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闇竜と騎士団  作者: 山﨑
89/293

89話

「状況を報告しなさい。」


「はっ!現在、二小隊で足止めをしております。数体抜けた魔物は既に討ち取っております。数は凡そ三百。統率する個体がいるようで、そちらはまだ森から出て来ておりません。」


リクと三番隊が現地に到着するなり、指揮を執っていた小隊長にクルザスが報告を促す。

今は諜報隊としての活動ではないため、小隊長は細かに報告をしたようだ。


普段であればきっとこう言うだろう。


"数は凡そ三百。主は森に。"と。


リクは薄緑の癖毛を風で乱されながらも、堂々とした態度で魔物の群れを睥睨した。


「殲滅に入ります。貴方たちは補助を。」


リクは作戦行動中、淑女モードと隊員が呼ぶ口調になる。これは無意識だが、ヴェルムの予想では王女の頃の口調が無意識に出てしまうのではないか、という事だった。


「総員、合図と共に一旦退避!その後、一斉攻撃を開始する!」


クルザスが拡声の魔法を使用し、戦闘中の小隊に声を届ける。リクは既に魔法の使用に入っており、いつでも発動が出来る状態になっていた。


「三!二!一!…退避!」


小隊員たちは一糸乱れぬ動きで大きく後ろに飛び退く。それと同時に、広い草原に竜巻が発生した。


それを見た足止めをしていた小隊は、数人が地属性魔法で石礫、水属性魔法で氷の礫を生み出し竜巻に向かって放つ。


竜巻の鋭い風の刃と、石や氷の刃がミキサーのように中の魔物を斬り刻んでいく。

二十秒ほどで消えた竜巻の跡には、惨たらしい光景が広がっていた。


「クルザス。ここの処理は任せます。一小隊だけ着いて来なさい。群れの主を討伐します。」


リクの指示にクルザスが膝をつく。クルザスの役目は、草原に広がった死骸の片付けだ。

死骸をこのまま放置すれば、その肉片に菌が繁殖し疫病となり得る。加えて言えば、比較的無事な身体がアンデット化する可能性もある。


クルザスは三番隊の所属だが、風属性と火属性が得意な魔法使いである。ステイルは暗殺術に特化しているが、使う魔法が派手で強力なのはクルザスだ。


リクが森へ向かった後、クルザスは残った小隊と共に魔物の死骸を集めた。その間に隊員が魔法で掘った大きな穴に死骸を落とし、クルザスの魔法で火を点けた。


「魔石の回収は終わったか?」


「勿論ですよ。こいつらはフォレストウルフと呼ばれる魔物ですから、地属性や風属性の魔力と相性が良いはずです。製作科に喜ばれますかね?」


「どうだろうな。この数の魔石があるのに革は無いのかと怒られそうだが。」


「それもそうですね。あり得る。まぁ、隊長が怒られるのは嫌ですから、俺らで謝りに行きましょうよ。」


「当然だ。中隊長も連れて行く。絶対に隊長にはバレるなよ。」


「はっ!了解であります!」


小隊長とクルザスの隊長への想いがこもった言葉が、魔物の死骸を燃やす火と煙に混じり流れた。











「こっちにいます。全員、戦闘準備。貴方たちは取り巻きを。私が先攻します。」


リクは森の比較的浅い場所で群れの主を見つけていた。森に入る前から探査魔法で場所は把握しており、迷う事なく一直線にここまで来た。


当然、森に道などない。

彼らが進んだのは、木の枝を足場にした道なき道である。


「森で静かに暮らしていれば良かったのに。お眠りなさい。」


リクが誰にも聞こえない声量で呟くと同時、大柄の狼型魔物の首が落ちた。

不可視の刃で何の抵抗も無く斬り落とされたその首が、ゴトリと大きな音を立てて転がった。


首を落としたというのにほとんど血が出ておらず、既にそこにあった血のみが通り道を失い辺りを汚す。


その瞬間、取り巻きの魔物たちにも災難が襲いかかる。

数秒後には、生きている個体はいなくなった。


「討伐終了。お疲れ様です。魔石を回収しますか?」


隊員がリクの側に寄って来て問う。リクはそれに頷きで返し、魔物が寝ぐらとしていた大樹の太い枝に座った。


魔石の回収が終わる頃、周囲の探索に出ていた隊員が戻ってきてリクに報告を始める。


「隊長の言う通りでした。俺らが入って来た場所より少し集落側の浅い場所にこれが。どうします?」


隊員が持って来たのは空の瓶だった。

リクはそれを受け取るなり、手で扇いで匂いを確かめる。


中に入っていた物が予想通りだったのか、リクは笑みを深めた。それはいつもの天真爛漫な彼女の純粋な笑みではなく、社交界を渡り歩く歴戦の猛者である淑女のような笑みだった。


