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闇竜と騎士団  作者: 山﨑
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75話

「ねぇ、皆んな。ちょっとだけ聞いておくれ。」


血継の儀も終わり、主役の二人も様々な仲間から飲まされベロンベロンに酔っ払った頃。

既に時刻は深夜帯に入っているが、大宴会はまだ続いていた。


各所では余興にダンスや楽器の演奏などが始まり、各々好きに楽しんでいた。

そんな折にふとヴェルムが呟く様な声で言った一言が、訓練場に集まる団員たちの動きを止めた。


元気よく肩を組んで騒いでいた者たちも、黙々と壺から酒を酌んでは飲みを繰り返していた者も。

全て同じタイミングで動きを止めた。


「いつも宴会では皆んなが余興をしてくれるだろう?今回は私も余興を準備したよ。」


皆はシンと静まり返ったが、訓練場は一瞬の間を置いて歓声で包み込まれた。


団長が!?自ら余興を準備してくださった!?

本当に?なんだろう!?


騒めく団員たち。もう視線は中央に釘付けだった。


「あまり期待されても困ってしまうけれどね。でも、皆んなが協力して楽しめるよう考えたつもりだよ。」


再び歓声が上がった。五隊の隊長や零番隊も知らなかったようで、持っていた盃を落とす者までいた。


「皆んなも知っての通り、竜は宝を大事に寝床に隠す。私もそんな竜の生態に従ってみようと思ってね。私の大事なものが何か書かれたヒントを、順番に見つけられるよう本部内各所に隠したんだ。それを、それぞれ所属ごとに分かれて探してもらおうと思って。最初は調理部からだよ。彼らに関係する場所に石板を隠した。分かりやすいように一目でそれと分かる物だよ。見つけたらその石板に書いてある言葉に従ってほしい。次の部署と隠し場所のヒントがある。ここに戻ってきて次の部署と交代だよ。敢えて部署毎にしたのは、この余興に参加したいと思った者だけで良いからだけど、是非皆んなで協力して楽しんでおくれ。」


ヴェルムが言い終える頃には、調理部つまり料理人たちは立ち上がって走り出す準備を終えていた。料理長など、既にヴェルムの声が聞こえるギリギリまで離れている。彼がいるのは本館食堂ホールに向かう方向だ。


それを見た彼の部下たちは、様々な方向へスタンバイしており、ヴェルムが放った、健闘を祈るよ、という言葉と共に方々で走り去った。


そんな調理部の者たちへ、他の団員たちは声援を贈る。


早く帰って来いよ!

がんばれー!

絶対見つけろよな!


既に調理部の者は一人残らず走り去っていたが、それでも方々から、応!!という返事は聞こえた。


「何やら私にも黙ってコソコソしておられると思えば…。我が主人は中々面白い事を考えましたな。」


セトがいつの間にかヴェルムのそばにおり、ヴェルムはその言葉を無言で聞きながら、セトが己の盃に酒を満たしていく様を見つめた。

笑顔だが無言のヴェルムを不審に思ったのか、セトの視線はヴェルムに固定されたままだ。


ヴェルムは片手でゆっくりと盃を傾け、一息で飲み干した。

盃の酒が少なくなるにつれ段々と盃の角度が急になり、それに応じて彼の細くて長い首が真っ直ぐに伸びる。月の光に照らされ、胡座で酒を呷るその姿は、いっそ艶やかですらあった。


盃を空にしたヴェルムは、笑顔のまま無言で盃をセトに突き出す。

その意味が分かったセトは一度ため息を吐いてから両手で盃を受け取った。

その盃に今度はヴェルムが酒を注いでいく。縁ギリギリまで注がれた酒を、一滴も零さず口許へ持っていきそのまま一気に飲んだセト。

ヴェルムはそれをとても満足そうに見ていた。


「セトは私の晩酌にも滅多に付き合ってくれないからね。昨日今日は家族サービスだよ?一番最初の家族にはしっかりサービスしておかないと。いま調理部が行ってるけど、ちゃんと執事の出番もあるからね。」


