表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
闇竜と騎士団  作者: 山﨑
58/293

58話

「で?どうして間者をあんなに放ったかは答える気になったかな?」


石の街として有名な街の中央、その名に負けぬ立派な石造りの城の奥。

城主が生活する空間で、寝室となっている部屋に侵入者が三人いた。

侵入者たちは城主が着替えのために寄った寝室で城主を捕え、遮音結界を張った上で尋問をしていた。


「ふむ、答えぬならば用はない。首を落として次に行きましょう。」


抜いた長刀を城主の首に添えていた男がそう言うと、城主はあからさまに慌て出した。自身の首と胴が永久に別れを告げそうになっているのだ。仕方ない。


「ん?話す気になったの?偉いね。ほら、話してごらん?」


子どもにしか見えぬ女性にそう言われるも、城主は未だに口を閉ざしていた。

しかし、首に添えられた長刀が少し動き、首の皮に切れ目を入れる。ツゥ、と垂れた血の感覚が首から皮膚を伝って脳に伝える。


観念したのか、城主は事の経緯を話し始めた。




「なるほどね。それなら納得がいく話ではある。でも、いくら自家の衰退を防ぐためとはいえ、他国に迷惑をかけるのはいただけないなぁ。ここは国境に一番近い街。君がいつまでもここの領主に就き、これからも僕たちの話を聞いてくれるならその首は繋がったままだよ。どうする?」


優しげな表情をした男がそう言うと、城主は小さくも確実に何度も頷いた。

動きが小さいのは、長刀がこれ以上首の皮を裂くのを避けたいからだろう。


「では交渉成立だね。普段はいつも通りで構わないよ。それに、君がここにずっといられるよう取り計らっておいてあげる。僕らやその関係者が来た時だけ言う事聞いてくれれば良いからね。ただ、反抗の意志が見えたら君の家族を含めた全てに消えてもらう。それだけは覚えておいてね。」


物騒なことを笑顔で言う男に、城主は震えを必死に抑えながら頷いた。

そこでやっと長刀が首から離れると、城主は力尽きて倒れる。既に意識はなかった。失神したようだ。


「じゃ、引き上げようか。次の目的地は東の国大陸側最大の街だよ。美味しいもの売ってるかな?」


呑気にそう言う男に、他の侵入者二人も笑いながら追従する。

石の街を含む一帯の領主はこの日からしばらく、部屋から出てこなかったという。











東の国が大陸へ侵攻して数十年経つが、大陸東部の海岸の一つに、出来たばかりの巨城があった。

東の国本島の築城技術で造られた要塞とも言える程の防御力を持ったその城は、壁という壁が全て白に塗られており、もし壁を伝って侵入する者があれば、夜であろうと直ぐに見つかってしまう程の、驚きの白さを纏っていた。


この白の塗料は、言わずもがな魔物素材である。とある虫型魔物の出す粘性の液体に石灰やら細かい分量で様々な素材と混ぜ合わせると出来る。


この技術は東の国本島の技術であり、他国と貿易を率先して行わない東の国は、ある意味独占に近い形で有していた。


そんな技術を惜しげもなく使用したこの巨城は、本島から渡る同胞に、そして万一攻め込まれた時は敵に、東の国の国力を見せつける重要な拠点となるのである。


「結局グラナルドに有効な手は打てなんだか…。彼奴、どの家の者だったかの。まぁいい、使えぬ者に用はない。消しておけ。」


天守閣には本島から派遣された皇族が住まう。東の国は皇家一族が治める国で、この世界の神である天竜の生まれ変わりである一族が皇族、とされている。


よって天竜国ドラッヘとは根本的に相容れない関係だが、物理的にかなり距離があるため、仮に東の国が積極的に大陸と交易していても、天竜国とは関係を持っていなかったであろう。


「承知しました。ですが殿下、彼奴は最近家を継いだばかり。子はおりませんので家は断絶になりますが、宜しいのですか?」


東の国は皇族と華族によって政を行う。勿論、力ある華族とそうでない華族が数多存在する。華族が本島から出る事は滅多にない。代わりに派遣されるのは華族に仕える大名だ。

大名は大陸諸国で言うところの将軍にあたり、華族は貴族といったところだろう。


「ん?そうであったか?あまり華族を減らすのは陛下より注意を受けるであろうな。ならばお主がなんとかせい。失敗してばかりの者を抱えておく程、我が国は甘くない故。」


東の国も天竜国も、天竜を崇めるという点では同じである。しかし根本的に違うのは、天竜自体を崇めるのが天竜国であり、天竜の生まれ変わりである天皇を崇めるのが東の国だという事。

天皇が崩御する度、次の天皇に天竜の魂が宿るという考えなのだ。


その血族である皇族たちは、天竜の一族であるとされる。故に絶対的な権力を持つのである。


華族に至っては天竜の一族とはされないが、遡れば天竜の一族である皇族が興した家であるため、同じような扱いを受けるのだ。


「承知しました。こちらで彼奴の手綱を握りましょう。彼奴が治める石の街は、我が国になくてはならぬ街となっております。本島にいる華族の者も、石の街産の石加工品を安く入手出来るとなれば文句は言いますまい。」


