84話
「おいおい、お前らは木の枝振り回してる猿か!いつから王城はガキがチャンバラするだけで金が貰える場所になったんだ!あぁん!?」
今日も今日とて怒声が飛んでいた。
場所は王城の敷地内にある近衛騎士団訓練場。今日は近衛の中でも最も優秀と呼ばれる第一部隊の訓練日だ。
「マトモに構えも出来ねぇなら剣なんざ捨てろ!大人しく座ってペンでも握ってれば良いじゃねぇか!」
近衛騎士は貴族出身でないと入れず、王宮剣術を免許皆伝まで納めていないといけない。だが、そんな貴族はほとんどいない。よって、形骸化されたルールとなっていた。
今では剣などほとんど握った事がない者も近衛におり、コネと金さえあれば出世出来る騎士団となってしまっている。
そんな現状を憂いた次期女王が今回の講義と訓練を願い出たのだが、近衛たちにしてみれば迷惑千万。
地獄の日々を過ごしていた。
「なんだ?その目は。文句があるなら俺を斬り捨ててみろ。言っとくがな、お前らを今指導してるそいつらはドラグ騎士団の無所属の騎士だぞ?中には新人に近いやつもいる。入って二年かそこらのな。そんなやつにお前らは手も足も出ないのか?お前らの護るって事がどれだけ子どものおままごとなのか良くわかるなぁ?」
カインは指導の途中、只管近衛騎士たちを煽っていた。他の部隊を指導する日は壁際で立っているだけのカスティロも、今日は扱かれる側にいた。
「思っていた以上に近衛は質が悪いようですね。第一部隊でもこれですか…。」
今は全体で素振りをしている時間だ。だが、嫌になって指導員に斬りかかる近衛も少なくない。
その度に準騎士から剣を弾き飛ばされ喉元に剣を突きつけられていた。
カスティロはそんな第一部隊にため息を吐きながらも、己のノルマである素振りをこなしていた。
「カスティロ様。剣先がブレてきています。雑念を捨てて集中しましょう。」
カスティロの近くにいた準騎士から注意される。呟きは聞こえなかったのか、私語を注意される事はなかった。
素振りのノルマ五百回が終わると、近衛騎士たちは燃え尽きたかのようにその場に座り込む。腕が痙攣して止まらない者や、手が剣を掴んだ形で戻らなくなっている者もいた。
準騎士たちは平然としているが、近衛騎士はそちらを見る余裕も無い。
「ったく。これだけでバテるんじゃ本当に使えねぇな。あー、早く帰って酒飲みてぇ…。ん?」
カインがぶつくさ言っていると、訓練場に近付く気配を感じた。カインはそちらを見るが、まだその気配はここまで来ていない。しかし気配から、複数人が近付いてきているのが分かった。
なんとなく覚えのある気配ではあるものの、一体誰なのか分からなかったカイン。だが、その気配が訓練場に入ってくる前に思い出した。
「あぁ、こりゃ面白い事になるな。」
「…?カイン様、どうされました?」
「いや。お前らは整列しろ。剣は鞘に納めとけ。」
「はっ。」
ドラグ騎士団は直ぐにカインが向いている方向に向かって整列する。近衛から斬りかかられた時の事を考え抜剣していたほぼ新人の準騎士たちも、鞘に入れ綺麗に並んだ。
何事かと様子を伺っていた近衛騎士は幸いだった。
何故なら、訓練場に現れたのはグラナルド国王と次期女王だったからだ。
二人の姿を見てすぐに立ち上がり、最敬礼でもって迎え入れる事が出来た近衛騎士はほんの数人だった。
ほとんどの近衛騎士は顔すら上げず、地面に寝転がっている者もいた。
「よい、楽にせよ。」
国王の一言が聞こえて、やっと存在に気付いた近衛騎士たち。慌てて立ち上がり敬礼するも、既に楽にしろと言われた後である。同じ事を国王が言う事は無い。
ドラグ騎士団は敬礼せず、気をつけの姿勢で整列していた。
国王と共に現れた、訓練していたのとは別の近衛騎士がその事に憤慨している。
だが、流石に国王と王女の前で口にする程愚かではないようだった。
「ドラグ騎士団の者たちよ。今回は我が近衛のために時間を割いてくれたそうだな。どうだ、近衛は。この様子を見るに、相当扱かれたようだな。カイン殿から見て、ドラグ騎士団の準騎士のような実力になれそうな者はおるか?」
国王からの問いかけに、カインはニヤッと笑った。