セトは器用に片方の眉尻だけ吊り上げた。ここまでセトが驚くのも珍しいし、近くの敷物で体育座りで珈琲を飲んでいたアイルの肩がビクッと跳ねるのは何人にも目撃された。


「おや、老体に鞭打つつもりですかな?ここは若者の力を頼るしかありませんなぁ。」


セトはチラチラとアイルを見ている。セトが動かないとなれば執事の出番はアイルが指揮を執る必要が生まれる。

ドラグ騎士団に執事は複数いる。ヴェルム専属は二人だけだが、他部署や五隊に就いている執事もいるのだ。今回はヴェルムに関する場所をアイル一人で探さねばならないだろう。


「へぇ、アイルの師匠は中々スパルタだね。確かにセトはこの団で最年長の年寄りだ。老体は労わらねばね。アイル、セトの盆栽にしっかりと水やりをしてあげなさい。老体には毎朝の水やりは重労働だろう。」


セトの趣味は盆栽だった。ヴェルムが東の国で仕入れてきたその文化に、セトと錬金術研究所の所長が見事にハマり、今では団内に複数同じ趣味の仲間を持つ。

セトの毎日の大事なルーティンが盆栽への水やりだ。


勿論アイルはそれを知っている。今は師匠と主人の間に挟まれ、いつの間にか正座で話を聞いているが。

物理的には距離があるのに、何故か叱られる子どものような態度のアイルに、隣に座っていたカリンはコロコロと鈴を転がすような笑い声をあげた。


「我が主人は相変わらず性格が大変捻じ曲がっておられますなぁ。ほれ、アイルが困っているでは御座いませんか。それに彼は朝から忙しいですからな。彼の主人が朝早いおかげで、彼の仕事も朝早くからあります故。」


セトも負けてはいない。ヴェルムに堂々と切り返し、更に弟子を心配する師匠の側面まで押し出してきた。

余程水やりを奪われたくないと見える。


「そうか。それは済まなかったね、アイル。子どもの内は睡眠時間が大切だ。せめて二十歳になるまでは朝はゆっくり寝ていなさい。仕事は朝食後からで良いよ。その分はセト、君がやると良い。人族では、年寄りは早寝早起きだと聞くよ。あぁ、そういえばセトも年寄りだとさっき本人が言っていたね。アイル、安心しなさい。君の師匠であり老体であるセトが代わってくれるそうだよ。」


成り行きを見守っていた周囲の団員たちが笑う。今回はセトの負けのようだ。密かにどちらが言い勝つか賭けていた者たちの間で、金貨のやり取りが行われていた。




変わらず賑やかな宴会だったが、調理部の者たちが戻ってきた事で空気が変わる。

調理部同士で連絡を取り合っていたのか、戻ってきたのはほとんど同じタイミングだった。


「ありましたよ!石板!」


そんな叫び声に団員たちは一斉にそちらを見る。調理部の者たちが叫んだ者の周りに集まり、石板に書かれた言葉を読み上げる。

読み上げたのは発見者の青年だった。


「えっと、"発見おめでとう。調理部の皆は朝早くから夜遅くまで、私の大事な家族の腹を満たしてくれる。生きる上で食事は一番大事だから、その食事の時間を毎度幸せに溢れる時間にしてくれる君たちには頭が上がらないよ。いつも美味しい幸せをありがとう。"」


そこで青年の言葉は途切れた。彼の手は震え顔は涙でぐしゃぐしゃだった。

他の調理部の者も程度の差こそあれ、ほとんど同じ状況だった。


中でも料理長はズビズビと鼻を鳴らしながら男泣きしていた。

ヴェルムからの感謝の言葉がそんなに嬉しかったのか、調理部は皆んなして泣いていた。


そんな調理部へ雰囲気をぶち壊す言葉がかけられる。


「次の部署のヒントはまだなの?」


錬金術研究所、その所長だった。


「お、おまえ!良い雰囲気なんだからぶち壊すな!」


「あら、ヴェルム様からのお言葉が嬉しいのはよく分かるけど、貴方たちはそれを調理部だけで独占するおつもりかしら?感動するのは次のヒントを読み上げてからでも遅くないんじゃない?」


