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闇竜と騎士団  作者: 山﨑
54/293

54話

「号外だよー!我らがグラナルド王国軍は既に二国を降伏させ、更に南進中!中でもファンガル伯爵の軍は快進撃の真っ最中だ!さぁ、詳しく知りたい者は号外を買っておくれ!お、一つだね?鉄貨二枚だよ!」


グラナルド王国首都アルカンタでは、南方戦線に関する号外が飛ぶ様に売れていた。


流石に貴族街で売る事はしないが、号外の売り手は市民街や町民街、商業区、職人街まで出向き売り捌く。何人もの手で売り歩くため、その日の午前中には号外の内容を知らない者はほとんどいなくなっていた。


アルカンタに住む国民は皆、浮かれ騒いでいた。その様子はまるで、祭か何かのようであった。

気が早い者は"祝・戦勝記念"と掲げた店で飲めや歌えやの大騒ぎ。

ただでさえ人手が足りないドラグ騎士団が、巡回を増やす羽目になった。




「いやぁ、分かっちゃいたけどキツいね。四番隊まで巡回増やす事になっちゃったし。最近全然休みが取れないよ。」


巡回を終え本部に戻った一番隊隊員が同僚に言う。その同僚も巡回を終え帰ってきたところのようで、二人とも疲れた顔をしていた。


「そりゃ、どこの隊もそうだろ。俺たちはまだ首都だから良いのさ。辺境やらに行ってる三番五番の奴らに比べりゃ天国さ。」


互いにそこは分かっているのだろう。自分たちよりも過酷な環境にいるであろう二隊の隊員たちを思い浮かべて苦笑した。二人が思う事は一つである。

"あいつらが帰ってきたら労ってやろう"











「こちらモモンガワン。異常なし。」


「こちら栗鼠スリー。同じく異常なし。」


グラナルド王国東部の国境付近。ここは大きな河川で国境が分たれており、グラナルド王国側は肥沃な大地と森林があった。

河川の幅は岸から対岸までおよそ六十メートル。大陸最大級の河川である。


泳いで渡るなど不可能なほどに深く、流れが急であるため、そちらの心配は普段はいらない。しかし、今は戦時中である。

警戒してもし足りないというのが現状だった。


事実、既に不法入国者がこの数日でかなり増えており、この国境を見張る三番五番混合の中隊が、その全てを捕縛していた。


「三番隊のその可愛いチーム名はどうにかならんのかね。報告を聞くたびに気が抜けそうになる。」


眉間に皺を寄せながら報告を聞き、ついに我慢できず愚痴が溢れた五番隊隊員。彼は今回の臨時中隊の副中隊長である。


「あら。うちの隊の呼称をバカにしてるの?あれは隊長が決めたの。それも全ての小隊に隊長自ら、ね。その小隊にいるテイマーが使役している動物だったり、隊員がその動物に似てるからとか色んな理由だけどね。でも私たちは隊長がそう思ったならそれで良いと思っているわ。それに、分かりやすいでしょう?地図にもこうやってモモンガ隊が担当の場所はモモンガのシールを貼ればいいのだもの。簡単よ?」


そう、可愛い呼称はリクが付けた呼称だ。それを誇りに思っている隊員たちは、それをバカにされると怒る。それはもう激しく怒る。

今回の中隊長はそこまでではないようだったが、それでも気分を害した様子なのは見て取れた。


「…悪かったな。うちはそんな可愛い呼称はしないからな。ちょっと羨ましかっただけだ。まぁうちでやっても恥ずかしいだけだからやらんが。」


隊長が決めたと言われては素直に謝るしかない副中隊長は、軽く頭を下げて謝罪した。

それに満足したのか、中隊長は薄い胸を張って勝ち誇った表情を見せた。


そんなほのぼのとした?司令部に緊張が走る。

それは担当地域に散っている隊員からの報告だった。


「報告!C地点より侵入者!数は六!内五名は武装あり!」


侵入者や不法入国者は様々な方法で来る。商人を装って国境を堂々と越える者。河川を魔法を使い渡ってくる者。小舟で渡ってくる者など。


今回は魔法を使って強行してきた者たちだった。


「モモンガとインコは周囲を警戒!オセロットだけで対処出来るならしなさい!無理そうならこちらの援護を待ちなさい!」


今回、制作科の試作品である通信魔道具が間に合ったため、国境線を警戒する中隊にはそれぞれ一つずつ配られている。

これは、念話魔法をその場で音声として複数人に聴かせる事が出来る物で、本体である親機と、隊員達が持つ子機とで場所を確認せずとも念話が送れる様になるというものである。

