61話
東の国、西の国の脅威は取り除いた。それだけでかくも楽になるのか、と思うほど国内の治安維持が容易になった日が続いた。
そう感じているのはドラグ騎士団の、主に三番五番混合部隊の者たちだけであるのは確かだが。
五番隊隊長スタークは現在本部内を歩いていた。その隣には三番隊隊長リクもいる。
薄緑の長い癖毛をポニーテールにして揺らすリクは、今日もご機嫌だった。
「ねぇスターク。なんでそんなに報告書分厚いの?」
リクは先ほどから気になっていた、スタークが持つ報告書の束が自身のそれと違い、倍以上に分厚い理由を問うた。
読みやすく簡潔に纏める事が常識の報告書で、ここまで分厚いのは見た事がない。読む側も書く側も大変な報告書は、どこも需要がないだろう。
「あぁ、これか?これは半分以上は制作科に出す予定の報告書だ。リクも頼まれなかったか?例の通信魔道具だ。」
スタークはなんて事のないように言った。確かに、今回の国境警備に使用して、その使用感を報告してほしいと頼まれている。だが、まだ南方戦線は終わっていないのだ。
今二人が向かう団長室で渡すこの報告書も、所謂中間報告のような物だ。まさかスタークは魔道具の使用感も中間報告するつもりなのだろうか。
「終わった後纏めて出すつもりだったけど。今分かってる分だけでも渡した方がいいの?」
リクがスタークに純粋な疑問をぶつけると、スタークは少し困った表情になり、人差し指でこめかみを掻いた。
「俺もそう思ったんだが。なんと言うか、制作科から催促が来ててな…。あそこは国が戦争中だろうと平常運転だからな。改善点があるなら今すぐに改善したいのだろう。」
スタークにしては歯切れの悪い回答だったが、滅多に一人称を俺にしないスタークがそう言うくらいには悩んだ案件なのだろう。
リクはそう結論を出し、魔法を発動しながらも笑顔でスタークにくっ付いた。
「早く言ってくれたらいいのに。うちも使ってるんだから、報告書も二つでいいでしょ?報告書は短く簡潔に、が基本だけど。制作科が読みたいなら二倍でもいいじゃん!今出てる使用感と問題点は纏めてあるみたいだから、直ぐ持って来させるよ!」
リクが使用したのは念話魔法のようだ。部下に制作科へ提出する報告書を纏めさせているのだろう。
「そうか?なら早くリクを頼れば良かったな。混合中隊はほとんどが三番隊から中隊長が出ているからな。三番隊は忙しいだろうと思って五番隊でできるだけ纏めたんだ。三番隊からも出してくれるなら、最終報告の時は少し楽が出来るか。頼りにしている。」
スタークのその言葉に、リクは満足そうな笑みを浮かべる。リクの身長では手を伸ばして撫でようにもスタークの頭の天辺には届かない。ので腕にしがみついてぶら下がる。力持ちのスタークはリク一人ぶら下がったところで体勢を崩したりはしない。
側から見れば親子のようなジャレつきだが、既に日常の光景だった。
「なるほど。やっぱり効果が出て来たね。アベルとカサンドラの部隊がそれぞれ東と西で活躍してくれたからね。グラナルドにちょっかいをかけるのはいつもその二国だって事がよく分かった件になった。引き続き国境警備を頼むよ。国内に関しては少し問題が出ているから、そちらを三隊と協力してくれるかい?」
スタークとリクはヴェルムからの指示に、同時に敬礼を返す。
このリクの姿を三番隊隊員が見れば、感涙するだろう。
あぁ、隊長のキリッとした敬礼姿、最高!
