7話
グラナルド王国第二王女ユリア・ル・グラナルドが、初めて騎士団本部に来たのは二年前。
あの時はリクに手を引かれる形だったが、それからちょくちょく離宮を抜け出し、騎士団のアットホームな雰囲気に癒されに来ていた。
もちろん、通常の騎士団がアットホームな雰囲気な訳がない。ドラグ騎士団だけが特別なのだと、ユリア本人も分かっていた。
騎士団本部に来てから何をするのかというと、ユリアが一番興味を示したのは、スタークの菜園の手伝いだった。
聖属性が強く、他の属性が使えないユリアには向いていない作業だったかもしれない。しかし、自分が何気なく口に入れている野菜や果物が、どのようにして育てられ、どれ程の手がかかっているのかを知り、自分もやりたいと言ったのだ。
同時、スタークは反対した。王女の手に土をつけるなんて、と。
しかし、団長であるヴェイルが許可した。曰く、自分の知らない世界を知る事は、何にも代えられない、成長の種となる。だそうだ。
菜園の手伝いを始めて半年ほど経ち、聖属性魔法を野菜にかける事で、大きく艶のある野菜や果実が実る事が分かった。
これはユリアが実験したのではなく、菜園の手伝いをしていた新人騎士が、集中するユリアに、休憩を促す声をかけた時に発覚した。
声に驚いたユリアから、聖属性の魔力をうっかり溢れさせたのだ。
美味しくなぁれ、と言いながら世話をするのが常だった事から、その願いが魔力に込められていたのであろう。溢れた魔力は、中途半端に魔法を発動させた。
あわや魔力暴走、という状況ではあったが、ユリアの想いが強かったおかげか、大きく艶のある野菜になっただけであった。
その事件の報告を聞き、四番隊隊長サイサリスが目の色を変え研究した。
その結果、聖属性魔法で野菜に良い影響を与える事が成功した。
それ以来、魔力暴走をさせないように訓練も兼ねて、その魔法を使い菜園全体を肥え実らせている。
アズの師匠でもある料理長も大喜びで、ユリアが来る日はいつも、菜園の果物を使ったデザートが出る。
騎士団本部に移住してから数日経った日、ユリアがいつものように早朝から菜園の手伝いをしていたところ、騎士たちが隊舎と本館を行ったり来たりで慌ただしい事に気づいた。
時間を見れば、もう切り上げて朝食に向かわねばならない時間だった。朝食の後は、四番隊隊舎の訓練所で魔法の訓練だ。
「あ、ユリア王じ…まちがえた!ユリア!朝食行こう。朝からお疲れさま。」
ユリアは四番隊所属となった。そのため、今までは客人扱いで王女と呼ばれていたが、今はただのユリアとして扱うよう、ヴェイルに頼んだのだ。もちろん、と頷かれ、それ以来、ただのユリアになった。
まだ慣れないのか、結構な人数が言い間違える。
声をかけて来たのは四番隊隊員で、ユリアと同室の女だった。
各隊舎は大きいが、人数が人数のため、一人一部屋とはいかない。下っ端は数人で一部屋だ。もちろん、男女は別だが。
朝食を摂る食堂は、既に騎士たちでいっぱいだった。しかし、食べ終わっては出て行くを繰り返すため、すぐに席が空く。
自分でトレイを持って席に着く。そして自分でトレイを返す。これだけの人数であれば当然のシステムではあるが、効率的なのは確かだった。
「聞いたか?また遠征だってよ。なんでも、伯爵領から応援頼まれたってさ。スタンピードかも知れないって。」
「あぁ、聞いた。伯爵は団長とも仲が良いから、団長が自ら出陣するんじゃないかって話だ。」
「ほんとか!?隊長たちは会議中だろ?はやく決まんないかなー。うちの隊にならないかなー。団長が戦うとこ見たいなー。」
この様な会話が、あちらこちらから聞こえていた。ユリアは疑問に思いながらも、ヴェイルが戦うところ…と想像してみるが、見たことがないため想像つかない。途中から、あの綺麗な白銀の髪が砂埃に汚れるのは嫌だな、と別の考えに至っていた。
「どうやら遠征が組まれるみたいね。一、二番隊は夏初めに帰ってきたところだけど、どうなるかしらね。私たち四番隊は、どの遠征にも特別班が組まれてついて行く形になると思うわ。この辺りはもう説明受けたのかしら。」
