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闇竜と騎士団  作者: 山﨑
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51話

大陸中央の大国グラナルドは、横に長い国土を持っている。それは、旧東の国の領地を抱えているからである。


大陸の東全てを支配していた旧東の国は、既に亡国である。

旧東の国の領土は、南半分がグラナルドに。北半分は現在の東の国の領土となっている。


その北半分、現在の東の国の地に暮らす民は元々の文化を維持しつつ、東の国本島の文化も合わせた新しい様式の暮らしにやっと馴染んできたところであろう。


一番大きく変わったのは、着るものだろうか。本島で誰もが着ている着物を、大陸側の東の国でも使用し始めたのだ。

まだ食文化は大陸の物が主流のままのため、着物でパンを食べる生活である。

しかし、少しずつではあるものの、味噌や醤油などといった本島独自の調味料も入って来ており、北の国とは比較的頻繁に交易を行なっているようだ。


グラナルド王国と東の国は戦争こそしていないものの、あまり友好的とは言えない。東の国にしてみれば、せっかく得た領地を掠め取られた形となるため当然ではある。

そんなグラナルド王国と南の国は代々続く同盟国であるため、東の国は南の国とも積極的に交易を行なっていない。


現在、グラナルド王国と南の国とで共同戦線を張ろうとしている小国郡は、大陸中央から南寄りであるため東の国とは隣接していない。

しかし、現在小国郡と接しているグラナルド王国の領地は、数年とはいえ東の国であった地域である。元東の国民である人々がいないわけではなかった。


かなり裕福な者でもない限り、旅行などはしない。出来ないと言う方が正確かもしれない。

村人たちは領主の持ち物として扱われるため、村同士の行き来ですら許可されない事が往々にして存在する。そのため、本島から移って来た東の国の民たちはグラナルドとなった地域で今もなお生きているのである。


そんな状況であるため、今回の小国郡に攻め入る大国二つの動向は東の国に伝わっていた。




「憎きグラナルド。あの野蛮人共がまた領土を拡げようと言うのか?我が国の領土を掠め取っただけでなく?今代の王は日和見の腰抜けかと思うておったが…。やはり野蛮人よの。」


「は。全くもってその通りかと。」


「ふむ。我が国と接しておらぬとは言え、すんなりといかれても癪だの。別に小国郡などくれてやって構わん。しかしあの野蛮人共が喜ぶのは見とうない。如何かせよ。」


東の国によって支配された大陸東部。本島との連絡を取り合うため、巨大な港が整備され横には巨城が建てられていた。その巨城の天守閣にて、金の屏風を境ににして話し合う人物がいた。

その場には他の者も多数いるが、皆一様に畳に座り頭を下げており、言葉を発する者はいない。

緊張した空気が漂っていた。


「殿下。ここは一つ、この場におられる大名たちに意見を出させては如何でしょうか。殿下の御心に留まる意見が出れば、その者に指揮を執らせましょう。」


殿下と呼ばれた者は、まだ若い男だった。しかし着るものはこの場の誰より質の良いものであり、一段高くなった座敷に座るのはこの者だけであることからも、かなり地位の高い者である事は想像に難くない。


殿下は意見を述べた男に対し一つ頷いてみせた。


「お集まりの大名の方々。殿下の命である。グラナルドに一矢報いる案を献上せよ。」


殿下は大名と言えど直接は言葉を交わさぬようだ。側にいる男に全て代弁させている。その言葉を受け、頭を下げていた大名たちは頭を下げたまま互いに視線で会話していた。


(献上せよ、だと?我らに押し付けおって。まずは自身で献上してみせればよかろう…!)


おそらく、その場のほとんどの大名がこう考えた。しかし、相手は殿下と唯一言葉を交わす事が出来る相手。口が裂けても考えた事を言えるはずがなかった。


「ふむ。誰もおらぬか。やはり本島の者に意見を仰いだ方が良かったかの。」


誰からも意見が出ない事に痺れを切らしたか、殿下がその様に言い始めた。あまりにも分かりやすい挑発と侮辱ではあったが、見栄とプライドを矜持として生きる大名たちには効果覿面であったようだ。