所長に料理長が食ってかかるが、呆気なく秒殺された。そんな頼りにならない料理長に急かされ、青年は続きを読み上げた。


「失礼しました。えっと、次は…。"次は一番隊。ヒントは、焔の軌跡。さぁ、いってらっしゃい。"」


「お?それだけか?」


「はい。」


調理部の者たちは混乱している。

だが、ヒントを聞いた一番隊は先ほどの調理部の者とは違い一斉に同じ方向を目指して走り出した。

どうやらこのヒントですぐに分かったらしい。先頭を走るのはガイア。普段はお堅く、隊員から親父などと呼ばれる副隊長がその次だ。


「おう…?よくわからねぇが十分なヒントだったみてぇだな。おい、この石板、保存処置して厨房に飾るぞ。誰か製作科の魔道具部門に依頼書出しとけ。」


料理長がそう言うと、発見者の青年が立候補し採用された。彼は石板を持ったまま、魔道具部門の者が集まる敷物へと歩いて行く。訓練場には他に、まだ石板探しをしていない者たちしかいない。石板がどんなサイズでどんな色なのか確認したい者たちが集まり、彼はアタフタしていた。


「随分と粋な余興じゃないかい。宝探しって事だね。団長、勿論零番隊もあるんだよね?」


真っ赤な髪を束ねたカサンドラが、己の部隊で陣取った敷物から声をかける。


ヴェルムは笑顔でカサンドラを見て、勿論さ。と返す。零番隊は一斉に沸いた。











それから次々と石板を持ち帰った団員たち。ヒントが毎回的確なのか、その所属の者であればすぐ分かる物ばかり。石板を探し終えた者たちは、他の部署の所へ行きヒントの意味を尋ねていた。

そして理由が分かるとそのままその敷物で乾杯が行われる。

ヒントの言葉は立ち話で終わるほど浅い意味ではないのだ。


「なるほどなぁ。ヴェルムも考えたじゃねぇか。あぁやって普段交流が少ない部署同士を仲良くさせる作戦だろ。」


ヴェルムの敷物にはカインが来ていた。その隣にはルル。更にその横にアベル。カインのルルと反対の隣には極道隊の副隊長がいた。


「あらぁ?カインがそんな事言うなんて珍しい。あ、エノクの言葉そのまま?」


「おい、ルル!喧しいぞ!今は俺が言ったんだから俺の意見だろうが!」


「あら、やっぱり。でもエノクの言葉をちゃんと覚えてヴェルム様に伝えられたのね。偉いわ。」


「あぁん?ルルてめぇ喧嘩売ってんのか!?」


「あら?褒めてるのよ。褒め言葉って言うのよ?」


「お、おう。なら良いがよ。」


「カイン、今のは褒めている訳でも喧嘩を売っている訳でもない。子ども扱い、と言うんだ。」


「エノク!ほんとか!?ルルてめぇ!俺様を子ども扱いするんじゃねぇ!」


「エノク〜。いくら副部隊長でも言っちゃダメよ。そんな悪い子にはお仕置きしちゃうぞ?」


「ルル、その辺にしておくれ。それにカインは子どもじゃないよ。いつだって極道隊を率いて立派にヴェルム様のお力になっているじゃないか。」


「アベル…。そうね、カインごめんね?エノクも。」


「おいアベル。俺たちを極道隊って呼ぶんじゃねぇ。そう呼んで良いのはヴェルムだけなんだよ!お前に呼ばれたら名の価値が落ちる!てめぇは黙ってろ!ていうかさっさと消えろ!」


四人のやり取りを楽しげに眺めるヴェルム。いつも喧嘩している四人だが、このやり取りをヴェルムは大変気に入っていた。

それを知っているからこそ、仲の悪いカインアベル兄弟はこうして集まる。ヴェルムの前でのみだが、こうして集まるのだ。


極道隊副部隊長であるエノクや、特殊魔法部隊副部隊長であるルルもその点には感謝していた。

二人とも、この兄弟には仲良くしてもらいたい。だが今の関係も悪くないと思ってしまう。

それはこの兄弟のやり取りをヴェルムが気に入っているからか。それがなければ絶対に顔を合わせないだろう二人をヴェルムが気遣っているという事は気付いている。


エノクとルルはコッソリ視線を交わし頷きあった。

カインとアベルは相変わらずだ。カインが怒りアベルが流す。そしてヴェルムは笑顔でそれを見る。実に幸せそうだった。



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