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闇竜と騎士団  作者: 山﨑
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5話

夏も中盤に差し掛かる頃、大陸中央の大国グラナルドの首都アルカンタでは、気温が30℃を越える日も多く、半袖でも暑いため、城下町では氷菓を売る店が賑わいを見せていた。


アルカンタには、中央の丘の上に聳える、石造りの巨城がある。

グラナルドの国力を象徴するその城は、その武骨な見た目から威圧感があり、侵略してきた外敵には畏怖を感じさせる。逆に、遠方から首都に来る旅人や商人の、大切な目印にもなっている。

初めて首都を訪れる者は、その様相と雰囲気に、しばらく城下町から城を見上げる事になる。


そんな巨城の中心、最上階の部屋で窓から城下を見下ろし、溜め息を吐く壮年の男性がいた。

豪奢な衣服を身に纏い、顎に蓄えた豊かな髭を摩る。

実年齢よりも遥かに老けて見えるその男性には、普段は思わず跪きたくなる威圧感が有るが、今はその形を潜めていた。


グラナルド国王の私室でもある城最上階の部屋で、哀愁漂う雰囲気を醸し出す男性の耳に、扉をノックする音が聞こえた。


「お休みのところ失礼致します。ドラグ騎士団団長がお見えです。」


部屋の前に立つ警備の近衛兵の声に、通せ、と男性が声を返す。

先ほどまで疲れを全面に出していた男性は、凛とした雰囲気を取り戻すために自身に喝を入れた。

その堂々たる姿は先程までの疲れた壮年の男性ではなく、正しく、王たる姿であった。


「失礼するよ。やぁ、ゴウル。久しぶりだね。元気にして…ないみたいだね。悩み事かな?王は大変だね。」


部屋へ入るなり、他人事の様に王の顔色を指摘し同情して見せるヴェイル。なにが原因で王が悩んでいるか、ヴェイルは分かっているようであった。


「ふん、お主はいつもそうだ。私が悩む事の殆どにお主が関係しておる。友と言いつつ悩ませて何が楽しいのか。いい加減、その腐った性根を叩き直してやりたいわ。」


軽く睨みながら毒を吐く王。二人は旧友であった。気兼ねしないその言い様に、ヴェイルも笑顔を見せる。

そして、徐に手を翳し、開いた空間の亀裂から瓶を取り出して王へ渡す。

それは王の生まれ年に、葡萄が豊作であった地方の名産品の当時のワインであった。

裕福な国民どころか、爵位の高い貴族も滅多に飲む事の出来ない、謂わば幻のワインである。

王は目を見開いた後閉じ、深く息を吸ってゆっくり吐く。

開いた目に浮かぶのは、切望、諦観。相反する二つの感情が、ガイアの淹れるミルク珈琲の甘くも苦い味の様に、同居している事が見てとれる。


「わざわざ使う者自体が貴重な空間魔法から、出てきた物がまた幻のワインか。なるほど、お主はあの約束を破った罰を与えに来たか。」


悲しそうな、諦めたような、それでいて何処か縋るような目でヴェイルを見つつ言う。

ヴェイルもまた、困った表情で王を見返したが、ワインを差し出す手はそのままだった。


二人の約束は、代々の国王と騎士団団長との契約とは違う、二人だけの約束であった。

それは、グラナルド国王がまだ王太子であった頃まで遡るーーー







「やぁ、ゴウル。寒い冬も終わって今日も良い天気だね。春の庭園に行って、チェリの樹の下で花見酒と行こう。」


グラナルド王国王太子が日課の剣術訓練を終え、一息ついていた時。フラッと王城内の訓練場に現れた、二十歳ほどの見た目に漆黒の瞳、白銀の長髪を纏めず風に靡かせている青年。軽く手を挙げながら近付くその青年の反対の腕には、一升瓶が抱えられていた。

