50話
「じゃあ、小国郡を潰すって事ですか?」
ドラグ騎士団本部本館団長室にて。ガイアがヴェルムに驚きの表情を向けていた。
ヴェルムはそれに頷くと、ガイアが土産として持って来た珈琲豆の香りを楽しんでいる。
それからセトに豆を渡し、淹れてくるよう頼んだ。
「今代では動かないものだとばかり…!てことは、俺らは隙を見て攻めてくる国への警戒、零番隊は直接出向いて早期決着ってとこですか?」
「そうなるね。どうも戦争ばかりしてる癖に小国同士で奴隷のやり取りはしてるみたい。特にグラナルドの民は魔力が多いからね。高値がつくみたいだよ。ほとんどは零番隊が救助してるけど、親が困窮して売った形だと法に触れないからなんとも言えなくてね。」
そんな話をしていると、セトが珈琲を淹れて持って来た。ガイアと対面のソファに座り、気が滅入る話は置いておいて珈琲を楽しむ事にしたようだ。二人は黙って珈琲の香りを楽しみ、そして口をつける。それが全く同じタイミングで行われる事にセトは気付き、こっそりと笑った。
ガイアの珈琲好きはヴェルムの影響だ。ガイアが入団してしばらく経った頃にヴェルムと珈琲を飲んだのだ。それ以来ガイアは珈琲の虜となっている。飲み方が似ているのはその辺りが原因だろう。
しばらくは二人ともゆっくりしていたが、団長室と扉続きにある執事の待機室からアイルが入室して来た。
「ヴェルム様、王城より知らせが。ガイア様、いらしていたんですね。」
ヴェルムに何やら封筒を渡しながらガイアへ声をかけるアイル。今まではこういった場面でも目礼くらいだったのに、随分と社交的になったものだとガイアは感心していた。
一瞬反応が遅れたガイアだったが、一先ず手を挙げるだけで返事とした。
「それからこちらも。こちらは暁からです。」
「ありがとう。さて、グラナルドはどう動くのかな。」
まず開けたのは王城からの知らせ。封筒の中には随分とたくさんの資料が入っていた。
「やはり、王太子の一件で関わった貴族はみんな前線ですかね?当日派遣するために軍を集めてたくらいですからね。」
ガイアがカップをソーサーに戻してから問うと、ヴェルムは軽く頷いた。そして一枚の資料を手渡してくる。
「どうも、今回の出征で膿を出し切ろうと考えているようだね。領土が増えて治める地が増えても貴族は減るのだから、残る貴族は大変だろうね。」
そう言いながら次の資料に目を通すヴェルム。その表情は真剣だが、深刻といったものではなかった。ドラグ騎士団がやる事に変わりはないのだ。通常よりは厳戒態勢にはなるが。
そういった理由からだろう。ガイアも特に深刻そうな表情はしておらず、それどころかかなり暢気に資料を眺めている。
それから別件の報告で団長室を訪れたアズも参加して、皆で資料の回し読み大会が始まるのだった。
「それで?団長はなんと?」
小国郡の一つ、今回の件の発端となった国の王都では暁が珍しく集合して話し合いをしていた。
「なるべく開戦までの情報統制と、国民に被害が一番少なくなる進軍ルートの選定です。後は自己判断で良いみたいですね。」
「それだけか?…つっても、自己判断なら色々動き回る事になるなー。言われた事だけやってりゃ良いわけじゃないから。」
「むくれるな。やる事はいくらでもある。お前もこき使ってやるからな。楽しみにしていろ。」
「えー、まじかよ…。そんでもって連絡は俺の魔法だろ?勘弁してくれよ…。」
この国で暁といえば知らない者はいない。五人だけのパーティではあるが、その一人一人が一騎当千の活躍をする。リーダーに至ってはSランク冒険者であり、最早人外といった扱いを受けるのだ。
そんな暁の面々は基本王都にいる。リーダーが率いる零番隊の部隊はもっとたくさんいるのだが、冒険者としてだけでなく、商人や職人として小国郡に散っている。
リーダーが銀狼族と呼ばれる獣人族の男に声をかけると、見た目とは反対に優しい雰囲気の声を出す。それに軽薄そうな男がダレた返事を返すと、鬼人族と呼ばれる東の国出身の大柄な男が釘を刺す。
この四人にドワーフ族の青年が入って五人だ。
男だけの冒険者パーティは普通の事で、男女混合だと内輪揉めが起こり瓦解するという話はよく聞く。