東の国は大陸に攻め込むまで数百年の間沈黙を保ってきた。大陸の者はそこに国があるとも知らなかったのである。


突如軍船で大陸に乗り込んだ東の国の思惑がどこにあったのか、大陸諸国は知らないままである。

大陸の旧東の国を滅ぼした後も他の国とは積極的に交易しないその姿勢に、北の国を除く他国は困惑するしかない。


唯一多少なりとも交易がある北の国も、東の国の要求に合わせて交易をしているだけで、どのような目的があって大陸の北東部を支配しているのか分からない。


謎だらけの国である事は確かだった。


「うむ。我の手を煩わせるな。このような事はお主が先立って処理しておくものよ。」


そんな東の国と国境線で国土を分かつグラナルドと北の国は、東の国の動向を注意深く観察していた。

とは言っても、グラナルド王国というよりドラグ騎士団は東の国が大陸に攻め入る前から本島に零番隊の部隊を置いているため、比較的速く情報が手に入る。


既にこの新設の巨城の見取り図ですら入手済みという速さであった。


「誠、殿下の懐の深さに痛み入る日々に御座います。決して今後はお手を煩わせる事の無い事をここに誓わせていただきまする。」


アベルが率いる部隊が既にこの港町に入り込んでいるのも、ドラグ騎士団ならではのスピードであろう。

彼らは巨城が出来た事で港町から城下町へと名を変えたこの街に、様々な方法で入り込んでいた。


商人、冒険者、田舎からの士官を目指した学生。実に様々である。


そしてこの巨城の情報を集め、作戦の実行の時を待つ。

城主である皇族の男は、じきに選択の時を迎える。











ある日の夜中。城下町は静まり返り、居酒屋ですら閉めようかという時間。

通りを歩く者は無く、漏れる光は酒を提供する店か花街のみ。


既に客引きの者も立っていない通りを、静かに歩く者たちがいた。


「部隊長、全員配置につきました。」


フードを深くかぶった二人組である。片方が小声で言うと、もう片方は頷いた。

それを合図に二人は音もなく駆け出す。途中、飛び上がったかと思えば店の屋根を駆けていた。


しばらく走って着いたのは、最近まで港町と呼ばれていたこの町の呼び名を城下町へと変えた理由である、巨城だった。


「予定通りに作戦を開始するよ。各自時計を合わせて。」


部隊長と呼ばれた男が小さな声で言うと、隣に立つ男が頷いて魔法を使用する。どうやら念話魔法のようだ。


その念話は部隊長にも聞こえてきた。


"傾聴、作戦は予定通り。これより時計合わせを行う。……五、四、三、二、一。作戦開始はこれより三分後。各自警戒せよ。"


部隊全員が身につける時計は、ドラグ騎士団制作科が心血注いで作った特注魔道具である。

グラナルド王国に普及しているカラクリ仕掛けの時計とは、基本構造は同じだが動力が違う。魔石を使用する物は貴族も所持しているが、ドラグ騎士団の物は装備者の魔力を使うのだ。


これは魔法先進国であるグラナルド王国でも未だ開発されていない技術で、団長であるヴェルムによって公開が差し止められているものである。


よってこの時計は五隊以上の隊員のみに支給され、ただの団員である騎士たちには支給されていない。数がないという理由もあるが、自分の身を守れる者でないと渡せないという理由もある。


