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闇竜と騎士団  作者: 山﨑
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79話

休暇をとっていた者たちが戻ってくる。それと入れ替わりに別の者が休暇をとる。

ドラグ騎士団は普段より少ない人数で業務をこなしていた。


だが、戦時体制であった最近の忙しさに比べればどうということはなかった。

しかし、何故か五隊や事務官などの部署に所属していない騎士たちは、地獄の特訓による疲労で表情が暗い。


理由を知らない者たちは揃って首を傾げた。


「なぁ、最近新人も含めた準騎士が疲れた顔してんのはなんで?」


「あれ?お前知らなかったのか?宴があるってんで浮ついてたらしくてさ。市民から、また戦争でもあるんじゃないかって不安がられたらしいぞ。その報告を教官たちが受けて、団長に謝りに行ったって聞いたな。」


「謝りに行ったのに全然怒られなかったんだろ?なんか、教官たちは怒られた方が良かったって言ってたらしいぞ。」


「そうなのか?お前ら詳しいな。でもそういう事情なら仕方ないか。あれ、皆んなの休暇終わるまで続くのか?」


「さぁ…?しばらくは続くんじゃないか?新人も座学が遅れてるらしいしな。でもあの爺さんたちが元気だからな。新人は大丈夫だろ。」


「確かに。英雄って呼ばれてただけあって基礎は出来てるしな。新人たちが羨ましいぜ。」


食堂ホールでは、このような会話が頻繁にされていた。食事の時間は騎士たちの貴重な情報交換の場だ。本部で一番噂が集まる場所と言っても過言ではない。


そんな騎士たちの視線の先には、疲れ果てた表情で機械的に食事を進める準騎士たちの姿がある。


「あーあ。ここの飯は世界一美味いのに。あんな栄養補給みたいに食ったら勿体ないだろ。どんな状況でも食事くらい楽しまないとな。それが余裕に繋がる、ってな。」


「お前、そりゃ料理長の受け売りだろ。だがまぁ、その通りだよな。辛い時こそ美味い飯。ドラグ騎士団だからこその至言だと思うぜ。」


「なに語ってんだよ。ほら、それ食ったら行くぞ。午後は任務だろ。」


「おっと、そうだった。午後の任務も張り切って行こうぜ。美味い晩飯を期待して、な!」


「良いな。じゃあ任務でミスった奴はデザート献上な。」


「乗った!」


どの部署に配属されても、誰もが厳しい環境に身を置いた経験がある。

五隊などは特に首都外へ遠征に行く事が多く、その間碌な食事が出来ない事もある。更に言えば、三番隊と五番隊は任務の傾向からして、食事が摂れない時もある。


事務官たちもそうである。書類の山に追われ食事などしている暇がない時がある。それでも食事くらいは摂りなさいとヴェルムが言わなければ、いつまでもデスクから離れない者も多い。


準騎士の主な任務は、アルカンタの巡回警備である。王城と貴族街を除く全ての区を警備するのだ。有事には国軍と協力し首都防衛に就くが、建国史上そうなった事は一度もない。


つまり、準騎士の任務はそこまで喫緊の物がないのだ。勿論、市民同士のトラブルや事件などは準騎士が対応する。しかし、現場の対応だけだ。捜査などは国の専門機関が行う。つまり、事件を防ぐ役割であり解決するのは国なのだ。


よって、準騎士が一番多く行う事は訓練である。彼らはまず力をつけねばならない。だからこその任務の少なさなのだが、その訓練が今大変な事になっていた。







「…であるからして、乱戦時はこう立ち回るのが正しいと言える。他にも…」


「グラナルド歴120年、当時の国王が…」


「このように既存の魔法を魔法陣に現すとこうなる。よって…」


座学は学ぶ事が多い。アルカンタには国立の騎士学校がある。しかし、そこで教わる内容などドラグ騎士団では一週間で終わる。より実戦的で実践的な内容を教え、政治的な部分まで理解させる。

