76話
最近の連続した騒動に追われていたドラグ騎士団は、休める者から順に休暇を取っていた。それは零番隊も例外ではなく、宴会が終わった後も本部に残っている部隊が複数あった。
ヴェルムの式典服を作るにあたり、付与する魔法陣を徹夜続きで考え生み出した研究所も、ヴェルムの身体のサイズにピッタリと合うよう設計から考えた製作科も。
宴会で大量の料理を作った調理部も、書類仕事が忙しかった事務官たちも。
日々の業務に差し障りない程度に人員を減らし、どの部署でも均等に休みが得られるよう休暇が取られた。
しかし、ここで予想外の事が起こる。
「お前ら!なんで休暇なのにここで飯食ってんだ!外で食ってこい!」
食堂ホールでは料理長の悲痛な叫びが響き渡っていた。
休暇中の団員たちが何故か、本部食堂ホールで食事をしているのが理由だった。
「料理長!そんなこと言わずに!外でここより美味いものなんか食えないですって!」
トレイを手に本日の日替わりを注文していた一番隊隊員が、叫ぶ料理長に全力で抗議していた。
「あぁん!?そ、そりゃあ、ここの飯は世界一だぜ?そんなもん当たり前だろう。だがな、お前らと同じでこっちも人がいねぇんだよ!毎食毎食、厨房は戦場だぞ?どうしてくれんだ!えぇ!?」
普段と同じ量の食事を、普段より少人数で作るのは厳しい。当たり前の事だが、誰もこんなことになるとは予想していなかったのだ。不幸な事故とも言えるかもしれない。
「何かあったかい?料理長。」
そこに全てを解決できる救世主が現れる。
「ヴェルム。順に休暇を取ってるから人手が足りねぇんだよ。こいつら、休暇なのにここで飯を食いやがる。」
ヴェルムだった。彼は普段から極力食事の時間を団員と合わせ、また自身でトレイを持ち列に並ぶ。皆で同じことをやるから良いんだ、とよく言っているヴェルムだが、今日も同じ様に列に並んでいたようだ。
「なるほど。皆んなが休暇でもここに食べに来るのは分かる気がするね。私も休暇があってもここで食べたいと思うから。でも、調理部に負担が集中するのはまずいね。なにか対応を考えるから、明日の朝食まで我慢してくれるかい?」
ヴェルムは笑顔でそう言った後、また列の最後尾に並び直した。
周囲の団員は、ヴェルムが元いた場所を空けて待っていたが、一度離れたのだから並びなおすよ、とヴェルムに言われてしまえば何も言わない。それは食堂のルールでもあるからだ。列を離れたり、誰かに代わりに並んでもらうことはタブーなのである。
ただ、ヴェルムの前後に並んでいた者は悲しそうだった。
折角の団長と雑談出来る時間だったのに、などと言って項垂れている。その気持ちが分かるため、周りの者から慰められていた。
「という事があってね。どうしたものかと思って。」
ヴェルムがいつも座るテーブルには、今日も五隊の隊長が集まっていた。
ヴェルムは時折、団員たちと混ざって違うテーブルで食事をする。団員たちはヴェルムの定位置に来ないからだ。
「あぁ、確かに今日は休暇で人が減ってるとはいえ、多いかもしれないですね。」
アズは周りを見渡してから言った。
アズの隠れファンクラブには、彼が何処かの国の貴族出身だという噂を信じている者が多い。それ程に食事姿が美しかった。
「そーだなぁ。うちの連中も休みなのに来てるやつがいるな。古株ほど帰郷しないからな。既に知ってる連中はいねぇって。友達の孫と見た目かわらねぇのは周りが困惑するとかなんとか。暇なら旅行でもなんでもしてくりゃ良いのに。」
燃えるような紅の髪を左手でかきあげながらガイアも同意した。
「リクも、護衛騎士が増えて大変なんじゃないの?三番隊は休暇で帰郷しない者が多いでしょう?」
サイはリクに問う。リクが街歩きをする時は必ず付き添う護衛騎士。別にそういう役職がある訳ではないが、リク親衛隊という名はリク自身が却下したためこの様な呼び方が定着した。
