63話
「なんでいつまでも落とせないんだ?この国だけ硬すぎるだろう!いいか、何としてもこの要塞を落として首都までなだれ込む!気合を入れろ!」
南の国は現在、小国郡の最後の一国を攻略中だった。しかし、その最後の一国が予想外の激しい抵抗を見せる。
難攻不落と呼ばれるディーヤ要塞に籠り、籠城戦を繰り広げていた。
元々、この国は領土の割に豊かな国である。狭い国土に海と山、平原があり、それぞれから齎される恵みに国民が飢える事はないのである。
つまり、籠城していれば攻め手の兵糧が尽きるまで相手する事が出来る。長年この国を維持してきただけの理由が存在するのだ。
そんな最後の一国を相手に、南の国は攻めあぐねていた。主力軍による猛攻も跳ね返され、今は睨み合いが続いている。
「なによ、あの要塞!私の魔法隊でも崩せないってどんな硬さなのよ!」
将軍が集まり会議をするための作戦司令部となっている天幕では、三人の将軍とその部下たちが今日も攻略方法について話し合っていた。
「しかし、難攻不落の名は伊達じゃありませんね。僕の隊は要塞相手では分が悪いですし。攻め手に欠けます。」
獣人族の将軍が持つ歩兵隊、女性将軍が持つ魔法隊、そして若い人族の将軍が持つ騎馬隊。そのどれもが要塞の突破に失敗しており、会議は中々建設的な発言が出ない陰鬱な雰囲気に支配されていた。
「どうした?根を上げたか?」
急に天幕に入って来た人物に驚きの声をあげる将軍たち。それもそのはず、入って来たのはここに居るはずのない人物だったからだ。
「て、鉄壁将軍がどうしてこちらに?」
そう、鉄壁将軍と呼ばれるもう一人の将軍であった。彼は現在、攻略中の小国から逆侵攻されぬよう国境線の別の砦にいるはずなのだ。
動揺する面々に答えが齎されたのは、将軍の口からではなかった。
「我らがお連れした。どうも貴殿らが攻めあぐねているようだったからな。さっさと片付けて帰りたいだろう?お互い。」
将軍の後ろから天幕に入って来たのは、人族の男だった。背には大太刀を背負い、威風堂々たる体躯を見せている。その隣には、女性の姿もある。
「まさか、貴方たちが協力してくれると?」
若い将軍が、発言した男の隣の女性に気付き声をあげる。二人の将軍も気付いたようだった。
「儂等がこの者たちを受け入れてから、防衛から侵攻に切り替えたのは知っておろう?今必要なのは鉄壁ではなく決定力だろう。さぁ、卿らは室内戦の用意を。今日でここを突破し、一週間でこの国を落とす。」
先ほどまでの陰鬱とした雰囲気はもう消えていた。南の国にとって鉄壁将軍とは英雄である。そんな彼が大丈夫だと言うのだから、本当に一週間でケリが着く。そう信じさせるだけのカリスマが将軍にはあった。三人の将軍も、鉄壁将軍に憧れて軍に入った者たちだ。憧れの英雄にそう言われて気合いが入らない訳もなく、各々準備に散って行った。
「大将、はしゃいでるな。そんなに団長殿との約束が楽しみなのだろうか。」
ボソッと言う暁のリーダー。隣に立つゆいなは彼に軽く視線を向けた後、こちらもボソッと返した。
「団長殿との約束で舞い上がらない者はいない。約束が果たされるのが今から楽しみだな。」
「…それもそうか。さて、俺たちも行くとしよう。難攻不落なんて言葉は幻想だと教えてやろう。」
「あぁ。私たちに落とせない要塞はないからな。さっさと切り上げて本部の飯が食べたい。」
「おいおい、飯のためか?…まぁ、気持ちは分かるがな。よし、上手い飯のためにもう一働きするぞ。」
「あぁ。」
二人とも普段は口数が多くない方に分類されるが、やはり長年の付き合いともあれば軽口も出てくるのだろうか。
零番隊の部隊長二人は、これから難攻不落の要塞を攻略にいくとは思えない気軽さで天幕を出て行った。
「まったく。頼りになる奴らだ。儂も負けてられんな…。おい!儂の隊を最前列に組み込め!」
出て行った二人を視界の隅に入れながら、鉄壁将軍は静かに闘志を燃やす。それから部下に指示を出すと、自身も天幕から出て行った。
ディーヤ要塞には魔道具でもある巨大な門がある。それはこの要塞を難攻不落と呼ばれるようにする事に大いに貢献していた。
剣や矢では傷がつかず、魔法に対する防御力も高い。
南の国が攻めあぐねるのも無理ない事だった。
事実、この国の王は小国郡が攻められていると聞いても平然としていた。万が一にもディーヤ要塞が落ちる事などない、と。
しかし現実は無常だった。
王が聞いたのは南の国の軍を押し返した報告でもなく、裏取りのために国境線から密入国させた部隊の作戦成功報告でもなかった。
ディーヤ要塞陥落。
特務隊壊滅。
