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闇竜と騎士団  作者: 山﨑
73/293

73話

夜もまた野外炊事場で大宴会となった。

昼間は任務でいなかった者も参加し、逆に夜の任務がある者は泣く泣く本部を出た。

そこで任務を適当にこなして切り上げ、宴に合流しようとする者は一人もいない。


規律と志。常に忘れるべからず、と行動に現す彼らにとって、宴は泣く泣く離れても任務をぞんざいに扱う理由にはならなかった。


昼の間首都の巡回警備に出ていた者たちは、街の者からこう尋ねられた。


「騎士様たちが最近妙にソワソワしていたし、今日は巡回以外の騎士様を見ないねぇ。何かあったのかい?」


八百屋のおばさんだった。問われた騎士は苦笑を浮かべたが、問題などはない、いつも通り平和だよ、などと説明した。

日頃から国を護っている騎士団だと信頼の厚いドラグ騎士団の団員が言うことだ。おばさんはそれ以上問う事はしなかった。

寧ろ、騎士たちの落ち着きのなさは何か問題があった訳ではない、と主婦ネットワークに広めてくれさえした。


巡回の騎士は考えた。

どの道、報告はしなくてはならないだろう。他の巡回員も国民から問われている可能性は高い。

しかし、報告すれば団員は説教を免れないだろう。自分だってそうだ。

だが宴は明日の夜まで続く。報告はその後にしよう。


そう考えた者はこの騎士だけではなかった。

事実、この件が何故か一斉に、宴の翌朝に纏めて報告されたのである。


巡回は五隊ではない騎士が主に行う。隊に所属しない騎士たちは纏めて扱われており、本人たちは準騎士と自称する。

この呼び名はヴェルムが嫌がっているため公式には使用されないが、本人たちは五隊に入ってやっと一人前と認識しているらしく、他称ではなく自称として使用するため、そこに関してはヴェルムも煩く言わない。


そんな自称準騎士たちを取り纏める教官が存在する。

この件の報告を受けたのはこの教官だ。

複数名いる教官だが、彼らは宴の翌朝そろって団長室に向かった。お叱りの言葉を受ける為だ。

しかしお叱りの言葉は無く、ヴェルムは困った様に笑うだけだったらしい。


その事が教官たちには余計に堪えた。団員のための宴を準備して催してくださった団長に、なんと恥ずかしい報告をせねばならぬのか。

この日より休暇に入った者以外、準騎士たちは地獄の訓練を受けることになる。











「さて、今夜は家族サービス最後の宴だよ。今日は皆んなの訓練も見られたし、新人の子達とは共に菜園の手入れも出来た。零番隊も普段にない数の部隊が帰ってきてくれたし、何より今夜は満月だ。よって今夜は月見酒と宴を合わせて、大月見宴会といこうじゃないか。」


