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闇竜と騎士団  作者: 山﨑
88/293

88話

大陸北部には、大きな山脈がある。

その山脈はグラナルドと北の国の国境より少し北にあり、天然の要害として侵入を拒む。


北の国では霊峰と呼ばれるこの山脈は、東西に長く横たわっており、北の国から南西の小国二国にも接している。

山脈の東端には旧イェンドル王国、現イェンドル領が存在する。


イェンドルは東の国、グラナルド、北の国と接しているが、グラナルドとの間に関所は無い。イェンドルとグラナルドを直接行き来が出来ないよう、北の国が封鎖したためだ。


このようにした理由は幾つかあるが、元々イェンドルがグラナルドの支援によって出来た国だというのが一番の理由だろう。

その縁を頼ってグラナルドとイェンドルが癒着するのを恐れた北の国が、直接のやり取りを禁じたのだ。


また、イェンドルの北部から北東部にかけて北の国の辺境伯領があり、その辺境伯が東の国との貿易を行うため、イェンドルには東の国との貿易も禁止されている。つまり、イェンドルは現在陸の孤島となっている。

直接商人のやり取りが出来るのが北の国しかないのだ。


そんなイェンドルは現在、旧イェンドル王国を裏切って北の国に帰属した貴族が治めている。

クーデターを起こした宰相一派の情報を売り、北の国の領としたこの男は、今は子爵を名乗っていた。


しかし、当然陸の孤島となったイェンドル領だけでは贅沢な暮らしは出来ず、領民となった元イェンドル王国国民たちは苦しい生活を強いられた。


十年程前には、グラナルドとの国境に旧イェンドル王国国民が大挙で押しかけた事件があった。

閉鎖された国境の関所には兵士がおり、誰も通すな、という命令に忠実に従った。


押し問答が続く中、耐えられなくなった民が別の場所から国境を抜けようとした時、その民は兵士によって斬り捨てられた。


それを見た民たちは遂に暴徒となり、少数だった兵士を飲み込みグラナルドへ亡命した。


当然、北の国はグラナルドへ民の返還を要求する。それだけなら兎も角、死んだ兵士たちの遺族年金として金を請求した。


グラナルドはこれを拒否。それにより当時は細々と交易があった国境も閉じられた。

北の国とグラナルドは冷戦状態に入ったのである。


亡命したイェンドル国民たちは、ドラグ騎士団の守護の下、集落を作って過ごしている。いつかイェンドル王国を復興するのだと夢見ている民も多い。だが、生きていると噂になったリク王女の行方は依然として知れなかった。











「すーちゃん、今日の予定はなに?」


「今日は明日のイェンドル国民が作った集落への訪問の準備が主になります。隊長、心の準備もしてくださいね。」


リクは三番隊隊舎の隊長室のソファで寝転がりながら、己の副官に予定を聞いていた。

しかし予定を聞いたリクのテンションは低い。いつもなら予定を聞いてやる気を出すのだが。


「あー、それかぁ。どーしても行かなきゃだめぇ?どーせイェンドル王国を再建、とか言われるんだよ?やだぁ。」


リクは故国が滅びた際、このような性格ではなかった。お淑やかで慎ましく、正に国民が憧れる立派な王女だったのだ。

だが、クーデターの際にグラナルドへ亡命した時には幼児返りしていた。


寧ろ、ドラグ騎士団に来てからここまで成長したのだ。心が。


だが、決して記憶を失ったという訳ではない。幼い頃のリクを知るガイアやヴェルムは、彼女の五歳頃の性格と今がそう変わらない事を知っている。

王女としての教育が本格化してから、その才能を一気に開花させ立派な淑女となった事も知っている。


だからこそ、やろうと思えば礼儀正しく振る舞えるのだ。

しかし、ヴェルムからリクに言われた事がある。


"リクはもう王女である必要はないよ。君の好きなように生きなさい。最早誰も君の自由を奪う事は出来ないのだから。"