普段、国王から直接名を呼ばれる者はほとんどいない。側近であったり王家であったりと、国王の身近な者に限られる。そんな栄誉を受けたにも関わらず不適な笑みを浮かべたカインに、近衛騎士たちは顔を真っ赤にした。
「正直に言っても?」
カインの口から出てきた言葉は準騎士たちを大いに焦らせた。
流石に国王に向かって不敬など許されないだろう、いくら団長と友とはいえ。などと考えた準騎士たちは、カインをどうやって止めるか必死に考えた。
だが、全て無駄だった。
「勿論。お主の思った事をそのまま言えばよい。」
国王のお墨付きが出た。
カインが遠慮などするはずがない。終わった、と準騎士の表情が陰る。
「んー、見たほうが早い。」
カインが言うと、訓練場は静まり返った。
近衛は、あまりに不遜な言い方に反応すら出来ないようだった。
しかし、突如国王が笑い声をあげる。ほぼ同時にユリア王女も笑った。
「そうか!なら見た方が早いな!おい、近衛で一番強い者は誰だ。」
国王が問うと、近衛は困ったような顔をした。
「その…、近衛騎士団長なのですが、今はこの場におりませんので…。」
王族の護衛で訓練場を訪れた近衛がバツの悪そうな表情で言う。近衛騎士たちにすれば、近衛で一番強い者と言われれば団長だと言う他ない。事実、近衛にしては珍しい事に、剣の腕は一番強いのだ。
だが、ここから団長がいる場所はかなり遠い。今は王城の執務室にいるはずだからだ。
「ふむ。最近団長になったばかりで運動も出来ておらんだろう。これを機に少し運動させてやるとしよう。誰か、呼んでこい。」
近衛たちは、やはりか、と項垂れそうになる。
急いで呼んでこなければ叱責は免れない。だが遠い。
誰も行きたくなくて目線で押し付け合っていると、カインが笑った。
「その必要はないみたいだな。あいつだろ?団長ってのは。」
その言葉の通り、訓練場に近づいて来る者がいた。近衛の鎧を身に纏い、悠然と歩いて来るその者は、確かに近衛騎士団長だった。
「陛下、それから王女殿下も。こちらにいらしたのですか。宰相閣下がお二人を探しておられましたぞ。」
団長は近づいて来るなり膝をつき、宰相が二人を探していたと言う。
わざわざ団長が王族を探しに歩いていたのだろうか。
「ふむ。ならば尚更早く済ませねばならんな。近衛騎士団長。今すぐに試合は可能か?」
「今すぐにですか?無論に御座います。陛下の命ならばこの剣、いつでも抜きましょう。」
唐突な物言いにも、直ぐに反応した団長。彼は心の底から国王に忠誠を誓い、己の剣の在り方についても決めている。
全ては国王陛下のために。
彼の信念は太く、固い。
「じゃあこっちは…。よし、お前。あの団長に勝ってこい。そしたらヴェルムと隊長どもに五隊への推薦を書いてやる。」
「え!?自分がですか?…わかりました。やります!」
カインは準騎士の一人を指名すると、ニヤリと笑って国王を見た。
「なるほど。ドラグ騎士団の者と剣を交える機会でしたか。これは逃せませんな。胸を借りるつもりでいきましょう。」
近衛騎士団長はどこまでも冷静だった。だが、その冷静さの中に熱い闘志が見え隠れしている。
団長と準騎士は訓練場の中央まで来ると、互いに距離をとった。
「よぉし、じゃあ始めるぞ。ルールは、急所への攻撃は無効。殺すのも無しな。後は何をやっても良い。結界は張ってやる。好きにやれ。んじゃ、はじめ。」
なんとも気の抜ける始めの合図だったが、両者一斉に飛び出した。
二人の剣は激しく交差するが、互いに一歩も譲らず軽快に剣戟の音を響かせた。
「これで無所属の騎士だと言うのか?流石はドラグ騎士団。ヴェルムの教えが活きとるな。」
二人の一歩も譲らない攻防を見て、国王は思わず口にする。
その呟きを拾ったユリア王女は、クスクスと笑った。
「お父様。あのくらいは準備運動ですわ。ドラグ騎士団の訓練はあの程度の小競り合いはしません。ドラグ騎士団の方の調子が上がって来る前に、近衛騎士団長が一撃入れられればまだ可能性はありますわ。」
ユリア王女の言葉に、周囲の近衛は唖然とした。
国王も流石に信じられないようで、ユリア王女に疑いの目を向けた。
