53話
「ひゃっはー!オラオラ、退けー!」
「うっし!敵将討ち取ったり!ってな!」
「ほらほら、指揮官はもういないよ〜?早く逃げなきゃ〜。」
戦争というのは始まる前に行末が決まるという。
確かに、大陸最強の騎士団であるドラグ騎士団の、その中でも最強の零番隊がいるのだからそれはほぼ確定と言って良いほどだった。
たかが一部隊と思う者は既にこの世にいない。そのたかが一部隊に殲滅されてしまったからである。
零番隊の一部隊、通称極道隊によって殲滅された軍は数多。今回の戦争でも極道隊によって指揮官を討たれ瓦解した部隊は既に両の手では数えられなくなっていた。
「オラオラ!逃げんじゃねぇぞ!立ち向かって玉砕しろ!」
「お?かかってくるのかい?良い心がけだね。せめて苦しまずに逝かせてあげるからね。」
「あぁん?一丁前に魔法を使うのか?ならこっちも魔法で潰してやるよ!」
零番隊は表立って存在する五隊とは違い、世界中で暗躍する隊である。
ドラグ騎士団としては、別に零番隊の存在を隠しているわけではない。その証拠として、零番隊の隊服がある。
五隊はそれぞれ属性を示す差し色を入れているのだが、零番隊はトップであるヴェルムの髪を象徴とし、白銀の差し色が入る。任務で所属を明かせない時は着用しないが、本部や各地の支部に行く際は着用している。
今回の戦争では極秘に手を貸している。傭兵団としての参加のため、極道隊で普段使用する揃いの服を着用しているのだが…。
残念ながらこの部隊にはまともに服を着用するという発想の者はいない。いや、一人だけいる。副部隊長である。
むしろ彼しかいないため、逆に部隊内で浮いているのだが。
そんな極道隊の活躍もあり、既に小国郡の内、一国は降伏を表明している。そうなっては極道隊は一切関わる気はない。彼らは次の戦場を求めて突き進んだ。
途中、グラナルド王国軍の再編成などで時間を取られると、極道隊は明らかに雰囲気が悪くなる。
よって極道隊が集まる天幕には誰も近付いて来ない。
しかし、偶にその雰囲気をモノともせず極道隊が集まる天幕に近寄る猛者がいる。
今日も快勝、誰がどれだけ首級をあげた、などと盛り上がる極道隊の天幕が集まる場所に、煌びやかな鎧を纏った細身の男が、これまた煌びやかな鎧を纏った護衛たちを引き連れ訪れた。
極道隊は普段から陣営の端に天幕を張り、周りの部隊と関わりを持たない。
しかしこうして訪れる者がいるのは仕方ない事なのだろう。何をしに来て結果どうなるかは毎度同じなのだが。
「おいおい、帰る場所間違えた坊ちゃんがいるぜ。誰か坊ちゃんの天幕に案内してやれよ。」
ゲヒャヒャという下品な笑い声と共に野次が飛ぶ。それに怖気付いて帰るならまだ良かった。そこで逃げ帰れば嘲笑われるだけで済む。
部隊長のいる天幕の前まで来れた者は強面の集団に取り囲まれる運命だった。
そして、今回もそうなった。
「貴様ら、誰を取り囲んでいるのか分かっているのか?」
ある意味無法地帯のこの天幕周辺で、場違いな程煌びやかな格好をした貴族らしき男がそう口にすると、取り囲んでいる部隊員たちはドッと笑い声をあげた。
「こりゃケッサクだ!お貴族様の坊ちゃんが権力を傘に着るらしいぞ!ならこっちもその流儀に乗ってやれ!」
やいのやいのと騒ぐ部隊員に、貴族の男は多少たじろいだものの、なんとか堪えてまた口を開いた。
「私はグラナルド王国の子爵だぞ?貴様ら、この戦が終わったらグラナルドには足を踏み入れる事は出来ないと思え。」
言ってやった!と言わんばかりの表情で少しふんぞり返って言う姿に、部隊員は一瞬シンとなった後また爆笑の渦に呑まれる。そして部隊員にとっては追い風、貴族にとっては向かい風となる風が天幕から出てきた。
「おい、お前ら五月蝿えぞ。こちとら侵攻経路の計算をし直してるんだ。少しは静かに出来ねぇのか…って、誰だ?こいつ。」
カインだった。後ろからは副部隊長も天幕から出てきている。
「兄貴!この坊ちゃんが兄貴に用があるって来ましたぜ!」
部隊員の一人がそう声をあげると、カインはその部隊員に目をやった後、貴族の男に視線を向けた。
それをチャンスと見たか、貴族の男はその細い胸を必死に張って揚々と話し始めた。
「ふむ、貴様がこの部隊の頭か。中々の面構えだな。喜べ!この私、インフィルマ子爵の子飼いにしてやる。この戦が終われば私は伯爵になっているであろうがな。明日からの戦闘は全て私の指示で動け。そうすれば貴様らの地位も約束しよう。」
このように言いに来る貴族は今回の戦だけで既に五人目である。今回は少ない方だろう。理由は簡単だ。
「ほぉ?お前はファンガル伯爵に楯突くって事で良いんだな?よし。…おい!誰かファンガル伯爵の下にひとっ走りして伝えてこい!雑魚子爵が謀反を企ててるってよ!」
そう、今回傭兵団として参加した極道隊の表向きの雇い主はファンガル伯爵なのだ。
カインの言葉に、部隊員の一人が元気よく返事をして駆け出す。
一方貴族の男とその護衛たちは、カインの言葉がまだ理解出来ていなかった。
