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闇竜と騎士団  作者: 山﨑
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8話

ファンガル伯爵領は、広大な大森林の恵みを受ける豊かな地である。大森林の奥には、大陸最高峰の山脈が聳え、領都を挟んで反対側には、"精霊の泉"と呼ばれる湖がある。自然に囲まれた地であるため、野生の動物や魔物も多く、領都にはたくさんの冒険者が集まる。

更には、領都直属のファンガル伯爵の私兵である領軍も、精強な事で知られる。

本来、スタンピードで増援を頼むほどの弱小戦力ではなかった。


ではなぜ今回ドラグ騎士団に要請があったのか。それには貴族同士の派閥争いが関係していた。

王位継承権第一位は勿論王太子だ。立太子の儀も済んでおり、本人に何かない限り、次期国王は王太子であろう。しかし、その"何か"が起こった時、別の王族が王位を継ぐ可能性は十分ある。そして、その"何か"が起これば王位を継ぐのはこの方だ、と派閥が生まれる。

現在、最大勢力は王太子派。そして、側室の息子である第二王子派が、その半分程を占める。残りは中立だ。


ファンガル伯爵は中立の立場を表明している。自然に囲まれた地で、民の暮らしを守る事で手一杯だと本人は言うが、本音としては面倒くさいからであろう、というのがヴェルムの意見だ。


街には結界が張ってあり、それを維持する結界魔法士が存在する。魔物から街を守るために結界を維持する結界魔法士は、どの街でも厚遇される。もちろん、結界に何かあれば誰よりも早く気付き、直さねばならない。

そのため、基本的に街から出られない。仕方ない事ではあるが。


ファンガル伯爵領、領都にも結界は存在する。だが、領都は普通の街より大きく広いため、どうしても局所的な防御力が低くなってしまう。領都を囲うように防壁も建てられているが、魔物には体長が大きい存在が多く、もし防壁を越える体長の魔物が襲撃した場合、防壁はあまり意味を成さないだろう。


ファンガル伯爵家の結界魔法士は、王太子派筆頭である宰相、カルム公爵の紹介で雇った人物だった。今回、その結界魔法士づてでファンガル伯爵に、カルム公爵領での魔物の襲撃に力を貸してほしいと頼まれた。ここで恩を返しておかねば、後でもっと大きな要求をされたら面倒だ、とファンガル伯爵領軍を貸し出した。

そしてその間に起こったスタンピードであった。

残った領軍だけでは調査に人数が割けず、防衛にまわすしかなかった。そこで、領都に存在するドラグ騎士団支部(と言っても一軒家サイズ)に連絡し、常駐している団員が本部に連絡を取った。







「なるほど。だから君がこちらに応援を頼んだって訳か。カルム公爵は昔外交官だっただけあって口が達者だね。宰相になっても健在なんだね。相変わらず人に恩を売って自分の都合の良い時に回収してるのか。流石は国王の義兄、かな。」


ファンガル伯爵領、領都に宣言通り二日で到着したドラグ騎士団。領都を守る結界も無事を確認し、まずは到着の挨拶をと伯爵がいるであろう城に行き、執務室にて無事再会できたヴェルムとファンガル伯爵。

事情を聞いたヴェルムが最初に言ったのが先ほどの言葉だ。


「難しい話は置いといて、久しぶりの再会じゃろう?楽にしてくれや。元気だったか、相棒。」


筋骨隆々の偉丈夫であり、孫がいる年齢の御仁ではあるが、相変わらず元気そうだな、と呆れ顔で思うヴェルム。

ファンガル伯爵は、その逞しい身体と存在感、そして戦闘時、片手で振り回す度に屍を量産する大剣と自身の金茶の髪が逆立つところを見た者が思わず呟いた言葉が、今でも彼を表す代名詞となっている。曰く、"金の百獣王"と。


「今回は一番と三番を連れてきたから、防衛にちょっと残して残りは全部討伐に行くよ。君はどうする?」


ヴェルムはいつも通りの落ち着きで伯爵へ報告しながら聞く。伯爵はガハハと笑い、一瞬真顔になった後、ニカッと笑って答えた。


「勿論、ワシもついて行く。お前さんと剣を振るうのは久しぶりじゃからな。それに、公爵に良いようにされた気がしてムシャクシャしとる。発散せんとのう!てことで連れてってくれや。」