貴族の護衛任務などを受けた時の事を考えてである。


最近はこの座学に遅れが生じていたため、厳しいスケジュールで詰め込みがされている。試験も定期的に行われており、全体の休暇が終われば、それぞれ受けていない講義を受講する。つまり、教官は同じ講義を二度行うのだ。


ただでさえ遅れている座学を遅れさせるわけにはいかないためにこういう措置が採られた。


「なぁ、さっきの講義のノート見せてくれねぇか。途中意識が無くなってた。俺のノートは解読不能のミミズでよ。今度何か奢るからよ。」


「ごめん、予習しないと追いつけそうにないんだ。明日試験があるし、貸すのは難しいかな。一緒に勉強するのはどう?」


「いいのか!?助かる!俺が助けになる講義は助けるからな!」


「うん、ありがとう。」


ドラグ騎士団にまだ慣れていない新人たちは、互いに助け合う事で生き残りに必死だった。だが、どうしても無理は出てくる。


新人たちが今にも死にそうな顔をしている、と報告をあげたのはスタークだった。




「団長。お忙しい中すみません。ご相談があるのですが…。」


団長室を訪れたスタークは、ヴェルムに頭を下げてそう言った。


「スタークが相談なんて珍しい。あぁ、新人たちの事かな。」


ヴェルムがスタークの相談の内容を予想すると、スタークは困ったように笑って肯定した。


「そうです。毎朝菜園に手伝いに来るんですが、どうも疲れが抜けていないようで。こちらで勝手に、しばらく菜園には来るなと指示を出しました。座学の詰め込みに厳しい訓練。おそらく疲労で今日が何日かも分かっていないでしょう。」


スタークは毎朝、新人騎士や五番隊の隊員、調理部の者などと一緒に菜園の手入れをしている。スターク以外はほとんどが毎日入れ替わるが、最近は新人たちが疲れ切った顔で現れるのを気にしていた。

新人騎士はしばらく免除としたのはスタークだ。情操教育の一環で行われている菜園の手伝いだが、今の新人にはやるだけ無駄だという判断もあった。


「うん、食堂でもまるで葬儀のような雰囲気をしているからね。少し気になってはいたんだ。丁度これから教官たちのところへ向かうから、スタークも一緒にどう?」


「ご一緒させてください。」


「うん、じゃあ行こう。アイル、そういう訳だから少し出るね。」


ヴェルムは立ち上がると、スタークを伴って団長室を出る。途中で合流したサイと三人で教官を訪ねる事にした。







「だ、団長殿!こちらにどんな御用でしょうか。」


教官たちが執務を行う部屋がある。そこは一人一つ割り当てられた机が並び、その上には書類が山積みになっている。


ヴェルムとスターク、そしてサイの三人がこの教官室を訪れると、中にいた教官数名は起立し敬礼した。流石の速さと姿勢の美しさだった。


「楽にして。最近新人たちが今にも死にそうな顔をしているのが気になってね。そろそろみんなの休暇も終わって通常通りに戻るだろう?楽しい休暇の後に食堂で一箇所葬儀のような雰囲気を出されるのも士気に影響があるからね。様子を見に来た。」


ヴェルムは普段から取り繕った言い回しはしない。それに慣れていない者は、ヴェルムの言い方がキツいと感じる者もいる。


教官たちは少しバツが悪そうな表情をした。新人たちの様子は教官たちも把握している。だが、遅れを取り戻すためには仕方ないと割り切っていた。


「ご心配をおかけして申し訳ありません。しかし、無所属の騎士たちはこの程度で潰れてはどこにも所属出来ません。現に、どこの部署からも陳情は来ておりませんし、座学の講義の試験で落第する者もおりません。」