王太子がその青年に気付き、疲れていた顔を瞬時に輝かせ、口を開いた。だが、王太子の口が音を紡ぐその前に、待ったをかける声がかかる。


「誰だ貴様は!この方が何方か存じておるのか!」


銀に輝く鎧を身に纏った騎士であった。陽光を反射し輝く鎧と、怒りからか真っ赤に染まった顔が、青年ーーヴェイルにはとても可笑しく見えた。

しかし、視界に入っていながら、ほら早く、と王太子を急かす。

無視された事に激怒した騎士は、腰に履く剣に手をかける。

その瞬間、騎士の首には漆黒の刀が添えられていた。


「なっ…。き、貴様!近衛騎士にこの様な事をしてただで済むと思うのか?不敬罪だ!誰か、討て!」


誰がどう見ても騎士の生殺与奪の権はヴェイルが握っている上、その刀は何処から出したのか、そしていつ抜いたのか分かる者はその場にいなかった。

そんな中、一人の若い執事が前に出る。


「ヴェイル様。お久しぶりに御座います。王太子殿下は先程訓練を終えられたところですので、お誘いを受ける前に身を清める時間を頂ければと存じますが、如何でしょうか。」


この殺伐とした雰囲気の中、騎士の首元から刀を離さないヴェイルに対し、にこやかに挨拶をした執事。慇懃に腰を折って礼をして見せる。


「あぁ、お前か。久しぶりだね。どうやら城内の掃除が行き届いていない様だ。ちゃんと掃除しておかなきゃ。君の主人が恥をかくよ?」


ヴェイルはそう返しながら、刀を向けたままの騎士を顎で示す。


「申し開きの仕様も御座いません。最近はしっかりと掃除が行き届かない場所が増えた様です。後ほど、綺麗にしておきますので、ヴェイル様はそのまま春の庭園までご移動なさいませ。湯浴みの後、殿下をお送り致しますので。誰か案内の者を…、いえ、要りませんでしたね。」


ヴェイルに合わせてか騎士の事を掃除すると言いつつ、ヴェイルに案内など必要ない事を思い出して頷く。

通常、騎士は当然執事よりも立場が上で、近衛騎士ともなれば、有事には城内の貴族に(避難誘導の為)命令する事もできる。執事など、所詮は使用人。出自が貴族であれ平民であれ、近衛騎士をゴミと同じ扱いをするなど、仮に王太子直属の者でも、許される行いではなかった。

しかし、この若い執事は平然と騎士の掃除を口にし、更にはヴェイルを貴人扱いしておきながらも、案内はつけない。

そして、王太子もそれに何も言わず、さっさと部屋へ戻ろうとしている。早く湯浴みを済ませてヴェイルに合流するつもりなのだろう。これから散歩だと気付いた飼い犬のような瞳だった。


「じゃ、先に行ってるよ。コレはお前に任せて良いんだね?じゃあよろしく。…お前の事だから隠さないだろうけど、次来た時にまだ生きてたら、お前の責任だよ?」


前半を明るく、後半は周囲が凍るかのような冷たく低い声でヴェイルが言う。殺気が放たれ、刀を添えられていない騎士たちも固まって動けなかった。

執事はそれに対し、額に薄ら冷や汗を浮かべているものの、笑顔は崩さないままに礼をする。


「お任せを。」


そう言った瞬間、場を包んでいた殺気が、何もなかったかの様に霧散し、冷たく緊張した空気に春の暖かみが戻る。

やっと殺気から解放された騎士たちがホッと息を吐いた時、その場にヴェイルはもういなかった。執事と交わした言葉通り、春の庭園に向かったのだろう。


王太子もヴェイルもいなくなったその場に、執事の声が響く。


「さて。彼の方が何方か存じない馬鹿の為に一応説明しておきます。掃除を約束されましたので、あなたは二度と顔を合わせる事はありませんが。他にも馬鹿がいるようですし。彼の方はドラグ騎士団団長。そう、護国騎士団の団長ヴェイル・ドラグ様ですよ。ここまで言えばお分かりですね?不敬罪はあなたなんですよ。ーー連れて行きなさい。」