「分かったよ。たぶん、今回のスタンピードは裏がある。その辺はこっちで勝手に片付けて良いのかい?調べるだけにしてそちらで片付けるかい?」


ヴェルムも何かしらに気付いているようで、不穏な事を言っている。


「あぁ、全部相棒に任せる。何なら結果だけで良いぞ。騎士団として使い難い結果だったらこっちに渡せ。あとはこっちでやるからの。」


ヴェルムはこの返答が来る事を予想していたようで、更に二人とも、結果も大凡予想しているようだ。その上で伯爵は、騎士団として使い難い結果、と言っている。

理由は単純に、騎士団は政と関わらないからだ。今回は護国として出陣した。

カルム公爵領で起こった魔物の襲撃というのも、三番隊隊員の報告では、街にいる冒険者と兵で防衛可能との事だった。おそらく、ファンガル伯爵領軍は行って帰ってくるだけであろう。足止めに数日宴会はあるかも知れないが。

カルム公爵は今回のスタンピードにどう関わっているのか。調査するのはこの一点が中心となりそうだ。


「君の軍は誰か着いてくるかい?側付きだけかな。どちらにせよ、構ってあげられないからね。自分で着いて来れる人だけにしてね。」


ヴェルムが言うと、伯爵が頷く。


「勿論。ワシの側付きだけで行く。いつもフィールドワークに連れていっとるからな。大丈夫じゃろ。」


「じゃあそう言う事で。あ、一人紹介しとかないといけないのが居たよ。呼ぶから待ってて。」


そう言って魔法を発動させるヴェルム。どうやら念話魔法のようだ。


念話魔法のような魔法は、分類上、無属性魔法と呼ばれる。属性変換させる前の魔力で発動する魔法を無属性魔法と呼ぶが、属性変換は魔臓で行うため、自身の属性が魔法に乗ることもある。発動にはなんの問題もないが。


しばらくして扉を叩く音がした。


「失礼します。ドラグ騎士団の方がお見えです。」


声の主はファンガル伯爵の従僕だった。伯爵がよく通る声で、通せ、と言うと、扉が開きヴェルムが呼んだ人物が入室してきた。


「ファンガル伯爵だよ。会ったことくらいあるでしょ?君の事はあまり表立って言ってないけど、伯爵なら良いだろうと思って。いざと言う時力になってもらえるようにね。」


入ってきた人物にヴェルムが話しかける。

伯爵はその人物を見て首を傾げ、その後硬直した。

慌てて立ち上がり頭を下げる。


「ユリア第二王女様!この様な所においでくださるとは。こちらから出向かねばならぬところでした。知らなかったとは言え申し訳のしようも御座いませぬ。」


そう、四番隊に最近所属したユリアである。

本来は身分が下の者が声をかけるのは許されないが、このように立場が上の者が下の者の所へ出向いた場合は別であった。


「ファンガル伯爵、頭をあげてください。私は今、ヴェルム様の元でお世話になっております。四番隊に所属する事になりました。王女の身分を捨てたわけではありませんが、ここにいるのは団員として任務で来た者です。畏る必要はありません。この場においては私が一番身分が下ですわ。」


