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闇竜と騎士団  作者: 山﨑
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66話

「残党処理?本当にうちがやっていいのかい?戦で手柄が足りなかった貴族がやるのかと思っていたけれど。」


戦勝祝賀パーティーから数日後、ドラグ騎士団本部本館に国王からの使者が来ていた。

使者はヴェルムの下を訪れると、国王からの言葉を伝えた。


"今回我が国の領土となった小国郡北部四国に残る、残党軍の討伐をドラグ騎士団に任せる。"


ざっくり言えばこの様な内容で、流石のヴェルムも少し困惑気味であった。

何故なら、通常この様な場合は国軍に所属せども武勲が上手く挙げられなかった貴族が名誉挽回のために赴くものなのだ。

それを、いくら国内になったからとはいえ護国騎士団であるドラグ騎士団に任せるなど他に例が無い。


「私は国王陛下のお言葉をお伝えしただけに御座います。理由に関しては直接お伺いください。」


そして使者は宰相だった。これもあり得ない事で、通常は文官が派遣されるものだ。


「うーん。分かった。ゴウルには直接聞くよ。とりあえず了承の返事だけ返しておいて。」


ヴェルムが了承すると宰相は頭を下げてから退室した。


「ゴウルは一体何を考えているんだろうね。」


ヤンチャな我が子を見る母親のような表情を浮かべながら呟くヴェルム。軽いため息と共に若干の呆れを吐き出し、執務机の引き出しを開ける。

そこから紙を取り出し、指示書を書き始めた。


引き受けた以上、残党処理は必ず行わなくてはいけない。あまりに速すぎる戦争の展開であったため、未だ私兵を残したままの旧貴族などもいるだろう。

鎮圧出来るまでの時間をどれだけ短く出来るかが重要だ。


ヴェルムは少し考えた後、五隊に零番隊を加えた配置で一気に片をつける方向に舵をとると決めた。


「セト。隊長会議の準備を。夕食後で構わない。」


ヴェルムは書類棚の整理をしていたセトに話しかける。セトはいつもの好々爺然とした笑顔のまま礼をして退室する。


南方戦線は終わったとはいえ、国内全てに戦時体制で厳戒警備をしている五隊に、これ以上負荷をかけるのは本意ではない。だが、そうも言っていられない状況になってしまったようだ。


やはりさっさと終わらせるしかない。ヴェルムの心を占めるのは、いつだって騎士団、つまり家族の事ばかり。碌な休暇も与えられなかった戦時中だが、この件も併せて迅速に片付け順に休暇を与えねば。


珍しく、ヴェルムの瞳はやる気で燃えていた。











通常、夕食には食堂ホールに多くの団員が集まる。騎士だけでなく、本館の管理維持を担うメイドたちも含めて殆どの者が集まるのである。

しかし、南方戦線が開かれてからは多くの騎士が国内に散らばり、夕食時の食堂ホールで日頃の賑わいを見る事は出来なくなっていた。


しかし、本日は少し様子が違っていた。

人数は相変わらず多く無いのだが、それでも数百人は居る。

特段増えたような気はしないが、団員たちは何処となくソワソワしているようだった。


「おい、聞いたか?この後隊長会議だって。遂に戦時体制解除か?」


「だと良いな。やっぱり国内全域厳戒警備は普段がな…。」


「だよなぁ。て言うか、国軍の侵攻速度が遅いんだよ。だから長引くじゃねぇか。割を食うのは俺たちだぜ?」


「そう言うなよ。団長だって俺たちのために色々やってくれてる。俺たちに出来るのは、団長のために与えられた任務をキッチリこなす事だけだろ?」


「そりゃそうだけどさ。東の国も西の国もちょっかいかけてきやがって。巫山戯てるとしか思えねぇよ。お前もそう思うだろ?」


「俺?そうだな…。東の国は兎も角、西の国は団長の正体しったら丸ごとグラナルドに従属しそうだよな、とは思う。」


「あぁ、あそこは天竜教が国教なんだっけ?」


「らしいな。確かにお前の言う通りかもな。それをしないって事は、団長はそれを望んでないって事だ。迂闊に漏らせる事でも無いが、外で言うなよ?」


「わぁってるよ。俺だって団長が望んで無いことくらい分かる。だから大人しく国境警備してたんじゃねぇか。」


「そうだな。それは俺が悪かった。お前も大きくなったな。」


「おい、やめろって!撫でられて喜ぶ歳じゃねぇよ!」


「お前ら気持ち悪いぞ。他所でやれ他所で。」


どうやら隊長会議が開かれる事を聞きつけた騎士が噂しているらしい。

特段隠している訳ではないので上役たちも注意はしない。外で仕入れた噂でも叱られる事はない。噂に踊らされるような者は団にいないと信じているからでもあるが、そもそも団員は皆その噂を信じていないからである。

