来る前から使えたらしい。ヴェルムのお遣いによく行かされているアイルは、他の隊員たちも見慣れている。
「じゃ、警戒も交代しながらキャンプファイヤーしようか。そうだ、立派な篝火を組んだ小隊はご褒美をあげよう。」
ヴェルムがそう言うと、隊員たちが歓声を上げて準備に取り掛かる。
みな一様に張り切っていた。
ヴェルムはそれを見届け頷き、自身は窯に向かう。料理をするつもりのようだ。
リクも楽しそうにそれに着いて行き、ガイアは木を取りに向かう。
騎士団のアットホームな宴会はところ構わずであった。