司令部ではこの親機から聞こえる報告を皆が聞いている、という訳である。


その親機から侵入者発見の報告が聞こえると、中隊長は直ぐに親機のマイクに向かって声を張る。

こういった指示が淀みなく行える事が、彼女が中隊長に抜擢された理由だろう。


中隊長の指示が飛ぶと、直ぐにモモンガ隊、インコ隊、そして報告して来たオセロット隊から返事が届く。


中隊長はそれから直ぐに休んでいる小隊に指示を出す。


「今直ぐにC地点へ。捕縛が終わっていればそのまま侵入者を連れて戻って来て。まだなら加勢してちょうだい。」


指示を受けた小隊員たちは直ぐに音もなく飛び出して行った。


司令部を置いているのは国境付近の森林で、その中央付近にある狩猟小屋である。

と言っても、この小屋が狩猟小屋として使われた事はない。それもそのはずで、そもそも日頃から三番隊や五番隊が国境を警戒するための拠点として建てられているからである。

司令部からC地点までは、隊員が急げば五分ほど。それまでに決着が着くかどうかは相手の力量次第だろうか。


三番隊と五番隊は普段から合同で訓練を行っているため、今回のように小隊毎に分かれる際も三番隊二人、五番隊二人で小隊を作る。これは、どのような環境でも索敵を行えるようにするためだ。風と地、どちらの探査魔法でも見つけられない者はほとんどいないからである。互いの弱点を上手く補うためにこの制度が採用されている。







「グラナルドは国境の監視が厳しいと聞いたいたが…。思いの外すんなりいったな。やはり戦時中は人手が足りぬか。」


そう呟いたのは、たった今魔法による強行軍で無理やり河川を渡って来た不法入国者の一人だ。この者だけが武装しておらず、他の五人は旅装に武装という冒険者のような出立である。


「そりゃあ、アンタは運ばれただけだからな。こちらは命懸けで魔法を使わされてんだ。帰ったら報酬は弾んでもらうからな。」


やっと息が整ったのか、それでも青い顔をしている細身の男がそう言った。どうやら、雇い主と雇われ者の関係であるらしい。


「ふむ。冒険者如きが私に意見するのか。帰ったら褒美ではなく罰が必要なようだな。」


どうやら見た目通り冒険者であるらしい。魔力が少なくなり立っているのがやっとの男には、それに言い返す力は無かった。


直ぐに移動を開始しようと言う雇い主に対し、四人の男が止めに入る。魔法の使いすぎで動けない者が庇われる形となっているのは、この五人がパーティメンバーだからだろう。

動けないならば置いていけばいい、と言う雇い主の意見に、帰りもこいつがいないと帰れない、と返す冒険者たち。

その意見には肯定の意思を見せた雇い主は、近くの倒木に腰掛けた。


雇い主は、腰掛けてから目の前の冒険者達が一人足りない事に気付く。


「ん?槍使いはどうした。私に断りもなく離れたのか?…これだから冒険者というのは信用ならないのだ。護衛対象を放ってどこかへ行くなどあり得ないだろう。」


雇い主の言葉に苛立ちを見せた冒険者たちだったが、確かに槍使いの仲間がいない。不審に思った冒険者の一人が、大声で呼びかけようとするが、それは仲間の手によって阻止された。


「バカ!大声を出したら国境警備に見つかるだろ。よし、お前達二人で周囲の索敵と捜索だ。あいつが無事に戻ればそれで良いが、お前達も必ず二人で行動しろ。油断はするな。ここは既に敵地だ。」