そう言って伯爵の頭を上げさせたが、その目はヴェルムを睨んでいた。


「何も言わないで帰っても良かったけどさ。途中で気付いて騒がれても面倒くさいし、文句言われるのも嫌だから。先に紹介したんだから許してよ。相棒。」


悪びれる様子もなく、むしろ正当性を主張するヴェルム。更に、ヴェルムから相棒と言われる事に喜びを感じる伯爵の性格をよく分かっている。

普段は伯爵からしか言わないからだ。


「グッ…。仕方ない。切り替えるか。」


そう言って席に戻り、ユリアにも席を勧める。

ヴェルムが、自身の隣のソファの座面をポンポンと叩く。

ユリアは緊張しながら座った。


「このために私を支援班に組み込んだのですね。隊長に聞いたところ、団長の指示だと仰ってましたから。ありがとうございます。」


いいえ、とヴェルム。


暫くはユリアの話を続けた三人だったが、ではそろそろ行くかと、ヴェルムが立ち上がる。合わせてユリアも立ち上がった。


「じゃ、午後出発ね。昼は団で摂るけど、君はどうするんだい?」


ヴェルムが伯爵に向かって問いかける。


「うむ。ワシもついて行くなら団の雰囲気に慣れておこう。こちらの指示を出した後向かうとする。」


騎士団は伯爵の居城内にある領軍が詰める施設にいる。今は領都に残る人員を再編しているところだ。

ガイアとリクが頑張っているところであろう。寧ろ騒いでいそうな気もするが。







「さて、じゃあ行こうか。とりあえず森の浅い所で一泊。偵察を出しながら前進して、見つけ次第殲滅でいくよ。」


領都の大門前に集合した騎士団に向けヴェルムが言う。

ヴェルムの横にはファンガル伯爵が完全装備で立っていた。


「今回はファンガル伯爵も一緒だけど、彼に獲物を渡す必要はないよ。彼の今日明日の予定が、討伐じゃなくて散歩になるくらいに。各員張り切って行こう。じゃ、出発。」


なんとも緩い号令の後、隊列を揃えて街道を進む。

大森林まではそこまで遠くないため、到着次第隊を分けながら捜索に入る。







数時間歩いて着いた大森林は、静かだった。

普段は鳥や動物の鳴き声が響く森だが、今はそれらは聞こえず、不気味な静けさが支配していた。


「あぁ、これは何かいるね。みんな気をつけてね。途中にある野営のポイントまでみんなで行くよ。そこを拠点に奥まで探して討伐。何でも良いから情報を拾ってきてね。じゃ、突入開始。」


今回はファンガル伯爵から事前に聞いた、大森林での大人数が野営出来る開けた場所に拠点を作り、そこを本部として活動する予定だ。三番隊を中心に索敵し、一番隊が討伐の中心となる。ヴェルムとしては、一人で索敵、討伐した方が早いのだが、隊の育成にも手を抜きたくない。今回は自分はおまけだと思っている。


予定していた野営場所に到着すると、団員たちは素早く設営し始めた。その間にも、三番隊は半分以上がいなくなっている。索敵に出たのだろう。


「団長、とりあえず本部テントが出来ましたんで、そこでファンガル伯爵と茶でも飲んでてください。全部終わったら報告します。」


黒を基調に紅の差し色がなんとも恐ろしい雰囲気を出しているガイアが、ヴェルムに近寄り言う。


「ありがとう。じゃあお言葉に甘えて。後の流れはガイアがやるんだよね。」


「はい。リクがめんどくせぇと宣ったんで。まぁ、突撃はこっちの仕事なんで、俺に指揮権あった方が楽なのは確かですしね。じゃ、残りの指示出してきます。」


ガイアが敬礼してから出て行く。それを見ていた伯爵が口を開いた。


「あやつ、相当な手練れじゃな。ワシじゃ勝てん。前からいたか?知らんかったぞ。」


「んー、そうだなぁ。ガイアが隊長になったのはだいぶ前だよ。そもそも、こっちに来たことないでしょ?会うのは王城だったり伯爵領だったり。だから知らないんじゃないかな。サイは分かるでしょ?」


ガイアの力量を感じ取った伯爵が首を傾げヴェルムに聞くが、ヴェルムも伯爵がガイアを見たことがない理由を探す。

四番隊隊長のサイは会ったことがあるようだ。


「ふむ、領都に戻ったらぜひ手合わせ願いたいものじゃな。ところで、"サイ"殿は息"災"か?」


頼んでみれば良いよ、と笑顔のヴェルム。親父ギャグはスルーして今作戦の本部テントに向かい、手招きで伯爵を呼んだ。







「団長〜!見つけたよ!ここから3キロくらい奥の、山の麓だよ!なんかね、キングクラスもいるみたい。ジェネラルとかマージとかもいるっぽい。突入はどうするの?」


リクが本部テントに来たのは、伯爵と紅茶を二杯飲み終わった頃だった。

集落を見つけ、どのようなランクの魔物がいるか確認していたようだ。

今回のオークや、他にもゴブリンといった魔物が急にその数を増やした時、上位種が生まれた可能性を最初に考える。その時によって様々だが、ハイ、マージ、ジェネラル、キングといった上位種のどれがトップなのかで規模が変わる。