「あら。わたくしがドラグ騎士団の四番隊に所属した事は知っているではありませんか。五隊の訓練は、無所属の方よりも過酷です。零番隊ともなれば、一般の方では直ぐに亡くなってしまうほどの厳しさと聞きます。彼の方は無所属の方ですが、カイン様が指名する程ですもの。五隊の訓練にもついて行ける方なのでしょう。」
ユリア王女の言葉は的を射ていた。
今試合をしている準騎士は、五隊に入る実力は既にある。だが、自信が足りないのだ。
近衛騎士団とはいえ、その団長に実力と忠義でなった者に勝てれば、少しは自信をつけるだろうというカインの心遣いだ。
カインは人の本質を見る事に長けていた。
だからこそ、周りと馴染めず粗暴な生活をしていた者たちを拾い集め、ドラグ騎士団で訓練させた。そして彼らは零番隊まで昇格し、極道隊に入る。
きっとこの準騎士も、いつか極道隊の一員になるのだろう。
「確かに、ユリアの言う通り少しずつ剣速が上がっているな。しかも、攻撃を受けさせる場所を限定する事で団長の隙を誘っておる。あの技術は近衛には無いものだな。」
国王が肯定すると、周囲の近衛たちに緊張が走った。
自分たちの中で最強の団長がもし負ければ、今までのようにドラグ騎士団を上から目線で見る事が出来なくなるのだ。
近衛騎士として、貴族として。声を大にして応援する事は叶わない。だが、近衛たちの心は初めて一つになった。
団長、負けるな!
しかし、そんな願いも儚く消える。
準騎士の放った一撃が、近衛騎士団長の剣を弾き飛ばした。
首に突きつけられた剣が太陽の光を反射しキラリと光った。
「そこまで!お疲れさん。近衛騎士団長はもっと早く同じ場所に攻撃されている事に気付くべきだったな。あの角度で受け続ければ、そりゃあ腕が痺れてくるもんだ。お前は良くやった。だが遅い。最初からあの速度で攻撃出来てりゃもっと早くケリがついただろ。お前は自信が無さすぎる。だからこそ、その自信の無さを長所に変えろ。この意味が分かるまで素振りでもしてろ。」
カインが試合を止め、戦っていた二人にアドバイスをする。近衛騎士団長は呆然としていたが、準騎士はカインのアドバイスをしっかりと胸に刻んだようだ。一礼して訓練場の端に行き、素振りを始めた。
「流石は常勝無敗の護国騎士団。見事なものよ。近衛騎士団長。お主もまだまだ上を目指せるようだな。時間を見つけて鍛錬すると良い。」
呆然としていた団長も、国王が声をかけると直ぐに我に返った。
国王の前で跪き、その言葉を真摯に受け止めた。
再び顔を上げた時、その目には決意の色が浮かんでいた。
「カイン殿。良いものを見せてもらった。約束の一月、残りも頼む。我が近衛が二度と飾りなどと呼ばれぬよう、心身共に鍛え上げてやってくれ。」
国王が頭を下げる。周囲の近衛たちは慌ててそれを止めるが、国王は頭を下げたまま。すると国王を追うようにしてユリア王女も頭を下げた。
「わたくしからもお願い致します。ドラグ騎士団での訓練の日々は本当に過酷でした。ですがその分、己が強くなれる事の喜びも知る事が出来ました。彼らにもその喜びを教えてほしいのです。残りの期間、どうぞ宜しくお願い致します。」
王家二人が頭を下げては、近衛たちも倣うしかない。近衛騎士団長を筆頭に、バラバラと頭を下げた。
「おう。俺はヴェルムから任務としてこれを受けたんだ。お前らからの依頼とはいえ、任務として受けたからには仕事はする。だが、ヴェルムが出した条件は忘れんなよ。何があっても俺の責任じゃねぇからな。」
カインの言葉を受け、やっと頭を上げた王家の二人。その表情は和かだった。
「では頼んだ。午後も訓練があるのだろう?引き続き頼む。ヴェルムにも、良い教官を送ってくれて感謝すると伝えてくれ。ユリア、行くぞ。」
国王はユリア王女を連れて去った。
カインはその後ろ姿を見る事なく、近衛と準騎士たちに言い放った。
「飯食ったら次は楽しい楽しいお勉強だ。居眠りした奴は指一本ずつ斬り落とすからな。覚えとけ。」
近衛の中にも一定数の者が、この一連の流れでやる気を出した。いつか王家が誇る騎士団になるのだ、と。
だがこの一言で、やる気は恐怖に変わった。