逆に女性だけのパーティも存在するが、数は多くない。ごく稀に、複数の女性と一人の男性のパーティも存在し、その逆は比較的よく見る。
冒険者パーティ同士で更にチームを組む事を繰り返し、人数が増えてくるとそれはクランと呼ばれるようになる。パーティランクがBまで上がるとクランを作るパーティが多いのは、依頼の難易度がBからグッと上がるからだろう。
暁は任務としてこの国来ているだけで、本来の彼らは騎士である。よって、クランを築くことはしない。しかしその誘いが多いのは彼らの悩みの種だ。
あまり孤立していても情報の収集が上手くいかないが、そもそもの目的と実力が違う者と組んでもメリットはない。
一応、クランを築く気も入る気もない事は表明しているのだが、それでも誘いは途切れない。また、ソロの冒険者が暁に入りたいと言って近寄ってくる事もまた多く、それにも困っているのだった。
「これが全て終われば、僕らの任務地も変わるかもしれませんからね。やっと煩わしい誘いが来なくなると思えば、もうひと頑張りしようって気になりますよ。」
交渉ごとの全てを担っているドワーフ族の青年がそう言うと、他の面々は嫌でも反対できなくなる。全てを彼に任せきりなのは自覚しているからだ。それは、軽薄そうな男も同じなようだった。
「こちらで採れる薬草での調薬は楽しかったのだが。まぁどうせ本部でも作っておるだろうし、戻ってから作るのも楽しみだな。所長殿と成果の見せ合いも楽しそうだ。」
そう言って笑う鬼人族の男は、大きな身体と強面からは想像できないほど繊細な作業を好む。薬品作りなどその最たるもので、この国では薬の神と呼ばれる事すらある。
「終わった後の話するならさぁ、リーダーの蒐集物の移動、誰がするんだって話もセットだぞ?リーダー、自分でアレ全部持っていくんすか?」
軽薄そうな男がそう言うと、普段はリーダーが困った表情を浮かべるはずなのにケロッとした表情をしている。これはどう言う事だ?と周りを見るが、皆揃って普通だった。疑問符を浮かべる軽薄そうな男に答えが齎されたのは、それから五秒後の事だ。
「何言ってるんだい。いつだったか、製作科が空間魔法を利用したマジックバッグなるものを開発したと報告があったよ?現物も来てるはず。見てないのかい?」
銀狼族の男だった。え、なにそれ、知らない。と言う軽薄そうな男に対し、四人は揃ってため息をつくのだった。
「私のコレクションは全て自分で持ち帰る。それぞれ見せたりあげたりしたい者は決まっているからな。団長に見せたい物が多くなったのは仕方ないが、団長は付き合ってくれるだろうか。」
リーダー以外の四人にはひどくどうでも良い悩みではあったが、これから忙しくなるのだ。今のうちに幸せな悩みを抱えれば良い、と放置される。誰も答えをくれない事にリーダーは落ち込むが、四人は乾いた笑いを漏らすだけだった。
彼らが忙しくなる日も近い。
「それで?俺らにやってこいって?そりゃないぜヴェルム。」
零番隊の隊服を着崩し、額の左側から頬まで真っ直ぐ伸びる傷を隠しもせず顕にしている男がヴェルムに詰め寄る。明らかに不機嫌である事を隠さず、団長であるヴェルムにこのような態度を取る男だが、ヴェルムはニヤリと笑うだけで怒りはしなかった。
「そうか。嫌なら仕方ないね。では代わりに別の部隊を寄越す事にするよ。わざわざ呼び出して悪かったね。もう戻っていいよ。」
ヴェルムはそう言って扉を指す。するとその男は少したじろいだ。まさかこんなにすんなりヴェルムが許可すると思っていなかったのだろう。基本、任務は断れないのだから。
「い、嫌とかじゃねぇけどよ…。俺らがやらなきゃ誰んとこがやるんだよ。」
苦し紛れにそう言う男を見て、セトが音を殺して笑っている。男の後ろにいるため気付かれずに済んでいるが、気付かれればきっと男は激昂するだろう。それが分かっていながら笑うセトもセトだが、止めないヴェルムもヴェルムだった。
「うーん。誰が良いかな…。あぁ、今は東の国に行っているか。なら頼めばやってくれるかな。うん、決まったよ。だから君は戻っていいよ。」
ヴェルムは口許に手を当て考えていたが、誰に任せるか決まったようで男を追い出しにかかる。