ヴェルムの言葉が切れると共に、全体訓練を行う訓練場に集まった団員たちが沸き立つ。何千もの歓声に笑顔を見せたヴェルムは、目を閉じて魔法を発動した。


すると団員たちが好き好きに座っている敷物の真ん中に、大きな壺と杓子が現れる。

空間魔法と転移魔法を応用した魔法だった。

この魔法に感動して騒ぎ出す者、中身が酒だと匂いで分かった者とで反応は分かれる。

逆に零番隊の面々は比較的静かだった。古参であれば尚更である。このような魔法を見慣れているからだろうか。


「さて、月見酒なら最初はこれだと決まっているね。」


団員たちは、ヴェルムが座っている訓練場の中央の敷物で、今夜何があるのか分かっていた。意味が分からないのは新人の騎士たちだけだろう。

多くの者がアイルとカリンを見た。前回の月見酒で主役だったのは彼らなのだ。

そして視線を彷徨わせる。果たして今回の主役は誰だ?皆の目がその思考を物語っていた。


「さぁ、今宵も良き夜。私の家族が増える最高の日だろう。二人とも、こちらに。」


ヴェルムがそう言うと、円状になるよう敷かれた敷物の間を、外から真っ直ぐと歩いてくる二人の男が現れた。

フォルティス・ラ・ファンガル。そしてバルバトス。

彼らは入団して間もないが、歳の事と兼ねてからの約束のため、血継の儀を執り行う事が決定されていた。


堂々たる姿勢で中央へ向かう二人を、団員たちは静かに見守った。血継の儀の時はいつもそうである。

これは彼ら家族にとって最も大事な儀式の一つ。新たな家族が生まれる瞬間なのだ。


零番隊の者でも、この血継の儀がある時は何があっても帰ってくる、と公言している者も複数存在する。

それ程に大事な物だと思ってくれている事に、ヴェルムは言葉にはしないが深く感謝している。




儀は滞りなく執り行われた。

そしていつもの如く、新たに家族となった二人は内側から順に敷物を回っていく。こうして家族への顔見せも兼ねた挨拶が進んでいたが、その間ヴェルムの下には零番隊が集まっていた。


「なんだい、鉄斎。あんたも帰ってきてたのかい。わざわざ島から渡って来たのかい?ご苦労な事だねぇ。」


「ふん。貴様に労われなくてもよい。貴様こそ西の国での活動を放り出して来たのか?任務も果たせぬ半端者が。」


カサンドラと鉄斎は相変わらずだった。そんな二人の後ろで互いに目線で牽制し合う部下たちも部下たちだが、その一触即発の雰囲気をぶち壊す者がいた。


「相変わらず二人は仲良しで嬉しいよ。そんなに仲良しなら、次は同じ任務でも協力してやってくれるかな?」


ヴェルムだった。彼にしてみれば二人の諍いなど、子犬同士のじゃれ合いに過ぎない。

ヴェルムの言葉で顔を青くした二人は、それだけは勘弁を!と懇願してからそれぞれの敷物へ戻る。

ヴェルムはそれをニコニコと笑顔で見送った。


「相変わらず師父はエゲツないですね…。お二人が仲良く見えるなんて。」


カリンがボソリと呟いた声は、隣で静かに珈琲を飲んでいるアイルにはしっかりと聞こえた。


「カリン、ヴェルム様がこっちを見てる。今のは聞こえてるし、多分お二人にも聞こえてる。あ、ヴェルム様が呼んでるよ。いってらっしゃい。」


カップを両手で大事そうに握ったまま、いつもの無表情で言うアイル。

カリンは慌ててヴェルムを見るが、ヴェルムはしっかり此方を見ており、アワアワするカリンに手招きをしていた。


助けを求める目でアイルを見る己の片割れに、アイルは黙して首を横に振った。そしてそっと視線を珈琲へと移した。


「アイル〜!!」


アイルの主はヴェルムである。如何に双子でも優先すべきはヴェルムだ。片割れの迂闊な発言を改める良い機会だと己を納得させ、努めて珈琲を見続けた。決して見捨てた訳ではない。決して。


片割れに見捨てられたカリンは、ヴェルムの座る敷物に自ら正座で座った。笑顔で何かを語るヴェルム。正座で下を見ながら相槌だけ打つカリン。

普段は主役が敷物を回り終わるまで来客が途絶えないヴェルムの敷物。

しかし何故かこの日は、主役二人が戻るまで誰も近付いて来なかった。











「二人とも、身体に異変は無いかい?」


ヴェルムは自身の横に鎮座する大きな壺から酒を酌み、今夜の主役二人へと注ぐ。

二人は一杯ずつヴェルムの盃に酒を注ぎ、三人は盃を掲げ飲む。


ヴェルムがこうする度に、一定数の団員が同じように盃を掲げる。曰く、距離が多少離れていても、団長と乾杯出来るから、らしい。


「儂はな、本当に幼き頃よりこの日を夢見て生きて来たんじゃ。息子たちも儂と同じ夢を持っとる。いつか叶えてやってほしいもんじゃな。」


「儂もですな。あの時お会いしたきりだった儂との約束を覚えていてくださったことだけでも感謝してもし足りないくらいですが。」


二人とも、竜の血を体内に取り込んだとは思えないほど元気だった。アイルとカリンは、挨拶回りの後ヴェルムと話す頃には幾分か辛そうだったのにも拘らずだ。

やはり歳をとっても英雄は健在か、などと下らないことを考えるヴェルムに、二人とも感謝の言葉を告げて来た。


「まぁ、寝る頃か明日には熱が出るよ。でも、仮に病気なんかがあっても治るだろうし、熱が出るのはそもそも身体の作りが変わるだけだから。心配しなくていい。アイルとカリンなんかはこの時間には既にキツそうだったけど。やはり歳をとると筋肉痛も遅れてくると言うし、二人もそうなのかな。」