と。
二人の後ろでやり取りを見ているセトも、まるで孫を見るような目で"二人"を見ている。
セトにしてみればどちらも孫、いや子孫のようなもの。この騎士団内で最年長の翁は間違いなくセトである故に。
普段はひょうきんで好々爺然とした態度を崩さないセトだが、二人の真面目な姿を茶化す事は流石にしない。
報告を終え、指示も受けた二人が退室しようとすると、ヴェルムが二人を引き留める。
「もし時間があるならお茶を飲んで行くかい?アイルが天竜国のお茶を買って来てくれたんだ。」
ヴェルムがそう言うと、ヴェルムの後ろに控えていたアイルがペコリと頭を下げる。
「アイルが?あぁ、そういえばカサンドラ殿の手伝いに二人で行っていたんだったか。折角の土産だ、リク、頂戴して行こう。」
スタークがそう言うと、リクも大きく頷く。
「向こうのお話も聞きたいな!」
そしてお茶会が決まった。
「へぇ…!じゃあ、王太子は廃嫡で大公の長男が国王の養子に?ふーん、大変だったんだね。」
リク専用のウサギが描かれたマグカップを両手で持ち、土産の紅茶を飲むリク。
話題は天竜国での活動についてだった。
「相変わらずカサンドラ殿はやる事が過激だな。まさか炎帝として国に圧力をかけるとは。」
スタークは大柄なため、ティーカップがとても小さく見える。親指と人差し指で摘むようにカップを持つと、まるでおままごとに付き合う父親のようである。
「好きにして良いって言ったのは私だからね。全ての責任は私にある。もしこれで問題が起こっていたら、直接出向かねばならなかったかもしれないね。でもそれは、アイルとカリンがしっかりカサンドラの手綱を握ってくれたようだよ。本当に、私は家族に恵まれているよ。」
やはりティーカップを持つ姿が一番映えるのはヴェルムだろう。窓から入る陽光が、ヴェルムの白銀の長髪に反射しキラキラと光の粒子が舞う。
それは一枚の絵画から飛び出したかのような幻想的な雰囲気を持っていた。
「カサンドラ殿は古くからの家族である事を我が主人はお忘れのようですなぁ。」
ほっほ、と笑いながらその幻想的な雰囲気をぶち壊すのは、ヴェルムの専属執事の一人、セトである。
彼は一人立っており紅茶のお代わりや茶菓子の提供など常に動いている。
「そういえばヴェルム様。カサンドラさんはヴェルム様の、建国前からの家族だと伺いました。」
執事は主人や来客と席を共にする事はない。だが、今回はアイルの土産と土産話が主であるため、同席しなさいとセトに言われて座っている。アイルはリクよりも身長が少し低く、まだ子どもの容姿である。だが、その表情は無表情が標準装備で、その容姿に無表情で紅茶を飲む姿は、どこかチグハグさを感じさせる。
「おや、言っていなかったかな。そう、カサンドラはグラナルド建国前、様々な部族を保護吸収していた頃に出会ってね。初代国王がまだ街の長だった頃の話だよ。彼女は部族長の娘でね。街を護る魔法隊の一人として活躍していたんだ。あの化粧は、彼女の出身部族の戦装束の一つなのさ。昔は自身の血で施していたようだけどね。その方が強くなるみたいで。」
スタークとリクが、へぇ〜、と少し驚いた表情を浮かべる中、アイルは無表情を保っていた。もしかしたら、カサンドラから聞いていたのかもしれない。
「血を媒体にして魔法の強度を上げるのか。身体強化などは特に強化されそうだな。」
スタークが呟くように言うと、その呟きを拾ったリクが首を傾げる。
「それって、自分の血だから強いんだよね?血に入ってる自分の魔力が反応するってことでしょ?」
呟きを拾われた事に驚く事なく、スタークは頷いた。
「おそらく。実際、魔剣などは自身の血によって使用者を限定し、そうする事で魔法使用の触媒にもなると聞く。」
ダンジョンで稀に発見される魔剣。他にも、魔剣を打つ事が出来る鍛治師などがいる。しかしどちらも少数で、魔剣を持つのは高ランク冒険者や、金に物を言わせた貴族などが殆どであろう。
「じゃあさ、もし団長の血でそれをやったら?そもそも、血継の儀を受けてる時点で竜の血が混ざってるんだよね?なら今自分の血でやっても、すごい事になるんじゃない?」
スタークが固まった。アイルも若干目を見開いている。
誰もが黙った瞬間セトの、ほっほ、という笑い声が響く。そしてそれに遅れてヴェルムの静かな笑い声が聞こえた。