リクはサイに視線を向けるが、口はパンパンに物が詰め込まれている。
急いで咀嚼し飲み込んだリクは、ニパッと笑みを浮かべて元気よく返事を返した。
「そだよ!でも邪魔だからいつも通りの人数で締め切ったの!帰る場所がある人は帰りなさいってちゃんと言ったよ?うちにもまともな人はいるもん。ちょっとだけど。」
リクの元気な声は、三番隊が集まるテーブルによく聞こえた。スタークがチラッとそちらを見ると、テーブルに突っ伏す者が多い。
リクの言葉にショックを受けたのだろうか、と心配したスタークだったが、それは杞憂だと思い知る。
「おい、聞いたか?リク様が我らの事を話しておられる!隊長と団長の前でだ!こんな名誉があるか?いや、ない。休暇で帰らなくて良かった…!!」
そんな言葉が聞こえた上、それに頷く者の多いこと。
スタークは頬が引き攣るのを感じた。それを努めて隠しながら、ヴェルムの相談に考えを巡らせる。食事の手を止めるとヴェルムから食事を優先するように言われてしまうため、手は動かしたままだ。
おかげで何かしながら考えるという癖がついた。
「団長、先日アイルと連れて行って頂いた東の国料理を出すお店はとても美味しかったです。団員も、東の国料理を好む者はかなりいますから、紹介してみるのはどうでしょう?」
アズが良いことを思いついたとばかりに提案する。
ヴェルムはその提案に食いついた。詳しく相談しようとしたところに、ガイアから待ったがかかる。
「団長、それだとその店がうちの団員で溢れ返ります。いっそ、団長や食通の他の団員がお勧め出来る店を纏めた掲示をするってのはどうです?店側にも連絡した上で。」
「おや、流石ガイアだね。問題点と解決策を一緒に持ってくるなんて。私は今アズに問題点についてどうするか聞こうと思っていたよ。」
その会話を聞いてアズはガイアに頭を下げた。どうやら本当に思いつきで言ったようだ。
「それはいいわね。女性が寄りやすいようなお店も探してみるわ。どんな料理があって、どんな雰囲気で、どのくらいの値段で、どんな量か。その辺が分かるように一軒一軒纏めたら面白そうだわ。」
サイも乗っかってきた。
するとスタークがそれに反応する。
「ならばこういうのはどうだ?まずは団長や私たちのお勧めを数件掲示。その掲示のどこかに、団員からのお勧めの店を募集するんだ。そうすれば皆こぞって勧めるだろう。私たちも知らない店を知る事が出来て一石二鳥だろう。いや、調理部の負担も減るなら一石三鳥だな。」
「スターク、一つの石で三羽しか獲れないのは下手くその証拠だよ?」
「リク、今そういう話じゃないのよ…?」
結局、ヴェルムが認めた事で本計画は決定された。
「お前、あの店行った?俺昼に行ったんだけどさ、めちゃくちゃ美味かった!さすが団長がお勧めするだけあるぜ。しかも、店主は団長に昔助けられたらしいんだよ。ドラグ騎士団だって制服見てすぐ分かってさ。サービスで出してくれた天ぷらが美味いのなんのって。」
「へぇ、そりゃいいな!明日行ってみる。俺は今日兄貴お勧めの喫茶店に行ったんだよ。これがまぁ随分といい雰囲気の店でな?珈琲が美味いのはもちろん、一緒に注文したケーキも絶品だったぜ?お前も行ってみろよ。最高だったぜ。」
このように団員たちを外食させる作戦は上手くいった。
アズ原案、ガイアスターク監修のこの作戦は概ね大成功と言ってよかった。
調理部の負担が激減した事に感激した料理長が、アズの部屋を訪れ感謝を述べた上、アズとガイア、スタークの夕食にデザートを一品増やしたほどだ。甘いものがそこまで好きでないガイアのために、別で珈琲ゼリーを作るくらいには感謝していた。
数日もすると、また新たに掲示がされた。掲示板には、任務に関する掲示がされる掲示板と、お知らせ程度の掲示板がある。最近はお知らせ掲示板の方に人だかりが出来るようになっていた。
