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闇竜と騎士団  作者: 山﨑
83/293

83話

「失礼します。ユリア王女殿下がお見えです。」


ある日の昼過ぎ。ヴェルムは団長室で紅茶を飲んでいた。

仕事の区切りがついた所で、アイルを正面に座らせ話をしていた時だった。


団長室の扉を護る零番隊隊員の声が、ノックの後に来客を知らせた。


ユリアが来るとは聞いていなかったヴェルムは、近づいてくるユリアの気配に首を傾げていた。

そしていざユリアの名が告げられると、とりあえず会ってみなければ来訪の理由も分かるまい、と入室の許可を出した。


「突然の訪問、お許しください。」


そう言って入室してきたユリアに、ヴェルムは先ほどまでアイルが座っていたソファを差し着席を促した。

既にアイルは壁際に立っており、気配を消している。

ユリアにはセトが紅茶と茶菓子を出した。

ありがとうございます、と一言告げたユリアは、真っ直ぐヴェルムを見た。


「久しぶりだね。何か用があるのかい?」


訪問の理由が分からない以上、ヴェルムには何も出来ない。そのため、まずは聞いてみることにしたようだ。

貴族同士などでは、用件があってもまずは雑談から入り、ゆっくりと本題に移行する。だが、ヴェルムはそのような事は好まなかった。


ヴェルムの質問に、どう話すか悩んでいた様子のユリアは給された紅茶を一口飲んでから頷いた。


「先日、ドラグ騎士団の無所属の騎士たちに講義をしたと聞きました。そこで、是非新しく編成された近衛騎士たちにも講義をして頂きたいのです。」


ユリアが口を閉じると団長室は静寂に包まれた。

ヴェルムは紅茶の入ったカップを持ったまま何も言わず、ただゆっくり紅茶を飲んでいる。


ユリアは随分緊張していた。父である国王に相談もせず勝手に頼みに来たのだ。ここで断られては後で父に叱られるのは間違いない。


しかし、近衛騎士たちの実力不足は最近体感したばかりだ。そもそも、国王に忠誠を誓った近衛騎士が反逆者に手を貸すなど言語道断。

まずは騎士とは何たるかという部分から指導せねばならない。その指導をヴェルムにお願いしたかった。

ユリアにとって、騎士という存在の根本を体現しているのがヴェルムだと思っているからだ。


沈黙は続いていた。だが、ヴェルムがカップをテーブルのソーサーに戻す事で時が動き出す。


「ユリア王女。悪いけどその要望は聞けない。何故だか分かるかい?」


ユリアはシュンと項垂れそうになった。だが王女たる者そのような姿は見せられない。後に続いたヴェルムの問いかけに頭を集中させる事にした。


「近衛が信用ならないからでしょうか。ヴェルム様の教えをまた反逆に用いるのではないかと危惧されているのではないですか?」


ユリアには理由はわからなかった。だが、何か答えねばという気持ちが先走り取ってつけたような答えが口から滑り出た。

絶対違う、と分かっていても他に答えを持ち合わせていなかったユリア。

仕方なくヴェルムの様子を窺うのだった。


「まぁ、自分でも分かっているようだけど、それは不正解。単純に、契約に無いからだよ。ゴウルと私は友だ。もしゴウルが頼んできたら少しは考えたか、条件くらい付けたかもしれない。でも、ゴウルは私にそんな事は頼まない。それは自分の仕事だから。友に自分の仕事を押し付ける者はいないだろう?もしいるのなら、それは友とは呼ばない。」


ヴェルムの答えにユリアは己の失態を理解した。断られる可能性は考えていても、このような理由だとは思っていなかった。

どうやら次期女王としては落第のようだ。


「申し訳ありませんでした。貴重なお時間を頂戴した上、わたくしの学の無さと浅慮を晒すだけとなりました。」


ユリアはソファに座ったままとはいえ美しい所作で頭を下げた。


「いいよ。歴代国王もそうやって成長したのだから。ユリア王女もゆっくり成長していけば良い。ゴウルが手取り足取り教えてくれるだろう?彼は君を溺愛しているからね。」


ヴェルムの揶揄うような言葉に、ユリアは顔を赤くした。誤魔化すように飲んだ紅茶が、己の頬と同じ様に赤い事に気付かずに。


「さっきの話だけど。私じゃなくても、こちらの団員を送る事は出来るよ。それで良いならだけど。ただ、それには条件がある。それを飲むなら団員を送ってあげるよ。」


突然のヴェルムからの思ってもみない提案に、ユリアは紅茶を零しそうになる。しかし己の全ての矜持でもって何とか耐えたユリアは、歓喜で震えそうになる指を堪えながらカップを置いた。


「宜しいのですか?是非お願いします!」


「条件があるって言っただろう?その条件は、期間は一月。送る団員に文句はつけない事。そして、講義で何があってもこちらの責任ではない事。以上の三つだよ。それでも頼みたいかい?」