先ほどまで刀を向けられていた騎士は、激怒していた時とは真逆の、青褪めた顔をそのままに、膝をついて絶望していた。


彼は近衛騎士になったばかりの自称エリートだった。

伯爵家に生まれ、家庭教師に剣術の才があると持て囃され。

両親や親族から甘やかされ放題だった彼は、一族の期待を一身に背負い、騎士団に入団。

順調に出世し、近衛に入れた時は、ついに自分の時代が来たかと、同期の騎士たちに自慢して大変気持ちが良かった。

その全てが終わったのだと、今までの人生が走馬灯のように思い出される。


周囲の騎士が彼の肩を掴み、剣を取り上げ連行する。

執事はそれを見送って頷いてから、王太子の元へ急いだ。







「早かったね。王族が烏の行水は良くないんじゃないかい?」


そう言って、春の庭園にやって来た王太子を出迎えるヴェイル。鮮やかなピンクの花を満開にしているチェリの樹の下、敷いたゴザに胡座をかき。猪口に花びらを浮かべ。花を見る視線はそのままに、自身の隣に空いた空間を指す。


「君の誘いが魅力的なのがいけない。私のせいではないよ。」


ヴェイルの隣に座り込みながら、渡された猪口を受け取り、酌を受ける。

香りを楽しみ口に含む。嗅いだのとはまた違う、強いアルコールと豊かな米の香りが、口と鼻腔を支配する。そうして飲み込んだ酒は、今度は微かに喉を焼く。

一連の全てがあまりに心地良く、つい、もう一杯、となるのが止められないのだから困ったものだった。


あぁ、今日は飲んでしまう。予定は全てキャンセルしたが、明日に残らぬであろうか…

そんな事を考えながら、黙って酒と花を楽しむ。


成人し初めてヴェイルと酒を飲んだ日、それは月が綺麗な夜だった。


やっと成人したんだから、とヴェイルに度々連れ出され、様々な酒を飲んだ。なるほど、貴族が貴重な酒をコレクションし夜会で自慢するのも分かる。

味が分かる様になる毎に、その貴重な酒を飲んでみたい、という気持ちも分かるようになった。

だが、ヴェイルから教わったのは、酒の味だけではなかった。


初めてヴェイルと飲んだ夜、月見酒はどうだ、と誘われた王太子の返事は、そんな銘柄聞いた事がない、というものだった。

ヴェイルのキョトンとした顔は、きっともう二度と見られないのだろうなと思う。

一頻り笑った後、月見酒は銘柄ではなく、月を見ながら飲む酒だと教わり、更に分からなくなったものだ。なぜ月を見ながら飲むのだ、と。

しかし、やってみて分かったことがある。綺麗な月を見ながら飲むのもそうだが、何より並んで飲み、互いに月を見ているのだから、顔を合わせていては口から出てこない言葉も、夜と月と酒の力で自然と出てきてしまうのだ。

成人してから変わった、己に対する周囲の目。王族としての責務や重圧。迫る立太子の儀。今日からあなたは大人です、というのは、十五歳にはまだ難しい。


ヴェイルにたくさん弱音を吐いたあの夜、あんなに美味しくのんだ酒のせいで、次の朝地獄を見るとは思わなかったのだ。ヴェイルが別れ際に、次からはちゃんと薬やるよ、今回は身体で覚えた方がいいぞ。なんて言っていた理由が分かった。

あの日王太子は、酒の良さと悪さの両面を知り、一つ大人になったのだ。







なぁ、ヴェイル。王太子がそう声をかける。視線を向けるヴェイル。

その白銀の長髪に、ピンク色のチェリの花びらが乗っていて、思わず笑う。不思議そうにした後、視線から花びらに気付き取ってから同じように笑うヴェイルに、王太子は兼ねてから考えていた事を口にする。


