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闇竜と騎士団  作者: 山﨑
52/293

52話

「戦況はまずまずといったところのようですなぁ。」


執事服を見事に着こなす白髪の老人。その長い白髪を緩く後ろで束ねて流している。脅威度Aランクの蜘蛛型魔物が出す糸で作られた真っ白な手袋は、皺が寄らず汚れにくいため多くのものが求める。しかし、魔物の家畜化の研究が進む中この蜘蛛型魔物は既に家畜化を放棄されている。

理由は一つだが、その理由が最大の問題だった。

それは、その魔物が強すぎるという単純な理由だ。


脅威度Aランクというのは、冒険者ランクAの冒険者が一人で挑み、相性が良ければ倒せるといった位置付けになる。

パーティランクがAであれば、比較的余裕を持って倒せるだろうという範囲である。


魔物の家畜化は冒険者がする訳ではない。戦闘力など持たない者が魔物の世話をする関係上、強すぎる魔物の家畜化はまだ無理なのだ。


そうなると自然に、脅威度の高い魔物由来の素材から出来た物は高価になる。

そんな高級手袋を執事に渡せる貴族など一握りだろう。


そしてこの執事は貴族に仕える執事ではなかった。

そもそも、この手袋の素材になった糸を採取してきたのはこの執事本人である。


「そうだね。ファンガル伯爵が率いているのだから当然なのだけどね。極道隊は頑張ってるかな?」


執事の主人はニコニコと笑いながら机に肘をつき、両手の指を絡ませその上に顎を置いている。

白銀の長髪を組紐で軽く束ね、吸い込まれそうな漆黒の瞳を執事に向けている。


「彼らは既に敵陣深くまで食い込んでおるようですな。敵将もかなり討ち取っておるようですし。流石のカイン殿の部隊といったところですかな。」


執事がそう言うと、主人は嬉しそうに笑うだけで何も言わなかった。組んでいた手を離し、立派な革張りの椅子から立ち上がる。そしてベランダまで歩くと、眼下に広がる菜園を見渡す。


「こちらの問題はどうされますかな?」


外を眺める主人に別の話題を投げる執事。その手には何やら紙があった。


「あぁ、それはもう対処したよ。アベルが快く引き受けてくれたからね。」


主人は微笑みながら外を見たまま執事の疑問に返す。執事の手にある紙は報告書で、東の国の動向についてだった。


「ふむ。ご兄弟で事にあたっていると知れば、カイン殿は憤慨なさるでしょうな。今回の任務もアベル殿に認めさせるためと意気込んでおりました故。」


「あぁ、そうだね。きっと彼は怒るだろう。いつまであの態度を続けるのかは知らないけど、飽きずに付き合ってあげるアベルが少しだけ大人かな。」


カインに対する扱いがこの主従揃って酷いものではあるが、ここには二人しかいないため指摘する者がいない。


普段は訓練に励む騎士たちの姿が見える、訓練場側の窓に近づき外を見る主人。今はほとんど人影は無く閑散としている。


戦時下であるグラナルド王国全土を護るため、騎士団は出払っているのだ。首都アルカンタを護る者以外は他の貴族領に赴いている。もちろん、自衛出来る貴族たちは私兵にて守護しているだろう。しかし、首都以外にも国王直轄の領が存在する。そういった場所には自警団はいるが、騎士はいない。


どこから攻められても良いように警戒を続けるが、この際に普段は聞こえてこない地方の民の生活を把握しておこうという狙いもある。

今後の護国騎士団としての活動に活かすためだ。


どうしても騎士団を派遣出来ない場所には、零番隊が数隊送り込まれている。


「状況は既に動き始めておりますからな。良くも悪くも、大陸中を巻き込む事になる可能性があります故。未だグラナルドは周囲に仮想敵国が多いですからなぁ。まぁ今回の南方戦線が収まれば南を警戒する必要が少なくなるのは助かりますが。」