「流石に誰か気づくかなと思ったけど、やっぱり気づいたね。そう、彼女が今あの化粧を血でやらない理由は正にそこなんだ。自分の血でやると魔力の通りが良くなりすぎて身体が発火するんだよ。本人は熱くないらしいんだけどね。目立つし周りが熱いし良い事ないから封印しているそうだよ。」
ヴェルムの言葉に、疑問を呈したリクも固まった。身体が発火するほどの身体強化など聞いた事がない。それだけカサンドラが火属性に偏っているという事なのだろうが、魔力量も魔力の質も、どちらも通常の人より遥かに多く高いと容易に想像がつく。炎帝と呼ばれるのも伊達ではないのだ。
静かになった部屋に、ほっほ、という笑い声が響く。
「カサンドラ殿は儀の二日後にあった戦いでそれを使用しましてな。皆驚いたものです。突然味方が燃え出して敵陣に突っ込むなど、あれ程鮮明に覚えている戦いもそうは御座いませんな。何より大変だったのはその後でございまして…」
「セト。流石にそれ以上は彼女の黒歴史だよ。」
「失礼しました。」
主従のやり取りに首を傾げる三人。しかしリクだけすぐ分かったようだった。
「団長?それってまだドラグ騎士団ができる前だよね?」
確認するようにヴェルムに問うリク。ヴェルムは飲んでいた紅茶を口から離し頷く。
「てことは、まだ隊服とかもこんな高性能じゃなかったんだ。」
その一言でスタークとアイルにも答えが分かった。
現在の五隊や零番隊が来る隊服は、魔物由来の素材で作られた特注品であり、服としては世界最高の技術で作られている。滅多な事で切れず、水を通さない。衣擦れの音も殆どしない上、燃えない。
これらの機能は団員の着る団服も同じであるが、隊員の着る隊服はそれに制作科の渾身の魔法付与が為されている。
元々は国内での災害救助などの使用に耐えられる服をコンセプトに作られた。
大陸中で素材を探し集め、やっとのことで完成したのは百年ほど前。
ドラグ騎士団の団員も記憶に新しい者が多い。
それからも改良を続けられた隊服団服だが、昔はそんな物はなかったのだ。普通の鎧で戦いに赴いていた。
それは当然、切れるし水に濡れるしガチャガチャと音はするし高温なら燃える。
カサンドラは戦場で全てを燃やし尽くした。
仲間内しか見ていなかったのが幸いだろう。
余談だが、ドラグ騎士団員は全員、団服やそれぞれの所属する制服を必ず着て過ごす。そして、それを愛用する道具のように大事に使うのだ。剣士は己の愛剣と同様に。料理人は包丁のように。
その理由は、素材となる一つの鱗が理由だ。血継の儀を受けると新たに渡される団服や隊服などの所属先の制服には、黒竜の鱗が一枚使用されている。
これはある魔法付与のための触媒となっており、団員の命を護るためのものだ。
その魔法は守護魔法。装備者に命の危険が迫った時、瞬時に本部へと転移させる魔法。
家族の命に勝る物なし、という団長の意向で付与されたその魔法は、団員たちにとって父であり兄である団長への感謝の気持ちを爆発させるに足る物だった。
ヴェルムとしては団員全員に渡したいのだが、そもそも血継の儀を受けずに隊員になるような者がいない事、平の団員は命の危険が迫るような場に出向かない事などが理由で、団員全員からの反対を受けこのような形になっている。
そのため、寝る時以外は制服を着る、という者が多く。休みの日にも団服で出掛ける者がいるため、私服を着なさい、と謎の命令が出る程だった。
どんなに部屋が汚い者でも、制服だけはキチンとハンガーにかけて眠る辺り、団長への深い尊敬と敬愛を感じる。
それについてヴェルムは恥ずかしい思いをしているようだが、同時に嬉しくもあるのだろう。
その証拠に血継の儀の後、嬉しそうに制服を着る者を見るヴェルムの目は、どこか嬉しそうに細められているのだから。
お読みいただきありがとう御座います。山﨑です。
本作品にお立ち寄り頂いております皆様のおかげをもちまして60ページを越えました。本当に感謝、感謝で御座います。
GWは本業で大移動の仕事に御座いますので、更新が出来るかも分かりません。
もしも万が一億が一、更新をチェックに来られる方がいらっしゃいましたら、ここで先にお詫び申し上げます。
ゆっくりゆっくりとではあるものの、物語も進んでおります。
それに従い、登場人物も増えております。作者自身が覚えきれるか分からないところまで来ておりますが、これからも執筆していければと思います。
本作品が皆様の日常の一つの華となりますよう。