二点の報告を同時に受けた王は心労に倒れた。
王が王でいられたのはこの日が最後だった。
時は少し戻る。
鉄壁将軍の登場によって勝機を見出した南の国の軍は、ディーヤ要塞前に今までとは違う陣形を形作っていた。
その並びを馬上から眺めて満足そうに頷くのは鉄壁将軍である。
「将軍、少しよろしいか。」
そんな将軍に声をかけてきたのはゆいなだった。
「どうした?貴殿らには右翼と左翼に分かれてもらったと記憶しているが。何か問題があったか?」
暁は右翼に、ゆいなの部隊は左翼に配置されており、既に部隊員たちも準備が整っている。
しかしゆいなの用事はそれでは無かった。
「配置は完了している。後は作戦開始を待つだけだ。今はそれとは違う報告に来た。」
ゆいなが淡々と言うと、将軍は報告の内容に気が付いた様子だった。
視線はディーヤ要塞に向けたまま、聞こう、と一言だけ返す。
「国境線に残して来た部下から報告があった。別働隊を発見、殲滅したと。他に部隊は見当たらないとの事だ。後背の心配は無くなった。いつでも行ける。」
ゆいなの報告に将軍はニヤリと笑う。立派に蓄えた髭を摩りながら、感謝する、とゆいなに視線を向けて言う。
ゆいなはそれに頷く事で返事とした。
「戦闘開始だ!予定通りチャージから行う!」
将軍が命令を飛ばした時にはゆいなの姿はそこに無かった。
ディーヤ要塞の中から南の国の陣形を見た者は皆、鼻で笑っていた。
どれだけ数がいようと問題はない、と。
魔道具である門と、オリハルコンを混ぜた壁。この国で採れる希少な金属はこの要塞に惜しみなく使用されている。突破されようがないのだ。
そう思っていた余裕は、轟音と共に砕け散った。
「何が起こっている!」
「被害箇所の報告を!」
先ほどまで笑い声すら響いていた要塞内に、怒声が飛び交う。
今ここを支配しているのは、余裕ではなく焦燥だった。
"難攻不落の要塞が何故?"
この疑問が要塞内の全ての者に浮かぶ。しかしそれを議論する暇はなかった。
轟音と共に砕け散った門を目指して敵兵が殺到している。
更に追い討ちをかけたのは、敵陣両翼の部隊が壁を壊したという報告だった。
「門だけじゃなく壁まで…?一体何が起こっているんだ!」
指揮権を預かっている第二王子は混乱していて使い物にならない。だが、他の将軍や官僚たちが冷静かと問われれば、否と答えるしかなかった。
上層部が混乱している間に、要塞内に雪崩れ込んできた南の国の軍。
今までの鬱憤を晴らすが如く暴れ回っている。
ディーヤ要塞前に軍が着いてから一月。決着は半日も掛からなかった。
「やはり彼らの力は本物よ。あそこまで強化されるとは思ってもみないじゃろう。儂も未だに信じられんからの!」
つい一時間前までこの国の第二王子や将軍たちがいた部屋に、将軍四人が集まっていた。
「あのチャージの力、凄まじかったです。本来はあんな力は生まれないんですか?」
若い将軍に聞かれ、ご機嫌な様子のまま頷く将軍。
「儂が鉄壁将軍などと呼ばれている理由は知っておるじゃろ?じゃが、儂はそもそも守りよりも攻めの方が得意での。身を守りながら前線を上げる、その理想の手段があれじゃよ。今回は暁の一人が強力な支援魔法を部隊にかけてくれての。これならあの門も壊せると豪語するでな。試してみたらあの通りよ!」
ガハハ、と豪快に笑う将軍に、三人の将軍たちは唖然とするばかりだった。
彼らの憧れた鉄壁将軍の正体を見た気分だった。
「なんにせよ、オリハルコン入りの壁まで崩してくれたんだから疑いようはねぇ。しかも俺たちの後ろを突くつもりだった部隊まで片付けてくれたんだろ?後は首脳陣を引き摺り下ろすだけだ。それは俺たちでやらねぇとな。」
獣人族の将軍がそう言うと、若い将軍も頷いた。
しかし、女性の将軍は顔色が優れなかった。それに気付いた鉄壁将軍が女性の将軍に視線を向けると、見られているのに気付いた女性の将軍はおずおずと話し始めた。
「あの…。今回、ドラグ騎士団のお力を借りねば今頃はまだ私たちは西にいた可能性が高いです。こちらから持ちかけた同盟で相手の力を借りて勝利したなどと、他国に知られてはマズいのではないでしょうか。」
その言葉に、獣人族の将軍と若い将軍はハッとした表情を作る。そしてすぐ鉄壁将軍を見やった。
三人の視線が集中する形になった鉄壁将軍だったが、その疑問の答えは既に持っていたようだった。
「何を言っているのだ?今回我らは強力な傭兵団を二つも雇ったが、別にドラグ騎士団などに手を借りてはおらんじゃろう。そもそも、ドラグ騎士団は護国騎士団。国外で作戦行動などする訳があるまいて。」