同僚も同じ会話を聞いていたのか、ユリアにその話題を振る。
確かに、治療を主軸に置く四番隊は、遠征隊のメインになる事はない。怪我人が出た時のため、班を組んで遠征について行くというのも聞いた。しかし、ユリアはまだ回復魔法をしっかりと発動出来ない。人体の構造に深い知識がないと効果が薄いからだ。今は勉強中である。
きっと、今回はお留守番になるだろう。そう思いながら同僚へ頷く。
「まぁ、あんまり気にしなくていいわよ。今の生活に慣れないうちに遠征に行っても、情報過多でパンクしちゃうから。私もそうだったなぁ。研修期間終わってすぐ遠征でさ。しかも防衛戦だったから、当然相手は人でしょ?傷一つなく終わったけど、心はズタボロだったわ。」
どうやら、彼女のデビュー戦は人間相手の戦争だったらしい。もし自分がその立場だったら、と考え、背筋が凍る思いだった。
まぁ、そんな人はここじゃいくらでもいるから。と同僚が言うが、なんとなく不安になるユリアだった。
「てことで、うちからの報告は以上だ。アズんとこと合わせた訓練内容、三番五番の許可取れたって通達しとくぞ。」
一番隊隊長ガイアが、集まった隊長各位に目をやり言う。
リクとスタークも頷いた。
騎士団支部への侵入者事件から、一番隊と二番隊では訓練や、講義の内容に梃子を入れた。しかし、更なる強化のために、なんと隊員側から申し入れがあったのだ。
三番隊、五番隊の諜報の力を借り、自分達にも活かしたい、と。
侵入者はそのほとんどが裏の世界に属するものであろう。日中を堂々と歩けない者であったり、暗殺者や盗賊ギルドの者。つまり、普通の歩哨だけでなく、そういった者からの侵入にも対応出来る様になりたい、という隊員達の総意であった。
熱い上奏に根負けしたガイアがアズに相談したところ。なんとアズも同じ状況で困っていた。というより、今回狙われたのがアズの部屋であったために、一番隊よりも強い要望だった。
普段、二番隊は物静かな者が多い。若い隊長であるアズに心酔している者も多いが。
波一つない水面のように、会話を好まない者もいる二番隊が、このように大波荒れ狂う様相を見せるのは珍しい事だった。
結果、二人の隊長は下からの要望に押し負け、この会議に諮る事となった。
「うん、じゃあその方向で進めてね。あくまで裏からの警備は三番と五番がメインだから、表からの警備と、裏からの警備の連携を密にする方法を一緒に考えてみて。さて、じゃあ本題だね。」
ヴェイルが総括し、次の議題に移る。その議題は、丁度今食堂で騎士たちが噂している、伯爵領のスタンピードについてだった。
「まずは今どうなってるか先に言うね!ファンガル伯爵領で冒険者から報告がたくさんあって、スタンピードかも?ってなったから調査したんだって。そしたら、領軍と冒険者だけじゃ無理!ってなったから、こっちに応援頼んだんだって!」
リクがまずは口火を切る。追う形でスタークも補足する。
「今回、急に増えたのはファンガル伯爵領の領都近郊の大森林だ。魔物はオークが多数。確認は取れていないが、おそらく大森林の奥に集落があると思われる。これを発見、殲滅する事が依頼内容になる。」
「なるほど、あの大森林はかなり深いですからね。それに食糧も豊かだ。ある程度数が増えても、森から出るほどじゃなかったんだね。だからここまで数が増えた、と。」
リクとスタークの言葉から、自身の予想を口にするアズ。
スタークもそれに頷いた。
「では、既に進行は始まっている可能性がありますね。急いで行かなくてはいけないわ。私の隊も班をくまないと。団長、如何なさいます?」
それまで黙っていたサイサリスがヴェイルに声をかける。
「サイ、今回は二班組んでくれるかい?領都に怪我人が多いかも知れないからね。もう一つは討伐隊に。」
「承りました。討伐班と支援班に分けておきます。」