「な…!貴様ら、ファンガル伯爵の子飼いだったのか…?それなら何故それを言わない!伯爵もこの様な下品な者どもを重用なさるなどと…!おい、誰かあの伝令を止めてこい!」
なんとかそこまで言って、自身も慌ただしく天幕周辺から去って行った。
部隊員たちといえば、騒動の裏で行われていた賭けの精算が始まり更に賑わっている。
「はぁ…。こいつらほんとダメだわ。なんで俺が出なきゃあんな雑魚の処理も出来ねぇんだ。」
カインは頭を抱えながら天幕に戻る。
そもそも彼が頭を痛めている侵攻経路の計算のし直しも、部隊員たちが好き勝手に敵部隊を殲滅しているせいで敵がどんどん逃げ腰となり、極道隊の周りだけ敵がいないという状況が生まれたからである。
戦が始まってから十日ほど。未だ怪我すら一人もしていない隊は極道隊くらいのものである。
それは大変宜しい結果なのだが、部下は皆揃って態度が悪い。装備が揃っていなかったら、今頃盗賊と間違えられて味方から攻撃されていた可能性がある。
仮にそうなっても、部下たちはきっと嬉々として味方を斬るのだろう。
それが想像に難くないからこそ、カインは頭を抱えるのだ。
部隊の兄貴は今日も苦労している。一番苦労しているのは副部隊長であるが、そもそものキャパシティがカインとは大きく違うのだ。先に根を上げるのは今回もカインだろう。
「兄貴!そこの森でデッカい猪獲れたって!今日は猪鍋っすよ!」
カインのいる天幕に駆け込んでくる部隊員。
扉がある訳ではないためノックは出来ないのはわかる。分かるがせめて外から声をかけろ。
そう言いたくなる気持ちをグッと堪えて笑顔を作るカイン。
翌日、カインは全てのストレスをぶつけるかの如く敵陣を壊し尽くした。極道隊とは別の方向へ出向き、一人で暴れ回った。
それにより敵は早々に白旗をあげる。しかしそれは許されなかった。
カインの魔法により白旗はすぐに撃ち抜かれたのである。結局、カインが満足するまで白旗は何度もあげられ続けた。
グラナルド王国の南東部、東の国の民が未だ多く残る地に零番隊が来ていた。
街とは呼べないが村と言うには大きい、そんな規模の集落に入った零番隊。
極道隊の兄貴ことカインにそっくりの男と、小柄な女性の二人組だった。
「ねぇアベル?ほんとにここ?てか、ここは村?街?」
小柄な女性が男に問いかけると、男は苦笑しながら律儀に答えた。
「うん、本当にここだよ。それと、ここはまだ村。村が大きくなって、村とは言えない規模になってはいるけどね。まだ街になれないから村。」
ふーん、とあまり興味がなさそうな女性に、アベルと呼ばれた男は眉尻を下げた。
「お前たち他所もんか?何しに来た。」
明らかに外様である二人に声をかけてきたのは、農夫だった。中年のその農夫は、訝しげに二人を見ている。しかし、二人を観察するように見ているのはこの農夫だけではなかった。
周囲の家や畑からも絶えず監視の目があるように感じられる。
それが分かっていた二人は敢えてくだらない話をしていた。
「いえ、私たちはこの村の先の街まで行きたいんです。今日はここに泊めてもらえないかと思って立ち寄りました。宿はどちらにあるか伺っても?」
アベルが丁寧に頭を下げてからそう言うと、農夫の訝しげな表情が少し和らいだ。
「そっか、そりゃ悪かったな。こっから街までは少し距離がある。今日はゆっくりしてけ。」
そう言って宿の場所を教えてくれる農夫だったが、二人にはまだ監視の目が向けられている事に気が付いていた。
案内された宿でも同じで、ずっと誰かの視線を感じる。宿の食堂で夕食を済ませた二人は、すぐに部屋に戻った。
「いやぁ、やっぱり当たりだね。」
アベルが困った様に言うと、女性も頷いた。
「流石に部屋までは監視してないね。てっきり魔道具でも置いてあるかと思ったけど。」
「魔道具は高価だからね。本国から指示が出てすぐに動ける様に、お金は溜め込んでるんじゃないかな。」
「そっかぁ。でも、草なら支援は受けてるはずでしょ?脱税もしてるみたいだし、そんなに溜める必要ある?」
「それはほら、色々使い道はあるでしょ?いざという時お金があるとないとでは違うからさ。」
会話はポンポンと飛び交うが、二人してのんびりといしているため内容と話し方が若干ズレている。二人がそれでしっかりと話し合えるならそれで良いのだが。
「でもなんで毎回私が妹なの?たまには婚約者とか妻とかでも良いじゃない!」
何故か急に怒り出した女性に、アベルはいつもと変わらぬ笑顔で返した。
「君が婚約者や妻?僕を幼児愛好家にするつもりかい?僕だってまだ捕まりたくないよ。」
アベルのこの言葉に、女性は一瞬固まった後魔法を発動した。しかし、そのどれもがアベルには届かず途中で消える。それはアベルが相殺して消しているからなのだが、そんなことはお構いなしに女性は魔法を只管アベルへと撃ち続ける。
しばらく魔法を使って落ち着いたのか、女性は肩で息をしながら座り込んだ。しかし、アベルはまだ残る種火に油をなみなみと注いだ。
「君が可愛くて魅力的なのは認めるけど。残念ながら僕はロリコンじゃない。例え君が僕より何十も歳上でもね。」
折角落ち着いた女性がまた暴れだすまで二秒。