この言葉でもってリクは生まれ変わった。

ただの我儘になるかと思えば、そんな事はなかった。


リクは己の立ち位置を性格に把握していた。

そして、自分の好きな事に全力で打ち込む事の自由さを知ったのだ。


それから彼女は様々な事に挑戦してきた。

王女故に出来なかった事、自分の興味が向いた事。

街歩きもその一つで、王女の頃はやりたくても出来なかった事である。


それから魔法。リクには魔法の才能があった。

特殊魔法の才能は無いが、基本属性の全てに才能があった。世にも珍しい、聖属性と闇属性を同時に行使できる魔法使いだったのだ。


この才能がリクを助け、今では三番隊隊長である。

更に、裁縫の趣味も持った。元々手先が器用で、物怖じしない幼少期の性格が戻ってきた事もあり、何でも挑戦し失敗も成功も繰り返してきた。


リクがドラグ騎士団に来てから十年と少し。数多の作品を生み出し、その全てを他人に贈った。


ヴェルムやアズの髪紐、ガイアのブレスレット。隊長達の式典用マントに刺繍された竜の紋章もリクの手製である。他にも多数存在し、三番隊隊員の中ではリクの作品を所持している事が一種のステータスのように扱われる。


製作科の科長からは、リクを是非制作科に、と要望が止まらない。

だが本人がそれを拒んでいるため成された事はない。




「そうは言われましても、団長からの指示で御座いますよ。隊長も渋々ながら同意したではありませんか。今からでも止めると言いに行きますか?」


リクのぼやきに反応したのは、副官の一人クルザス。リクからくーちゃんと呼ばれる人物である。


「その手があるかぁ。うーん。面倒くさいなぁ。行きたくないなぁ。でも団長に約束したもんなぁ。どーしよう。王国復興の旗頭になれって言われたら。ムカついて殺しちゃうかも。」


物騒な事を言い始めたリクに、クルザスは呆れ顔を向けた。


「それでも構いませんよ。彼らは不当に棲家を奪われた事を怒ってはいますが、それは勘違いですから。」


「勘違い?どーゆーこと?」


クルザスの発言に疑問を持ったリクは、ソファに置いている枕代わりのクッションから頭を上げた。

このクッションもリクの手作りである。


「彼らは自分から故郷を飛び出したのですよ?それはつまり、奪われた訳では御座いません。奪われたと主張して良いのは、今現在リク王女のみです。」


「あー、なるほどー。そーゆーことか。」


「え、どういう事ですか?」


クルザスとリクが二人で納得していると、横から疑問の声がかけられる。

その声の主に二人して呆れ顔を向けると、リクはアイコンタクトだけでクルザスに説明を押し付けた。


「貴方はグラナルド出身ですよね。グラナルドの国王が世代交代したからと、故郷を奪われたと他国に亡命しますか?しませんよね。つまり、彼らは国のトップが変わり前の生活が出来なくなったから逃げ出した。それは奪われたのではなく、逃げたのです。それを奪い返そうとするのはまだ良いですが、全て他人任せなのはいただけない。自分で変えていこうという気概のない者に担ぎ出される王女が断っても、誰も文句は言えないし言わせない、という事ですよ。」


「うーん、なるほど。分かったような分からないような。つまり、上が変わって生活が苦しいから元の上に戻そうとしている、と?」


ザックリ纏めたその意見に、クルザスはため息を吐いて肯定した。

間違っていないのだから仕方ない。


「でもわたしは女王なんてなりたくないもん。既に滅んだ国なんだし、お父様もお母様も許してくれるよ。だって、元々わたしはグラナルドに嫁いでくるはずだったんだから。」


「え!?そうなのですか?」


「すーちゃん煩い。そーだよ。だから、イェンドルが滅んでなくても今頃わたしはグラナルドにいたって事。なんなら、こないだの反逆で死んでたよ。わたしが嫁ぐ予定だったのはカルム公爵の嫡男だから。」


「えぇー!?!?」


煩い。と言われながらも騒がしい副官。クルザスは知っていたのか、驚いた様子は見えない。流石にリクが隊長になってからずっと副官を務めているだけあって、多少の事には動じないようだ。