返ってきた返事と要望に、サイは笑顔で頷く。会議室の窓から差し込む朝の日差しに、金の髪が輝き美しい。自身の必要な確認が終わったからか、優雅に紅茶を飲む姿は、女神のようであった。
「でさ、ファンガル伯爵は友人だし、僕も行こうと思うんだよね。で、今回は誰がついてくる?」
ヴェイルがそう言った瞬間、各隊長(サイも紅茶を慌ててソーサーに戻して)が一斉に立ち上がり、私が、僕が、俺が、と声を上げる。
ヴェイルはそれを見て苦笑し、落ち着いて、と着席を促す。
「まぁ、今回は領都の保護と、迅速な討伐が必要だしね。ガイアとリクに頼もうかな。これが最速だと思うんだけど。どうかな。」
ガイアとリクは再び立ち上がって喜び、アズとサイは仕方ない、と着席。スタークは無言で腕を組み、また座った。
「速度と求められる要素を考えれば、その二隊が良いでしょうな。本作戦は電撃作戦となります故。」
ヴェイルに紅茶のお代わりを注ぎながら、セトが言う。
ヴェイルもそれに対し礼を言い、
「あぁ、セト。零番はお留守番だよ。でも、アイルを連れて行く。セトは残って色々頼むよ。」
と言った。
零番とは、団長直属の少人数の隊で、"零番隊"が正式名称である。隊と言いながらも、そのほとんどが本部におらず、国中どころか、国外にまで足を伸ばし活動している。護国の契約には関わりたくないが、ヴェイルにはついて行きたい。そんな者が多いのが零番隊だ。セトは、零番隊の副隊長である。
ヴェイルが言ったアイルとは、零番隊の隊員であり、数少ない本部に常駐する者だ。見た目は十二歳ほどの少年で、セトの弟子だ。なんの弟子かと言えば、執事の弟子である。
「よし、じゃあ色々準備できたら明日の朝出るよ。ファンガル伯爵領までは二日で行く。そのつもりで準備させて。」
「了解だ。今回は急ぎだし、さっきの件はアズとスタークがメインで話し合っといてくれるか。俺は準備するからよ。」
ガイアが二人へ押し付ける。アズは苦笑しながらも頷き、任せてよ、と返す。スタークも頷いた。
「団長、おやつ持って行っていい?あーちゃんがね、今日クッキー焼いてくれる約束だったの!それ持って行きたい!」
リクは会議机から身を乗り出し、ヴェイルに確認する。
ヴェイルはアズを見て、頷くのを確認した後、たくさん作ってもらおう、と返す。
どうやら今日はひたすらクッキーを焼く事になりそうだとアズは覚悟を決めた。
「姫と一緒なのは騒がしくて堪らねぇが、団長について行けるなんてラッキーだった。お前ら、さっさと準備だ!今回は超特急で行く。団員全部二日で到着しろとの命令だ!火車を使う許可も降りた。点検しとけ!」
一番隊の副隊長と部隊長たち、そして副官らを集め命令を下す。
移動に優れる風属性の三番隊に負けられないと、ガイアは火車の使用許可までヴェイルに求めた。
この世界、移動手段と言えば馬車である。しかし、馬で走るよりガイアが走った方が速かった。が、隊員はそうはいかない。そこで考えたのが、スタークとの共同開発で、火属性魔法を使用した馬の要らない移動手段だ。
最初は、スタークが魔法で精製した特殊金属を薄く伸ばして箱型にし部屋を作り、車輪を付けた。中の魔法陣に火属性の魔力を送ることで、部屋の下で剥き出しの円筒から着火。その勢いで部屋を高速で前進させるという物だった。
今では、風の抵抗や耐久性を考え、改良に改良を加え続けている。最終的には、リクやアズ、サイが参加し、後一手足りないという時にヴェイルが参加し完成した。
騎士団上層部の合作である。
結局、火属性だけでなく、水、風、地の属性を使い、また、夜間走行のための光を聖属性にて賄っているが、ヴェイルと隊長達の総意で、火車と名付けられた。発案者の属性を、という事である。
一号車はガイア号と呼ばれ、黒い胴体に紅の竜が描かれている。
量産された火車は、今では一番隊を始め、各隊に配備されている。が、実はそんなに使われていない。大体どの隊にも、高速移動用の魔法や道具があるからだ。そういった物がない四番隊には重宝されているが。
準備のために解散した部隊長たちを見送り、自身は珈琲を飲む。今回の相手はオークだ。規模からしても、キングと呼ばれる上位種がいるであろう。