「恐れながらご意見申し上げたく!」


一人の大名が声を発した。大名たちは頭を下げたままだが、その声で誰が声をあげたのか理解した。


側付きの男は殿下に顔を向ける。それに対しても頷いただけで返した殿下。側付きの男は殿下に一度頭を下げてから、声を発した大名へ向き直った。


「申してみよ。」


側付きの男がそう言うと、声を発した大名は下げた頭を更に低くし、はっ!と言ってから意見を述べた。勇あるその大名はまだ若かった。青年と言っても差し支えないほどには若く、周りにいる声を発しない大名たちと比べると、孫と祖父、といった年齢差である。


若い大名が意見を述べると、その場はまた静まり返った。殿下か側付きの男が声を出さぬ限り、その静寂はいつまでも続くものであった。しばらく静寂が支配していたその場であったが、突如殿下が笑い始めた。


はっはっは!と豪快な声を上げて笑うその様は、口を大きく開けて笑う事を非とする東の国の文化としてはあり得ない程のマナー違反であった。

しかし、それを指摘する者は誰もいない。否、出来る者がいないと言う方が正確だろうか。


しばらく笑っていた殿下だったが、唐突に笑うのを止めると瞬時に真顔になり、低い声で言った。


「ではそのようにせよ。誰も他の意見を言わぬということは、あの者より劣った者しかおらぬということ。誠、使えぬ者ばかりよの。その者の案が上手くいこうとそうでなかろうと構わん。ただ、この場にて言い切ったのだ。失敗した時はその首をもって償いとするは必定。それはその者もわかっておろう。お主は最大限の手助けをしてやれ。後の者はさっさと去ね。使えぬ者は必要ない。」


そう言って背面の襖から出ていった。それをこの場にいる全ての者が頭を畳に擦り付ける程低くして待つ。東の国に、目上の者を見送るという文化はない。立ち去る姿を見る事なく頭を下げ続けるのが東の国の常識なのである。


襖が閉じた後も、大名の誰一人として頭を上げなかった。彼らより目上の者はまだいるのである。そう、側付きの男だ。

彼は大名よりも位が上になる。殿下、即ち皇族と言葉を交わすことの出来る者である。位が高いのは当然のことだった。


「殿下のお言葉の通りである。しかし、殿下は御心の広いお方だ。これからの諸君らの行動如何で評価も変わるであろう。諸君らが殿下の御心に添う事を期待する。」


側付きの男はそう言うと立ち上がり横の襖から出ていった。

それも頭を低くし送った大名たちは、襖が閉まってからしばらくして、やっとその頭を上げた。そして一斉に若い大名へ顔を向ける。

それからすぐ、静かだった部屋が囁き声で埋め尽くされ始めた。


「若僧が調子に乗っておるようだな。」


「然り。彼奴の家は先代が急逝して当主が代わったばかりだろう。落ちぶれる前に手柄が欲しかったか?」


「それにしてもあんな案で上手くいくはずなかろう。ここは、失敗した時にどう殿下に我らが関係ないと印象付ける事が出来るかを考えるべきよな。」


「うむ。落ち目の旧家と運命を共にする必要はあるまいて。」


「おや、お主がその様な事を言っていいのか?あの家の先々代には恩があるのでは?」


「フン。それは先々代にであって、あの若僧にではない。儂があの若僧を助けねばならぬ道理はあるまいて。」


「それもそうよな。馬鹿な事を申した。赦されよ。」


聞こえているのが分かっていて言っているのだろう。あまりな内容の話に、未だ頭を下げたままの若い大名は動かない。畳についている拳は、硬く握り込まれ細かく震えていた。











「なんじゃ、相棒は来んのか。残念じゃの。」


グラナルド王国の南。小国郡のうちの一つとの国境線に、グラナルド国軍が集まっていた。二万にも及ぶその軍は、小国だけでどうにか出来るものではなさそうだ。


数日前に宣戦布告を受け取った小国郡の各首脳陣は、様々な反応を見せた。大国相手に戦争など出来ないと諦める国、徹底抗戦で押し返すと意気込む国、そして、小国郡で協力して事にあたるべきという国だ。中には、既に自身の財産を集め国外逃亡した王族や、内通するのでグラナルドでの地位を確約してほしいという者までいた。


それは南の国も似た様な状況であった。

グラナルドは小国の北から。南の国は南から。挟み込む形で攻め始め、最終的に全ての小国を治めるという大きな計画であるため、些事に煩わされる訳にはいかなかった。

南の国は国外逃亡した小国の王族や、内通者として名乗り出て来た貴族王族を全て斬った。どうせ滅ぼすなら関係ない、と。


逆に、グラナルド王国はそれらを受け入れたのだ。戦争終結後にその者たちが生きているかは分からないが、今そういった者たちを受け入れる姿勢を見せれば、他にも続く者が出るかもしれない。そうなれば戦争自体が楽に進む。