「魔石の回収も終わったようなので撤収します。死骸の処理は…、流石ですね。では行きましょう。」


魔石を取り出すと同時に、穴を掘り肉や骨は全て埋めてあった。ここは森であるため、燃やす訳にはいかない。冒険者たちも、森での討伐で持ちきれない素材は埋める。アンデット化を防ぐためだ。











「お帰りなさいませ。見事討伐されたようで何よりです。」


集落に着くと、出迎えたのはクルザスと隊員たちだった。中隊長とステイルはまだ長の家にいるらしい。


「ただいま、くーちゃん。良い子にしてた?」


既に淑女モードが解けているリク。三番隊はリクのこの口調を聞くと、やっと緊張が解ける。

それでも周囲の警戒は怠らないが、全力警戒までする必要がないと判断するのだ。


「はい、勿論ですよ。命じられた処理は既に済ませております。隊長こそ、お怪我は御座いませんか?」


「ないよ〜。あれくらいで怪我してたら三番隊にいられないよ!」


「それはよう御座いました。さぁ、後の問題を片付けて、本部に戻りましょう。」


クルザスの心底安心したような顔に、リクは苦笑を浮かべながら頷いた。







中隊長は集落の長と今後の支援について話し合っていた。

だがその話し合いは一向に決着が着かず、それによって予定の時間を過ぎても応接室にいる羽目になっていた。


リクの副官であるステイルは、この話し合いの途中で何度も殺意を我慢していた。

その度に拳をギュッと握りしめるため、手のひらには爪の痕がクッキリと残り、血が滲んでいた。


ステイルの手がそんな事になった原因である話し合いの内容は、長の要求の酷さから始まったのである。


「ですから、何度も言うようにここは僻地ですぞ!?隣の村まで荷を持って歩いて半日。だがその村は我らを嫌っておるのか物々交換ですら断ってくる始末。我らが誇るイェンドル織を一反でキャベツ一籠と交換などと、侮辱してくる有様!ならばドラグ騎士団からの支援を増やしてもらうしかないではないか!貴方たちは我らを生かす義務がある!飢えて死ねと言うのか!」


最初は下手に出ていた長も、熱が入ったのか口調は荒く見下すような態度も端々に見られた。

中隊長とて黙っている訳ではなく、何度も説明を重ねた。


何より、今回の三番隊の訪問は、支援を約束した期間が終了した事を知らせる訪問だったのだ。

だが長は支援の終了を受け入れるどころか、更なる支援の上乗せを要求してきたのである。


中隊長とステイルが強く出られない理由はたった一つ。彼らが敬愛して止まない隊長の、故国の民だからである。

それを知る由もない長も、この二人になら強く押せばいけると感じたのか、全く退く様子を見せない。


支援に関しての話し合いが終わらないと、本部に帰ることも出来ない。

中隊長が何度目かになるため息を漏らしそうになった時、中隊長とステイルの肩が同時にピクリと跳ねた。


「お、長殿。こちらの言いたいことは伝えた。既に十年の支援は終わったのだ。こちらがこれ以上の支援をする義理はない。では我々はここで…。」


中隊長は無理矢理話を切り上げて立ち上がる。

だが長は憤慨した様子で机を叩き、認められないと喚く。二人の顔に段々と焦りが見えるようになり、その後ステイルは諦観の表情に、中隊長は更に焦りを見せた。


長が更にヒートアップし二人が手をつけられなくなった。長の口からは、遂に話し合いとは関係ない話まで飛び出している。


「このまま支援さえすれば、イェンドル王国復興の暁にはお前たちを女王に謁見させてやると言っているんだ!こんな名誉、貴様ら騎士などには一生無い事だぞ!私にはそれが出来る!何故なら私は復興した王国で大臣になるのだからな!今ここで未来の大臣に恩を売らねば、イェンドルとグラナルドの間には深い溝が出来るのだぞ!そうなれば北の国と仲が悪いグラナルドはどうなるか一目瞭然だろう!貴様らは支援を続行すると言えば良いだけでは無いか!何を躊躇うのだ!」