「約束をしないか。」


「約束?そうだね、どんな約束だい?」


「あぁ。私は、父に感謝しているんだ。ヴェイルと私を繋いでくれた父に。そんな父が病に倒れた。」


現国王は病気であった。未だ若いというのに、身体は痩せ細り、床から起きることも難しい状態だった。倒れてからここまであまりに早すぎたため、当初は毒を疑った。

だが、ヴェイルが王太子に伝えた。あれは毒ではない、と。

ヴェイルとしては、友である現国王とも話をしてあるし、息子を頼むとも言われて頷いた。そういう契約だからだ。

しかし、王太子であるゴウルダート・ラ・グラナルドは、そんな現国王である父の病の治療をヴェイルに願おうとしているわけではなかった。

ただ、約束と口にしたのだ。


「そうだね。ゴウルを頼むって言われたから頷いたよ。大丈夫、ちゃんと契約通りさ。」


そう言って手酌で酒を注ぎ、また飲み干す。


「確かに、我が王国は代々、君と契約をしてきた。王太子と君が友として絆を育めたら、国王になっても力を貸す。そういう契約だ。シンプルだからこそ力が強い。それに、契約が履行されている間は、君が友なのだと、そう信じられる。嬉しいんだ。」


「うん。そうだね。契約が履行されているという事は、お互いに友だと認識している証拠だね。で、それが?」


王というのは孤独なものだ。何せ、自分より下の者しかいない。前国王やその妃は、もはや現国王より下だ。血のつながった親、というだけで。社会的立場が現国王より上になる事はない。

故に、友は存在しない。存在し得ないのだ。

しかし、この国にはヴェイルがいる。互いに友だと認めていれば、護国に関して心配がいらない。ヴェイルが護る間に、政を整えるのだ。そして国を富ませ栄えさせる。

歴代には、侵略戦争をしている王も多い。この国は大陸中央に位置するため、海がなかった。海を欲して東に侵攻し、やっと港を手に入れたのは、王太子ゴウルダートの祖父の時代だ。


「私の婚姻が決まったんだ。」


そう返した王太子の表情は、喜んでいるわけでも希望に満ちているわけでもなかった。

政略結婚とはいえ、何か問題があるのだろうか。

ヴェイルは、王太子の猪口に酒を注ぐ事で続きを促す。


「相手はカルム公爵家の御令嬢でね。なんというか、溺愛傾向が強いというか。兎に角、押しの強い女性なんだ。」


困った顔で言う。


「なんだ。ゴウルが苦手なタイプって事?なら良いじゃないか。公爵なんだし、ゴウルと血縁だろう?だいぶ前だろうけど。」


公爵家は、王にならなかった王族男児が、王の臣下に加わる事を表明するために興す家である。つまり、王家と血の繋がりが存在する。

貴族は下から、男爵、子爵、伯爵、侯爵、公爵とあるが、功績を挙げるなどして陞爵されるのは侯爵までである。

実質、侯爵が貴族のトップで、公爵は別枠である。

だが、別に無限に公爵が増えたりはしない。

優秀な公爵は子を残す事を許されるが、そうでない場合は、そもそも婚姻も許されない。王族の、王位を継がない優秀な男児を養子にする事で家を継がせる。また、王族の中には、公爵家を興すのではなく、騎士になる者もいる。他国に養子に行く場合もある。

女性は降嫁できるためそもそも関係ない。


「カルム公爵は優秀なんだ。外交官としてもその腕を奮ってくれている。だが…。」


「仕事は優秀でも、子育ての才能は無かった?」


言い淀む王太子にヴェイルが突っ込む。

苦笑しながら、いいや、と返した。


「御令嬢も優秀だそうだ。行儀作法に嗜み、容姿まで、どれも高水準。非の打ち所がない御令嬢だよ。しかし、私と話す時、必ず話題に挙がるんだよ。子どもの話が。子どもは好きですか、から始まり、何人欲しい、男は何人、女は何人。名前は何が良いか誰を乳母にするか。数えればキリがない。私というより、その先の王子王女に意識が向いているのだろうな。」