「新しい掲示見たか?俺たちからもお勧めがあれば紙に書いて出して良いって前に書いてあったろ?それを纏めたやつが新たに掲示されてたんだよ。今日の昼はそっちに行ってみようぜ。」
「最近、五隊じゃない騎士が皆んな疲れ果てた顔してんだよ。夜この店に連れて行ってやろう。」
「お、この店俺が勧めた奴だ!皆んなに知ってもらいたくて勧めたが、いざこうして皆んなが来ると思うと複雑だな。俺だけの隠れ家みたいになってたからなぁ。」
至る所でこんな言葉を聞いた。
「最近、護国騎士団の方が随分と街に出てきてますね。何かあったんですか?」
巡回をする騎士に差し入れをした屋台の店主がそう聞いてきた。
騎士は困った表情を浮かべたが、相方の騎士は笑顔で店主に礼を言い、事情を明かす。
「いえ、最近団内で外食がブームなんですよ。休暇の者が特に外で食事をしているようですね。団服で行かないよう通達しておきます。有難うございます。」
そう、団服のまま外食する者が多いのだ。団服は血継の儀を受けていない者が持つ物でも、鱗による魔法陣が付与されていないだけで、防御力は近衛騎士の鎧よりも高い。
安全な本部内から外に出るならば団服は着るべきなのだが、団服を着るということはドラグ騎士団の看板を背負って歩くという事である。
団員たちの普段のヤンチャぶりを知っている騎士としては、身内が国民に迷惑をかけるのは避けたかった。
「国王からの使者が来たとお聞きしましたぞ。」
ヴェルムが団長室でティータイムをとっていると、仕事を頼んでいたセトが戻ってくるなりそう言った。
「うん。最近団員が街に何度も出ているが何事か、って。なるべく団服は脱いで行ってね、って言うのが遅かったかな。」
「そんな用事でしたか。相変わらず細かいところまで気がつく男ですな。」
ほっほ、と笑うセトはいつも通りだ。優雅に紅茶を飲むヴェルムもいつも通り。国王からの使者が来るなど、貴族ならば屋敷中で大騒ぎだろう。しかしここはドラグ騎士団。この国で最も国王の使者が訪れている場所である。
「あぁ、そうだ。私はこれから出かけるから。後は二人に頼むが良いかい?」
二人とはセトと、部屋の隅で静かに立っているアイルの事だ。
「おや、今度はどちらへ行かれるのですかな?」
「彼らが来てもうそこそこ経つからね。元主と、息子の二箇所だね。」
「左様ですか。ではこちらは終わり次第休ませていただきます。いってらっしゃいませ。」
「…お気をつけて行ってらっしゃいませ。」
セトとアイルは揃って頭を下げる。顔を上げた時にはもうヴェルムはいなかった。
「さて、アイル。貴方はもう休んでいいですぞ。後は私がやっておきますでな。」
「ありがとうございます、師匠。まだ昼ですので、お店に行ってから休みます。」
「ごゆっくり。」
アイルが部屋を出て行くのを、セトは笑顔で見送った。
「我が主人、アイルに喫茶店のカードを贈ったのは大正解だったようですぞ。」
セトしかいない団長室に、ほっほ、という笑い声が響いた。
お読みいただきありがとう御座います。山﨑です。
最近は気温も上がり、朝晩の寒暖差もございますが皆様如何お過ごしでしょうか。
実は、本作品に初の感想を頂戴しました!
作者は感動で手が震え、溢れんばかりの感涙に画面が見えず。
まさか作者が感想を頂き、その返事を書く日が来るとは思わずにおりました。
本当に、本当に有難う御座います。
読者の方からの反応がこうまで嬉しいものなのかと、新たな世界が広がったかのような気持ちで御座います。
読者の皆様のおかげで、本作品も少しずつ成長しております。
毎日追いかけてくださる方、ある程度纏めて読む方、様々な方がいらっしゃるようで御座います。
そんな皆様の毎日に一つの華を添えられるよう、精進して参ります。
どうぞこれからもよろしくお願い申し上げます。
山﨑