「お、おい!東の国ってまさか…!あいつに頼むんじゃねぇだろうな!それなら俺がやる!俺の部隊が全部終わらせてくるからあいつに頼むんじゃねぇ!」
「あ、そう?じゃあよろしく。これ、指示書ね。詳しい事は追って連絡するからさ。頼んだよ。」
「…?」
見事にヴェルムの策にハマったようだ。セトは既に笑いを隠せていないし、無表情で立つアイルは微妙に眉口の端を動かしている。
そしてヴェルムはニコニコとしていた。
やっと気付いた男は、ヴェルムから渡された指示書を掴み取り部屋を出て行った。顔を真っ赤にして。
「いやぁ、いつ見ても面白いなぁ。ツンツンしてるところも面白いし、彼がデレデレするところもまた面白い。次会う時が楽しみだね。」
「相変わらず我が主人は性格が悪いですなぁ。カイン殿であぁして遊んでは。どうせアベル殿に任務を任せる気など無かったでしょうに。」
ニヤニヤするヴェルムにセトが言う。しかしそのセトも口角が上がっているので台無しだった。そんな主従を見てアイルはこっそりため息を吐いた。
カインと呼ばれた男は、団長室を出た後本館の会議室の一つに足を向けた。顔を赤くし足を踏み鳴らして歩くその姿に、すれ違う団員は二通りの反応を見せた。
カインを知る者は、また団長に遊ばれたな、と呆れ顔。
カインを知らないもしくは会話した事がない者は、零番隊が怒る程の事件が!?と不安げだった。そんな者もすぐにカインを知る者から予想を聞き、安心するのだった。
一人騒がしく歩き会議室にたどり着いたカインは、乱暴に扉を開けた。すると中にいた零番隊隊員たちのほとんどの視線が一斉に集まる。
「兄貴!団長はなんの用だったんです?」
そこにカインと同じく隊服を着崩している隊員が近づき問う。カインは一度深呼吸してから団長室での話を聞かせた。
すると静かに聞いていた周りの隊員達が一斉に爆笑した。
さ、さすが兄貴!
まぁたイジられて来てる!
だっはっは、アベルさんに取られると思って焦る兄貴ウケる!
などと言いたい放題。カインはまた顔を赤くし震えている。噴火直前の火山を鎮めたのは、副部隊長だった。
「カイン、落ち着け。アベルのやつに渡さず済んだのだろう?元々俺たちに任せるつもりだったのだ。もしかしたら断っていたら本当にアベルのやつに渡されていた可能性がある。俺たちの力をアベルや団長に見せるチャンスじゃないか。団長の全てを予測する結果より、更に良い結果を齎してやれば良い。そうすれば、アベルだってカインに敵わないと言うかもしれない。」
真っ赤だったカインの顔が、少しずつ戻っていく。それを見た隊員たちが一斉に擁護し始めた。
兄貴の力見せつけてやりましょう!
俺らが最強だって教えてやるぜー!
団長のびっくりした顔が楽しみだな。
零番隊は癖が強い者が多い。だが、この部隊は更に酷かった。最早騎士であるとは一言も言えない見た目の者しかいない。厳つい男達はみたスキンヘッドであるし、女性隊員は派手な格好の者が多い。隊服を改造している者や全く関係ない服を着ている者など、秩序という言葉から最も遠い部隊のようだった。
「よぉしお前ら!指示書よんでこれからの行動を通知するからよ。それまで小隊毎に動いとけ。今回の任務はお前らの大好きな狩りだからな!下手な動き見せたやつは全員俺が殺してやる!楽しみにしとけ!以上、解散!」
無茶苦茶な演説だった。だがそれで良いらしい。何故なら、部隊員たちはみなやる気を出しているのだから。
ヴェルムはこの部隊を極道隊と呼ぶ。東の国本島に存在するという裏社会の元締めを極道と呼ぶのだそうな。
極道という響きが気に入ったらしいカインも、自身の部隊を極道隊と呼びたい。しかし素直になれないカインは、ヴェルムの前では絶対に使わないのだった。
お読みいただきありがとう御座います。山﨑です。
この作品も遂に50ページを迎える事が出来ました。文字数も30万字ほどになり、やっとスタートラインに立てたかなといった所です。
ここまでお読みくださった稀有な方々のおかげで御座います。海よりも深く感謝申し上げます。
これからもどうぞお付き合い頂けると幸いです。
皆さまの生活にこの作品が華を添えられますよう。