執事がそう言うと、主人は苦笑しながら振り返る。

まるで言いつけを守らぬ子供に言い聞かせるかのような表情で執事を見た。


「失礼。まだ先の話でしたな。しかし、あのお二人も戻ってくるとなればまた状況も変わりましょう。大きな問題は西と東。特に東は大変そうですな。」


失礼、と言いながらも悪びれた様子は一切ない執事に、主人は呆れ顔をつくった。


「未来の事は誰にも分からないよ。天竜である私にもね。しかし、出来るだけ望み得る未来を手繰り寄せる事は出来る。私はもう独りではないのだから。そうだろう?」


呆れ顔から真面目な表情に変わった主人が言う。

主人の言葉に執事は、黙して頭を下げるのみだった。











「侯爵は直ぐにいらっしゃる。ここで待つように。」


Aランクパーティである暁の面々は、国の三大貴族の一角である侯爵の屋敷に呼び出されていた。

五人の男で構成される暁は人数が少ないものの、戦場に出れば五人が五人共に一騎当千の働きを見せる。


現在、北の国境線では激しい防衛戦が行われているというのにも関わらず、暁はこの国の王都にいた。


「呼び出し受けて良かったんすか?説明すんの手間じゃありません?」


部屋に通され暁の五人だけとなった今、何も気にせず言葉を交わせるようになったと見て、軽薄そうな男がリーダーに話しかける。他の三人も口には出さないが同意見のようで、四人の視線がリーダーへと集まった。


「確かに、呼び出された理由は戦争への参加要請だろう。だが我らには任務がある。断る文句など幾らでも準備できるだろう。」


腕を組んでソファに座るリーダーは、何の気負いもなく言ってみせた。

侯爵とは長い付き合いになった今、多少の情はあれど任務を怠る事はしない。確固たる意志でリーダーはここにいた。


「なら良いっすけど。最悪、今日国を出る覚悟だけしときます。」


軽薄そうな男がそう言うと、他の三人も軽く頷いて同意した。




しばらく全員が黙ったままの時間が過ぎ、軽薄そうな男が眠気に負けそうになった時。部屋の外が騒がしくなった。


ノックも無しに部屋に入ってきたのは、この屋敷の主人、侯爵だった。


「急に呼び出してすまんな。しかし事は一刻を争う。早速本題に入らせてもらうぞ。」


多数の護衛と共に部屋に入るなりそう言った侯爵は、リーダーの対面のソファへと座った。


侯爵は、部屋に散っていた暁のメンバーが全員リーダーの後ろに立った事を確認してから口を開いた。


「単刀直入に言う。北の防衛戦に参戦しろ。これは依頼では無い。命令だ。この国に生きる者として、国の命運を賭けた戦に協力してもらう。嫌とは言わせんぞ。お前たちはこの国の者ではないが、帰る所も無いのだろう?お前たちが何度かグラナルドに依頼以外で足を運んだのは知っておる。しかしお前たちがスパイなのではと言う貴族がいたから調べたが、お前たちの冒険者としての来歴以外は何も分からなかった。スパイならグラナルドへもバレない様に戻るであろうとの事でその時は決着が着いたが…。今回の命令はその辺りも関わる。グラナルドと繋がりが無いのならそれを証明しろという事だ。これはお前たちのためでもある。分かったら準備をして北へ向かえ。私からは以上だ。」


言うだけ言って立ち上がり退室しようとする侯爵に、リーダーが待ったをかけた。

相変わらず腕を組んで目を閉じたままだが、リーダーがかけた声には侯爵を立ち止まらせるだけの迫力があった。

護衛たちは怪訝そうな表情の者と、リーダーを警戒し腰に帯びた剣に手を添える者に分かれた。


「なんじゃ。まさかこの期に及んで嫌とは言わんだろうな。」


振り返った侯爵は不機嫌なのが丸わかりな程顔を歪めていた。

そんな侯爵の状態を無視してリーダーは一つ深呼吸をしてから口を開いた。


「我らは命令は受けない。依頼という形であったなら考えたかも知れぬ。だが、最初からそのような姿勢で来るのであれば我らとこの国の関係はこれまでにする。侯爵、世話になった。侯爵が生きていればいつかまた会えるであろう。その時はまた侯爵の自慢話を聞きに来る故。」


リーダーは一息にそう言ってから目を開いて立ち上がる。そして侯爵の横を通り過ぎて退室しようとした。勿論、暁のメンバーも一緒に着いて行こうとしていた。


部屋から出ようとする暁に、リーダーの言葉が未だ理解出来ていない侯爵は固まったままで何も出来ない。しかし、ここでの会話を聞いていた護衛が数人でリーダーの前を塞いだ。侯爵の命令を聞けない者を通す気はないようだ。


「俺たちの道を塞ぐのか?つまり、俺たちの敵になると?」


部屋の出入り口を塞がれたリーダーが立ち止まると、鬼人族の男がバトルアクスを片手に前に進み出る。先ほどまで持っていなかった武器を持っている事に護衛たちは騒つくが、護衛たちも剣を抜いて更に強固に出入り口を固めた。