「あーあ。すーちゃんが煩いからやる気無くなった。今日の予定は無しね。」


「え?いや、困りますよ!明日の準備があるって言ったじゃないですかぁ。」


やだ。

たいちょお〜。


と騒がしい隊長室。クルザスがそれを止め、副官同士で話し合いが始まる。

リクはソファに深く座り、うさぎの絵が刺繍されたクッションを抱きしめる。


「なんか団長に会いたくなっちゃった。団長、ギュッてしてくれるかな。」


揉める副官二人を放り出し、リクは一人で部屋を出る。護衛騎士がそれについて行こうとするが、リクの無言の圧力を受けその場に留まった。


リクの足は軽やかとは言えないが、迷いのない足取りで団長室へ向かっていった。











「ん?今日はドラグ騎士団が来る日だったか?」


「あぁ、そう言えば長がそんな事言ってたぞ。」


「そうなのか?だが、いつもより数が多くないか?」


「どれ…。あぁ、本当だ。しかもあの隊服、三番隊じゃないか?」


「三番隊かぁ。ちょっと苦手なんだよな。いつも隊長隊長って言っててさ。正直気持ち悪い。」


「あー、確かに。うちの隊長は凄いんだぞ、って態度がな。」


「でも結局ドラグ騎士団って大体がそうじゃないか?団長団長って言ってるだろ。」


「あー、確かに。どんだけ凄いんか知らないけど、あそこまでいくとちょっとな。」


イェンドルの民たちが住む集落に、三番隊が近付いていた。今回は中隊規模である。


「やっと着いたな。地味に遠くて大変だわ。」


「そーだな。隊長は疲れていないだろうか。」


「さっきは元気そうだったけど…。集落に近付くにつれお顔が暗くなっていたな。」


「だよなぁ。あぁ可哀想な隊長。団長もなんだって隊長をこんな場所に送ったんだろうな。」


「そりゃあ団長の考える事だぞ?何か意味があるに決まってる。」


「そうだけどさぁ。俺は隊長が不憫でならねぇよ。」


三番隊が集落に着き、中隊長とリク、そしてその副官が共に集落の長が住む家へと向かった。

隊員たちは集落を回り、生活に不便はないか聞いてまわっていた。




「長よ、久しぶりだな。変わりないか?」


長の家に迎え入れられた一行。家に入るなり中隊長が長に話しかけた。


「ドラグ騎士団の皆様。ようこそおいでくださいました。私共はお陰様で変わらず過ごしております。さぁどうぞ、茶を用意致します。」


長は昔、イェンドルの有力な商人だった。

今でこそ集落の長をしているが、イェンドルが滅び貿易がうまく行かなくなって商家も衰退した。

イェンドル王国の復興を強く望む者の一人である。


「今回は三番隊の隊長様もお越しになられているとか。こちらの方ですかな?」


応接室に通された中隊長たちは、上座に座った長から問われ無言を返す。

長が隊長かと聞いた相手は、リクの副官クルザスだった。


沈黙に耐えられなかった長が少し慌て出す頃、クルザスが隣でフードを被っているリクに視線をやった後、静かに口を開いた。


「隊長は私ではありません。私は隊長付きの副官、クルザスと申します。」


己の予想が外れていた事に気付いた長は更に焦り頭を下げた。


「これはこれは。申し訳ございません。副官殿でしたか。では隊長様はそちらの?」


「私も隊長付きの副官、ステイルと申します。」


普段はすーちゃんと呼ばれている彼は、元々は暗殺者ギルドのメンバーである。

その人懐こい容姿や性格で対象の懐に入り、依頼者の望む遺言書を書かせて暗殺する。一件あたりの時間はかかるが、成功率は100%と腕利きの暗殺者だった。


今ではリクの副官としていじられキャラが定着しているが、本来の性格は冷たく無慈悲である。

今もにこやかな笑顔とは裏腹に、心の中は長への憎悪で燃えたぎっていた。


「そ、そうでしたか。では本日は隊長様はいらしておられないのですな。残念です。何かあったのですか?」


長は大して残念そうにしていないが、言葉では隊長と会えない事を残念がっていた。


それからしばらく集落の近況報告を聞いていると、応接室の扉がノックされた。


「なんだ。今は大事なお客様が来ている。後にしたまえ。」


長が扉に向かって言う。

しかし、扉の向こうから声が聞こえてきた。


「おい、まだ開かない?隊長に急いで報告しないといけないんだけど。」


「長は今忙しくしております。お聞きになった通り、後にせよと。」


「はぁ?俺らの隊長が来てんだろうが。その部下が来てんだからよ。それに、俺が用事あるのは長じゃなくて隊長なの。まぁいいや、お前じゃ話にならねぇから。退け。」


そんな会話が聞こえてくると、バンッ、と音がして扉が開いた。


「あ、隊長!お気づきかもしれませんが魔物の群れが近付いてます。こっちで勝手に対処するには数が多いです。時間がかかるかもしれません。中隊長をお借りしても良いですか?」