儂らより年上がなにを!などと盛り上がるが、近くに陣取る零番隊の者たちも大笑いしながら三人の会話を聞いていた。


血継の儀の夜はこういった、主役とヴェルムの会話を酒の肴に飲む者が多い。

この場が初めましての者が新たに家族になっても、この会話でどういった関係なのか把握出来るからだ。


入団試験を経て団員となった者は、少なくとも数年は儀を受けようとしない。そのため、どんな人物かは普段本部にいない零番隊の者でも把握する事が出来る。


だが、今回のような例は特別珍しい事でもなく、なんなら血継の儀を経てから入団する者もいるし、アイルとカリンのように最初から零番隊に入る者も少なくない。


「儂があの時、騎士になって王家をお護りした後は団長殿の部下にしてくれ、などと言った言葉をだな、団長殿は覚えておってくださったのだよ!それに、そろそろ儂の役目も終わりか、などと考えていた矢先に暁の者が団長殿の手紙を持って来たのだ。あぁ、やはり終の住処はドラグ騎士団しかない!そう思ったのだ。」


「えぇい、その話は飽きるほど聞いたわ!儂は相棒と討伐も共にした事があるのだぞ?お主のようなポッと出の輩とは年季が違うわ!」


「なに?その話こそ儂も耳にタコが出来る程聞いたわ!それに共に過ごした年月では無い、慕う心の強さだと何度言ったらわかる!」


「なんじゃとぉ?貴様、今日こそ叩っ斬ってくれるわ!そこへなおれ!」


酒が入った二人は相応に騒がしかった。そんな二人を止めるでもなくニコニコと笑顔で眺めるヴェルム。

周囲の零番隊の敷物では、既にどちらが勝つか賭けが始まっていた。


「え?なんであの二人急に喧嘩してるの?仲良いんじゃなかったの?」


混乱するカリンに、ほっほ、と笑うセト。アイルはそんな二人を見てため息を吐いた後、ボソリと呟いた。


「だからカリンはカサンドラ様と鉄斎様の二人について間違った事を言うんだよ。今のあの二人は、お二方の普段とそっくりじゃないか。ここにはそういう人たちはたくさんいるじゃないか。カイン様とアベル様だってそうだよ。皆さんが喧嘩する理由はいつも同じ。最終的にはヴェルム様に関わる事だけだよ。」


カリンやセト相手には多少舌が回るアイル。今日はいつもの無表情ながら、どこか機嫌が良さそうだった。

カリンとセトには勿論それが分かる。だから先ほど見捨てられた時もカリンは文句を言わなかった。セトも、ほっほ、と笑うだけ。これはいつも通りだが。


「アイルは最近成長著しいですな。あと数年で弟子ではなく同僚と言えるようになりますな。嬉しい限りですぞ。」


セトは相変わらず好々爺然とした態度だが、いつもよりほっほ、と笑う声の音程が高い気がする。あくまで気がする、というだけだが。


「ねぇ、アイル?今日はなんでそんなに機嫌が良いの?」


カリンはズバリ気になっていた事を聞いた。己の片割れだ。今更遠慮など無い。

アイルは珈琲を見ていた視線を上げ、カリン、セトの順で見る。


「今日は僕らにとってもお祝いの日でしょ?」


アイルの言葉に、セトは一瞬ピクリと眉を動かしたが、そのあとはいつも通りだった。


「私たちが儀を受けた日の事?でもあれから一年も経ってないよ?」


カリンには伝わらなかったようだ。普段から口数が多く無いアイルだが、カリンにはそれで大体意味が通じる。しかし今日は通じないようだった。

仕方ない、といった風に首を振った後、アイルはセトを見てから少し時間を空けて口を開いた。


「だって、最後に儀を受けたのが僕らだったのに、今日新たに二人が儀を受けた。つまり、あの二人は僕らの後輩って事でしょ?」


カリンはしばらくアイルの言葉の意味を反芻していたが、突如ニンマリと笑った。逆にセトは眉尻を下げて額に手を当てた。


「後数年というのは誤算でしたかな…。」


それからのセトのほっほ、という笑い声は、いつもより気持ち音程が低かった。

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