「では皆さん、剣を抜いたという事は侯爵は僕達暁と対立するつもりだと受け取ります。これは脅しではありません。確認です。まさか、侯爵の意思も確認しないで剣を抜いた訳ではないでしょう?今なら剣を抜いた者だけ僕達の敵という事に出来ますが。侯爵、如何ですか?」


ドワーフ族の青年が人懐こい笑顔で問う。やっと状況に頭がついてきた侯爵だったが、時既に遅しな現状に青褪めていた。


「ま、待て!お前たち手を出すな!お前たちでは暁には勝てん。暁よ、悪かった。交渉は決裂で構わん。その代わり此奴らは見逃してくれ。」


侯爵という高い地位にいる者が冒険者に頭を下げる事はない。侯爵も頭こそ下げなかったが、自身の非を認めて譲歩までしている。貴族社会から考えればあり得ない事だった。


しかし、それはあくまで貴族社会での話。冒険者には関係ないという事が証明されようとしていた。


「いやぁ、それだと先ほどの命令を聞かない僕達が悪いみたいじゃないですか。しかも、交渉っておっしゃいましたけどあれの何処が交渉なんでしょう?今後交渉という言葉を使う時の参考にしますので詳しく教えていただいても?」


ドワーフ族の青年は暁の渉外担当である。口が弱い訳がなかった。的確に侯爵の弱い部分を突き、自身を優勢に立たせる。理不尽な命令に従う義理や義務はないのだから致し方ない。

だが、侯爵は兎も角護衛の者たちは納得がいかないようだった。


「貴様ら!侯爵閣下の命も聞けず、提案も聞けないとはどういう了見だ。侯爵閣下が譲歩する意味も分からんのか。これだから冒険者という生き物は!」


護衛の言葉に最初に反応したのは軽薄そうな男だった。彼は目にも止まらぬ速さで言葉を発した護衛に剣を突きつける。ほんの数ミリでも動けば首の皮が切れるという距離でピタリと止まったその剣に、護衛たちは勿論、侯爵も唖然としていた。


「まだ斬っちゃダメですよ。今の所僕達は、意に沿わぬ命令を押し付けてきた侯爵の元から帰ろうとした際に剣を抜かれたのでこちらも武器を構えた、という段階ですから。あちらが一振りでもしたら全員斬って良いですから。それまで待ってください。」


ドワーフ族の青年が発した言葉は、暁の動きを止めた。同時に、護衛たちの動きも止めた。


「ま、待て。分かった。儂が悪かった。頼むからここで争うのはやめてくれ。このまま暁は国を出ると良い。儂らはそれを追わぬし、悪し様にも言わぬ。それでどうか納めてくれ。頼む。」


侯爵にはプライドを捨てるだけの賢さはあったらしい。丁寧に頭を下げたその姿に、暁の渉外担当は満足げに頷いた。そしてリーダーの事を見上げる。

するとリーダーは黙ったまま歩き始める。最早暁を止める者はいなかった。











「追い出されちゃいましたね。既に荷物は纏めてありますし、物件も管理人に引き継いであります。全ての準備は整っていますが、心残りはないですか?」


屋敷を出て街を歩きながら、ドワーフ族の青年が四人へ問う。

それに皆緩く否定し、これからの行動についてを話し合う。様々な意見が出た後、四人はリーダーを見る。最終決定権はリーダーにあるからだ。


「グラナルドには極道隊が手を貸しているらしい。よって我らはそこには行かぬ。このような状況になった時を想定して指示書も届いているが、極道隊が派遣されると決定する前に書かれた物だからな。もう一つ書かれていた指示に従う。我らの目的地は南の国だ。部隊の半分は連れて行く。今回は傭兵団だ。行くぞ。」


どうやら行動は全て決まっていたようだ。それなのに意見を出し合わせていた事には誰も文句を言わないが、グラナルドに帰れると思っていた面々は不満を口にした。

特に鬼人族の男と軽薄そうな男はリーダーに非難轟々である。


「五月蝿いぞ。嫌ならお前らはここに残れ。別の者を連れて行く。どうせ誰かが残らねばならんからな。」


リーダーがそう言うと本当にやりかねない。焦った二人は熱い掌返しを見せた。

そんな二人に苦笑するドワーフ族の青年と銀狼族の男。


南の国に行くなら暑さ対策をしなくては、との意見からまずは買い物と決定した五人は街に消えていった。

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