怒りに肩を震わせ、顔は紅葉の様に真っ赤に染まっている。

長の頭にはイェンドル復興の道筋が出来上がっているようで、その道程にドラグ騎士団の支援は当然のように含まれる。


ステイルは既に窓の外へ視線を向けており、中隊長は焦りを通り越して無心だった。

そんな三者三様の表情を浮かべる応接室の扉がノックされた。


「誰だ!今この集落の未来を変える取り決めをしておる!後にしろ!」


長は扉に向かって叫ぶ。だが、そんな長の叫びを無視するように、扉の取手が傾いた。

微かな木材が軋む音を立てながら取手が完全に傾き、静かに扉が開く。


長は扉が開いた事に気付いたのか、そちらへは目を向けずに机を見たまま怒鳴った。


「後にしろと言っただろう!お前はそれでも誇り高きイェンドルの民か!」


「確かにイェンドルの生まれだけど、貴方の命令を聞かないと誇れないような誇りは必要ないよ。」


入って来たのはリクとクルザスだった。中隊長とステイルは立ち上がって敬礼で迎える。

それを目線で制したリクは、下を向いたままの長に目を向けた。


「勝手に入ってくるなりなんだその態度…。!?」


言葉と共に顔を上げた長は、途中で信じられない物を見たかの様な表情で固まった。

それからすぐ長の瞳には涙が溢れ、言葉も上手く紡げずあうあうと声を漏らすだけとなる。


「イェンドルの民はわたしにとって誇りだよ。でも、全ての民がそうじゃない。わたしが誇りに思うのは、今もイェンドルの地で圧政に苦しみながらも日々を懸命に生きる民であって、決して貴方じゃない。ドラグ騎士団からの通達は告げたね?じゃあ二人とも、帰ろ。晩御飯に遅れたら料理長に怒られちゃう。」


中隊長とステイルに向け、いつもの満面の笑みを向けるリク。感涙に咽ぶ長を放置し、退室しようと移動した。


だが、当然長はそれを許さない。


「お待ちください!まさか、本当にリク王女殿下…?生きておられたとは…!私たちを導くためにおいでくださったのですね…!あぁ、天竜は我らを見捨てておられなかった!」


長はまるで神を拝むかのようにリクに向け手を合わせる。

既にイェンドル王国復興が成ったかのような表情だった。


「わたしはイェンドルを復興しようと思ってないよ。わたしの居場所は既にあるから。そんな事に夢を見る前に、食べられる野菜でも育てたら?お洒落する余裕の無い村に織物を持って行っても、誰も喜ばないよ。」


リクは長にそう言い放つと応接室を出て行った。

中隊長とステイルもそれに続く。呆然とする長に、一人残ったクルザスが声をかけた。


「隊長はイェンドルを見捨てたのではない。貴様がイェンドルを捨てたのだ。この集落の者たちと共にな。被害者面をするな。貴様は選択を間違えた。夢ではなく腹を膨らませろ。生きたいのならな。」


クルザスは言うだけ言って応接室を出る。玄関まで来ると、リクたちはクルザスを待っていた。


「お待たせして申し訳ありません。さぁ、行きましょう。」


クルザスがリクに声をかける。ステイルと中隊長は物言いたげだったが、クルザスが首を振ると前を向いた。


長の家を出て四人で歩いていると、三番隊が集落の外に集結しているのが見えた。

中隊長はリクに頭を下げた後、走って三番隊の下へ向かう。帰還の号令を出すためだ。


リクと副官二人はゆっくりと歩く。リクの背中を、副官二人は心配そうに見つめていた。

だが、そんな二人に気付いたのか、リクがクルリと振り返り笑顔を向ける。


「すーちゃん、お疲れさま。後でその怪我は治してもらってね?それからくーちゃん。わたしのためにありがとっ!二人とも大好きだよ!」


そう言って恥ずかしそうに笑うリク。

後頭部の高い位置で束ねた薄緑の癖毛が、夕陽に染まって輝いた。

二人は言葉も忘れてただ見惚れた。


ほら、行こう!


リクに声をかけられ我に返ると、二人は顔を合わせて苦笑した。

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