昔、冒険者だけで対処しようとした街で、群れのトップがハイゴブリンだと思って突撃し、更に奥にはキングが居て全滅しかけた、という話があった。

ちなみに、キングの更に上にはエンペラーがいる。今回はキングのようだ。


キングオークの単体脅威度は、冒険者ギルドの規定ではランクAとされている。このランクとは、冒険者の同じランクの者がパーティーを組んで討伐する事を想定して付けられている。

冒険者のランクは、下からF〜A、S、EXランクとなる。そのランクで実力を測り、依頼を斡旋しているのがギルドだ。

冒険者も、自身のランクを上げ、より良い依頼を受けようと必死だ。

Aランク冒険者となれば、その街で知らない者はいないどころか、国にも把握される程の腕だ。英雄として扱われる場所もある。だが勿論、数は多くない。


今回のオークキングは、単体脅威度はAである。しかし、何百もの数の部下がいる。オーク自体の単体脅威度はEだが、群れると脅威度が上がるのは当然だ。そして、キングなど上位種に率いられると単体でも脅威度が増す。


「団長、もう夕方なんで明日にしますわ。流石に鼻が効く豚ちゃんたちと夜戦うのは避けられるなら避けたいんで。」


ガイアも本部テントに顔を出して言う。


「リク、ガイアに報告はしなかったのかい?この後の動きはガイアが指揮するから、ガイアに意見を聞くのが正解だよ。まぁ、部下がちゃんと知らせたみたいだから、ガイアの言う通りで良いよ。スタンピードのすぐ近くで野営っていうのも、良い訓練になるんじゃないかな。」


「はーい、ごめんなさーい。ガイちゃん、ご飯の準備の指示出した?」


「ん?出したぞ。姫の隊員が頑張ってるうちに、こっちは近場で隠れてる動物探して食糧は確保してある。あとは持ってきたスタークんとこの野菜。」


準備万端なガイアだった。それならいっか!とリクも返し、ヴェルムも頷く。二人とも敬礼して出ていった。


「ふむ、三番隊の隊長もまた見た目に惑わされずに見れば分かる。才能の塊じゃないか。たまらんなぁ!相棒のとこは人材豊富よ。なぁ、相棒、うちのと交換留学せんか。そっちにこっちを鍛えてもらう形にはなるじゃろうが。」


テントを出ていった二人の姿が見えなくなると、伯爵がこのように言った。興奮してヴェルムに捲し立てる。


「んー、まぁ、良いは良いけど。そっちの誰かをうちに連れてきて、鍛え方とか教え込んで帰すのなら良いよ?そっちに遣るのはちょっと。あんまり隊の訓練に置いていかれる子を出したくないからさ。それに、隊毎に訓練は違うんだよ。役割違うから。どこに入れるかにもよるね。」


ヴェルムは呆れた顔をしながらもしっかりと考え答える。


「そうか。確かにそうじゃの。分かった。うちの末の息子をそちらに頼もう。どの隊に行くかは本人に希望を聞かんとわからんがな!帰ったら会ってやってくれ。あやつは確実に伸びる。ワシの子の中で一番強くなる。」


「へぇ?これは親の欲目じゃなさそうだね。君がそう言うならそうなんだろう。帰って聞いてみて、本人が良いって言えば良いよ。あとは、本人の希望の隊の隊長が断ったら無理だからね。」


伯爵の勘の鋭さと人を見る目はヴェルムも信じている所だ。

その伯爵が言うのなら、確かに末息子は伸びるのだろう。どんな子なのか楽しみだと、ヴェルムは微笑んだ。

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