果たして、オークキングを狩るのは誰だろうか。前回の功労賞を取ったやつはまた活躍するだろうか。今度は俺も戦っていいだろうか。団長と共に戦えるだろうか。
そんなことを考えながら、必要な書類に目を通し、横で作業する副隊長に声をかけた。
「今回、おそらくもうファンガル伯爵領は攻撃されてる。しかし、団長はサイに二班で良いと言ってた。どう思う?」
「そうですね。私には団長のお考えになる事など、逆立ちしても分かりようがありませんが。敢えて言うのなら、ファンガル伯爵領軍が、精強と名高いからではないでしょうか。確か、団長とファンガル伯爵は友人であったかと。信じておられる、と言えば聞こえは良いですが。何か、治療班が少なくても大丈夫である確信がお有りなのかも知れません。」
資料を仕分ける作業をしていた手を止め、そう返す副隊長。
ガイアは、そうか、確かにな。と言いながら珈琲を飲んだ。
部下からの報告か、副隊長に念話魔法が入る。返事をしてからガイアに言った。
「隊長、火車、糧食、備品、武器防具、他全て準備が整うまで後半日程度だと。どうやら最近変更した訓練が早速、効果を及ぼしているようです。今まででしたら、夜半までかかっていたでしょう。」
「そうだな。みんなやる気なのは良い事だ。だがな、訓練の成果かどうかは分からねぇぞ?なんせ、今回は団長が一緒だからな。」
笑いながら返すガイアに副隊長も、あり得ますな、と一笑い。
必要な準備を済ませたと連絡を受けたのは、夕方よりも少し前。
どうやら六時間ほどで完了させたようだった。
その報告に嬉しそうに頷き、隊員たちの元へ向かう。隊列など、確認し過ぎるくらいで良い。
本館訓練所には、一番隊と三番隊が集まっていた。これから細かい動きの擦り合わせである。
リクと三番隊副隊長も来ていた。
ガイアは、遅くなった、と手を軽く挙げながらリクへと挨拶をする。
リクは先の少し沿った横長で板状の何かを地面に差して手を添えて支えていた。長さはリクの腰より上であろうか。両端が丸くしてあり、どちらも少し沿っている以外には、見た目ただの板だ。
「姫、なんだ?そりゃ。新しい玩具か?」
気になって、まず聞いた。盾にするには薄い。謎だ。聞いた方が早い。
「ガイちゃん遅いよ〜。道に迷ったのかと思った!」
リクがすかさず返す。期待した質問への答えではなく、文句だった。
「わりぃな。早くなったとはいえ、まだ三番隊にはおいつかねぇんだわ。で?そりゃなんだ。」
「仕方ないなぁ、ガイちゃんとこは。これはね、ふらいぼーど、って言うんだって!」
呆れながらも答えるリク。しかし、ガイアには名前を言われてもさっぱり分からない。なんだそりゃ?と首を傾げる。
「こーやってね、乗るの!でね?魔力を流すと…」
そう言って実演するリク。そのふらいぼーどとやらを、沿った先を上に向け地面に置き、真ん中に立つ。どうやら、足から魔力を流しているようだ。
そうすると、ふらいぼーどが浮かぶ。バランスを取りながらリクは、ガイアに向け笑顔で言う。
「楽しいよ!これ!こーやってね、速く移動できるの!」
言う間に移動し、フラフラと何処かへ行った。
「どうやら、またやべぇ玩具貰ったらしいな。今回は誰だ?まさか団長じゃねぇよな…?」
誰から貰ったかを予想しながら、手のひらを額に当て空を仰ぐ。
こんな変なもん渡すのは団長だよなぁ、そーだよなぁ。と呟き、さっさと戻ってこいよー、と叫んだ。自分のせいだが、まだ始まらないなと思った。
お読み頂きありがとうございます。山﨑です。
この様な駄作にお付き合い頂ける方がいらっしゃるという事に驚きと喜びを感じております。
ほのぼのタグを付けてはおりますが、以降戦闘も少しずつ入る予定です。
作者自身がキャラを覚えきれない可能性が御座いますので(オイ)、あまり増やさずに書ければと思っております。(キャラを増やす度に設定集に書き足すのが大変で…)
どうぞこれからもよろしくお願い致します。