今までも新人の教育が時勢に影響を受け遅れが生じた事はあった。

その時もこの教官たちは同じように指導し、今では当時の新人騎士のほとんどがどこかの部署に配属されている。中には小隊長などに昇格したものもいる。


「うん。分かってるよ。君たちの方針に文句を言いに来た訳じゃないからね。私からは提案をしにきたんだ。」


ヴェルムがそう言うと、教官たちの間にあった緊張感が少し解れた。先ほどヴェルムに応対した教官は、申し訳なさそうに視線を下げた。


「団長殿、申し訳ありません。生意気な事を申しました。早合点だったようです。」


そして素直に頭を下げた。

ヴェルムはそれに笑顔で返した。


「良いよ。君たちが後進の育成をしてくれるから、この騎士団は質を保つ事が出来ている。そんな君たちに文句などないよ。今回私が提案したいのは、講義の出張をしようかと思ってね。スタークはそのために連れてきた。それと、疲れが溜まりすぎて効率が落ちているだろう?四番隊の訓練にもなるから、疲れを魔法で取りながら訓練しよう。その話もしたくてサイを連れてきたよ。」


サイはここに連れてこられた理由を今理解した。元々、準騎士の疲労度を気にして団長室へ向かっていたところだったため、この誘いは渡りに船だった。


「つまり、五隊の協力を得られるという事ですか?」


教官の表情は、どこか希望を見出したように見える。

準騎士たちの疲労については懸念していたのだろう。


「元々、無所属の訓練にはたまに五隊が手伝いをしていたよね?それを今やるってだけの事さ。それから、私も講義を一つ持とう。私に関しての講義はもう終わっているね?ならその後の講義を私がやるよ。担当は誰かな。」


「はい!私です。」


女性の教官が手を挙げる。ヴェルムはそちらへ笑顔を向ける。


「講義、代わっても良いかい?勿論、君も見学してくれて構わないよ。」


「勿論です!是非見学させてください!」


女性教官は、周囲から羨望の眼差しで見られているなど気付かぬまま、満面の笑みでヴェルムの提案を受けた。


「ではそういう事で。明日の訓練は四番隊を派遣するよ。あぁ、それからスタークの菜園だけど、しばらく新人は休みで構わない。余裕がない今、命を扱う事を意識しろなどと言えるはずもないからね。」


「はい!かしこまりました。どうぞよろしくお願い致します。」


三人は教官室を出て歩く。暫くは無言だったが、不意にヴェルムが口を開いた。


「サイの意見も聞かずに勝手に決めてしまった。すまなかったね。」


四番隊派遣についての事を言っているのだと直ぐ気が付いた。

サイは見る者を魅了する笑顔をヴェルムに向け否定する。


「いいえ。任務とは急に告げられるもの。四番隊では度々彼らの疲れについて話があがっておりましたわ。寧ろ、やっと治療出来ますね!なんて言われてしまいますわ。」


ヴェルムの前ではいつも貴族令嬢のような口調を崩さないサイ。貴族として育った過去があるサイにとって、こちらの口調が素に近いのだという。それに、今は本当に敬意を持った相手にしか貴族言葉は使わない。サイなりの愛情表現の一つなのだった。


「サイ、ついでに結界の魔法が得意な者も派遣してはどうだ?新人にも結界魔法が得意な者が生まれるかもしれん。私も五番隊で手伝える講義や訓練は手助けしよう。」


スタークがそう言うと、ヴェルムも笑顔で肯定した。

結界魔法は特殊で、各属性毎に結界魔法がある。しかし、結界魔法は強力な分、才能が必要となる。早いうちに結界魔法の才能を持つ者を見極めるのも上官の大切な役目だ。

ドラグ騎士団で一番の結界魔法の使い手はサイである。

サイは少し考えた後、


「そうね。その方が効率的よね。ありがとう、スターク。」


と返す。

スタークは、これで死にそうな顔の準騎士を見る事も減るか、と少し安心した。


「じゃあ、ガイアとアズ、それとリクにも伝えておくよ。遅れた分は新人が頑張るのではなく、全体でフォロー出来るようにしよう。これからはそうやっていくのも良いかもしれないね。」


ヴェルムがそう言うと、二人は頷いて肯定した。

偶には刺激があった方が効率的だろう、とヴェルムは軽く考えているが、五隊が関わるとどうなるのか、そしてヴェルムが講義を受け持つという事はどういう事か。その辺りがまだよく分かっていないのだった。


結果は数日後、最後の休暇組が戻ってきてすぐ分かる事になる。

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