そんな時計は様々なデザインが存在し、この部隊の者は比較的懐中時計タイプを好む。腕時計は戦闘の邪魔になるからだ。


部隊長も懐中時計型を使用しており、念話と共に時計を見た。といっても、特にズレは存在していなかったため、眺めるだけではあったが。


「作戦開始だ。行くよ。」


時計を眺めながら過ごした三分が終わると、部隊長と男は静かにその場から消えた。


本日はアベル率いる部隊の作戦決行の日である。







ドサッ。


城内を歩く巡回の兵が倒れる。そのまま隣にある部屋に引き摺られていった。


「音を立てすぎだ。下手くそ。」


汗を拭いながら兵が消えた部屋から出てきた男に、小声で叱責が飛んだ。

それまで一仕事終えたとばかりにやり切った顔をしていた部隊員は、ム、と眉間に皺を寄せた。


「しょうがないだろ。俺もお前もこういうの向いてないんだからさ。こんなチマチマした作業は得意じゃないし。」


すると叱責した方の部隊員は呆れた表情を浮かべつつ苦言を漏らす。


「それはそうだがな。もう少し気をつけるとか…」


しかし最後まで言う事は出来なかった。口を閉じ首を傾けると、首が先ほどまであった空間を何かが通り過ぎた。


「ほら見ろ。お前が騒がしいから見つかっただろう?」


「なに言ってんだ。お前の声がデカいからだろ。」


二人して言い合うが、叱責されていた方の部隊員の手には刃の部分が何かで濡れた苦無が握られていた。


それの鼻に近づけ匂いを嗅いだ部隊員が、うへ、と言いながら顔を顰める。


「トリカブトとはまぁベターだね。ナンセンスとも言うか?」


そう言って苦無を投げ捨てる部隊員。二人の視線の先には、目元以外を覆う頭巾を被った如何にも不審者といった格好の者がいた。


「俺知ってる。こいつ、忍者ってやつだろ?色々流派があるって話。」


「あぁ、あれか。里丸ごと人殺し集団の気違い野郎の集まりだろう?その癖主人がいないとなにも出来ない自主性のない奴らだって話だぞ。」


二人はなんて事の無いように話すが、警戒は解いていない。二人の話を黙って聞いている相手も、二人に隙が見当たらないため様子を窺っていた。


「そうなの?意味わかんないな、忍者って。でも技は色々知ってるぜ。あと、死ぬ時は拷問されないように自害するんだってさ。どうする?捕まえる?」


「いや、今回は侵入者はこちらだ。さっさと片付けて進むぞ。」


叱責していた方の部隊員の言葉で、その場の緊張が一気に高まる。


先に動いたのは忍者の方だった。


どこに隠し持っていたのか、先ほど投げた苦無と同じ物を取り出し、逆手に持って急襲する。

しかし、その行動が予め分かっていたかのように部隊員が動く。気付けばいつの間にか接近しており、その手には短剣が握られていた。


忍者が認識出来たのはそこまでだった。


忍者の胸から短剣を引き抜く部隊員。彼の肩が激しく上下している。


「おいおい、俺がやるのによ。あんたがやると疲れるだろうが。この先でお荷物になるなよ?」


先ほど投げ捨てた苦無を拾い、忍者の脇腹に刺しながら言う部隊員。まだ息があった時のために保険として刺しただけだが、その行動はあまりに非人道的であった。


「すまん。だがお前の得物じゃあこの場所には不向きだろう。俺がやった方が確実だと思った。あと、トドメ、助かる。」


ついさっき叱責していた声とはまるで違う、弱った声を出す部隊員。責めるつもりではなかったもう一人の部隊員も、眉尻を下げるだけで何も言わなかった。


二人は少し休んでから城内を進む。刹那の戦闘があった部屋には遺体も含め何も残っていなかった。











「ふむ。拙者達が一番乗りか。これは都合が良い。ルル殿、行きましょう。」


源之助とルルのペアは目的地に到着していた。ここを目指しているペアはまだ他にもいるが、まだどのペアも到着していないようだった。


予定では先に着いたペアが乗り込むとなっているので、二人が乗り込むのに何の問題もない。


頷くルルを見て、源之助は静かに襖を開けた。


「誰だ。」


襖を開けるのに音は立っていない。しかし、物が動く気配を感じたのか、中にいる人物から声がかかった。


「ほう、我の部屋に無断で入るは侵入者か。警備も忍も使えぬ者ばかりであるな。しかしなんだ、ここまで来れたという事は余程の手練れであろう。顔を見せよ。」


侵入者と分かっていながらも自身の優位を疑わない気丈な態度に、源之助とルルは首を傾げる。

どの様な城主も、自身の寝所まで入られれば取り乱すものである。


「なんじゃ、黙っておらんで入ってこい。我を待たせるつもりか?この期に及んで部屋を間違えたなどと宣うなよ?ほれ、早う入ってこい。」


その声は若い男のものであったが、これほど恐れを抱いていない者は見たことがない。若干混乱しながらも、二人は部屋に入り襖を閉めた。


「顔が見えぬではないか。少し待て。今灯りを…、そうじゃ警備が来ぬということは側仕えも来ぬということか。済まぬな、灯りは無しじゃ。そもそも刺客なら顔は見えん方が好都合か?まぁいい。で、誰の差し金だ?」


頭が回るのか回らないのか。とても侵入者が来たとは思えぬ態度だった城主だが、侵入者を差し向ける者を問う声は低く冷たい声だった。


「ふむ。黙ったままか。理由もわからず殺されるつもりはないのだが。そもそもお主ら、我が皇族と分かってやっておるのか?我を害せば一族郎党皆死刑ぞ?他にも、友人知人、様々な者が死ぬ事になる。そこまでして仕える主人か?」


その言葉もルルは黙って聞いていた。しかし源之助は黙っていなかった。


「皇族か。天竜の生まれ変わりなどと宣って民を騙し、自身では何も為せぬただの象徴に、我が主人を侮辱されるとはな。」


ルルは源之助の袖を引っ張って止めるが、源之助は止まらなかった。立ち上がり一歩ずつ皇族の男へと近付く。垂れ幕一枚を挟んで向き合う形となった二人。源之助は兎も角、皇族の男は暗くて見えていないはずなのに目が合って話しているように感じていた。


「ふむ。其方の忠誠心は見事よの。我もその様な忠臣を得ていればこの様な所におって侵入者の主人を羨む事などなかっただろうな。いや、そもそもあの様な無様な兄を持った事が全ての始まりであったか。あの様な皇族の恥は既に兄ではないが、それでも恨めしいものじゃ。」


皇族には皇族の悩みがあるようだった。

しかし源之助にはそのような事は関係ない。これ以上の問答は無用と、その腰に帯びた長刀を抜いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