現れたのは三番隊の隊員で、確かに緊急の要件だった。


「君!ドラグ騎士団とはいえ私の家で勝手をしては困る!第一、隊長様はいらしていないというじゃないか!適当な事を言うのはやめたまえ!」


長は自分の家でドラグ騎士団が好きに動くのを快く思っていない。それはある意味当然なのだが、その態度には問題があった。


「あれ?なんで隊長だけ立ってるんすか?てか、一集落の長如きが上座に座ってるのも謎。まぁいいや。隊長、どうします?」


現在この応接室で立っているのは、今入ってきたばかりの隊員とフードを被ったリクのみ。

長はそこでやっとリクが隊長である可能性に気付いた。


彼はリクを、中隊長の従者か何かだと思っていたし、何ならフードを被ったままのリクを失礼な奴だと内心で罵ってすらいた。


「中隊長とステイルはここで長から話を。クルザス。行きますよ。貴方も着いて来なさい。」


はっ!


中隊長と副官二人、そして隊員が同時に敬礼をする。

リクがフードを被ったまま部屋を出て行く。長はそれを、口をパクパクとさせながら見ている事しかできなかった。







「状況は?」


「東の森から既に出ているようです。足止めはしていますが、奴らの動きが不可解です。まるでこの集落しか目に入っていないような。」


魔物は集落東にある森から来ているようだった。

狼型の魔物が数百の規模で向かって来ている。統率する個体もいるようで、その動きは洗練されていた。


「くーちゃん、集落の大倉庫の地下に大型の魔物がいるはずだから、連れて来て?」


リクが指示を出すとクルザスは無言で敬礼をしてから大倉庫へ向かう。


「隊長、さっきの淑女モードはもう良いんですか?」


「いいの!わたしはわたしだからね!ほら、行くよ!」


二人は三番隊が待機している場所まで向かう。その道中でリクは次の行動を決めていた。




「カピバラ小隊とモモンガ小隊は足止めに専念して。既に出ている小隊と交代して良いよ。あと、デグー小隊はお留守番ね。撃ち漏らしから集落を護って。わたしは既に出てる小隊と合流したら殲滅に入るよ。」


指示が出終わると、各小隊は指示通りに動き出す。

それから直ぐ、クルザスが大柄の狼型魔物を連れて寄って来た。


「隊長、この子で合っていますか?」


「そう!その子だよ!デグー小隊を残してるから、テイムさせて事情を聞いて?」


デグー小隊には狼を多数テイムしているテイマーがいる。

今回は狼を連れて来ていないが、狼型魔物のテイムならお任せあれ、というベテランだ。


「私の出番ですか!お任せあれ!ほら、良い子だから話を聞かせておくれ。」


テイマーはドンと胸を叩いた後、すぐに大柄な狼型魔物に歩み寄り撫で始めた。それから魔物の傷を癒し、囚われていた理由を聞き出す。


テイマーとは、自分の相性の良い魔物や動物をテイムする者たちの事を言う。

彼らは、自分と相性の良い動物や魔物の声を聞く。

感情が少し分かる程度の者から、具体的に何を言っているのか分かる者まで才能によって左右される。


彼は狼を愛し狼に愛されたテイマーだった。

無論、彼も任務で数多くの狼型魔物を屠っている。彼にとって大事なのはテイムした狼であって、人を襲う狼は駆除対象なのである。


「じゃあ行こっか。くーちゃんもついて来てね。」


テイマーから大型の狼型魔物が囚われた理由を聞き出したリクは、自身の予想通りとばかりに大きく頷いた後、戻って来た足止めをしていた小隊と共に出撃した。


その足は軽やかで、隊員たちは安心していた。

先ほど集落に着いた時の暗い顔はもう見たくないのだ。隊員たちは密かに狼型魔物たちに感謝していた。

お読みいただきありがとう御座います。山﨑です。


読んでくださる皆様のおかげで、本作品は50万字を突破致しました。

また、ブックマークを付けてくださる神のような方が7人もいらっしゃいまして、執筆の力となっております。


本業の関係で県外に出る事も多く、一日中脳を仕事に割いている事が多いためどうしても更新が不定期になる事をお詫び致します。


これからも牛歩ではありますが、少しずつ執筆をしていければと思います。

ご感想、ご指摘等、御座いましたらお寄せください。


本作品が皆様の日常の一つの華となりますよう。

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