そういう目論見があるが故の受け入れだった。


「閣下。護国騎士団は攻める戦には出ません。耄碌されましたかな?」


ファンガル伯爵の残念そうな呟きに、副官が失礼極まりない事を言って返した。


「まだ耄碌しとらんわ!…よし、貴様は最前線だ。少なくとも指揮官級を五人討ち取ってこい。」


理不尽の塊のような事を言うファンガル伯爵に、副官はニヤリと笑って敬礼をした。承りました、と言って天幕を出ていく副官に、呆気に取られたファンガル伯爵。副官は出て行ってしまったので、このやるせない気持ちをぶつける相手もいない。ファンガル伯爵の護衛に就く兵たちも、何が何でも視線を合わせないという強い意思で皆違う方を見ていた。


「まったく。そもそもなんで儂が侵略戦争なんぞに出ねばならん。それもこれもヴェルムのやつのせいだ。まぁおかげで陛下に取引を持ち込めたのは大きかったが…。はぁ…。」


なんともテンションの低いファンガル伯爵であるが、ここは開戦前の陣営である。そもそも何故ここにファンガル伯爵がいるかと言えば、伯爵の独白するようにヴェルムのせいであった。




グラナルド国王が悩んでいたのは、今回の南方戦線に派遣する国軍の、総指揮を誰に執らせるのかという一点だった。

兵の大多数を集めるのは、王太子の一件で関わった貴族たちである。この南方戦線が自身の忠誠を示す最後の機会だと知っているので、それはもう必死に戦うだろう。


しかし、総指揮までその関係者にやらせる訳にはいかず。

国王の意志を汲み、必死な貴族たちの手綱を握る事が出来る貴族などそうはいない。


悩む国王の元に、今回協力する零番隊が決まったと言いに来たヴェルム。そこで国王がヴェルムに泣きつくと、ヴェルムはあっさりと言った。


「ファンガル伯爵で良いじゃないか。彼は歳だからと言って断るだろうし、確かに大きな戦に出ろと命じるのは普通じゃない。だけど、彼の願いを一つ叶えてあげれば良い。それならお互いに利益があるだろう?」


その時国王は忘れていたのだ。ここ十年、ファンガル伯爵からの当主交代の届出が出ていた事に。

貴族の当主交代は、国王の認可が出て初めて為される。ファンガル家はまだ認可が降りていない。


後日呼び出されたファンガル伯爵に国王が総指揮を持ちかけると、当然、ファンガル伯爵は総指揮を引き受ける代わりに当主交代の認可を求めたのであった。

国王は苦虫を噛んだかのような表情をし、ファンガル伯爵も嫌な顔を隠しもしなかった。


国王は思った。どこが互いに利益がある、だ。確かにそうだがお互い嫌々なのは見れば分かるではないか!と。




「はぁ…。」


国王とのやり取り、そしてヴェルムから聞いた話も併せて思い出し、ため息が止まらない伯爵。

相棒の願いが叶う手伝いをしたから、とだけ言われて向かった王城。たしかに当主交代を確約出来たのは良い。

しかしなんともヴェルムに乗せられた感が否めない。喉の奥に小骨が引っかかったかのような感覚に、伯爵は振り回されていた。


「失礼します!閣下、時間です。」


天幕の外から伝令に声をかけられ、ファンガル伯爵は重い腰をあげる。大柄な伯爵に合わせ天幕も特注のサイズである。伯爵に着いてきたファンガル領軍の者も大柄の者が多いため、兵の天幕も大きい。他の貴族たちはファンガル領軍の天幕を見て怒る者もいた。自身の天幕より大きい事が許せないらしい。そして後からファンガル領の物だと知り青ざめる。

そういった場面は既に何度もあった。


ファンガル伯爵は天幕を出て既に整列している軍の前に向かう。

愛馬に跨り悠然と歩くその姿は、正に歴戦の将そのものだった。


ファンガル伯爵が戦前の演説を始めると、魔法でその声が軍全体に聞こえるようになる。

貴族と平民。ここにいる身分の違う者たちは今この瞬間から一つの軍になる。

伯爵が演説を終えると、二万の咆哮が響いた。


…そして戦が始まる。

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