ユリアは考えた。条件は厳しい。そもそも、貴族出身の者ばかりの近衛騎士団に、平民出身の者も多いドラグ騎士団から素直に教えを受けるとは思えない。だが、もしそれで喧嘩にでもなろうものなら王家の面子は崩壊する。何より、血と伝統を重んじる貴族たちから王家が糾弾される可能性も高い。


ユリアを次期女王と定めた原因となった反逆も、ドラグ騎士団の助力あっての解決だと知らない貴族も多いのだ。


しかし、今回講義を依頼したのはこちら側。ドラグ騎士団から条件付きで許可が出たとはいえ、条件を飲むかどうかは国王と相談せねばならない。


じっくり思考を巡らせた結果、ユリアは慎重に口を開いた。


「お父様と相談せねばなりません。一度持ち帰らせて頂いても宜しいでしょうか。こちらからお願いした事ですが、ご迷惑をおかけします。」


ユリアの回答はヴェルムにとって満足のいくものだったようだ。

笑顔で頷き肯定したヴェルムを見て、ユリアはこっそり安堵の息を吐いた。











数日後、零番隊の部隊長カインは数人の騎士を連れて王城に来ていた。


「あー、これから一月もこんなとこに来なきゃならねぇのかよ。ったく、どんな罰ゲームだっつうの。」


ぶつぶつと呟くカインを嗜める者はいない。

いつもカインのすぐ後ろを歩く、極道隊副部隊長エノクがいないのだ。そして、カインを慕い付き纏う極道隊の連中もいない。


カインの後ろを整然と歩くのは準騎士たちだった。


「カイン様。そう言わずに。団長様から直々に依頼された任務だと伺っております。団長様に後で良い報告が出来るように、私たちもお手伝いしますので。」


準騎士から声をかけられたカインは、堪えられない感情を拳に乗せ、その準騎士の頭頂部にぶつけた。

ゴチン!という鈍い音がした後、準騎士は気を失った。他の準騎士が慌てて治療魔法をかける。見事に出来たたんこぶは消えたが、意識は戻らない。別の準騎士が背負う事になった。


「失礼、そちらはドラグ騎士団でお間違いないか?」


そんな騒がしい集団に声をかけてきたのは、見るからに派手な鎧を着た騎士だった。


「そうだが。誰だ?お前は。」


カインが大人でも震え上がる鋭い眼差しで騎士を睨む。だがその騎士は眼差しに負けず、完璧な作法で敬礼をして見せた。


「私は近衛騎士団第一部隊所属、カスティロ・ド・サイモンと申します。ドラグ騎士団の皆様の案内を命じられております。」


ほとんどの者が涙ながらに許しを乞う睨みも涼しい顔で受け流すカスティロを、カインは気に入った。


「おう、よろしく頼む。俺はドラグ騎士団零番隊、部隊長のカインだ。よろしくな、カス。」


自己紹介をちゃんとした姿に、さすが零番隊!と納得していた準騎士だったが、最後の一言で大いに慌てた。


「ちょ、ちょっとカイン様!お貴族様に悪口言ったらダメですよ!なんでそんなどストレートに悪口言ってるんですか!」


他の準騎士にも頷かれ、大なり小なりカインを責める準騎士たち。カインはそれを笑って許すような男ではなかった。


「うるせぇ!何がダメなんだ、言ってみろ!俺は親しみを込めて愛称で呼んでるだけだろうが!」


最初にカインに注意をした準騎士が姿を消す。近くの壁から激しい衝突音が聞こえそちらを見ると、先ほどまで目の前にいた準騎士が壁にヒビを作ってぶつかり意識を失っていた。


短時間に二人も意識を失う事になったドラグ騎士団一行は、この先不安しかなかった。

だがそんなことを一切気にしない一行の責任者カイン。寧ろこの被害は責任者のせいなのだが、カインはヴェルムから、好きにしておいで、と言われている。

それを大義名分にして本当に好きにしているのだ。


「ドラグ騎士団。流石は噂に聞くだけあります。先ほどカイン殿の手の動きが見えませんでした。これより一月の講義が楽しみでなりません。あぁ、私の事はどうぞ好きにお呼びください。さぁ、参りましょう。」


こんな騒動にも全く動じないカスティロに、カインは笑みを深めた。


「なんだ、面白そうなのもいるじゃねぇか。こりゃあ退屈しなくて良いな。」


既に歩き始めたカスティロにはその声は届かなかった。

だが、カインのすぐ後ろを歩く準騎士にはハッキリ聞こえた。


その呟きを聞いてしまった準騎士が震えだし、意識を失って同僚に介抱されるまで後数秒。


カインによる被害者は増える一方だった。











近衛騎士団が集まる場所に案内されたカインたちは、その場に到着するなり嫌な視線に晒された。

準騎士たちはその視線に萎縮する者もおり、今すぐ帰りたいと全力で顔に出している者もいた。


しかしそんな嫌な視線を全て独り占めするかのようにカインが躍り出る。


「おい、カス。なんだこの雑魚共は。こいつらは今回俺たちがなんでここにいるか知らねぇのか?」


カインの放った言葉に反応したのは、カスティロではなかった。


「なんだこいつは!近衛騎士に向かって何という口の利き方をしている!さっさと摘み出せ!」


集まっていた近衛騎士の一人だった。

そうだそうだ、と煽る者もいる。カインはそれらを無視し、視線をカスティロに向けた。


「我ら近衛騎士団、総員が今回のドラグ騎士団による講義を受けるよう指示されております。私が案内を指示された事も周知ですので、カイン殿が誰だか分からない者はここにはいないはずです。」