そう言ってから酒を煽り、喉を焼く感触に意識を集中する。

このような飲み方をするのは良くないと思いつつ、嫌な事を忘れたい気持ちが勝っていた。


「で?約束って何?子ども産ませないとか、そういうやつかい?それはべつに約束しなくても良い気はするけど。」


いつまでも理由を述べるだけで、肝心の約束を話さない王太子に、ヴェイルが自身の予想ーというより冗談ーを投げかけながら笑う。


「約束というのはだな。私は、かの御令嬢に、子どもの教育を任せてはいけないと考えている。そのため、私もしっかり子どもと関わり、王族の教えだけでなく、様々な経験を与えてやりたいのだ。そしていつか私と同じように、君と友になれるよう導く。次期国王たる王太子だけでなく、兄弟みんなが、だ。私は兄達はみないなくなってしまったからな。最後に残ったのは私だけだ。だから、私の子どもには、友と兄弟がいるこの幸福を、意義を、教えてやりたいのだ。それを君に誓おうと思ってな。」


そう言って真剣な目でヴェイルを見る。

王太子が話す間、チェリの樹を背もたれにし、立てた片膝に肘を乗せて酒を飲んでいたヴェイルが、猪口をゴザに置き、自身の顔の横に手を翳す。そして発生した空間の裂け目から取り出したのは、王太子の生まれ年に、葡萄が豊作だった地方の名産品のワインだった。


「あげる。ゴウルが結婚したらこれを開けて飲めば良い。もし、その約束が果たされなかった時、またこれを持ってゴウルに会いに行くよ。約束を破った罰として、君の大事にしてるものを一つ貰おうかな。」


ワインを王太子に押し付け、空間を閉じながら猪口をまた掴み、手酌で酒を注ぐ。乾杯するかのように猪口を王太子に向けた。


「いや、珍しい空間魔法に驚けば良いのか、なかなか手に入らないこのワインに驚けばいいのか。ちょっと混乱してきたな。だがそれよりも、なぜ君は、私が約束を果たせない前提で言うのだね?おかしいだろう。約束を果たした時の褒美も提示してくれねば不公平ではないか?」


そう言ってからワインを横に置き、猪口に酒を注いで、ヴェイルが掲げた猪口にそっと当てる。少し怒ったような拗ねたような顔をしたままだが。


「ん?そうだなぁ。じゃあ、約束果たしたらなんでも一個言うこと聞いてあげる。隣国を滅ぼせとかは無しね。契約の方に違反するから。契約に関する事以外で。」


そう言って約束の成功報酬を提示する。愉快そうに笑っているあたり、約束が果たされると思っていないのだろう。軽く口約束している。


「言ったな?私は確かに聞いたぞ。将来、やっぱり無しはダメだからな!」


「言った言った。ゴウルも守れなかった時、大切なもの盗られる覚悟決めといてね。」


言い合いながら笑う。約束というより、友に覚悟を聞いてもらいたかった、という風な王太子。それを分かった上で敢えて約束という形にした意味を、ヴェイルもまた分かっていた。

二人の友情は、契約の履行を証明にしなくとも、誰もが一目で分かるものだった。


春風に吹かれてチェリの花びらが舞う中、二人の笑い声に合わせ小鳥も唄う。

春の暖かい陽差しに、友と過ごす温かい心。絆は確かに此処にあった。


何度も乾杯し、また手酌で飲む。その時ふと、王太子の視線が、飲んでいた酒の一升瓶に向く。そして何気なく読み上げる、堂々と書かれた銘柄らしい文字。東の島国の文字で書かれたその名は、ーー竜殺しーー


ぶーーっ!!と、口に含んだ酒を噴き出す王太子。

うわっ、ゴウル汚いよ、それに勿体ない、とヴェイルが顔を顰める。


「ヴェ、ヴェイル!なんだこの銘柄は!なんてもの飲んでるんだ!大丈夫なのかね君は!」


立ち上がりヴェイルの肩を掴み揺らしながら叫ぶ王太子。

噴き出した理由が分かったヴェイルは、うるさいなぁ、落ち着いてよ、大丈夫だってば、と宥めている。

混乱と心配とがない混ぜになった王太子の叫び声を聞き、執事が駆けつけるまでその混乱は収まらなかったーーー







「罰は、ゴウル、君の大切にしてるものを一つ貰う、だったよね?貰いに来たよ。」


そう言って微笑むヴェイル。

あの頃から変わったのはゴウルダートだけ。王太子ではなく国王になったし、ヴェイルを呼ぶ呼び方も変わった。輝く金髪だったあの頃とは違い、白髪が目立つようになった。顔には皺が増えたし、あの頃のように浴びるように酒を飲む事もなくなった。