何より、そんな噂話でも団員のストレス発散になるなら止めるべきではない、とヴェルムが言った過去があるという理由が大きい。


食堂ホールでは、毎食メニューを選んで注文する事が出来る。とはいっても、本館にいる全員の腹を満たす食事だ。流石にメニュー数は少ない。

そんなメニューの中でも人気なのが日替わり定食だ。


この日替わり定食は料理長が考案したもので、グラナルド国内にそのような単語は存在しない。

何故なら、街の飲食店はメニューがしっかり決まっているか、大衆食堂などの安価で飲み食い出来る店では、夜は兎も角昼は一品しか提供しないからである。

ある意味それが日替わり定食ではあるが、決まった料理が並ぶメニューの中に敢えて日替わりの物を入れる発想がないのである。


団員たちはこの日替わり定食の中身を予想しながら食堂ホールへ向かい、当たれば外れた者から一品貰えるなどの小さな賭けをしているようだ。

別に、食べ切れるならお代わりも許されているし欲しいなら単品で注文すれば良い。

賭けの対価としては得も損も無い。だからこそ黙認されている。


だが何故か、賭けに負けた者はその品を注文しない。

負けても食べようと思えば食べれるのに注文しないのだ。


それが気になったヴェルムが、団員に質問した事がある。

その時、団員は笑いながらこう答えたのだ。


「確かに、負けても注文すれば良いですが…。しかしそれでは折角の余興が台無しではありませんか。負けて好きなオカズを取られ、悔しい想いをする事まで含めて楽しんでいるいるのですよ。負けて注文する者はそもそも賭けをしませんから。」


ヴェルムは分かったような分からないような不思議な気分だった。

人間と関わり始めてから、人間とは無駄な事も喜んでする生き物だ、と学んだヴェルム。

これもその内の一つだろうと納得はしたが、自身が賭けをする気にはならなかった。

だが、賭けをして一喜一憂する団員たちを見るのは好きになった。











「よう、サイ。こないだは楽しかったか?」


四番隊隊長のサイは、隊長会議が行われる会議室へ向かう途中、一番隊隊長ガイアに話しかけられ足を止めた。


「えぇ。会場に入ってからの令嬢令息たちの反応を貴方にも見せたかったわ。」


ガイアの言うこないだとは戦勝祝賀パーティーの事だろうと予想をつけ、ヴェルムと自身を見た貴族たちの反応を思い出しながら微笑んだサイは、長く金色に輝く髪を耳にかけながら楽しそうに言う。


「そりゃあ良かったな。昨日アズと団長室行った時、団長もサイのドレス姿を随分誉めてたぞ。アズと並んだらきっと国宝級だってな。」


その言葉を聞き、少し不機嫌になるサイ。フレームレス眼鏡のつるに人差し指をあて位置を調整しながらガイアを見る。

身長差から上目遣いになるのは仕方ないが、ガイアはその美しさよりも、何故か自身の背中を伝う冷や汗が気になってしょうがなかった。


緊迫した空気が一瞬でこの場を支配したが、サイがため息を吐くと同時に霧散した。


「はぁ…。団長は相変わらずご自身の見た目に関心が無いのね。あの日から、どこへ行ってもお似合いの二人だと誉められたというのに。まぁそれも無くなるけれど…。」


美人が吐くため息ほど絵になるものも無いが、サイもご多聞に漏れずため息が絵になる美人だった。


「おいおい…。まぁ、アズも似たような事言ってたぞ。そしたら団長はキョトンとしてたけどな!」


あっはっは!と豪快に笑うガイアに、サイは怪訝な視線を向ける。


「アズが本当にそんな事を言ったの?アズもやっと自分の容姿に気付いたって事?」


そうであってほしい、と言わんばかりの期待に満ちた表情で言うサイに、ガイアは若干気まずそうに頬を掻いた。


「いやぁ、それが…。そういう訳でもなくてよ…。なんていうか、その、あれだ。アズは相変わらずというか。」


歯切れの悪いガイアに、サイは眉間に皺を寄せながら問い詰める。

なんとか聞き出したアズの言葉に、サイは頭を抱えた。

そして首を振って気を取り直し会議室へ向かう。


それを慌てて追いかけるガイアも、眉尻を下げて困った顔のままだった。


"僕がサイのパートナーで参加すれば、サイに求婚者が群がってしまいますよ。団長だからこそお似合いの二人だと言われるんです。"











「お待たせ。早速始めようか。」


隊長会議はヴェルムの登場と共に始まる。通常の隊長会議であれば、五隊から報告があってからそれを議題に会議が進行するが、今回は違った。


「今日、国王から残党処理を命じられてね。」


隊長たちにアイルが資料を配る。これはこの議題に対するヴェルムの方針が書かれた物だ。


それからしばらく細かい調整などを話し合ってから会議は終了した。


「あれだけ急ぐって事は、やっぱり最近忙しかったから?」


会議室から隊舎に戻るため本館を歩く隊長たち。声をあげたのはリクだった。


「そうだろうね。おそらくだけど、まともに休暇がとれていない団員にはやく休暇をとらせたいんじゃないかな。」


アズがその疑問に予想で返すと、四人とも頷いた。


「じゃなきゃ、普段は訓練になるからって五隊に任せる事に零番隊を投入しないだろ。」


ガイアが言う事は尤もだと感じたのか、他の四人も納得する。

すると徐にスタークが口を開いた。


「なぁ、私たちは確かに忙しかった。だが団長は?私たち以上に忙しいに決まっている。私たちが休暇を得られたとしても、団長はまだしばらく忙しいのではないか?それをもし休暇を貰った団員が一人でも気付いたら…。」


その言葉にハッとなる隊長たち。しかしサイだけは平然としていた。


「そう。だから私から皆んなに提案があるのよ。この後時間ある?うちの隊舎に皆んな来てくれない?」

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