カスティロがそう答えると、カインはニヤリと笑った。

その笑みに準騎士たちは慌て出す。だが遅かった。


「よぉし。ならお前は近衛騎士じゃねぇな?ドラグ騎士団の制服を着てて、カスに案内されて来た俺たちが誰だかわからねぇやつは近衛じゃないって事だ。つまりお前、侵入者だろ?」


いつの間にか消えたカインが、気付けば先ほど文句を言った近衛騎士の後ろにいる。

慌てて振り向いた近衛騎士だが、振り向いた先にカインはいない。

そしてまた後ろからカインの声が聞こえてくる。


「どおした?侵入者だぞ?近衛騎士の鎧を奪って成りすましてるんだ。こんな雑魚が侵入出来るほど王城の警備は緩々なのか?ほら、お前らがやらないなら俺がこいつを斬るぞ。どうするんだ?ドラグ騎士団に王城も護ってくれって泣きつくか?」


勿論、カインはこの近衛騎士が侵入者でない事など百も承知である。カスティロもその辺りは分かっていて黙っているのだろう。


慌て出す近衛騎士たちだったが、一人が剣を抜いた事で状況が動く。


近衛騎士団の本部横にある訓練場の空気が、急に重くなった。


「おう?やっと抜いたか。だが、騎士が剣を抜くって事がどういう事か理解出来てるか?その剣でお前は何を為す?ほら、言ってみろよ。」


カインから溢れる強烈な殺気に、近衛騎士たちは動けずにいた。腰が抜けてしまった者もおり、剣を抜いた者は震えで剣先がカタカタと揺れていた。


「なんだ、答えないつもりか?剣を向けて無言なのは暗殺者だけにしとけよ。ほら、そんな姿勢じゃ斬るもんも斬れねぇよ。足はこう、手の位置はここ。剣先はこの高さだ。顎は引いとけ。分かるか?これが一番良い構えだ。これなら腰の入った攻撃が出来る。王を護る剣なら、大振りはするな。それを避けられて横を抜けられる。お前の下手くそな剣が王を殺すんだ。覚えとけ。」


カインは剣を抜いた近衛騎士に細かく指導し、姿勢を矯正した。相変わらず剣先は震えていたが、カインが強制的に矯正した姿勢は、正しく王宮剣術の基本姿勢だった。


「そう、やれば出来るじゃねぇか。後は目標を定めて斬るだけだ。ほら、俺の肩から腰にかけて斬ってみろ。違う、そうじゃない。ここだよ。」


カインは言いながら剣先を掴み、己の肩に当てる。そして左肩から右腰にかけて指を差し、斬れと言った。

しかし近衛騎士は変わらず震えており、一向に動かない。


数秒黙って見ていたカインだったが、遂に怒鳴り声をあげる。


「…斬れ!!」


近衛騎士はビクッとなりながらも、覚悟を決めて剣を振り下ろした。

しかし、何かを切ったような感触はない。気付けばカインは目の前にはいなかった。


「斬る時に目を閉じるバカがいるか。人の命を奪う事はこういう事だ。護るって言葉で美化するんじゃねぇ。殺らなきゃ殺られるんだ。お前の躊躇は国を滅ぼすぞ。覚えとけ。」


近衛騎士はグラナルド建国史上一度も戦争をしていない。侵略戦争は国軍が、防衛戦争はドラグ騎士団がしているからだ。王を護る騎士団が、一番弱く経験も少ない。しかし王家の護衛に就くには地位も必要である。国政に携わる場所での警備は相応の地位が必要だからだ。


だが、だからといって弱いのでは警護の意味がない。カインの殺気と指導は、緩み切った近衛を引き締める良い呼び水となった。


近衛の目が変わった事を感じ取ったカインは、自己紹介をしてからすぐ指導に移った。




「流石はカイン殿。上手く流れを作られた。だが、近衛はまだ複数隊ある。果たしてどんな指導をしてくださるのだろう。楽しみですね。」


カスティロが呟いた言葉はカインに届いた。準騎士も数名聞こえた者がいる。

カスティロは聞かれているとは少しも思っていないようだった。


チラリとカスティロを見たカインは、今度こそ誰にも聞かれない声で呟いた。


「俺は俺の好きなようにやるだけだ。それをお前が見極めるのは、少しばかり傲慢ってやつだぜ。お前も俺の指導を受ける近衛に過ぎないって事を忘れるな。」




近衛とドラグ騎士団が交流する事など初めての事である。

そんな大事な任務に何故カインが選ばれたのか。カスティロは直ぐに思い知る事になる。

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