澄まし顔で言う鉄壁将軍だったが、三人はポカンと見ているだけだった。
その反応に不満だったのか、鉄壁将軍は少し拗ねた顔で呟く。
「そういうことにしておくのが一番じゃろ?若いもんは柔軟性がないのぉ。」
その呟きを拾ったからかは分からないが、三人の将軍たちは頻りに頷きあう。
「そ、そうだぜ。閣下の言う通りだ。俺たちは強い傭兵団の力を借りて無事に攻略したんだからな。ここにいる騎士は皆我が国の騎士だけだぜ。」
獣人族の将軍がそう言うと、その形で納得する事で四人の意思が固まる。
兎にも角にも、難攻不落と呼ばれた要塞の攻略に安心したのは事実。
将軍たちは久しぶりに枕を高くして眠れそうだった。
「すまんな、呼び出して。飲んでおったのじゃろう?」
夜中、鉄壁将軍の部屋を訪れた暁のリーダーとゆいな。入室してすぐの謝罪に、首を横に振る事で返した。
「いえ。用事とは?」
ゆいなが早速本題を促すが、将軍は苦笑いするのみ。そしてグラスを二つ持って差し出した。
「まずは一杯受けてくれんか。飲みながら話すでな。」
そう言われては断れない。二人はおとなしくグラスを受け取り、促されるままソファに座った。
「ほう。これは良いスコッチだ。将軍、よくこんな物戦場に持ち込めましたね。」
暁のリーダーが瓶に目を向け、驚いた顔を将軍に向ける。まるで悪戯が成功した子どものような表情でそれを受けた将軍は、髭を摩りながら種明かしをする。
「なに、ここに来ておったのは第二王子というではないか。難攻不落という言葉に絶対的な信頼を持っておったようじゃが、まさかこんな物まで持ち込んでおるとはのぉ。」
どうやら敵国からの鹵獲品であるらしい。酒の出どころが分かった暁のリーダーは、気にせず飲む事に決めたらしい。
将軍からの酌を受け、グラスの中で回し香りを楽しむ。そしてクイッと一口飲むと、その香りが鼻腔を突き抜ける。
度数の高い酒ではあるが、暁のリーダーはスコッチが好きだった。
ウイスキーはカルバドス、ブランデー、スコッチと原材料の違いで様々種類があるが、暁のリーダーが特に好むのがこのスコッチウイスキーだった。
隣のゆいなは普段から東の国の酒ばかり飲むため、このような洋酒はあまり好みではない。しかし、さすが小国とはいえ王族が飲む物だけあって、その深い味わいと豊かな香りにゆいなも満足したようだった。
しばらく三人でスコッチを楽しんでいたが、将軍がスッと立ち上がり、二人に向かって頭を下げた。
「将軍?何をなさっている。こんな所誰かに見られたら困るのは私たちなのだが?」
暁のリーダーの言葉にも反応せず、ただ頭を下げる将軍に二人は困惑する。それからたっぷり一分は頭を下げていた将軍だったが、急に頭をあげた。
「貴殿らには世話になった。貴殿らがおらねば儂はまだ最初の国で防衛戦をしておった。感謝申し上げる。そして、厚かましくも最後の仕事を頼みたい。どうか引き受けてくれるか。」
他国とはいえ英雄として大陸に名を馳せる将軍が頭を下げて頼む事を断れる者が果たしてどれだけいるのか。この二人ならば任務なら断りそうではあるが、余裕があれば頼みを聞いてもいいと思えるくらいには将軍と打ち解けていた。
それに、そもそも二人が敬愛して止まない団長からの任務でここにいるのだ。最後の仕事、引き受けようではないか。そう思うのは当然の流れであった。
二人が快諾すると、あからさまにホッとした様子の将軍。どうやら断られる可能性も考慮していたらしい。
「仕事はこれだ。君たちの団長にこの手紙を届けてほしい。彼とは随分会っておらんが、やっと約束を果たせそうじゃからな。彼が儂との約束を覚えておれば、じゃがな。」
そう言う将軍に、二人は顔を見合わせた。そして互いに頷く。
「将軍。我らが団長殿は約束は違えない。将軍が団長殿と何か約束をしたのなら、団長殿はそれを待っている。忘れるということはまずあり得ない。その手紙の返事を含め我らが承ろう。」
ゆいなが堂々と宣言する。暁のリーダーもそれに頷いて同意したため、将軍の表情は不安げなものから期待に変わった。
それを満足そうに見ているゆいなも、また期待に満ちた表情をしていた。
彼女は手紙と約束の内容が予想できるのだろう。
ゆいなと将軍を交互に見て若干呆れた顔をした暁のリーダーだったが、特に何も言わなかった。
何故なら、彼も気持ちは同じだったからである。
将軍の部屋から自身の部隊員たちがいる天幕へと向かう途中、暁のリーダーはボソリと呟く。
「本当に我らが団長殿は人たらしだな。いや、たらしこまれた私が言うのも可笑しな話か。」
彼の自嘲するような呟きは誰にも拾われる事なく、夜闇に溶けていった。