リーダーらしき男から注意を受けた後、指示を受け神妙な面持ちで頷く冒険者二人。

二人は互いを援護しやすい位置に捉えながら離れていった。


「何故ここを離れさせた!私の護衛はお前一人でやるのか?いざとなったらその使えん奴は囮にする。良いな?」


これにご立腹だったのが雇い主だった。しかし、冒険者からすればメンバーの命こそが最重要なのである。突然消えた仲間を探さない訳にはいかなかった。




「遅い!あいつらは何をやっている!全然戻ってこないではないか!」


まだ二人が離れて五分と経っていない。しかし、雇い主はここを移動したくてしょうがないようだった。

これ以上は抑えられないと考えたリーダーらしき冒険者は、魔力切れの仲間に確認をとった。


「大丈夫か?もう動かないと、これ以上騒がれては敵わん。お前が動けそうなら動くぞ。一応、あいつらに向けて向かう先を残していく。」


魔力が少ない中でも雇い主のヒステリックな言葉を聞いていたのであろう。震える膝に力を入れて立ち上がった。

リーダーらしき冒険者はそれを見て、悪いな、と一言だけ声をかけた。それに首を横に振る事で答えた冒険者の顔は、まだ青かった。







「援護に来た。どうなっている。」


侵入者が何故か騒いでいる所を見張っていたオセロット小隊の一人の耳元で小さな声が聞こえる。

三番隊に所属する彼は無詠唱で風の結界を張った。


「奴らは魔力感知に優れていない様子。音を遮断しておりますので口頭での報告になります。」


そう言ってから一呼吸開け、報告を始めた。


「既に侵入者六名の内三名は捕縛済み。残りの三名はあちらですが、一名は魔力切れの模様。そして一名は戦闘能力が皆無のようです。よってあの一名を捕縛すれば後は直ぐなのですが。人手が足りずに手をこまねいておりました。援護感謝します。」


その報告を受け援護に来た小隊は揃って頷いた。

それから小隊長がハンドサインで作戦を提示し、小隊は散っていった。


唯一戦えそうな冒険者が、魔力切れを起こしている冒険者に話しかけて立ち上がらせる。そして何やら話しているようだったが、二人の冒険者の視線がもう一人の偉そうな人物から逸れた瞬間。後ろから口を押さえられ魔法によって眠らされた。そして音もなく森の中へと消えていく。


二人の冒険者が、偉そうな人物が消えた事に気付く。唯一戦えそうな冒険者が、偉そうな人物がいた場所へと駆け寄る。そして辺りの藪を掻き分けて探すが見つからない。そして魔力切れの冒険者のいる方へ振り返った。

しかし、そこには誰もいなかった。


「な…!おい、どこへ行ったんだ!返事をしろ!」


そう叫ぶと共に、その冒険者の意識は闇に沈んだ。











「やっほー!みんな元気?なにか変わった事ある?」


司令部にリクが尋ねて来たのはその日の夜だった。

まさか隊長が尋ねて来るなど考えてもいなかった中隊長だったが、その後ろにひっそりと立つアイルを見て納得した。転移魔法で来たのか、と。


「お越し頂き有難う御座います。我らが戦時体制に入り二十四回、侵入者がありました。全て捕縛済みです。想定よりも多いため、移送のための飛竜を頼んでいるところです。現段階で分かっている事はこちらに纏めてあります。ざっくり纏めると、侵入者のほとんどは東の国からです。小国郡の別働隊がこちらの内から混乱を引き起こそうと河川を登って来たこともありましたが、それは指揮官を除いて全て河川に船ごと沈めました。」


リクは報告書の類と難しい言葉が苦手で、いつも副官に噛み砕いて音読してもらう。それを知っている中隊長は最後にざっくりと纏めた。


その報告に満面の笑みを見せたリクは、膝をつき頭を下げる中隊長の頭を撫でた。


「よしよし。よくやった、褒めて遣わす!来週には交代だから、それまで気を抜かないように!」


少女の偉そうな態度に地面を見たまま蕩けそうな笑顔の中隊長。周りにいた三番隊隊員は、揃って羨ましそうな顔をしていた。

対照的に五番隊の隊員たちは、若干の呆れ顔であった。


それからリクは休んでいる小隊の全てを周ってからアイルと共に転移魔法で帰って行った。

折よく隊長からお褒めの言葉をもらえた三番隊隊員たちのやる気は天井知らずだ。任務が始まって一番集中が切れるこのタイミングで、アイドル兼隊長のリクが来た事は最高の結果を齎した。

その辺りの管理は全てリクの副官がやっているため、リクは指示通りにこちらに顔を出しただけである。そんな事は全ての三番隊隊員が分かっている事のため、むしろ副官には感謝しているようだ。


五番隊の面々も、リクが来て嬉しそうな顔をする者が多い。

リクは全ての隊に愛される存在だった。

流石に三番隊の様に親衛隊のような事はしないが、それでもリクの慰問に気合を入れ直した五番隊隊員も多かったようだった。


次の日からの警戒任務も、滞りなく行われた。


号外に載るような南方戦線の華々しい戦果ではなく、こういった影の戦いこそ国の命運を分ける。

彼らはこの仕事、この役回りに誇りを持っていた。

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