それでも変わらないものも確かにあった。気兼ねない遣り取りと、その目に浮かぶ信頼の色。今は申し訳なさも浮かんでいるが、二人は真に友であった。


「ふむ。またアレがなにか言ったか。確かに約束を破ったのは私のようだ。なんでも持っていけ。何がいい。」


国王は理由に思い至ったのか、自分の息子を思い浮かべながら言う。


「もちろん、君が大事に仕舞いこんでいる、第二王女を貰おうかな。彼女を我が騎士団に。どうだい?」


ヴェイルが欲しがったのは"物"ではなく"者"だった。

予想していなかったのか、国王の目が驚愕に開かれる。

固まってしまった国王とは対照的に、笑顔を深めるヴェイル。


「ゴウル、君は彼女を全然こちらに寄越さないじゃないか。こちらが存在すら忘れている事を願っていたんじゃないかい?いつも王太子と第一王女ばかり。あぁ、第三王子もだね。忙しいのに呼びつけてくるし。あの三人はダメだよ。騎士団の事を"自分の物"として扱うからね。言ってるじゃないか。騎士団は"家族"だって。その点、彼女は良い。素質もある。だから、約束通り、君が一番大切にしてる"もの"を貰うよ。」


過去を振り返り、確かに"もの"と言っていたと思い起こす。自分が勝手に"物"だと思っていたのは失態だった。

国王が物心ついた頃から見た目も性格も変わらないこの男は、最初からどちらにも取れるような言い回しをしていたに違いない。

一杯食わされた。額に手を当て下を向く。目を閉じても容易に想像できてしまう、その男のしたり顔に、歯軋りをするしかなかった。

しかし、途中でふと気付いて顔を上げる。


「ん?何故お主があの子の事を欲しがる?産まれた時に立ち合わせただけで、それ以来会っていないはずではないか。いや、待て、まさか…!会っているのか?私も殆ど会えないというのに?魔法か、魔法なのか!そこまでして私の愛娘が欲しいか!卑怯者め。」


第二王女は、国王の側室の子どもである。そのため、普段は離宮で暮らしており、更にその側室の生家は今は亡き北方の国の大貴族であり、国が滅んだ時に身内が全員亡くなっているため、後ろ盾がない状況で立場が弱い。

そのため、国王であっても、第二王女とは王族が一堂に会す場でもない限り会う事は叶わない。

しかし、その側室は、国王が周りから押され渋々迎えた政略結婚だったにも関わらず、気弱そうで守りたくなる女性で、妃や他の側室には居ないタイプだったために、国王の寵愛を受けた。

第二王女を出産してから数ヶ月後、産後の体力が戻らず天に還ってしまったが、形見である第二王女を国王は溺愛しているのだ。


「確かに、あの子が産まれた時、顔合わせしたお主に、この子ちょーだい?など巫山戯た事を言われたが。まさか本気だと思わんだろう!」


過去のあれこれを思い出した後やはり怒鳴る国王。

どこ吹く風な表情のヴェイルには、なんの効果もないようだ。

文句をつらつらと並べる国王を、掌を向け止める。


「約束、だろう?」


たったその一言で、国王は、ぐぬぬ、と黙るしかなかった。

じゃ、またね。と出て行くヴェイルに、国王はただ、睨む事しか出来なかった。

お読みいただきありがとう御座います。山﨑です。

今回、少し長くなってしまいましたが、キリ良く入れたかったので無理して詰め込みました。

お付き合い頂ければ幸いです。

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